2005年 4月 【富良野アスパラ収穫バイト】
今日もアスパラ収穫のバイトに精を出す。
だいぶコツも掴んできてめっちゃサクサクと刈り取っていくんだけど、その横を超人的なスピードで追い抜いていく北さんの奥さん。
すげーー…………
手際がマジで神業だわ…………
俺も結構こういう作業得意なんだけどなぁ、マジで倍のスピードだ。
「あー?まさとし(息子)?ありゃベベルイ川の橋の下で拾ってきたんだぁ。」
作業しながらもそんな冗談を言って俺たちを笑わせてくれる奥さん。
俺は石並橋の下で拾われて、美香は塩見橋の下で拾われた。
橋の下で拾ってきたというのは全国共通だなっていうかベベルイ川て!!
川の名前の破壊力!!
そんな楽しい職場なんだけど、ひとつだけ不快なことがある。
それは今一緒にバイトをしている農業ヘルパー。
農業ヘルパーってのは人手が足りない農家さんのとこに派遣されて手伝いに行くアルバイトのことで、100人以上もの大学生や自然大好きな人たちが日本中から集まってきて農協の大きな寮で暮らしている。
北さんのとこにも毎日2人入っているんだけど、まぁ、何ともオーガニックな女の子たち。
何人か入れ替わったけど、どの人もみんななんか悩み抱えてそうな暗い人だったり、人の目を見て話せんかったりそんな感じ。
この数ヶ月富良野にいて思ったけど、なんで富良野にやってくる人って、こう人生に疲れた閉鎖的な人が多いんだろう?
最近、毎日北さんとこに入ってきてる女の子もそんな情緒不安定系。
森三中の大島に似てる女の子。
突然空に向かって目いっぱい両手を広げて、晴れやかな顔で、
「太陽さんありがとおおおおお!!ルンルン♪」
って叫びだす。
動きがすべて演劇の舞台みたいで、1人でお芝居してるような感じだ。
それをボーゼンと眺める俺たち。
その森三中がなぜかこのところ俺に対して無視をしてくる。
不快にさせるようなことをした覚えはないのに、ずっと俺だけ無視。
おかげで作業中の雰囲気が淀みすぎて気まずい。
「金丸君、森三中さんに何かした?」
「いや、何も。何で怒ってると?あの人。」
「わかんなけど金丸君のこと無性に嫌いとか言ってるんだよね。見てて面白いから私はいいけどさ。」
もう1人の女の子、シモちゃんは森三中がキレるたびに笑いをこらえている。
中田のおじさんと北さんの面子を潰すわけにはいかないので我慢はするけど、寮で俺の悪口言ってるみたいだし、久しぶりにイラつかせてくれるなぁ。
ある日こんなことがあった。
作業をしてるといきなり森三中がこんなことを言った。
「シモちゃんと金丸君、2人を見てるとなんか胸がザワザワする。」
「え?何で?」
「何か2人とも感情がないみたい。心が壊れてるんじゃない?」
な、なんなんだよこいつウケるなぁ。
ハウスから出てきて、いきなり両手を口に当てて、お尻を突き出して、
「とおおおかあああちいいいだああああけさああああああんんん!!!!ルンルン!!キャピッ!!」
って十勝岳に向かって叫んでる。
お前のほうがよっぽど壊れてんだろ!!
それからも奇行は毎日続き、俺への無視も毎日続いた。
ていうか俺、毎朝寮までシモちゃんと森三中を迎えにいってるので、朝の車内からずっと気まずい。
そしてついに事件が起きた。
その日も仕分け小屋の中でいつものように収穫してきたアスパラをビニールテープで巻いていた。
やっぱり森三中はムスッとした顔のまま。
すると、あまりにも雰囲気が悪かったからか、シモちゃんが話題を振ってきた。
「金丸君、メイド喫茶って知ってる?」
「うん、ご主人様っていうところやろ。」
「あれすごいよね。」
「うん、すごいよね。」
まぁ俺もたまには声かけてやろうかなと思って、森三中にも会話を振ってみる。
「森三中さんはメイド喫茶行ったことある?」
「……………いや、そういう話、仕事中にやめてくれない。」
「え?何で?」
「気分を害するような話じゃん。やめて。」
「いやいや、森三中さんもいつもぺちゃくちゃ喋ってるやん。虫とかと。でっけー声で。」
「そうだけど私ニュースで見たんだよ!!警察に摘発されてたもん!!何考えてるの!!」
…………どうやらイメクラかなんかと勘違いしてるらしい。
「森三中さんさぁ…………何でそんな空気悪くしようとすると?」
「はぁ!?じゃあ言わせてもらうけどねー!!金丸君のほうがよっぽど空気悪くしてるんだから!!職場の雰囲気はみんなで作るものだよ!!ソウ!!ミンナデ!!」
顔真っ赤になって声が震えている。
宝塚歌劇団みたいな動きで。
「あのさー………誰がこの雰囲気作ったと思ってると?」
「金丸君よ!!そう!!ソシテミンナ!!」
この時点でもうボロ泣き。
シモちゃんはすでに堪えきれずに笑っている。
「どうせ最初から軽蔑してたんでしょ!!私わかるんだから!!私感じ取ったり出来るんだから!!」
「あー、そうだねー。初日から無理やなとは思ってたよ。」
「何で!?ねぇ!何でよ!?」
「いや、生理的に無理な人っているやん。それでも俺は普通に接してきたつもりだよ?」
「………私…………私、金丸君のこと好きになりそうだったんだよ!?会うたびにドキドキしたりして!!」
「おー、怖い怖い。」
「何よぉぉぉぅぅぅ!!」
「もうさ、気の合わんもん同士無理に仲良くしようとせんでいいやん。どうせ明日までなんやからさ。」
怒りに真っ赤になって震えて、まるで『スト2』の豪鬼みたいになってる。
そこに北さんの奥さんがやってきた。
「あら!!どしたのさ!?」
「いや別に何でもないですよ。」
「すみません!!ケンカシテマシタ!!」
「喧嘩かいぃ?もうー、金さん泣かしてからぁ。はいはい悪いのは金さんね。」
いや、なんで!?なんで俺!?
くそー…………泣けば甘やかされると思いやがって。
とりあえずその場は北さんの仲裁でなんとか収まって、昼休憩をして午後の作業に入った。
3人でいつものようにサウナ状態のハウスに入ってアスパラを刈っていくんだけど、サクッ、サクッ、というアスパラを刈る音に混じってすすり泣く声が聞こえる。
うっとおしいなこいつ…………思いながら無視して続けていると、次の瞬間、
「うえああああああん!!うえあぁぁぁぁん!!」
マジで近隣の農家にも響き渡るくらいのものすごい大声で泣き叫びだした森三中。
直立して両手を目に当て、ドラえもんにすがるときののび太状態。
「ウッ!!ウグッ!!………ヒグッ!!ヒッ!!」
顔を涙でぐちゃぐちゃにして奥さんに連れられてハウスを出ていった。
知ったこっちゃねぇよ。
こんなことで泣いて甘やかされて、そしてそれを『繊細さ』と言って正当化して。
富良野には倉本聰主催の富良野塾っていう演劇の学校みたいなのがあるんだけど、それを受けにきて3回連続で落ちてる森三中。
そりゃこんな根性じゃ無理だよ。
でも…………北さんには迷惑かけてしまったな…………
紹介してくれた中田さんにも。
でも我慢できんもんは我慢できないよ。
だいぶ我慢したつもりだし。
まぁ、俺のアスパラバイトも残りあと1日。
最後まで一生懸命やるか。
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