3月18日 火曜日
【チリ】 イースター島
優しい雨が降る。
朝日の中にきらめきながら落ちる雨粒が芝生を濡らす。
雨はいつも陰鬱な気持ちにさせるものだけど、島のスコールはとても爽やかで、乾いた心を潤してくれるよう。
ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
キッチンに置いているマイ食料ボックスの中にはまだツナ缶やパスタソースが結構残っている。
物価が高いからキチンと自炊しないといけないとあれだけ色々買い込んできたのに、結局すぐにその物価にも慣れ、なんだかんだと買い物してしまった。
他の旅行者たちもみんなそうしてしまうようで、キャンプ場のキッチンにはみんなが消費しきれなかったパスタや調味料があれこれと揃っている。
少しでも減らそうと、パスタを茹でてカルボナーラを作った。
イースター島で過ごす最後の1日。
今日は歌いまくるぞ。
昼の13時にメインストリートに向かう。
ギターを持って外を歩けばすでにたくさんの人たちに顔を覚えられていて、おーいウチに寄ってけーとオッさんたちが手招きしてくる。
観光客ずれしていないその島の人々の懐っこさがとても居心地がいい。
待ち合わせ場所に着くと、すでにそこにはエッちゃんや監督たちが集まっていた。
今日は今からレストランバスキング。
笑顔が可愛い花ちゃんがお手伝いしてみたい!!と言ってくれたのでお金回収の相方をお願いしている。
ニコニコと愛嬌のある花ちゃんならうってつけだ。
そしてみんなもそんなバスキングを見てみたいということで集まってくれたのだ。
ペットボトルに米粒を入れたマラカスを作ってきてくれた花ちゃん。
学生のころにカラオケでマラカス振り回してました!!って言うので多分大丈夫だろう。ん、大丈夫かな?
今回歌うのは俺だけ。ということで分け前は8対2にしてもらい、軽く曲と全体の打ち合わせをして、さぁいってみよう。
メインストリートの中にあるクラブサンド屋さんからスタート。
満席の店内、お昼のゆったりとしたランチタイムに歌を響かせる。
緊張して小動物みたいな顔になってる花ちゃん。
マラカス、ちょっとズレてるけど……まぁ大丈夫かな^_^
無事2曲やりきってキチンとお金回収もしてお店を出る。
「花ちゃん、もっと外の方でも口ずさんで歌ってる人とかいたからその人たちにももらって回らないとダメよ。私ならくれるまで笑顔でずっと動かないわ。おほほほ。」
そりゃレースクイーンとかバドガールとかやってるエッちゃんだったら最強に愛想良く強引にチップ回収できるね。
「まぁやるんだったらチャイナドレスかなんか着て赤い口紅しないと気合い入らないからやらなーい。」
「それやったら誰も歌聴いてくれなくなっちまう。」
そんな話をしながら村の中をグルリとひと回り。
なのだが………どうしたもんかほぼ全てのレストランが閉まってるかお客さん入っていないかで、村にまったくひと気がない。
なんだよ、みんな観光行ってるのかな。
結局いつものイケメンのホットドッグ屋さんで歌い、わずか2軒でお昼のバスキングは終了。
あがりは19100チリペソと1ドル。
40ドル。
1軒につき20ドルという驚異の稼ぎなんだけど、歌えるお店が少ないんだよなぁ。
観光地なのでみんなバラバラの時間帯にお店に行くので、ゴールデンタイムってのがつかめない。
まぁとりあえずこれを夜もやればある程度の金額になる。
9泊分の宿代もこれで払えそうだ。
それからは特にやることもないので、着いてきてくれていたみんなと買い出しに行き、キャンプ場でご飯を食べた。
みんなイースター島自炊のためか醤油とかみりんとか気合いの入った調味料を持ってる。
島では豚肉が美味しいのでありがたく調味料を使わせてもらって生姜焼きを作った。
いやー、今日もアイネちゃんの肌綺麗だ。
「ぐへへー!!僕のは?」
ちょ!!邪魔!!
