年が明け2004年になった。
これからの東北の旅に向けバイトに明け暮れる日々だけども、その間にこの北関東、特に茨城と栃木を回ってしまわないといけない。
関東平野に吹き抜ける寒風を浴びながら、色んなところを見に行った。
まずは足尾銅山。
この前死ぬ思いで越えた粕尾峠を慎重に走っていく。
標高1200メートルも登り、カーブの数はいろは坂以上。
それでも峠の頂上から見える日光の山々の雪をかぶった姿はたまらなく荘厳だった。
400年以上前に村の農民が発見したという足尾銅山。
それから1973年までの間、多い時で日本の銅の3分の1を産出していたこの銅山のおかげで小さな山間の村は大いに栄え、一時期は人口4万人にも達したという。
田中正三の公害問題の事件は学校の教科書で知ってたけど、最近の教科書には足尾銅山のことは書かれていないらしい。
1人800円を払ってトロッコ列車に乗り込んで、いざ坑内に入り、そこからは徒歩で進んでいく。
この銅山内の全ての道を繋ぎ合わせると、東京から博多まで行ける長さになるんだそうだ。
迷子になったらおしまいだな。
大分の鯛生金山がいかに整備されていたか改めて感心するくらいに大して見どころはなかったんだけど、名前が有名なので観光客は結構いた。
調子乗りすぎ。
足尾銅山を後にして向かったのは足尾焼きの七色火窯。
足尾には7人の窯、といわれる7つの窯元が点在しているそうだ。
獣をモチーフにした窯元、女性の作家さんがやってる窯元なんかを見て周り、最後にやってきたのは正三窯
ここが良かった。
この前センジ君と足尾に来た時に町のお茶屋さんで買った鮮やかな紫色のぐい呑みがこの正三窯の作品だったのでどうしても見たかったんだけど、時間が遅くなってしまいすでに17時半。
店の明かりは消えていたけど諦めずに裏のほうに声をかけてみた。
「すみませーん!!」
「はいはいー!!」
「あの、どうしても作品見たいんですけど。」
「あー!!いいよいいよ!!」
わざわざ開けてもらい、ストーブもつけてもらい、お茶まで出してもらった。
棚にはやはりあの紫の陶器たち。
男前の斉藤正三さん。
こんな時間にやってきたのに、中の工房でろくろ引きを見学させてくれた。
土ねりも見せてくれる。
「ほら、こうやって回しながら練っていくとね、菊の花みたいになっていくだろ?これを菊練りっていうんだ。みんなはどうやってここまで来たんだい?」
「粕尾峠ってところを越えてきました。」
「ブッ!!はっはっはっは!!何考えてんだっぺー!!タイヤは?」
「ノーマルです。」
「ハハハハ!!あの道はな、この季節は地元の人間でも通らないくらい危ない峠なんだぞ?しかも今日風花降ってたろ?よく来れたなぁ。」
「風花?」
「あー、日光とかの高い山の上で降る雪が風で運ばれてきてな、晴れてるのに降る雪のことだよ。」
みんなで興味深く見学し、たくさん質問をし、正三さんもとても親切に教えてくれた。
「紫色の徳利が欲しいんです。」
「あー、ない。今ねぇ、今度の出品のために作品を作り溜めてるところでね、窯焼いてないんだ。だから在庫少ないんだよ。もし良かったら焼いてあげようか?」
「マジですか!?」
「うん、2月にね1ヶ月間、益子の中央市場でウチの出すから、その時に君の分も焼いて持ってってあげるよ。形はどんなのがいい?」
やったーー!!あの透き通るような紫の徳利とぐい呑みを揃えられるなんて!!
結局17時半に来たのに1時間半もお邪魔してしまい、19時。
それでも丁寧に対応してくれた正三さん優しすぎる。
すごくいい経験をさせてもらえた1日だった。
正三さんありがとうございます!!
