2005年 6月16日 【北海道一周】
朝8時、スキーウエアと日記とカメラをバッグに詰め込み、ギターを持ってフェリー乗り場にやってきた。
車は港の隅っこの見つからなさそうなとこに隠してある。
今夜は野宿になるだろうから気合い入れていかないとな。
1530円のフェリーに乗りこみ、いざ焼尻島へ向かった。
1時間で日本海に浮かぶ島、焼尻島に到着。
周囲は12キロメートル、人口数百人のごく小さな島だ。
久しぶりの島にワクワクしながらまずは郷土資料館へ。
焼尻は江戸時代にニシンの漁場として和人が住み始め、当時40人ほど先住していたアイヌの人たちに強制労働をさせ繁栄した島。
丘の上に建つこの資料館は明治33年に建てられたニシン御殿で、栄華を極めていた時代を偲ばせる豪壮な屋敷だ。
最盛期には2000人が住んでいたそうだが、ニシン漁は昭和30年に終わりを告げ、その後廃れて廃屋だらけの町並みとなったそう。
受付のおばちゃんは、暇なときはここから双眼鏡で海を挟んだ本島側の道を走る車を眺めているらしい。
遠い遠い昔を覗くように。
資料館に荷物を置かせてもらい、グニャグニャに曲る道を歩いていくと民家がなくなり、不思議な形をした楢の林とオンコの群生地が現れる。
オンコは本来20メートルほどにも成長する樹なのだが、焼尻のオンコは風雪にさらされることで、ねじれたり、地面を這うように枝を伸ばしたりと特殊な成長を見せている。
そこから先はひたすら草原と崖。
見渡す限りの水平線と広すぎる青空。
この島自体が漂流する一艘の小船のよう。
空に続くような緩やかな坂道を上り下りしながら、1人歩いていく。
のんびりと寝転がっているめん羊の群れ。
こんなにも無防備な島の上にいると、風に吹かれて飛んでいきそうな開放感に体が透き通っていく。
草むらから聞こえてくる小鳥のさえずり、ウミネコの鳴き声、どこまでも広がる海。
ニシン漁の遺物か、たくさんの廃屋や網、ブイが、生い茂る草むらに埋もれている。
いまだ開発庁のある未開の地、北海道。
しかし拓かれる地があれば、廃れていく地もある。
このままいけばこの島は無人になり、人間の生活の跡を歳月の中で風化させることだろう。
高級レストランに行き、エステで肌を磨き、テーブルマナー教室に通う。
結局は全部人の目を気にしてのこと。
そんなことが馬鹿らしくなるほど島の生活は人間を裸にしてくれる。
のんびり歩いていたら、気付いたときにはすでに14時になっていた。
あっ!!!
天売島行きの最終便は14時半!!!
やっべぇ!!
大急ぎで走り、郷土資料館に飛び込んだ!!!
「ホラ!!早く走って!!電話しといてあげるから!!」
おばちゃんにそう言われ、眼下に見える港を覗くと今にも出港しそうなフェリーが見えた。
荷物を抱えて猛ダッシュで丘を駆け下りる。
フェリーの上からみんなが俺を指差している。
700円払ってタラップを駆けあがって、無事フェリーに乗り込むことができた。
資料館のおばちゃん、ありがとう。
どうかお元気で。
フェリーはわずか20分で焼尻島の先にある天売島に着岸した。
乗ってきたフェリーは15分の間をおいて港を出て行った。
これが最終便になるので今夜は野宿確定だ。
さてー、どう回っていこうかなーとターミナルで情報収集していたらおまわりさんが声をかけてきた。
「野宿?んー、そうだなぁ。そこに古いプレハブあるだろ。そこで寝るといいわ。」
言われた通りプレハブ小屋をのぞいてみる。
学校のイスが4~5脚置いてあるだけの寂しげな小屋。
夜にここに戻ってこようと荷物を置いて歩き出した。
崖の上の島一周道路を風に吹かれながら歩く。
森はない。
見渡す限りの草原と海原。
静寂の中に風の音だけが聞こえる。
中学生のころ、草原の中を1人歩いていく、そんな寂しげな絵を描いたことがある。
昔からそうした孤独な風景が好きだったんだろうな。
今、あのときの絵の中にいる俺。
それにしても気づいたらウミネコの声がハンパじゃない。
ニャーニャーニャーニャー!!!ってめちゃくちゃ聞こえてくる。
なんだなんだぁ?
