こんにちは!神田です。
私は多分、器用貧乏っていうやつです。
スポーツでも仕事でもなんでも、大抵のことはさくっとできるタイプです。
でも、なにかひとつっていうのがありません。
私にはこれしかない。みたいな何かひとつを持ってる人って素敵ですよね。
おわり
2017年8月26日(土曜日)
【オーストリア】 リーエンツ
今日はちょっと色々考えた1日だった。
ネガティブなことで頭を悩ませたくはないんだけど、やっぱり生きてたら色んなことがある。
誰が味方で、誰が敵なのか。
もし大多数が味方だったら、俺のことを否定するやつのことはみんなで笑ってればいいのか?
そんなことしたくない。
できることなら誰とでも仲良くやっていたいし、誰も傷つけたくない。
でもやっぱり、いくらこっちが気を使ってても俺のことを快く思わない人ってのはいるもんだ。
崖の下で目を覚ました。
ゆうべ降り続いた雨で、横に流れている川が茶色く濁ってゴーゴーと流れている。
反対側は国道になっており、車がビュンビュン走っていく。
この先はイタリアだ。
イタリアからの観光客がこの道を通ってたくさんオーストリアにやってきているんだな。
ゆうべのミートソーススパゲティの残りを温めて食べ、リーエンツの町にやってきた。
時間は9時前。
こんなに早起きしてきたのはもちろんサタデーマーケットのため。
オーストリアの土曜日は午前中がもっとも賑わう。
10時から12時くらいがゴールデンタイムだ。
本当は天気予報では今週いっぱいひたすら雷雨の予報だったのに、リーエンツに来てみれば毎日快晴。
アルプスの天気は本当に変わりやすい。
そして俺たちはついてる。
ギターを担いで町にやってくると、さすがに9時台ではあんまり人は歩いていなかった。
ホコ天の端っこに行ってみるとささやかなマーケットが出ており、早起きした人々がテントでチーズやサラミ、野菜なんかを買っている。
リーエンツのマーケットはそんなに大きくない。
人出もボチボチだ。
とりあえず昨日お世話になったワインショップのおじさん、ハネスさんのところに挨拶へ。
「モルゲンー。おはようございますー。今日もやらせていただきます。」
「おー!!今日もいい歌聴かせてね!!」
「今日はグループの広報活動はやるんですか?」
「いやいや、あれは毎週金曜日だけのものなんだよ。だから今日は君が独り占めさ!!」
めっちゃニコニコのハネスさん。
聞けばハネスさんはお店の傍、リーエンツの町の役場関係のお仕事もやっているようで、俺みたいな路上パフォーマーのことも規制する立場の人なんだそう。
商店街組合の役員みたいな感じなのかな。
最近はジプシーの路上ミュージシャンも増えて問題になっているけど、フミの音楽はちゃんとしてるからウェルカムだよ!!と言ってくれる。
いやー、心強い。
トイレがてらカフェでカプチーノを飲みながら一服。
カプチーノは2.4ユーロ、310円。
いつもは入れないけど、朝のカプチーノに砂糖をたっぷり入れると頭が冴える。
そうこうしてるうちに通りにたくさんの人が歩き始めた。
さてー、のんびりガッツリいこうかい。
今日もめっちゃいい感じだ。
基本路上にお金を入れてくれるのはローカルの人なので、サタデーマーケットがある今日は稼ぎどきになる。
リーエンツの町中の人だけでなく、近隣の村の人たちもみんな町に出てくるので、普段路上パフォーマンスを見てない人たちはやっぱり反応がいい。
観光客はそこまで期待できないんだけど、もちろんいいパフォーマンスならばチップは入る。
面白いことにこのリーエンツはイタリアとの国境の町なので向こうからの観光客が多いんだけど、母国ではそんなに入れてくれないイタリア人がこっちではなかなかの確率でコインを入れていってくれる。
もはや懐かしいグラッツェというお礼を言うと、小さな子供がグラッツェ~と言ってくれ、こうしてみるとどこの国の人たちも大差ない。
イタリアではあんなに反応薄かったのになぁ。
すでに超美人。
こりゃいい感じだぞーと思いながら休憩をしているところだった。
すぐ向こう側でなにやらギターの音が聞こえてきた。
あれ?と思って音のするほうを見てみると、雑踏に紛れて気づかなかったけど、誰かが弾き語りを始めていた。
それはいつものあのローカルの彼女だった。
あ、やっぱり遠征なんか行ってなかったんだ。
昨日はたまたま路上に出てきてなかっただけだったんだな。
それにしても彼女とは知らない仲じゃない。
去年来た時、彼女は俺のCDも買ってくれたし、結構世間話もして仲良くなっていた。
それなのに俺たちに何も話しかけてくることなく、すぐ向こうの定位置で演奏を始めた。
基本、路上は早いもん勝ちだ。
どこの町でもみんな場所を譲り合い、あとどれくらいここでやる?と交渉をしながらパフォーマンスをやっていくもん。
なのでいきなり他の人がやってる横で演奏を始めるなんて、路上パフォーマーとして相当なマナー違反。