酒気を手に入れることになったならお酒も勉強しないといけない。
つくばから石下方面に向かい、小さな町の中にある歴史ある一軒家、里見酒造にやってきた。
ここは有名な霧筑波の酒蔵だ。
できれば蔵見学したいなぁと思ってやってきたんだけど、見学はできず、販売店も小さくて冷蔵庫の中にも5~6種類しかない。
銘柄は全部霧筑波。
少量生産のところなんだな。
店主のおじさんにオススメを聞くと、搾ってすぐに瓶詰めした薄濁りの「初しぼり」ってやつにすべしとのこと。
とても人気があって毎年年末から2月くらいまでしか店先に並ばないんだそうだ。
いい酒ゲットして里見酒造を後にした。
次にやってきたのが石下市の一人娘の蔵元。
茨城の銘酒といえば「武勇」「霧筑波」そしてこの「一人娘」。
色んな賞をとってるらしい。
うずらさびれた昭和の町並みの中にある蔵元に到着し、日本酒度+5~+8という辛口の特別純米ってやつを買った。
他にもひたちなか市で酒列磯前神社、大洗市で大洗磯前神社。
大洗では『月の井』の酒蔵へ。
つくばにいる間、結構色んな酒蔵に行ったんだけど、1番印象に残ってるのが酒蔵『郷之誉』の須藤本家だった。
須藤本家は水戸から西に15キロほど走った友部町というところにある。
ここはなんと日本で1番古い酒蔵なんだそう。
茅葺き屋根の民家がポツポツと点在するのどかな田舎の細い道を奥へ入っていくと、鬱蒼とした林の中に立派な屋敷が現れた。
重厚な門から中を覗くが、庭木で建物がよく見えない。
看板もない。
こ、ここでいいのかな…………?とおそるおそる門をくぐると女の人が立っていた。
「金丸様ですね。お待ちしておりました。」
一応前もって電話していたんだけど、めっちゃ緊張する。
中に通され、そわそわしてるところに貫禄のあるおじさんがやって来た。
「宮崎からいらっしゃったんですか。わざわざありがとうございます。」
日本酒に興味があって勉強しているんですと言うと、専門用語をたくさん用いながら説明してくださる。
「-2の日本酒度を+5まであげるのにかかる発酵日数はどれくらいだと思います?」
え!?
な、なにその試練コーナー!?!??!!
そ、そんなん分かるわけねぇし!!!!!
やばい…………緊張で頭が真っ白に…………
「ほ、ホヒ…………2週間…………です…………か?」
完全なるヤマカンで答える。
一升瓶で頭カチ割られたらどうしよう…………
「うん…………15日なんですね。おーい、『山桜桃』持ってきて。」
タッタッタと走っていく女の人。
しばらくして戻ってくると、その手には純米吟醸『山桜桃』。
「うちは小仕込みで、純米吟醸と純米大吟醸だけしか造ってないんです。なので生産量が少なくてストックがほとんどありません。しかしお兄さんはすごく熱意が感じられますので特別にお分けいたしましょう。」
名刺を見ると、取締役の須藤悦康さん。
こ、このかたが社長さん。
850年の歴史を持つ日本最古の酒蔵の55代目当主に酒の話を聞いてたなんて…………
「とにかく日本酒は奥が深くて面白いから、たくさん勉強してください。」
極めて多忙であろう蔵元とタイマンで30分。
もっともっと勉強してまた挨拶に来よう。
日本酒はいい。
米が溶けただけのアルコール。
その滴の中に日本人の心も溶けている。
全国各地津々浦々、その土地の人々に飲み継がれてきた歴史に触れられる喜び。
旅人冥利に尽きる。
もっともっと深く知りたい。
あ、ラーメン大好きなので佐野ラーメンにも行ってみた。
佐野ラーメンって知らなかったけど全国でも有名なラーメンの町なんだそう。
叶屋っていうすごく有名なお店に行って行列に並んで食べてみたけど、あっさり過ぎてあんまり好みじゃなかった。
茨城の北部にある大子町袋田にも行った。
目的地は日本3名瀑のひとつ、袋田の滝。
とりあえず情報収集しようと袋田駅に行くがパンフレットもなんにもないのでタクシーの運ちゃんに話しかけてみた。
「長旅だっぺなぁ。ここはやっぱり滝を見てかなきゃなんねーっぺよぉー。那智の滝、華厳の滝、そしてこの袋田の滝が1番だっぺー。」
地図を見ながら滝に向かい、少し離れたところにある町営の無料駐車場に車を止めて歩いて行くと、たくさんの土産物屋さんが並んでいる。
どの店も店先で鮎や団子を焼いており、なかなか風情がある。
現在氷瀑祭りなるものが行われており、この祭りの時だけ滝がライトアップされるらしく、三脚を持ったカメラマンたちがわんさかいる。
水戸黄門の像の後ろにある階段を登って行くとトンネルがあり、横にチケット売り場があった。
入場料300円。
ヤバい、そんな金計算に入れてなかった。
貧乏すぎる。
「あああー、17時になったら無料になりますんでー。」
今は16時50分。
ラッキーと思いながら周りを見ると50~60人の人だかり。
なるほど、そういうことか。
時間とともにトンネルに突入しズンズン進んでいくと、轟音が聞こえてきた。
ドキドキしながら足早に歩き、トンネルを抜けた瞬間。
一歩後ろに後ずさりしてしまいそうなほどのど迫力の滝が目の前に現れた。
ここに来るまで、なんで袋田の滝が3名瀑のひとつなのかわからない、って言ってた人たちの言葉が吹っ飛んだ。
ヤバすぎる!!!!!
