9月9日 火曜日
【韓国】 ソウル
目が覚めると4人ドミトリーになっていた。
いやー、この5つ星ホテルの値段知ってますか?
なんと無料なんですよ。お母さん。
快適なウッドデッキの床は木の温もりと通気性に優れ、雨と夜露を防ぐ屋根のおかげで荷物を広げることが可能です。
目の前に24時間のトイレがあり、身障者トイレでシャワーをすることもできるので常に清潔を保てます。
コンビニまで徒歩10秒、無料Wi-Fiも飛んでおりますので忙しいビジネスマンにもピッタリ。
おまけに遊具まで完備しておりますのでお子様連れにも嬉しいですね。
しかもソウルの若者カルチャーの発信地であるホンギのメインストリートまで徒歩20秒という好立地!!
たまにホームレスが部屋に侵入してきて足元で爆睡しますが、寝起きにタバコをくれるという優しさはソウルの素晴らしい旅の思い出となることでしょう。
お仕事に、観光旅行に、あらゆる面において快適なソウルライフをお約束いたします。
これだけの内容でなんとお値段無料!!
まぁ!!なんということでしょう!!
このブログを読んで野宿をして何かあっても一切責任は負いかねます。
普通にインドの安宿の2000倍くらい快適です。
ゴロゴロできます。
ホンギの街の真ん中にあるので夜遅くまで若者たちがお酒を持ってきて大騒ぎしたりカップルたちがまったりいい雰囲気になったりしていますが治安はいたってパーフェクトです。
韓国は日本より治安良さそうです。
コンビニでビビンパオニギリを買って、ついでにお湯をもらい、カッピーがもってきてくれた差し入れのカップラーメンを食べる。
ぬおう!!美味え!!
カップラーメンなのに店のラーメンより美味え!!
オニギリも絶妙な味で止まらない!!
そして食後に川田君夫婦からの差し入れのビタミン剤を飲み、ずいぶん久しぶりのマルボロメンソールを吸う。
ああ……体調完璧だし、飯は美味いし、気温もちょうどいいし、もうこれで稼げたら言うことないよ。
とりあえず韓国では路上はやってよさそうだ。
あとは場所探し。
ホンギは間違いなくある程度稼げるだろうが、ここはかなりの激戦区。
スピーカーを出して演奏してるやつらがわんさかいる。
もっと生音で勝負できるような雰囲気のいい場所をこの大都会ソウルの中で見つけ出そう。
いやー、楽しくなってきた!!
「な、なんでこんなとこで寝ないといけないんだ……シャワー浴びたいよ………」
昨日日本からわざわざ会いに来てくれたカッピー。
あの頃の旅人っぽさはすっかり抜けて爽やかで清潔な服を着て、どっから見ても好青年なんだけどもちろん野宿に付き合わせます。
「アメリカのころに比べたらめちゃ快適やん。」
「そうだけどさぁ~、俺今は毎日服着替えて洗濯してるんだよ?もうこんなことする日が来るとは思わなかったのに………俺もコンビニでなんか買ってこよ。」
この5つ星ホテルはもちろん荷物預かりも受け付けているので大きなバッグをラゲッジコーナーに置いていくことが可能です。
こちらのコンクリートと工事現場のバリケードの隙間がラゲッジコーナーになります。
さらにホテルの真後ろ、徒歩1分で地下鉄の入り口があります。
ここからソウル駅へも、空港へも、バスターミナルにも乗り換えなしでアクセスできます。
素晴らしいホテルですね。いや、本当に。
いつもなら、あ、あれ、この頬を伝うものはなんだろう、しょっぱいや……って書くところだけど、もう野宿に対してそんな惨めさもないです。
野宿楽しいですよ。
野宿をして何かあっても一切責任は負いません。
てなわけで路上初日の今日。
まずは観光も兼ねつつ、市庁駅周辺から市内北側を回って行くことに。
「フミ君、今日はどんなルートで周る予定?」
「ん?まぁここからこうやってグルーって周って最後にこの辺りからホンギに戻る感じにしようか。」
「相変わらずアバウトやなぁ。グルーって、全部歩きですか………この男は本当にもう………どんだけキツイ思いするのが好きなんだ。」
「大丈夫大丈夫、行ってみよー。お、ここいいんじゃない?よし歌ってみようか。」
「こ、ここでぇ?!ここでやるの?!……君はもう無敵だね………」
というわけで市庁駅を出て目の前にあった歴史的建造物っぽい公園の敷地の中で路上開始。
最近では路上ポイントに対するアンテナが研ぎ澄まされまくっているので、いい場所を見つけたら2秒で躊躇なく演奏を開始できる。
カッピーはもともと音楽事務所でマネージャーをやっていた男で、彼自身もサックスプレイヤーだ。
