2016年2月22日(月曜日)
【インド】 チェンナイ
今年の1月。
出発前に兵庫県の三田でライブをした時に集まったリコーダーと鍵盤ハーモニカ、それにタンバリン。
三田の人たちの熱い気持ちでハンパじゃない量が集まったはいいんだけど、一度にあまりにたくさん集まったことでライブから持って帰れないくらいになってしまった。
それもあってライブの主催者である金谷さんが、どうせならこのままインドまで送りますよと言ってくださった。
きっとかなり送料も高かったことだと思う。
金谷さんだけでなく、集めてくださったアミーゴさん、リコーダーというアイデアを下さった伊藤親分、そしてリコーダーを提供してくださった全国の人たち。
みんなの想いが詰まったこの楽器のひとつひとつ。
東京から持ってこられなかった分を今回カッピーがさらに持ってきてくれ、これで全部がここインドに集まった。
鍵盤ハーモニカ 4
タンバリン 3
リコーダー 102
目標だったリコーダー100本を達成し、さらに他の楽器もインドで受け取ることが出来たのはかなり心強い。
鍵盤ハーモニカならコードを弾くだけでかなり演奏に厚みがでる。
これらをインドのストリートチルドレンたちにあげて練習し、一緒にプレイして路上で稼ぐ。
俺がいなくなってもそれが彼らの助けになるよう、路上の心得や心構えも教えていけたら。
ただ問題は…………このタミルナド州は政府の保護が行き渡っていて路上で物乞いをしてるような子供がほとんどいないってこと……………
俺が今回の計画を立てるきっかけになったニューデリーやコルカタのような北インドの町ならば、野良犬のように飯を乞い、野良犬のように追い払われ、野良犬のように路上で寝ている子供たちがものすごくたくさんいる。
同じ路上で食い扶持を得ている者として、少しでも彼らに尊厳のある稼ぎ方を教えてやりたい。
それが彼らの邪魔には決してならないと、前回の一周中に世界中の路上でとことん思い知っている。
北インドに行かないと、今回リコーダーを集めた意味がなくなってしまう。
だというのに、今日も朝ごはんを終えると、カデルと一緒に学校の中の教室に向かった。
教室に入ると数人の音楽の先生が待っていた。
握手をして挨拶すると、少しして生徒たちがわらわらと教室に入ってきた。
どうやらみんなが俺たちに歌を披露してくれるよう。
音楽の先生の指揮で中学生くらいの女の子たちがみんなでインドの、それもタミルナドの歌を合唱してくれた。
リズム自体は4で割れるシンプルなものだけど、その旋律はとてもエキゾチックで日本や欧米にはないとても独特なものだ。
これぞインド、といった小節のきいた不思議な音階。
生徒たちの歌が終わると、今度は俺たちの番だ。
まず日本的な歌を歌って欲しいとのことで、俺が上を向いて歩こうを歌った。
荒城の月とかそんなやつは俺には難しい。
カデルがビデオの機材でその様子をバッチリ録画しているのでなかなか緊張する。
たくさんの拍手をもらい、今度はマキちゃんの番。
日本の国家を歌って欲しいとのことで、俺がギターを弾いてマキちゃんがソプラノで歌い上げた。
マキちゃんは洗足音大を出たバリバリの現役オペラ歌手だ。
ピアノの先生もやってるし、俺なんかよりよっぽど音楽の先生にふさわしい。
そして最後にもう1曲日本の有名な曲をやってくれと言われ、マキちゃんと2人で何をやろうか悩んで、結局翼をくださいを歌った。
翼をくださいって小林イクゾーしか歌ったらいけないものかと思っていたけど、なかなかいい感じでマキちゃんとハーモニーを歌うことができて、あ、この曲だったら生徒たちも2つのパートで楽しく歌えるんじゃないだろうかと思いついた。
上を向いて歩こうよりもよほどいい。
最初、このカデルの学校で音楽を教えるということになり、俺に何ができるか考えた。
クラシックの譜面を見ながらこれがあーでこれがどーだなんて難しことは俺にはできない。
出来るのは音楽を演奏する楽しさをみんなと共有することくらいだ。
それが音楽で1番大事なことだと思うし、音楽が人生のそばにあることは必ず毎日を豊かにしてくれる。
では何をやるのか。
ここに来るまでは、生徒たちを5人1組くらいでグループ分けし、それぞれにやりたい曲を選んでもらい、1ヶ月後に発表会をやる。
コンペディションとして優勝グループに賞品をあげるのもいいだろうと思っていた。
曲はビートルズ縛りにしてもいいし、とにかくなんでもいい。
それで音楽をやる楽しさを感じでもらえればと思っていたんだけど…………………
そもそも音楽の先生がバッチリ在任してて、楽器も充実しているこの学校で俺が教えることなんて最初からないような気もする。
それに今の年度末の時期は生徒たちも忙しく、そんなに音楽に割く時間もないみたい。
だったらいっそやる曲は1曲だけにして、それをみんなで完璧に歌えるようにしたらどうだろう。
それも日本の有名な曲にして、どちらかといえば日本文化を学ぶための文化交流的な意味合いが強いほうが、このエリートたちが揃っている学校には当てはまるものなのかもしれない。
カデルもなんとなくそれを望んでいるように思えた。
それならば俺の自由な時間も増えて、ストリートチルドレンにリコーダーを教えるという本来の目的に力を注げるはずだ。
翼をくださいをマキちゃんと歌い終えると、たくさんの拍手が起こった。