俺たちは別にテキ屋稼業ではない。
流れもんが新しい土地に入ったらその土地を仕切ってる親分さんに挨拶に行かないと仕事しちゃいけない、なんて仁義は日本の繁華街ならたまにあるけど、外国の路上パフォーマンスはもっともっとオープンなもの。
ここは彼女の地元。
あの場所は彼女がいつも演奏している場所。
よそもんが彼女の場所を奪うのはよくないってのはもちろん分かる。尊重しないといけない。
なのでもし彼女がやるならば場所は譲るけども、こういきなり何も言わずにやられると、あれ?って思ってしまった。
何か一言かけてくれればいいのに…………
まぁここはこらえとこう。
久しぶりに会えたことだし挨拶しとこうかなと思ったんだけど、彼女も演奏中だし、もう少ししてお互い休憩時間に話しかけに行こうかな。
とりあえず彼女の声が届かないホコ天の反対側の端っこまで行き、そこで路上再開。
でもさっきまでやっていたホコ天の真ん中に比べると入りはグッと落ちる。
これはしょうがないこと。
路上ライブはお互い邪魔をし合わないようにするのが礼儀だ。
そんなこんなで3時間。
お昼が過ぎてしばらくすると通りのお店がパタパタと締まりだし、サタデーマーケットも片付けが始まった。
それと同時に人通りも減り、歩いているのは観光客ばかりになった。
土曜日は午前勝負なのでまぁこんなもんだ。
今日はこの辺にしとくかな。
遠くホコ天の反対側を目をこらして見てみると、さっきまで歌っていた彼女の姿はなかった。
休憩に入ったのか、それとも彼女も人通りが減って今日は終わってしまったのか。
挨拶するタイミングを逃してしまったな。
路上を終えたらハネスおじさんのワインショップに挨拶に行った。
ハネスおじさんにはすごくよくしてもらったし、ちょうど美味しいワインも欲しかったので良いのがあったら買わせてもらおうかな。
「おー!!よく来たね!!今日はもう終わりかい?」
「あ、はい、今日はそろそろ終わります。」
「そうだね、土曜日は午後になったら静かになるからね。2人はオーストリアのワインは好きかい?」
「はい、すごく好きです!!」
「オーケー、ちょっと待ってね。」
そう言ってお店の奥に入っていったハネスさん。
戻ってくると手に白ワインが入ったグラスをふたつ持っていた。
「さぁ、飲んで飲んで。」
「あ、おいくらですか?」
「気にしちゃいけないよ!!これは素敵な音楽のお礼だからね。」
そうニコッと笑う知的でユーモラスなハネスおじさん。
ありがとうございます!!いただきますー!!
あー!!!美味い!!!
よく冷えた白ワインが1週間歌った喉に沁みる!!!
ハネスさんのお店はワインショップで、店内でテイスティングもできるんだけど、もはやそれテイスティングじゃないでしょ?って感じで地元の人たちが集まってワイワイとお喋りしながらワインやリキュールを飲んでいる。
仲良しのおじちゃんおばちゃんがやってきており、みんなグラスを傾けながら1日の出来事やなんかを楽しそうに話している。
役場の仕事もしているハネスさんなので、きっと色んな話題が出ているんだろう。お店の中が井戸端会議の寄り合い所みたいな感じだ。
俺たちもそれに混ざって楽しくお喋りさせてもらった。
「フミはさっきピンクフロイドを歌ってたね!!いやー、昔イタリアにピンクフロイドのライブに行ったことがあるんだけど、彼らは本当に音に厳しくてね。4時間もサウンドチェックしてたんだよ!!そんでライブが始まったのが夜中で終わったのが朝さ!!いやー!!大変だったけどグレイトなライブだったよ!!」
ツェルアムゼーはムスリムだらけでした!!とか、スイスは物価が高いです!!なんて話をしながら俺たちもグラスを傾ける。
お店に来ている人たちはみんな知的な紳士淑女で、英語も堪能で会話も弾み、すごく楽しい時間。
いやぁ、めっちゃ楽しいなぁ。
と、その時、お店の外から弾き語りの音が聞こえてきた。
覗いてみると、すぐそこの定位置で、ローカルの彼女が演奏を再開していた。
あ、やっぱり休憩してただけなんだな。
後でちゃんと挨拶に行っとこう。
「フミたちは彼女のことは知ってるのかい?」
「あ、知ってますよ。去年来た時に仲良くなって話をしました。僕のCDも買ってくれたりして。」
「そうなのかい。いやー、これはファニーな話なんだけどね、フミたちは全然気にしなくていいことなんだけど。」
ん?なんのことだ?
なんかあったのか?
「昨日ね、役場の集まりがあったんだけど、町のことに意見を言いたい人が20人くらい来ていたんだ。そうやってみんなで意見交換をするんだけどね、そこに彼女も来ていたんだよ。それで彼女、君のことについて文句を言っていたんだよ。まぁフミは全然気にしなくていいからね。彼女はちょっと変わってる人だから。町の人もあまり相手にしてないんだよ。」
それを聞いてマジでビックリした。
ちょっと待て。
え?俺たち知らない仲じゃないよな?
