2004年 10月16日
仕事を終え、土地探しの件がどんな状況か聞きに萩原農園へ行ってみた。
「おー、金丸君。ちょっと待ってな。」
どこかへ電話をかけてくれる萩原さん。
「………………あー、もしもし佐藤さん?あの例の土地の話のお兄ちゃん、今から行かせていいかい?」
えっ!!!
うそ!!
そんないきなり!!??!
まだ心の準備全然出来てないんですけど!!!
マジかよ………どうしよう…………
萩原さんに道を教えてもらい、ドキドキしながら車を走らせ、山部の奥地、市営キャンプ場『太陽の里』の向かいにある佐藤さんというかたの家に到着した。
「こ、こんばんはー…………」
「おー、入ってー。」
部屋の中でおじさんと向かい合う。
おじさんは一人暮らしのようで、家の中は結構散らかっていた。
テレビでは西田敏行が泣きそうな顔になってる。
「で、何を造りたいんだ?」
ふぅ………覚悟決めるぞ…………
日本一周の中で何度も野宿をし、そんな時に無料の雨風しのげるだけの小屋でもあればなといつも思っていた。
北海道のどこか静かできれいな場所に、自分を見つめられる8畳くらいの旅人・ライダー用の小屋を作りたいんです!!
と、包み隠さず気持ちを伝えたところ案外好感触っぽい。
が、電気は?トイレは?水は?管理は?と痛いところを突かれまくりで、計画のまとまりのなさを思いっきりさらけ出してしまった。
や、ヤバい…………
「ちょっと暗いけど場所見てみるか?」
しかし、こんないい加減な計画であるにもかかわらず、そう言ってくれた佐藤さん。
手ごたえを感じつつ、車に乗って300メートルほど行き、畑の中のボコボコ道を進んで行くと、雑木林に突き当たった。
「ここだべ。」
林の中に雑草の空き地があり、ちょうどいいくらいのスペースがあった。
横に川が流れており、飲料には適してないようだが充分綺麗だ。
道路から離れているので真っ暗闇に満点の星空。
人も滅多に来ないような畑の中。
うんうん、こりゃいい!!!
「もう1ヶ所見てみるべ。」
次にやってきたのは、佐藤さんの家の近くにある空き地。
暗い草むらに光をあてると、そこは軽トラやトラクター、ドラム缶など、鉄屑が山のように散らばる雑品置き場だった。
「ここを使うんだったら、まずこの雑品をどうにかしなきゃな。」
確かにこりゃすごい鉄屑やゴミの山。
これは片付けるだけでも相当な仕事だ。
その時、懐中電灯に何か巨大な物体が浮かび上がった。
鉄屑の山の中にうずくまっている。
「その25人乗りのバスな、それもう潰すつもりだったから使うなら使っていいべし。」
それは大型のバスだった。
どこから持ってきたのか、かつて旭川で走っていた路線バスのようだ。
力を込めてドアを開け、中に入ってみると、車内もゴミで溢れかえっていた。
でもほとんど錆びついていないし、片付ければ全然使えそうな感じだった。
こ、これは…………いいんじゃないか!?
バスを改造?
秘密基地感がヤベェ!!!
俺が興奮してるのを見て佐藤さんも満足げだった。
「次の日曜空いてるべか?明るいときにもう1回見るべ。その時にプランの中身ちゃんと見せてな。」
佐藤さんにお礼を言い、車に乗り込んだ瞬間めっちゃ大きな1歩に思いっきりガッツポーズ。
外灯ひとつない夜空には満天の星空が広がっている。
んー、寒い。
さぁ、忙しくなるぞ。
大きな大きな進展があったその次の日のことだった。
大変なことが起きてしまった。
朝、寝ぼけ眼で外に出た瞬間!!!
目に飛び込んできたのは見慣れた芦別岳の真っ白な姿。
「うおおおおおおお!!!雪やあああああああ!!!」
北の峰スキー場はすでに滑れそうなほどに雪が積もってる!!
道路の温度計はついに0℃になり、鈴木親方の家に着くとバケツの水が凍ってる!!!