これをインドの子供たちが綺麗にハモって歌ってくれたらきっと素敵だろうな。
子供たちとの交流を終えると、今日も近くにあるヒンドゥー教の寺院に観光に行くことに。
カデルたちとやってきたのは、アラコナム郊外の丘の上にある大きな寺院。
たくさんの参拝客で賑わっており、カラフルなサリーをまとった女の人たちがワラワラと歩いている。
こんなところにアジア人がいることがよほど珍しいのかみんなジロジロと見つめてくるが、こちらがニコリと笑うとみんなニコリと笑顔を返してくれる。
少しの会話をすると、すぐにクッキーや飲み物をくれようとしてくるので、断るのに苦労する。
南インドの人たちはとても穏やかで優しく、そして英語をたしなむ人が多い。
塩の入った袋を買い、それを呪文を唱えながら体の周りで振り回し、頭や足に触れ、最後にパン!と袋を割って塩をまく厄払い的なものをやってもらった。
青い空と広がる大地、その真ん中の丘の上で不思議な祈りを捧げてもらう行為が、どこか神道のご祈祷のようで清々しかった。
祈祷をしてくれたお婆さんの笑顔を見てると胸がスッと軽くなるようだった。
例のごとくカデルのコネパワーで参拝客の行列に並ぶことなく別入り口のショートカットで寺院の中へ入っていく。
寺院の内部はまるで迷路の洞窟のように狭く、暗かった。
じめっとしており、閉塞感に冒険心がうずくような細い通路を進んでいく。
案内してくれているのは上半身裸で細い紐を肩にかけたヒンドゥーの最高位である僧侶、バラモン。
バラモンに導かれながら暗い洞窟の中を歩いて行くと、それぞれの場所にいくつもの石像が祀られている。
すべてヒンドゥーの神様で、バラモンはそこで立ち止まり炎をかざし、そして皿に盛られた赤い粉に指を押しつけ、俺たちの眉間に触れた。
バラモンの顔が炎の影で揺れ動く。
眉間に触れた指から白い粉がハラハラと散った。
謎の粉を顔に塗られるなんて普通の俺だったら嫌でしかないことなのに、不思議と心が静まっていく。
またひとつ、どこか自由になれた気がした。
家に戻り、明日このチェンナイから移動するカッピーたちの電車チケットを取ったりなんかの作業をした。
あの鬼のようなインドの超ローカル電車だけど、先進国と同じようにインターネットでチケットが買えるみたいで、ITボーイのカデルかササッと購入してプリントアウトをした。
みんなが楽しそうに話している。
でもその横で1人で結構緊張していた。
カデルに言わないといけない。
カデルは明後日から音楽の授業をはじめようよ!とノリノリだ。
しかし授業が始まってしまったら、そうそう動くことができなくなってしまう。
それではリコーダーがただの荷物のままだ。
だから授業を始める前に、このインドで今回本腰入れてストリートチルドレンたちと絡むにはどの町がいいのかを選びに行かないといけない。
前回もあんまりたくさんの町には行ってないので俺の中にある選択肢はバラナシかコルカタ。
もともとのキッカケになったのはコルカタなのでやはりあそこが第一候補だ。
それにチェンナイからだったら、遠いことは遠いけど電車で一気に行けるのもいい。
「フミ君がバラナシ行くなら俺も行こうかな。バラナシよかったし。」
1月からインドに来ていて、すでにインドを一周してきたショータ君がそう言う。
葛藤が半端ない……………
俺はもうすでに3日もカデルの家にお世話になっている。
何もしないで出て行くなんてもちろんできないし、カデルの期待に応えないといけない。
でも俺のやるべきこともやらないといけない。
早く言わないと、遅くなればなるほどカデルの予定も狂ってしまうんだけど、やっぱり言いづらいなぁ…………
カデルは頭のいいやつなので、俺が今回インドに来た理由をキチンと理解してくれてはいると思うけど。
もじもじと言い出せないままみんなの横に座り、話に相槌をうっていた。
夕方になり、いつものバレーボールの時間になった。
さぁやりましょう!!とノリノリのカデルと一緒に家を出てグラウンドに向かう。
夕方のグラウンドには誰もおらず、カッピーたちもトイレに行っていて誰もいない。
い、今しかない!!言うしかない!!
勇気を振り絞って今の気持ちを説明した。
「イエー?いいねそれ!バラナシとコルカタね。タミルナドではストリートチルドレンはほとんどいないもんね。じゃあ3月の頭から始めようか。エブリスチューデンツ、ウェイティングフォーユー!」
ドキドキしながら伝えたというのにカデルの反応はさっぱりしたものだった。
ホッと胸をなでおろした。
実は俺が考えているほどカデルの中では今回の金丸ティーチャーの話は重いものではないのかもしれないな。
「ツバサヲクダサイ。あれとてもいいね。あれを教えてあげてよ。フミさん。フミセンセイ、水クダサイ。」
俺たちが喋っている日本語をいつの間にか覚えて変なことを言ってくるカデル。
俺たちが大笑いするから、何度も水クダサイと言ってはニヤニヤしている。
ありがとうカデル。
本当の意味でこれからよろしくな。
「イエーイ!!行くぜジャパニーズ!!」
「かかってこいインディアンー!!!」
いつものように日本人チームとインディアンチームに分かれてボールを打った。
汗だくになって、大笑いしながらボールを追いかけ、みんなでハイタッチし、ハグした。
荒野に沈む夕焼けがとても綺麗だった。
日本人だろうがインド人だろうが、きっと分かり合える。