2006年10月7日 【神奈川県】
ユウキの部屋を出発する前に、きれいにお掃除をした。
あいつは朝から仕事に行っており、部屋には俺1人。
綺麗に掃除をしたら、ファントムの中からカメラを持ってきて玄関に置いた。
旅の前半に新宿で買ったこのアナログな一眼レフカメラ。
東北も北海道も、ずっとこいつを首から提げて写真を撮っていたけど、フィルムが面倒で最近はほとんど使っていなかった。
このところ写真にハマッているユウキ。
俺よりもあいつが持っているほうが役に立つだろう。
さぁ、いくぞ。
関西でのライブも東京での用事もすべてカタがついた。
縛るものはもう何もない。
年末までノンストップで宮崎までかけぬけてやる。
チェーン店だらけの246号線を走り、相模から山梨に入り、色づいたブドウ畑の中をかけぬけていく。
そして日も沈んだ頃に長野県の諏訪市に到着した。
今夜はここで歌おう。
夜になると、いきなり物凄く寒くなってきた。
こりゃ一気に冬だよ。
町を歩く人もジャンパーを着こみ、ポケットに手を突っ込んでいる。
かすかに白く染まる息。
この旅最後の秋だ。
路上を始めると、寒さに体が震えてうまく声が出ない。
指が冷えてピックを持つ感覚がなくなっていく。
そんな中、今シーズン1発目のホット缶コーヒーの差し入れをもらった。
冬の路上と缶コーヒー。
指を温めていると、高校2年のころからやってきた様々な町での寒い路上がよみがえる。
ナンパして夜通し遊んでた夜、チンピラに殴られて血を流しながらギターを抱えて逃げた夜、20人くらいの酔っ払ったおっちゃんたちとフォークを大合唱していたら学校の先生が通りかかって「お!!盛りあがってるな金丸!!」と笑顔だったくせに、次の日生徒指導室に呼び出され、「お前の歌で人を感動させるなんて無理なんだよ!!」と怒鳴られた日。
10代の俺を育てたのは、間違いなく学校ではなく夜のネオン街だった。
旅が終わってもまだ路上をやるのだろうか。
路上をやめるなんて悲しすぎるよ。
22500円の儲けをポケットにつめこんで車に戻った。
翌日。
ケータイが鳴っている。
ん………………朝か…………?
寝ボケながら手探りでケータイをつかみ、通話ボタンを押した。
かけてきていたのは美香だった。
「美香ー、早く会いたいよー。」
「でも………………今度は世界に行くんやろ?」
「ん………うん……………行きたくて行きたくてしょうがいないかな………………でも世界は1年くらいで帰ってくると思う。」
「ねぇ文武。こうやってね、お互いを縛っている状態を1回解消してみない?私ももっと自由にいろいろやってみたいし。そうしないとずっと待ち続けちゃうもん。」
「……………うん……………それがいいのかも………ね…………」
「私、文武とは結婚しないと思う。文武は絶対1ヵ所にとどまれない人間なんだよ。世界から戻ってきてもまた必ずどこかに旅立つと思う。」
「そんなことないよ。世界が終わったら……………」
「う………うぅ……………本当は……………どこにも行かないで欲しいんだよ……………う……ぐす…………いつもそばにいて、一緒に料理して……………今日会社でこういうことがあったんだよとか………………そういう話をしたいと…………………1人はいやだよ………………」
「………………」
日本は狭い。
この日本の何百倍、何千倍も広い大陸が海の向こうに広がり、様々な人種が暮らし、今もいろんな物語がつむがれている。
ニューヨークの高層ビル、砂漠に浮かぶ月、ジプシーの子守唄、教会のミサ。
道は地球上を縦横にかけめぐり、人々はすれ違い、言葉をかわす。
なのに日本は狭い。
今は日本の外に世界があるという認識だが、本当は世界の中に日本がある。
そのイメージを理解しなければ日本の本当の良さはわからないし、理解すれば人間の本当の素晴らしさにも気付けると思う。
知らないものを知ろうと思う冒険心。
いつまで経っても、俺は俺の中を旅している。
しかし、世界を回りたいということを周りに説得しようと思ったら、今度こそかなりの人に愛想をつかされるだろうな。
親も日本一周が終わってやっとまともに働いてくれると思っているだろうし、音楽仲間たちもこれから一緒にイベントやっていこうとはりきっている。
でも行きたいものは行きたい。
行かなかったら120%後悔してモヤモヤを胸に抱えたまま生きていくことになる。
俺の人生は俺が決める。
しがらみはたくさんあるがそれに従って、この若く無茶のできる時期を終えたくはない。
でも美香が…………
次の旅は失うものが多すぎるよな……………
晴れ渡る空の下、伊那市にやってきた。
古いというかボロい町並み。
探求心をかきたてられる路地裏やアーケードをのぞきこみながら1人歩いていく。
収穫が終わるこの時期、この連休にいたるところで秋のお祭りが行われている。
子供神輿が元気良く練り歩き、軽トラを改造した獅子舞が各民家の軒先で子供の頭にかじりついて回る。
みんな、みんなそれぞれの物語を背負って生きている。
木造民家の住宅地の中、ニョキっと飛び出している煙突は銭湯のもの。
ゆっくり温まり、外に出ると、冷たい空気が心地よかった。
それから伊奈名物のローメンを人気店『うしお』で食べる。
安くてうまい。
ちょっとクセがあるがさっぱりしていていい味だった。
小さな町なのに飲み屋街は立派なものだ。
木曽の人は飲み好きだな。
今夜は8000円のあがり。
優しい人々、透き通った夜空、美香の涙声。
俺はどこへ行くべきなのか。
それは俺よりも美香のほうがよく知っているんじゃないか。
人生の岐路がもうすぐそこに迫っている。
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