2005年 5月 【富良野アスパラ収穫バイト】
今日でアスパラ刈りも最後。
1ヶ月半なんてマジであっという間だったな。
農業って時間が経つのが早すぎる。
それほど大変な仕事だ。
この日、森三中は北さんのところには来なかった。
おそらく別のとこにまわしてもらったんだろう。
きっと俺のことを、昨日のあの口喧嘩の数分間を一生忘れられないで生きていくんだろうな。
最後のバイトを終え、北さんにお礼を言って車に乗り込み、中田さんのとこにやってきた。
この前のワンマンライブの時にヒロちゃんをイソエさんに紹介したんだけど、「本気でバンドをやっていきたい!!」というヒロちゃんのこと何かと目をかけてくれ、今日はブラストジェイルの練習を見学させてもらえることになっている。
ヒロちゃんのバンドメンバーを車に乗せ、富良野のバンドマンたちがいつも練習をする青少年ホームへやってきた。
中に入るとバスドラの音、ハウリング。
懐かしいこの雰囲気。
ブラストジェイルやっぱかっこいいなぁ。
「ヒロちゃんたちもなんかやってみるかい。」
縮こまっているヒロちゃんたちにそう声をかけるイソエさん。
ええええーー!!と大慌てする女の子たち。
いきなりこの人たちの前で音出すなんて緊張するわな。
まだ合わせられる曲がないのでスリーコードのリズムトレーニングをすることに。
ブラストジェイルのドラマー、コンノさんが叩いてくれることになり、アンプはマーシャル。
贅沢極まりない。
まぁ案の定ヘロヘロの演奏になってたけど、もちろん最初なんてこんなもんだ。
悔しがってるヒロちゃん。
「せっかく楽器を買ってこれだけの練習設備も整ってるんだから1回くらいは人前でライブ出来るようになろうな。おじさんたちいつでも協力するから。」
広くてきれいな無料のスタジオには、どでかいマーシャルが3台、パールのドラムフルセット2台、ベースアンプもボーカルアンプもめちゃくちゃ豪華なやつが揃ってる。
俺が高校の時やってたバンドなんて、今にも崩れ落ちそうな山奥の農機具小屋でドラム缶に火を起こして、気持ち悪い虫が大量に飛び出してくる中、小さなアンプを最大にして練習していた。
こんな設備で練習できるなんて恵まれまくってるよ。
ヒロちゃんたち、これからバンドでたくさんの思い出を作っていくんだろうな。
ホント、いろんな思い出ができるよ。
みんな、いつか対バンしような。
農家さんのバイトが終わり、お金もある程度貯まり、2代目ファントムの車検も無事完了。
あと富良野でやるべきことは旅人バスを完成させることだけだ。
バスの内部はほとんど完成したので、次は設備関係。
トイレをどうしようか悩んでいたんだけど、中田のおじさんのコネで、上富良野にある衛生公社から簡易トイレを安く譲ってもらえることになった。
うん、やっぱり穴掘って新しくトイレ作るのはあまりに大変なので、簡易トイレが1番手っ取り早い。
大きくてまだ全然きれいなやつを1万5千円という破格の値段で譲ってもらった。
中田さんと衛生公社さんに大感謝。
山田親方に借りてきたトラックでトイレを取りに行き、気合いで1人でトイレを降ろし、汗をぬぐいながら苦労して作ったベンチに座る。
春のうららかな日差しが窓から差し込む中、中田のおばちゃんが作ってくれた弁当をゆっくり食べた。
あー、このまだまっさらなバスの壁に、これからたくさんの旅人たちが名を残して行くんだろうな。
そうそう、この前美香からあの日以来の電話がかかってきた。
久しぶりの声はまるで別人のもののようで、さぐり合うように言葉を選んだ。
「あ、今車に乗った?BGM当ててやろうか。えー…………サンボマスター。」
「誰それ?これだよ。」
チャララー…………ラーラー………ラーラー
「え!!ウソ!!…………これ聞いて!!」
「…………うそ………」
その時、俺も車に乗ってたんだけど、かけていた曲が俺も美香もジャクソンブラウンの『レイトフォーザスカイ』だった。