ちょっと怖ぇなぁ…………
と思いつつ歩いていると、観音岬という看板を見つけた。
曲がってみてしばらく歩き、そそりたつ崖の上に立った。
「ハンパじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーー!!!!!!!!」
なんだこりゃ!!!!!
ウミネコがとまりすぎで崖が白くなってる!!!
動物モノのドキュメンタリー番組で見るような光景。
話ではこの人口わずか450人の島に100万羽以上の海鳥が生息しているという。
さらに歩くと、崖の上に海鳥観察舎という展望小屋があったんだけど、三陸海岸の北山崎が比じゃないような絶景。
すげすぎる!!!!
ダイナミックすぎる!!!
そんな展望台に、1人掃除をしているおばちゃんがいた。
おばちゃんと話しながら備え付けの双眼鏡を覗く。
「ホラ、あそこの岩。屏風岩っていうんだけど鳥がいっぱいとまってるしょや?それダミーだからね。」
羽幌町にはオロロン鳥というシンボルがいるそう。
前は1万羽はいたが、今では十数羽にまで減少して絶滅の危機にある鳥だということ。
残りのオロロン鳥が寂しくないように、仲間がいるという安心感を与える為に、ダミーをたくさん設置しているんだそうだ。
「本物は滅多に見られないから安心しな。」
「え?これってそうじゃないですか?」
なんかそれっぽいのがいたので、おばちゃんに双眼鏡を覗いてもらう。
「だからそんなに簡単に…………あれま!!オロロン鳥だ!!お兄ちゃん、運がいいねぇ。」
2羽、プカプカと海に浮かんでいた。
それからブラブラ歩いて島を半周し、赤岩展望台にやってきた。
海に突き出した展望スペースで、崖に足をついて宙に浮いているかのようになってる、
真下には高さ48メートルの直立した奇岩、赤岩がある。
振り向いて陸の傾斜地を見ると、ボコボコと小さな穴が蜂の巣のように開いている。
これはウトウという鳥の巣穴で60万羽が住みついているんだそうだ。
今は海に魚を獲りに行っているが、夕方になると嘴いっぱいに小魚をくわえて雛の待つこの巣穴に帰ってくるとのこと。
実はこの『帰巣』こそがこの手売島のメインイベントだ。
やがて真っ赤な夕日が日本海に沈んだ。
遥かかなたには海に浮かぶ、水墨画のようにかすんだ利尻富士の姿。
きれいだなぁ…………と思っているその瞬間だった。
ブバッ!!!
何かが頭の上をかすめた。
き、来た!!
ウトウだ!!
日の沈んだ薄暗い空に、すさまじい数の戦闘機みたいな黒い物体が押し寄せてきた!!
ズドン!!ズドン!!と弾丸のスピードで巣穴に直で突っ込んでいくウトウたち。
口には確かに魚をくわえてる。
しかしこのドラマはただこれだけでは終わらない。
自然とは酷なもの。
陸側で待ち受けているのはウトウよりも2回りも体の大きなウミネコの軍団。
ウトウが巣穴に入ろうとしているのを、トガン!!と体当たりで妨害し、くわえてる魚を奪い取っている。
矢のように降り注ぐウトウの大群とウミネコとの攻防。
人間の存在なんて眼中ナシ!!
その風切り音と鳥たちの絶叫のど真ん中で、大自然の摂理を目の当たりにした。
こいつはすげえ!!
