6月2日 日曜日
【カナダ】 トロント
おじさんたちに混じって朝ごはんを食べ、みんなでテレビを見上げながらカードゲームをしたり、チェスをしたり。
朝のテレビは情報もの。
お昼前は奥様向けのファッションもの。
ゆうべは土曜日の夜なので土曜ロードショーの映画をやっていた。
新聞の裏にはエロい女の写真。
建物の階数の数え方も、2階は2階と日本と同じになったし、コンセントの形状も日本と同じ。
色んなところが日本に近づいたな。
みんなが利用しているWi-Fiスポットは近くのカフェ。
俺もそこに行き、お店の外でネットにつないでニューヨークの宿を検索してみた。
ニューヨークには1泊1000円みたいなバッグパッカー値段の安宿はない。
相場は50ドルってとこか。
安くても30ドルはする。
世界一の大都会だもんな。
それくらいの値段はするか。
野宿したいところたけど、さすがにニューヨークでは野宿する気はしない。
そこらじゅうの奴らが普通にピストルを持ってる国だからな。
10ドル欲しさにバキューンなんてよくあることだそう。
他にもニューヨークの危険っぷりは映画でさんざん見てきている。
高かろうが宿には泊まろう。
調べていたら28ドルっていうところがあった。
でもそこ日本人宿みたいだ。
ニューヨークで日本人宿。
なんか気が進まないなぁ。
ホントは真夜中のカウボーイみたいな出会いがニューヨークの理想なんだけど。
路地裏や、タクシードライバーたちの溜まり場みたいな深夜のカフェといった、トムウェイツの歌の中をさまよい歩きたい。
あのニューヨークだもんな、
あのニューヨークだ。
イカれた野郎がいっぱいいるだろうな。
素敵なラブロマンスがたくさん溢れてるんだろうな。
凄腕の路上パフォーマーが腐るほどいるんだろうな。
映画で見てきた刺激的なニューヨーク。
でも現実は映画よりももっともっと刺激的なんだろうな。
楽しみすぎて怖い。
とりあえず3日くらいこの日本人宿に泊まって、面白いことを探そう。
お昼ご飯を食べに戻り、そのまま路上に出かけた。
昨日と同じ地下道に行ってみると、なにやら美しい音が響いていた。
なんの楽器だこれ?
近づいてみると、それは二胡だった。
中国の伝統楽器の二胡。
演奏しているのはもちろんアジア人のおじさんだった。
麗しい音色が地下道に沁み渡る。
中国人のおじさんは横に看板を出していた。
サブウェイミュージシャン、と書いている。
どうやら彼は正規の登録を行っているパフォーマーみたいだ。
その看板を見ていたら、音色がふと聞き覚えのあるメロディに変わった。
ん?聞いたことあるぞ、このメロディ。
それはサクラだった。
久しぶりに聞く日本の、儚く、東洋的な旋律。
中国人のおじさんは俺にニコリと笑った。
彼はプロだ。
「兄さんはどこで演ってるんだい?」
「昨日はここでやりました。」
「スケジュールは知ってる?」
「いえ、知りません。」
「よし。ここは北通路だから、この道を突っ切ったところにもうひとついいスペースがある。そこは南通路だから、今日は誰もいないはずだよ。ゴッドブレスユー。」
おじさんの言うとおりに、クイーンストリートの地下を南に下る。
地下だというのに、まるで地上かと見まがうほどにお店や建物が乱立しており、たくさんの人がひしめいている。
ショッピングエリアを抜けると、そこには路上向きのいいスペースがあった。
よし、ここでやるか。
ギターを鳴らす。
カナダの地下。
地下鉄が通過すると、ゴーっと音が通路に響く。
スターバックスのカップを持った人々が行き交う。
白人、中国人、日本人、黒人、アラブ人、ユダヤ人、
色んな人がいる。
ヨーロッパでは移民の規制が厳しかったり、古くからの土地ということもあってか、ほとんどが自国民ばかりだった。
日本人が1人で歩いていたら振り返られるほど珍しい存在だった。
それが逆に心地よかった。
でもここ北アメリカでは、本当に様々な人種が入り混じっている。
みなそれぞれに生活を手に入れ、この新しい国で堂々と暮らしている。
なんだか腰が座らない。
座ってもいい椅子が見つからない。
まるで初めて来た時の東京みたいに、浮ついて寄る瀬がない。
お金は入る。
子供もお金を入れてくれる。
でも折り鶴を渡しにくい。
文化が入り混じりすぎて、物事の中心が定まらないようだ。
北アメリカ、ここは人間の夢と欲望が作り出したテーマパーク。
お昼のあがりは30カナダドル。
シェルターはエアコンがききすぎていて、眠る時に備え付けの薄い毛布1枚では寒い。
ゆうべ寒さに凍えたせいで喉が痛くなっている。
こりゃまた風邪ひいたな………
シェルターで晩ご飯を食べ、荷物を持って上がってベッドを確保。
喉が痛すぎてこのまま寝てしまいたいところだけど、頑張ってもう一度路上に出かけた。
昼と同じ南通路で声をあげる。
しかし喉の痛みは増すばかりで、鼻水も出てきた。
こりゃまずいな。
大人しくシェルターに戻った。
夜のあがりは8カナダドル。
シェルターに入ると、受け付けのとこにあの世話焼きおじさんがいた。
初日にタバコをくれ、いつも何かと気遣ってくれるこのおじさん。
ここにいる変わり者の人たちの中では、だいぶマトモな存在。
そのおじさんが何やら叫んでいる。
「な!!ちょ、ちょっとでいいんだ!!そ、そ、外に、行かせてくれ!!行かなきゃ、い、いけないんだ!!ホラ!少しだから!」
何かに怯えてるように錯乱している。
「ちょ、ちょっとだけ!!俺は大丈夫だから!!ここにいたら、い、いけないんだ!!」
「わかった、大丈夫。でも1回中に戻ってタバコを1本吸ってくるんだ。ホラ、これを吸ってくるんだ。」
「あ、ありがとう!!で、でも行かないと!!」
「ハイ、おじさん、どうしたの?落ち着きなよ。」
「や、やぁ、君か。俺は外に行きたいんだけど、か、彼らがダメだと言うんだ!!」
そしておじさんは何かの錠剤の薬を半分に割って飲んで、落ち着きを取り戻してベッドルームに入っていった。
おじさんは強迫観念に襲われていた。
やはり、ここにいるのは何らかの理由で社会生活から弾かれたものたちなんだな。
俺もベッドルームに戻り、咳きこみながらベッドに入る。
隣のベッドのマンガみたいに太ってるおじさんは、言葉が喋れない。
鼻ヒゲをチョビと生やした愛嬌のある顔をしている。
いつも死ぬんじゃないか?っていうような咳や嗚咽を繰り返しているんだけど、今夜はいつにも増してひどい。
「コポコポ!!ヒキュッ!!………コオオオォォォ!!」
もう苦しそうで聞いてられない。
するとそれに耐えられなくなった他のおじさんが立ち上がって鼻ヒゲおじさんの前に立った。
「ヘイ、お前はな、癌なのさ。肺のやつさ。早く病院に行ったほうがいい。お前は癌なのさ。」
「ひぃぃぃいいいいい!!」
意地悪にそんなことを言うおじさん。
鼻ヒゲおじさんは悲しい声をあげて顔を歪める。
俺も咳きこむ。
明日は良くなってるといいな。