西行法師が、「この滝は四季に一度ずつ見ないとその美しさはわからない」と言った袋田の滝。
4段の落水になっていることから4段の滝とも呼ばれるこの滝は、幅7.5メートル、全落差120メートルの豪快さ。
寒い時期には氷結し、ロッククライマーがアイスピック片手に登る姿も見られるそうだが、今日は3分の1くらいしか凍っていない。
でもすごすぎる。
丸い岩肌を滑るように流れるその姿は迫力の中にも女性的な優美がある。
クソ寒い中眺めていると、ライトに白く浮かび上がる滝の上に月がのぼり始めた。
右手には川にかかる吊り橋のイルミネーションがまたたいており、その橋を渡って月居山の遊歩道階段を駆け上がっていくと、左手に滝の最初の1段目を見ることができた。
すげー、なんて完成度の高い滝なんだ。
すでに18時。
帰りが遅くなるので今日はもう帰ることにしたが、この辺りは奥久慈といって温泉郷などたくさんの見どころが点在してるみたいだ。
必ずもう一度来て制覇してやるぞ。
その日はおとなしくつくばに戻った。
それにしてもバイト先のオッさんたちのやる気のなさにはうんざりする。
この日もオッさん2人と3人で現場を回ったんだけど、朝からやる気ゼロ。
「タカシさん、今日は飲まないんだっぺかー?」
「あー、ホラ、ドクターストップかかってんだっぺよぉ。」
「あー、そうがぁ。でもあれだっぺぇ、多少飲んだほうが薬になるっぺぇ。」
「あー?そうかー?」
現場に着く前から飲み始める2人。
そしてお昼休憩には定食屋でも。
「姉ちゃん、生2つ。金丸、お前も飲めよ。」
「いや、いいです。」
2人がチンタラやってる横でフルスピードで作業し、仕事が15時くらいに終わったんだけど、この時間だったら本当なら他の現場に応援に行かないといけない。
でも会社に連絡をせずに向かった先は、なぜかショッピングセンター。
「おう金丸、買い物してこいよ。なんか買いたいもんあったんだっぺ?」
この人たちはなんとかして俺を共犯に仕立てようとしてくる。
ホント、仕事は楽だけど毎日こんなだからイライラする。
大阪の組のころに比べれば、朝飯前とまではいかないが、疲れきって玄関で足袋脱ぎながら眠り込んで朝そのままの格好で仕事に行くようなこともない。
ヘマしたらバールで腹を殴ってアバラ折れながらも作業させる怖い人もいない。
大阪の鳶会社がいかにバリバリだったかがよくわかるし、逆に田舎の小さな会社なんてこんなもんなんだろうなって思えてくるよ。
「明日、常陸まで行くんだっぺぇ?やぁーんなっちゃうよぉー。」
とにかく今はひたすら稼ぐのみ。
休みの日に、水海道の菅生沼ってところに立ち寄ってみた。
岸辺に車を止め、寒風が吹き渡る中、1人歩く。
ひと気のまったくない昼下がりの湖畔。
広い沼の真ん中を歩道が向こう岸までのびている。
その時、遠く離れた岸辺から、バシャバシャ!!と何かが飛んだ。
太陽の光がきらめく水面に着水したのは20羽ほどの白鳥だった。
この菅生沼は茨城でも1、2の白鳥飛来地。
飛んでる姿が見たくて「うーうー!!」と白鳥の鳴き声を真似して叫んでみるがまったく動かない白鳥たち。
ひとりぼっち、ひたすら「うーうーー!!」と叫ぶ。
あいつらはどこから飛んできたんだろうな。
この平野の向こう、その先の山々の向こう、遠い海の向こう。
あいつらは俺なんかよりよっぽど遠い場所を知ってるんだな。
それにしても全然動かない。
まぁいいか。せっかく遠いところから飛んできたんだもんな。ゆっくりさせてあげないと。
真っ青な空の下、寒さに震えながら小走りで車に戻った。
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