すさまじいもの見たなぁと、興奮冷めやらぬまますっかり暗くなった展望台を後にし道に出ると、ふとアスファルトでなんか動いているのを見つけた。
なんか黒くて丸っこいのが動いてる。
あ、ヒナだ。
「あー、可哀想だけどもう死ぬしかないなぁ。」
親の帰りを待ちわびて巣穴からピョコピョコ出てきてしまったヒナ。
一度巣穴から出てしまえばそれは巣立ちとなり、もう穴に戻ることはできないという。
残念ながらこいつは広い海を知らずに死んでいくんだな。
可哀想すぎるけど、それも自然の摂理か。
見るもん見たら、真っ暗闇の中を港まで歩いた。
6キロの道のりをトボトボ歩いていく。
今日もまだなんにも食べてなくて、あまりにも腹が減って、ようやくたどり着いた集落にあった商店でお湯をもらい、カップラーメンにありつく。
お店のおばちゃんとお喋りしているとお客さんが入ってきた。
地元のおばちゃんだ。
「え?野宿するのかい!?よし、うちでシャワー浴びていきなさい。そこで『栄丸』って民宿やってるから。」
ラッキー!!
人っ子1人いない静まり返った集落の中を歩いていくと、教えてもらった民宿『栄丸』を見つけた。
「すみませーん。」
「おう、入って入って。まぁ座って。」
ご主人が厨房に案内してくれる。
「おう、食え。」
出てきたのは、なんと!!
海鮮丼!!!
さらにツブとホタテのお吸い物。
まだろくに話もしてないのに……………
なんて贅沢すぎるご飯……………
トムクルーズ似の彫りの深い男前の旦那さんは現役の漁師さんで、白いTシャツが筋肉で盛りあがっていてすごくたくましい島の男だ。
それにしても…………もう涙が出るほどうまかった。
このごろロクなもの食べてなかったからなぁ。
あぁ、さっきカップラーメンなんか食わんけりゃよかった…………
しばらく話していると旦那さんが切り出した。
「おう、しばらくうちでバイトしていかねぇか?」
うん…………とてもしたい。
もしかしたら船に乗せてもらえるかもしれないし、魚のさばきかたも覚えられるかも。
でも…………明日は金曜日。
稚内まで行って路上で稼ぎたいところ。
「すみません。やっぱり先を急ぎたいので…………でも明日の朝、手伝わせてください。」
というわけで泊めていただくことになり、客室でフカフカの布団にくるまった。
サイコーだあああああ!!!!
ああああああ!!!嬉しいいいいいい!!!!
港のプレハブ小屋に置いていた荷物もさっき旦那さんと取りに行ってきたし、シャワーも浴びることができた。
気持ちいい布団の中で目を閉じる。
ここは日本海に浮かぶ小さな島、天売島。
海鳥たちも眠りについている。
翌日。
「この酢の物、どの皿ですか?」
「酢の物はこれ!!悪いね、手伝ってもらって!!」
ばたばたとお客さんの朝食の準備をしている旦那さんと奥さん。
それに混じって俺もお手伝い的なことをする。
一宿一飯の恩義ってことで力になりたいんだけど、全然役に立ってない気がする。
そんな俺の横でキビキビ働いているのは、エプロン姿が可愛いソニン似の長女のいくみちゃん。
高2でびっくりするほどかわいい。
朝のドタバタが一段落してからみんなで朝ごはんを食べた。
目をこすりながら起きてきた末っ子のみさきちゃんは小学3年生。
あと真ん中に中2のつよし君。
お父さんに似て男前だ。
食器を洗ったらルーミング。
高2っていう遊びたい盛りのいくみちゃんだけど、文句も言わずにクルクルとよく働く。
手際がよくてきびきびしてて、何より素直だ。
富良野のヒロちゃんに見せてやりたいなぁ。
学校行かないでこんな民宿の手伝いしてていいのかと思ったら、なんとこの島の高校は定時制しかなくて16時くらいから授業が始まるんだという。
昼の間は家で家事や漁を手伝うのが手売の島の習わし。
だから高校生になればもう1人前として見られるようで、大人に混じって堂々と酒を飲む。
ちなみに高校生はたったの5人。
そんな天売島。
今日は島の大運動会らしく、400人の島民が学校の体育館に集う一大イベントだ。
見るしかねぇ!!