去年結構会話したし、にこやかに笑顔でお互いの情報交換なんかもした。
終始良い雰囲気だったし、モメるようなことは1ミリもなかった。
そんな彼女が俺に文句?
一体なんて言ったんだ?
想像しうることは、
「よそ者がこの町でやりたい放題路上演奏をするのはよくない。」
的な感じか?
だとしたらなんて馬鹿げたことなんだろう?
ハネスさんも詳しくは教えてくれなかったけど、おおよそこんなところだろう。
ハネスおじさんいわく、このリーエンツには路上演奏のライセンスはない。
つまり誰でも自由にパフォーマンスをしていい。
めっちゃやかましい、下手くそな騒音だったらソッコーで苦情がいくだろうけど、そうでない限り誰でもやっていいのが路上だ。
地元だろうが新参者だろうが、そんなもん関係ない。
それを、ここは私がいつもやってる場所、よそ者が入ってきたら私の稼ぎが減る、なんて言い分、バリバリやってる路上パフォーマーが聞いたら鼻で笑うレベルのワガママだ。
路上激戦区の都会なんか行ったらローカルも流れもんも関係なしで良い場所の争奪戦だし、そこを交渉しながらみんなやっている。
ライセンスのある町ではちゃんと金を払ってパーミッションを取り、なんならオーディションのある町だってある。
みんなそうやって頑張って路上に出て、その上で場所を譲り合いながらパフォーマンスしてるんだ。
それなのに365日いつもこの町でやっていて、年に数日だけやってきたよそ者のことを、姑息にも影で役所に訴えるなんて考えられない手口。
路上パフォーマーが増えすぎると町の風紀が乱れるとか、何を言ったか知らないけど、俺を否定するならば同じ路上弾き語りをやっている彼女自身も否定するようなもんだ。
マジでビビった。
前回はあんなに仲良くできていたのに、何が彼女の癇に障ったんだろう?
何が気に食わなかったんだろう。
もしかしたら最近ジプシーグループが増えているせいで、流れもんのパフォーマーに対して敏感になっているのかな。
「ハハハ、全然気にしなくていいからね。町の人もみんなフミの音楽はウェルカムだから。そういう彼女もこの町に住んではいるけどこの町の出身ではないんだし。」
「え?そうなんですか?」
「そうさ、だから何も気にしなくていいから。それより明日なんだけど、この近くの教会でお食事会があるんだ。みんなが集まってご飯を食べて飲んで、楽しくお喋りする日なんだ。フミとナオも是非来たらいいよ。私と一緒に行こうか。」
動揺を隠しきれなかったけど、ハネスおじさんの素敵なお誘いはとても嬉しいかった。
久しぶりにそんなローカルの集まりに参加できるなんて、旅してるなら願ってもないこと。
きっと楽しい展開が待ってるはず。
明日は日曜日なので路上も休みだし、是非参加させてください!!とお願いした。
じゃあ明日のお昼前にお店に来てね、一緒に行こうとハネスおじさんは言ってくれた。
1本6ユーロ、780円で白ワインを買わせていただきお店を出ると、彼女が向こうで歌っていた。
あんな話を聞いてしまったけど、彼女は俺たちがこのことを知ってるなんて夢にも思ってないはず。
じゃあ俺たちはどうするべきだ?
何も知らないフリしてフレンドリーに話しかけるべきか。
それとも、文句があんなら直接言えや?と問い詰めるか。
迷いながら彼女の歌を聞いた。
儚げないい声だ。
素敵な演奏だと思う。
でも向かいに立っている俺たちのことを一切見ようとしない彼女。
歌いながら顔を伏せている。確実に俺たちのことに気づいているのに。
俺はできる限りローカルバスカーとはモメたくないと思ってる。
ていうか進んでモメたいと思ってるやつなんてほとんどいないはず。
まずチップを入れに行き、なるべく仲良くなって、数日間お邪魔せてもらいますって気持ちで、邪魔をしないように路上をシェアするのがパフォーマーってもんだ。
ローカルバスカーさんたちも、99パーセントはみんな友好的にしてくれる。
たまに頑固な人が、ここは俺の場所だーー!!俺がいつもやってる場所なんだー!!どっか行けー!!ってやってくることもあるけど、そこはやっぱり流れもんの側が譲るべき。
腹立つこともあるけど、そこは尊重すべきところ。
このリーエンツでもそうしてきたつもりだった。
俺が早起きして先にいい場所でやってても、のんびり後からやってきた彼女に毎回場所を譲っていた。
ライセンスもないんだから、誰がどこでやろうが文句を言われることではないんだけど、そうしてきた。
それなのに文句言うって。
結構ショックだわ。
彼女の曲が終わり、近づいていってチップを入れた。
もしかしたら和解できるかもしれない。
でも彼女は目を伏せて、こっちを見ないようにしながらサンキューベリーマッチと言った。
すごく気まずそうに見えた。
話しかけたかったけど、やめといた。