2人ともすごく驚いて、笑った。
「今日ね、俺の旅が映画化されたら、って妄想してたんやわ。キャストどう思う?」
「んー、そうだねー。」
「俺が二宮君で美香がアズ。」
「あ!!いいねぇ。で由がミムラね。」
「うわ!!いいねぇ。じゃあテディーさんはー………山崎まさよし。」
「えー、なんかパワーが足りん。」
「んー…………あっ!!大友康平!!」
「あ!!ピッタシ!!」
「で、中田のおじちゃんが伊藤四郎でおばちゃんが賠償千恵子でヒロちゃんがクレラップ。」
予想外にすごく自然に笑いが出た。
美香のやさしい声が驚くほど心を癒してくれて、電話を切った後、すごく安らいでいた。
やっぱり美香を手放したらいけないって思えた。
なんとかしなきゃな。
磯江さんのライブにまたまた出演。
ヒロちゃんの参観日になぜか出席。
母の日におばちゃんにあげたエプロン。
そうそう、これ、旅出発の時から履いてたジーパン。
ジーパンっていうかただのボロ雑巾。
ひどすぎる…………
マジでこれ履いて歩いてたら、通り過ぎる人たちがみんなギョッ!!と振り返る。
そりゃそうやわ。
常にパンツ丸見えだもん。
そしたら見かねたおばちゃんがプロの腕で直してくれた。
ぐおおおおお!!カッケェ!!!!
着物の古布でリメイクしてくれるなんてヤバすぎる!!!
こりゃ大事に履こう。
おばちゃんありがとう。
それから数日。
春の暖かい日差しに緑が輝く。
花には蜂やアブが止まり、長い冬から色んな生き物が目を覚ましたみたいだ。
1人、山部ハウスの中を片付けていく。
とうとう明日、この住み慣れた家を出る。
今思えばあっという間の9ヶ月間。
中田さんにこの家を紹介してもらったのがまるで昨日のことのようだ。
「ヴ○ギナーーー!!」
いきなり全力で下品な言葉を叫んでも、牛乳噴き出して大笑いしてくれるユウキは今はいない。
あいつは今、川崎の光ちゃんの家に居候しながら、旅費を貯めるために武蔵小杉の飲み屋でボーイをしているらしい。
まぁそれにしてもわけわからん!!!!
あまりにも物が多すぎるし、家広すぎるし、冷蔵庫の中の物は腐りまくってるし、どっから手をつけていいのかさっぱりわからん!!!!
するとそこに中田のおばちゃんがやってきた。
おばちゃんが作ってきてくれたおにぎりを窓辺に座って食べていると、お友達の松永さんまでやってきてくれて、3人で片付け開始。
いやーーー、さすがは主婦。
みるみるうちに部屋の中がきれいになっていく。
「こういうことは男だけじゃだめだぁ。女の手がないと。」
明日くらいまでかかるかなぁと思っていたのが、夕方までに完璧に終わってしまった。
すっからかんになった家の中。
そしてものすごい量の荷物を2代目ファントム号に押し込む。
来たときはあんなにちょこっとしかなかったのにな。
この町で本当に色んなものをもらったよな。
片付けが終わったら家主の川渕さんのところに挨拶に行った。
「ほんとにお世話になりました。」
「いやいや、いーんだよ。あのね、餞別はやれないけどその代わりに今月分のハンパの家賃はいらないからね。」
何度も頭を下げ、山部の町を後にした。
中田さんちで晩ご飯をご馳走になり、それから富良野に来たばかりのころ車中泊をしていた場所、北雪の塔の駐車場にやってきた。
今夜から家なしだ。
快適な家を出て車中泊生活がスタートする。
車内灯をつけると外が何も見えなくなった。
久しぶりだなこの感覚。
荷物で溢れかえった車の中、運転席と助手席にまたがって無理矢理横になった。
ゴツゴツして、とても眠れそうにないやん。
ああ、これからまた長い過酷な日々が始まる。
こんなにも穏やかな毎日だったせいで少しひるんでいる心。
でもいつまでも居心地のいい場所にとどまっているわけにはいかない。
先はまだまだ長い。
【富良野アスパラ収穫バイト編】
完!!
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