7月19日 木曜日
墓地公園のベンチの上。
寝袋の中で目を覚ます。
蚊の野郎がかなり強力なもんだから、寝袋から顔を露出していると顔に群がってきやがる。
ニットキャップをかぶっていても、その上からおでこに針を届かせるというナイスガッツをなやつらなので、寝袋の口をしぼって、鼻だけを出して寝ていたのだが、見事にその鼻先をチクリ。
うがぁぁぁーー!!!
仕方なく顔もすっぽり寝袋に入って穴をふさぐ。
完全サナギ状態。
朝、そのサナギを孵化させてくれたのが、公園の清掃をしている女の子だった。
よく眠れた?という問いかけに、いいベッドだね、という洒落た返事をしようと思ったのだが、寝ぼけてて頭が回らず、ニコっと笑うしか出来なかった。
駅裏の大きなショッピングモールで朝食。
いつものように惣菜を買い、カフェで温めてもらいコーヒーを飲む。
コーヒー1.5ユーロ。お代わりは50セント。
オウルの町はどこにいてもフリーWi-Fiが飛んでいるのでいつでもネットを使える。
気持ちのいい朝だ。
さぁ、歌おう。
歌うことが唯一の生命線。
一日たりともサボることは出来ない。
もう本当にお金がない。
これで稼げなかったらマジで飯抜きだ。
駅の地下道にて路上開始。
今日も雨は降っている。フィンランドは雨が多い。
このポジション、昨日アコーディオンを弾いてる人がいたんだよな。
俺は新参者。来たらやっぱり譲らないといけない。
しばらく順調に稼いでいると、昼過ぎくらいにボロボロのアコーディオンを持ったお兄さんがやってきた。
あーぁ、来ちゃった。
申し訳なさそうに、ここは俺がいつもやってるところだから……と、下手な英語で言っている。
ちょっとどもり気味に喋る彼。目線がどこかずれている。
全員が全員じゃないんだろうが、彼みたいな街頭の楽器弾きは何かしらハンディがあるんじゃないだろうか。
ふと三味線弾きのイメージが浮かんだ。
わかった、他のところ行くよ、でもその前に一曲一緒にやらないかい?
と誘ってみた。
単純なコード進行の曲を選び、コード表を見せる。
しかし、コードがわからないと言う。
頭で覚えてやってるから、と。
そうか、フィーリングで入ってくれるんだな、と実際演奏を始めた。
遠慮がちに弾き始める彼。
しかし……
あれだな。
もう手癖っていうか決まったことしか出来ないんだな。
4拍子のメジャーコードの曲をやってるのに、3拍子のマイナー調で入ってくる。
アコーディオンでタンゴ・ワルツみたいなマイナー調の曲ばっかりやってるから、それしか弾けないんだろう。
こりゃ無理だなと、不協和音の嵐の中、なんとか一曲歌い切り、ギターを片づけた。
雨も止んだようなので町のメインストリートの方に移動。
こっちにもアコーディオン弾きやサックス吹きの芸人さんがいる。
ヘルシンキからずっとこうしたアコーディオンとサックス吹きを見ているが、ギターの弾き語りをしてるヤツはまだ見てない。
路上演奏は貧しい職なしの者がやる食いぶちを稼ぐ手段、といった印象を受ける。
そして演奏してる曲も、曲っていうかアドリブでずっと回してるような感じ。
彼らは一日どれくらい稼ぐのかな。
ロシアにはあんまりこうした人たちいなかったんだよな。
ギターを担いでる人もほとんど見かけなかった。
あんまり音楽の盛んな国ではなかったんだろう。
フィンランドには楽器を持って歩いてる人がたくさんいる。
北欧メタルってジャンルがあるくらいだもんな。この美しい国でメタルってのもなかなかミスマッチ。
ヒゲと髪を伸ばしたタトゥーの人を見ると、メタルやってるなって思ってしまう。
そんなメタルの国で路上開始。
休憩を挟みつつ19時まで頑張った。
お金を入れてくれた時に、ニコっと笑って、
「ありがとう」
って言うと、それが嬉しいみたいで、周りで見てた人もありがとう言われたさにお金を入れてくる。
ドレッドの人、赤髪をモヒカンにしたおばさん、顔中ピアスの人、顔中タトゥーの人、改造車のヤンキー、アジア人、黒人、様々な人がお金を入れてくれる。
ヨーロッパの人たちは外見の個性の主張がすごい。
ロシアは保守的だった。
歌い疲れて指が痛くなった頃にはギターケースにはユーロの山ができていた。
今夜も墓地公園のベンチに座る。
スーパーで買ってきたオカズとパンを広げると、俺だけの貸し切りレストランだ。
マカロニとツナのマヨネーズ和え。
マカロニと挽き肉のケチャップ和え。
2つで3ユーロ。
美味い!!
あ、スーパーの買い物カゴがこんなんやった。面白い。
23時というのに、まだ夕陽にもならない青い空の下、寝袋に身体を突っ込んでこの日記を書いている。
本日の稼ぎ、86ユーロ。
この調子で一気に稼いで、スウェーデンに入るぞ。
おっと、その前にもう1箇所、フィンランドで行っときたい場所があったんだ。
それがどこかはお楽しみ。
さて明るい夜におやすみだ。