宮崎の冬では1年に一度くらいしか凍らなくて、学校に行く途中に水たまりが凍ってたりすると、大はしゃぎで学校に持っていくような感じだったのに!!!
まだ10月だぞ…………
そんな初雪に興奮しながら仕事を頑張り、休憩時間には山田親方に小屋建設の相談をしまくる。
親身になってアドバイスをくれる山田親方の言葉がめちゃくちゃタメになる。
そんで仕事が終わったらそのまま例のバスを見に行ってみた。
うん、タイヤもついてるし、空気もちゃんと入っている。
これで引っ張ることができるはず。
イメージは子供の頃に誰もが夢中になったあの秘密基地。
旅人たちが集まって子供の頃を思い出せるような場所。
水は横の川から汲んでくればいい。
トイレはまだ構想中。
いいぞいいぞ、どんどんイメージが固まっていく。
近くにある雑品屋さんにも話を聞きに行ってみた。
鉄屑に埋もれた事務所の中で社長さんに相談する。
「鉄屑っていくらくらいで引き取ってもらえるんですか?」
「ええ?いや、こっちがお金払うほうだよ?」
「え!?ホントですか!?!じゃあ日程また連絡します!!!」
「いっぱいお願いねー。」
よし!!!
あの鉄屑を片付けるだけでも相当なお金がかかると思っていたのに、まさか逆にもらえるほうだなんて!!!
よっしゃあ、全部順調に進んでるぞ!!!!
それから数日後。
地元の友達のマコトが富良野に遊びに来て、3人で旭川の奥にある層雲峡に遊びに行った。
仕事から帰ってきてファントムのタイヤをスタッドレスに履き替え、大好きな千石食堂で美味しすぎる晩ご飯を食べて3人で夜の道をとばしていく。
鹿マーク。
熊マーク。
狐マーク。
旭川を抜けて39号線を大雪山沿いに走っていく。
森の中、ひたすら暗闇の登り坂。
「でよー、ケンエイがよー、」
「おう、ケン坊がどうしたー?…………って、あああああああ!!!!」
うおおおおおおおお!!!!
雪が積もってる!!
気がついたら周り全部雪!!!!
「やべぇ!!やべぇ!!トウッ!!」
車を止めた瞬間、服を脱ぎ捨ててまっさらな雪の上にダイブするユウキ。
アホ丸出し!!!
大興奮で登っていくと、森を抜けた途端に巨大なホテルの明かりが見えた。
この辺りは温泉街としても有名みたいだ。
それにしてもスタッドレスタイヤってすごいなぁ。
初代ファントムはあんなに滑りまくってたのに、このアイスバーンでも全然ヨユーだ。
今日はここでストップ。
みんなでしこたま積んできた毛布にくるまった。
さすがに3人は狭いな…………
翌日。
車のドアを開けるともう全てが真っ白!!
ゆうべは気づかなかったけど、ここ層雲峡は切り立った断崖絶壁に挟まれた谷になっている。
今にも崩れ落ちそうな奇岩が山の上にそそり立っていて、中国の水墨画の景色みたいだ。
大雪山系黒岳の麓に位置するこの層雲峡。
大昔の噴火により流れ出た溶岩が固まり、収縮することによって柱状節理の台地が出来上がる。
そこを雪解け水の川が流れ、少しずつ少しずつ地面を削り、3万年の時を費やしこの大峡谷が出来上がったのだ。
花畑で有名な、日本中のハイカーに人気の黒岳。
ロープウェーは1人往復1750円。
うん、フツーに無理。
ターミナルの食堂で特産の舞茸うどんを食べた。
これはうめぇ。
温泉街を通り過ぎるとトンネルが現れ、そのわき道に入って行って駐車場に車を止めた瞬間、テンションがマックスにブチ上がった。
120メートルの断崖絶壁の割れ目から轟々と水が噴出している!!!
