2016年3月3日(木曜日)
【インド】 アラコナム
ショータ君がいなくなったことでカデルの学校に日本人は俺だけになってしまった。
郊外の学校にポツリと俺だけ。
カデルはもともとショータ君がパリで暮らしている時にできた友達だ。
なのでショータ君抜きで上手くやっていけるのか結構不安だ。心細い。
俺はショータ君ほど英語も上手くないし、気まずいことにならなければいいんだけど。
これからここで1ヶ月のインド田舎暮らしが始まる。
どこまでインドに潜り込めるかな。
「ハイ、フミセンセイ。水クダサイ。体調はどう?」
朝、カデルが聞いてきた。
体調は昨日の薬のおかげでかなり良くなっていた。
もう下痢も出ないし、体のダルさもほとんどない。
ただ軽いめまいがすると言うと、短期間で3キロも体重が落ちたから体がついていってないんだよとカデルが言った。
カデルはとても頭がよくて、本当に色んなことを知っている。
そして何事に関してもこだわりを持っていて、キチンと自分の考えを示すし、それでいてフレキシブルだ。
ある程度周りに合わせる協調性が見ていて気持ちいい。
「ハチミツは人間の血液にとても近いんだよ。タミルの人はハチミツをなめて、食後にバナナを食べるんだ。バナナは消化と排泄にとてもいいからね。」
カデルの学校の壁にはこんな絵が描かれている。
オーガニックにすごくこだわっていて、アメリカンなジャンクフードは彼らにとっては完全なる毒だ。
マクドナルドなんてもってのほか。
インド産のオーガニックな食べ物を摂ることが人間の本来あるべき食生活だよとさりげなく言う。
化学薬品の入っていない野菜、フルーツ、スパイス、ミルク、穀物、そして水。
それが健康な体を作るんだよと。
彼らからしたら酒を飲み、コーラを飲み、マクドナルドを食べ、肉を食べ、タバコを吸う俺の体なんて毒の塊みたいなもんだな。
しかし平均寿命についての話になると、日本人の80歳前後ということにカデルは驚いていた。
インドでは70歳まで生きたらなかなかの長寿なんだそうだ。
朝ごはんはイドリーとドーサとカレー。
とにかく、色んな面でオーガニックに生きるインド人たち。
大都市では世界トップクラスのIT技術を誇るインドだけど、今も田舎では電気の通っていないところも多いそう。
今日はそんな田舎のインドの生活を見に行くことができた。
学校の生徒たちが町の色んなところに課外授業に行くということで、それに同行させてもらった。
まずやってきたのは、郊外にあるカデルの学校からさらに農村部に入っていったかなり小さな集落。
牛やヤギがそこらへんで寝そべっており、マジで100年前くらいにタイムスリップしたみたいだ。
草と土でできた家が並ぶ寒村にスクールバスが止まり、生徒たちがぞろぞろと民家の庭に集まった。
その中心で上半身裸の田舎の男性が立っている。
足元には謎の円形の木。
なんだあれ?原始時代みたいにあれで火でも起こすのか?
マジでそう思えるほどの謎の物体だ。
生徒たちが興味深げに見つめる中、おじさんはその円形の木を石の上に乗せて手で回し始めた。
石に凹みがついており、そこにハマってクルクル回っている。
一体なにが始まるんだ?
見つめる子供たち。
するとおじさん、おもむろに桶の中の水で手を濡らし、木の中心についていた茶色いものを手で叩いた。
次の瞬間、その茶色いものは魔法のように伸び上がり、回転しながら形を形成した。
そう、これはロクロだったのだ。
「うわーーー!!!!」
「わあああああああ!!!!」
生徒たちから無邪気な歓声が上がる。
同じ田舎のインド人だけど、さすがにこれは初めて見たようだ。
おじさんは年季の入った手つきで粘土を触り、あっという間に壺を作り上げた。
ココナッツの木の下、拍手が起こる。
あとはこの粘土を焼き締めたら生活陶器の出来上がり。
水瓶や様々な用途に使用される。
こいつは俺も驚いた。
きっと数百年、変わらないやり方を受け継いできてるんだろうなぁ。
次にアラコナムの町の郵便局に行き、職場見学。
ヒンドゥー教の寺院やイスラムのモスクにも行き、子供たちはとても真剣な表情でそれらの課外授業を受けていた。
勉強だけでなく、社会見学をし、宗教や文化など、子供たちを様々なことに触れさせるカデルの学校の教育方針は本当に素晴らしいと思う。
俺もその一環だ。
外国人の臨時教師が来て、音楽を教え、色んな価値観を学ぶ。
それこそがきっとカデルの狙いだろう。
インドの学校はとても先進的で、人間味があり、総合的に教育というものを捉えているように思える。
音楽の授業は明日からにしようということになり、午後はカデルと一緒にチェンナイの町にお買い物に出かけたりして、ゆっくりと過ごすことができた。
明日になれば体調も万全に戻るだろう。
でもかなり心配だけどね………………
ただのストリートミュージシャンである俺が歌を教えるなんて出来るんだろうか……………
合唱のハーモニーとかちゃんとできるかなぁ…………
でも、これが今の俺がやるべきことだ。
コルカタのストリートチルドレンのために何かをしなければいけないという熱意はまだあるが、今はこのカデルの学校で子供たちのために臨時教師としての役割を全うしないとな。
夜になって学校の先生たちの宿舎でみんなでガヤガヤと喋って過ごす。
バラムルガン、ムトゥ、マニガンダル、マドバン、
みんな楽しいやつらで、もうすでにいい友達だ。
「ムトゥは世界中に彼女がいるんだぜ!!」
「いないよ!!いないいない!!」
「インターナショナルプレイボーイだ!!」
「アーハッハッハッハ!!!」
「イヤッハアアアア!!!!」
みんなの笑い声が開け放った窓から外の闇に消えていく。
どこからかヤモリが大きな声で鳴いた。
日本人は俺1人。
でも、このメンバーだったら上手くやっていけそうな気がした。