音楽に対する耳はこれでもかってくらい肥えている。
それにエジプト、フランス、ニューヨークといつもセッションしているので俺の歌も熟知している。
この1年でろくに成長していない姿なんて見せることはできない。
場所よりもカッピーが聴いてくれていることに緊張しながらも、いつも通り気合いを入れて歌った。
いつもその国最初の路上は緊張する。
それが歴史問題も根深く、経済のライバルである韓国ならなおさらだ。
日本人のバスカーが歌って受け入れてもらえるか、まったくわからない。
世界一周の旅人はあまり韓国に足を運ばないし、バスキング情報もほぼ皆無だったので、俺にとってまったくの未知の国。
近所のおばさんが旅行に行って美容液やら海苔やらを買ってきてくれる国、くらいのイメージしかない。
しかしまぁ、もうここまで世界を周ってきたらハッキリ言ってどこででも稼げる自信はある。
それがこんな先進国ならなんの心配もいらない。
日本人というだけで石を投げつけられるんじゃないか?という日本のニュースしか見たことのない人たちの乱暴な推理も、この現代社会においては一部の戦争をやってるレベルの国同士でなければ起きやしない。
すぐに人が足を止め始め、すんなりとお金が入った。
曲が終わると拍手が起こり、次々にお金が入っていく。
みんなカムサハムニダ、と声をかけてくださる。
その笑顔は世界中で見てきたのと同じ壁のない心からのものだ。
残念だけど、さすがに公園の敷地内は禁止だったみたいで警備員さんが来て止められてしまった。
わずかに3曲でギターケースの中には1万ウォン以上。千円を超えてる。
こりゃ韓国、期待できそうだ。
調べてないので名前も由緒も知らないけど、多分一大観光地なんだろうっていう人出のお城みたいなところを見つけたので一応観光。
民族衣装を着た人たちが門番として立ちはだかっている姿はきっと何百年も受け継がれてきたものなんだろう。
ヨーロッパの衛兵みたいに彼らも格好の写真撮影の餌食になっているし、門番の交代儀式では人だかりができている。
建物の造りはいたって日本とソックリ。
神社仏閣の豪壮な建築物を見ていると、浅草の浅草寺を思い出した。
ただここは宗教施設ではないのか、それらしき本尊の姿はどこにもなかった。
そんな人が集まるところを見つけては近くの歩道で路上をし、少し歩いてはまた別の通りで歌う。
観光地の前、ビジネス街の歩道、人で溢れるショッピングストリート、歌う場所は腐る程ある。
そして警察は本当に何も言ってこないので、あんなに苦労した台湾が嘘みたいにどこでも歌いたい放題だ。
街自体、全てのストリートが美しく整備されてゴミもまったく落ちておらず、ビルと街路樹が共生し、公共施設の充実っぷりも快適そのもの。
そしてどこかオシャレな雰囲気がそこはかとなく漂っているのもこのソウルの魅力かなと気づく。
「カッピーいつまでいるんだっけ?」
「明後日の朝イチの飛行機で帰るから、明日の夜で最後かなー。フミ君は?」
「しばらくソウルで歌ってからプサンまで下るけど、どのルートで降りようか迷ってる。普通は街が連なってる西側を降りるんだろうけど、それじゃつまらないから東の海沿いまで出てそこから何もない海岸線を下るってのもいいかなーって。」
「ていうか韓国って観光ビザで何日いられるの?」
「え?知らないよ。」
「またこの男は………まぁ俺も来る時パスポート持って来るの忘れかけたけど。」
「もう近すぎて外国の気がしないもんな。」
そんな話をしながら街の中をしばらく歌い歩き、夕方になってジュンジュンがバイトをしているお店へご飯を食べに行った。
ジュンジュンが働いているのは伊予製麺という日本のうどん屋さん。丸亀製麺みたいなセルフのうどん屋さんだ。
ジュンジュンくらい日本語がペラペラなら日本の会社に就職しやすいだろうな。
実際、今ジュンジュンはとある日系の大企業に履歴書を出しているみたい。
もし就職できたら月給35万円ですイヤッホウ!!と言っていた。
ソウルの街のど真ん中には小さな用水路くらいの川が流れている。
コンクリートとガラスのビルに囲まれた人工物まみれの中に自然の静かな沢音が聞こえるのはそれなりに風情があり、川沿いには高級そうなレストランやバーが並んでおり、大人のムードが漂うロマンチックなエリアとなっていた。
そんな川沿いにあった伊予製麺でジュンジュンにうどんを茹でてもらって晩ご飯。
日本でこの手の店でかけうどんと天ぷら丼を食べたらいくらするっけな?