が、見たらフェリーに間に合わん。
んんんんんーーーーーー
仕方ない。
こんなナイスタイミング、金じゃ買えないからな。
今日も栄丸でお手伝いさせてもらうことにした。
栄丸のエプロン姿で外を歩けばみんなが話しかけてくる。
「あらー、栄丸さんのバイトの人?」
「どこから来たんだぁ?」
島の人たちに挨拶しながら学校に着き、体育館の中に入ると赤ちゃんからジジババまで勢ぞろいだった。
バットをおでこにつけてクルクル回って走るおじさん。
フラフラっと転ぶたびに大爆笑が起きる。
「つよしー!!がんばれー!!」
みんながみんなの名前を知っている。
まるで島全体が1つの家族みたいだ。
午後からは小中学生のブラスバンド演奏。
あー、みんな一生懸命だなぁと思いながら演奏を聴いているところに誰かが話しかけてきた。
振り返ると、昨日港で会ったお巡りさんだった。
「なんだぁ。栄丸さんで働いてるのかぁ。島はいいべ。まぁゆっくりしてけばいい。」
宿に戻ると、家族総出で大急ぎで準備が始まる。
今日は36名の団体が入ってるらしく、おじちゃんが港からタラバガニ、ウニ、イクラ、ホタテなんかの獲れたての魚介類を仕入れてきた。
「食ってみるか?」
まだワシャワシャと動いているウニを包丁で真っ2つ。
黄色い実をすすると口いっぱいに広がる濃厚なうま味と海水の塩味。
う、うますぎる!!!
今まで食べてきたウニは一体なんだったんだ!!!
子供たちは普段から新鮮な魚介類を食べまくっているから、内地で寿司屋なんか行ってもまずくて食えたもんじゃないという。
ちなみにこのウニは1つ100円くらいのもんらしい。
ウニ丼を作るにはだいたい5個もあればいいので500円程度。
それがお店で食べたら2000円とか3000円するってわけだ。
夕方になり団体さんが到着。
俺もお客さんたちをお出迎えして荷物を運ぶ。
お出迎えは慣れたもんだ。
んー、新プリンスホテルでの経験がこんなところで役に立つとは。
早速釣りに出かけていったお客さんたち。
送迎も、竿も仕掛けも全部やってくれるおじちゃんはバリバリの現役漁師。
船も出してくれるし、釣った魚をその場でさばいてくれるし、なんて贅沢な旅行なんだろう。
夕方になり、釣りに行ってたお客さんたちがゾロゾロと宿に帰ってくると、栄丸名物の海鮮バーベキューが始まった。
表の庭でその日の獲れたての魚介類を豪快に網焼きしていく。
胸板ほどもあるような巨大なタラバガニを旦那さんがその場でさばいてくれ、お客さんたちみんな大喜びだ。
そして……………やっぱり歌うことに。
ま、マジですか………
緊張するな…………
俺の緊張をよそに、奥さんが近所の友達を呼びまくって一大イベントになってしまった。
観客の中には、昨日、海鳥観察舎でしゃべったおばちゃんの姿もある。
かなり喉の調子が悪くていい声が出なかったが、それでも4000円のおひねりが出た。
島でこんな生演奏が行われることはほとんどないようで、みんな喜んでもらえた。
でもお客さんの中には、全然ダメだな!!ダメダメ!!って言う厳しい人もいた。
ガックリしていると、いくみちゃんが来て、すごい良かったよ!!って慰めてくれた。
いくみちゃん良い子だなぁ……………
そんなこんなありつつも、調子に乗って飲みすぎたおかげでこの豪勢な料理の味をほとんど覚えてないという一生の不覚。
こんな神の食事なのに、なんてもったないことを……………
そんでそこから先は記憶ナシ。
たしか羽幌町の町議員さんとお話していたような…………
都会で酒飲んで、温泉街で酒飲んで、そして誰にも気付かれないようなこんな小さな島でも、こんなに賑やかな宴が開かれているんだ。
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