さらに少し先にもこれまたどでかい滝。
銀河の滝、流星の滝だ。
雪の白としぶきの白があまりにも綺麗で、しばらく呆然と立ち尽くしてしまった。
キャーキャーはしゃぎながら奥に進んでいくと門に閉ざされた道があった。
『崖崩れの為、通行禁止』
の文字。
「つーか寒ぃね。」
「ねー。」
何事もないかのように門を乗り越え、柱状節理の絶壁に挟まれた源流沿いに歩いていく。
まだきれいな雪の上に気まぐれに残された動物の足跡。
20分ほど進み、寒さが限界に達してきたころに現れた天城岩という名所。
ゴジラが爪で引っ掻いたような柱状節理の絶壁だ。
雪をかぶった木々の緑と白のコントラスト。
なんてありのままの自然なんだ。
さらに危険地帯を進んでいくと、神削岩っていう名所があったんだけど、どうやらここが崖崩れを起こした現場のようで、鉄の手すりがぐしゃぐしゃにちぎれ飛んでいた。
耳が凍傷おこしそうになってきたので急いで車に戻った。
富良野に帰ってきたらすぐに山田親方のとこに行き、草刈機と混合オイルを借りて、いざ戦場、佐藤さんの家へ。
ユウキとマコトを連れて行ったらわけわからんなるので、2人は新プリンスホテルに下ろして1人でゴー。
まずは整地するぞ。
「ちょっと見せるとこあるから行くべ。」
山部の佐藤さんちに着くと、一緒にどこかに行こうと言う佐藤さん。
ファントムに乗り、畑の中を進んで行く。
「そこ曲って。」
あぜ道をガタンゴトン進むと、休耕地になっている畑の真ん中に木造の大きな2階建ての農家がポツンと建っていた。
北海道らしい空に包まれた素敵な家だ。
「この家、今誰も使ってないんだぁ。持ち主さんも貸してくれるって言ってるし、ここでやったらいいべ。」
えええええええええええええええ!!!
こ、こんなでかい家…………
これじゃあペンションになっちまうよ。
ロケーションばっちりだし、まだ結構きれいで、最高っちゃ最高なんだけど、これじゃとてもじゃないけどスケールがでかすぎて俺1人の手には負えない…………
「電気と水道ひくべ?ここを男部屋でこっちを女部屋で、2階を寝室にして、あ、家族用の部屋も作らんきゃいかんべなぁ。」
ちょ、ちょっと待って!!
なんかすごい壮大な話になってる!!
「まぁ、兄ちゃんが頑張るんだったら俺が管理してやるべし。」
それはありがたい!!
でもここはちょっと…………
無人・無料で、旅人たちが自由に泊まり、自分たちで清掃し管理。
そして寸志を寄付する。
いわば山小屋のようなイメージ。
それをバスを改造して作りたい。
今の俺のイメージをもう一度しっかり、必死に説明した。
「んー、バスなぁ…………それよりもこっち借りてやって、金が貯まってきたら新しい小屋作ってどんどん大きくしていけばいいべ。兄ちゃんの息子が継げばいいべし。」
や、やばい………
そういうことをやりたい訳じゃなかったのに、話がどんどん大きくなっていく。
佐藤さんがこの話に前向きなのはすごく嬉しいことではあるけど、そんなデカい施設、管理もめっちゃ大変だろうし、そんな負担を佐藤さんにはかけられない。
あー、頭がこんがらがってきた。
そんなこんなで話が狂いまくって全然進まないまま打ち合わせは終了した。
撃沈してガックリしながらユウキたちを迎えに行った。
新プリンスホテルに着くと、駐車場の横に広がる森の入り口に関係者以外立ち入り禁止の看板が立っていた。
そういえば最近こんな噂を聞いた。
倉本聰さんがまた富良野でドラマ撮るらしい、という噂。
そしてその舞台が新プリンスホテルの近くにある、というところまで聞いている。
ユウキとマコトと、関係者以外立ち入り禁止のゲートを乗り越え、森の奥に歩いていく。
ひと気のない静寂だけが木々の間に漂っている。
少しすると、森の中に隠れるように1軒のログ風の建物が現れた。
看板には、『森の時計』と書いていた。
リアルタイムの双子との日常はこちらから