韓国では7000ウォン、700円。
だいたいこの国では500円を切ったら安いご飯。300円でかなり質素なファストフードってとこだ。
日本と一緒だな。
ちなみに韓国では他の外国と違い日本食だからといってブランド効果で値段がバカ高い、なんてことはないみたい。
まぁ韓国は物価自体が高いのでそう感じないだけかもしれないけど。
バイトは22時までというジュンジュンと軽く喋ってから店を出て、ジュンジュンがオススメしていたバスキングスポットであるこのロマンチックな川沿いを歩いた。
確かにところどころに歩行者用の小さな橋がかかっていてその上で兄ちゃんたちがそれぞれに演奏をしている。
んー、やれそうな場所は全て埋まってるなぁと歩いていると、カッピーが川を覗き込んで声を出した。
「フミ君ここだわジュンジュンが言ってたの。気づかなかったー。」
覗き込んでみると、川の両側、水草がしげる水際に歩道があり、結構たくさんの人が歩いていた。
おーおー、こりゃまたロマンチックな歩道だな。
俺たちも下に降りて歩道を歩いてみた。
そこらじゅうでたくさんの人が座ってお喋りしているんだけど、まぁ9割りカップルですね。
しかも洗練されたオシャレなカップルばかりで、みんな抱き合ってイチャイチャしてるというロマンチックな場所ですよ。
あれ?歩道の入り口にバッグパッカーは入ってはいけませんって書いてなかったな。
勘弁してよー、こんなところバッグパッカーが入ったら自殺だよね♬しかも男2人て。今から公園で野宿するのに。まぁ快適な公園だからいいけどねこのどチクショウ!!!
川のせせらぎをかき消してオジーオズボーンのクレイジートレインでも歌ってやろうかなと思ったけど、大人しく道の端を泣きながら歩く。
まぁ街灯がわずかに漏れこむ薄暗い歩道なんだけど、オシャレにもほどがある。
橋の下はヨーロッパのお城みたいに石畳と石柱の造りになっており、暖色の照明が淡くライトアップしている。
ところどころに写真のパネル展示があり、いきなり音楽が鳴り始めたかと思うと、噴水とレーザーと音楽を使った小ぢんまりとしたショーが始まる。
人工の滝やモニュメントがあちこちに散らばり、頭上にはソウルの高層ビルがそびえたって美しい夜景を作り出している。
そんな遊歩道を雑誌から出てきたようなモダンな服を着たカップルたちが行き交い、この初秋の肌寒い風に体を寄せ合っている。
ソウルすげえ。
なんて文化水準の高い街だここ。
バスカーもいた。
みんなこのシチュエーションをよくわかっていて、バイオリンやら静かなエレキギターのソロとかでバッチリムード作りに貢献してる。
商売敵ではあるけども、この秋の寂しげな夜風とバイオリンの音色がとてもよくマッチして、素直に胸が締めつけられた。
カッピーと2人で夜の街を歩く。
どこにでもある都会の冷たいビルの明かり。
走り去るバスのヘッドライト。
でもこのソウルのアーティスティックな空気はどこか居心地が良く、そこらへんのベンチにもずっと座っていられそうなほど自由な時間の過ごし方を選べる。
この街の一員になれていることをなんだか誇らしく思える。
こういうのを世界都市っていうんだろうな。
いい街だな。
それからホンギに戻って若者たちで溢れかえる通りでもうひと歌いして公園に戻った。
隠しておいた荷物も手をつけられることなくそのまま置いてあったし、公園には今夜もいくつかの若者たちのグループがそこここに座ってお酒を飲みながら笑っている。
俺たちそこに混じってマッコリを飲んだ。
今日のあがりは6万ウォン。6千円。
床に寝転がると肌寒い夜風にぶるっと少し震えた。
マッコリの甘い酔いが体を包む。
気持ちいいな。
とても満たされた気分だった。