あまり観光観光していないイースター島だけど、一応島の独特の踊りと音楽のショーをやっているお店があり、観光客はたいがいみんなそこに行くみたい。
ラパヌイの南国色溢れるショーらしく、若干興味はあるけど観覧料が20ドル。
カリカリダンスというもので、週3回開催しており今夜がそのうちの1日。
エッちゃんや監督たちはみんな行くみたいだ。
俺はいいかな。
「金丸さん、私夜もお手伝いさせてください。楽しかったから。」
みんなとカリカリダンスに行く予定だったのに1人行かずに俺のバスキングの手伝いをしてくれるという花ちゃん。
ありがとうね。
夕日が沈み、島に夜が訪れる。
この夕日も今夜が最後。
明日にはサンチアゴに戻る。
大好きなこの島で歌う機会がこの一生のうちにあるだろうか。
悔いのない演奏をするぞ。
海を見渡す波打ち際の高級レストランに飛び込んだ。
ブラボーとアンコールをもらいながら2軒の演奏を終え、調子良く回っていく。
花ちゃんのマラカスもなかなかいい感じになってきた。
ヨーロッパ人、北米人、アジア人、世界中の観光客たち。
あー、最後の日になりもっとこの島にいたくて仕方ない。
メインストリートにある小さな、でもオシャレなレストランに入った。
4組のお客さんたちが楽しそうに食事している。
まだこのお店ではやってなかったな。
断られないかドキドキしながら厨房で料理していたママに声をかけた。
「演奏したい?もっちろんよ!!いい歌うたってね。」
めちゃくちゃウェルカムなママの笑顔に気合いが入る。
そして演奏開始。
小ぢんまりとしたお店なので音が響いてとても歌いやすい。
なかなかいい歌が歌えたと思う。
お金の入りも良く、回収を終えて挨拶し、厨房のママにお礼を言いに行く。
厨房の中で1人で忙しそうに料理を作っているママ。
小さなお店なのでウェイターの女の子と2人でやってるみたいだ。
ありがとうございましたと言うと、振り返ったママ。
笑顔で嬉しそうな顔。良かったわと褒めてくれた。
安心した。満足してもらえたみたいだ。
本当にとても良かったわ、と何度も言ってくれるママ。
そのとき声が突然震え始めた。
声がつまり、嗚咽になり、口を押さえたママ。
涙が流れ、肩を震わせて良かったわ……と言ってくれる。
「ま、ママ、どうしたんですか?」
「うう、ごめんなさい……私の愛する人も……ここでギターを弾いて……お客さんに歌っていたの………本当にこの前、死んでしまったわ………ううう……」
ママの視線の先に何枚もの写真が置いてあった。
頭にバンダナを巻き、長髪にヒゲをはやし、太陽のように暖かい笑顔をしたおじさんがギターを抱えてそこに写っていた。
「彼はとても歌が好きで………そのギターに巻いてるようなバンダナを………いつもしていたわ………ありがとう………ここで歌ってくれて……ありがとう………本当にありがとう……」
ママは泣きじゃくりながら俺を抱きしめてくれた。
なぜ死んでしまったのかなんて聞けなかった。
きっとこの愛する旦那さんと2人でこのお店をやっていたんだろう。
写真にうつる楽しそうにギターを弾くおじさんの笑顔。
島の日焼けしたたくましい男たちと肩を組んで笑っている旦那さん。
写真の中の古めかしいギターにはステッカーが貼られていた。
ラブ&ピースと書かれたステッカー。
「あー……ふう……この人がいたらきっとあなたと仲良くなれてたわね。ご馳走するから何か飲んでいって。さ、座って座って。」
ワインをついでもらい、さらに高くてとても手が出せないようなセビッチェまでご馳走になってしまった。
優しいママ、旦那さんもきっととても大きな男だったんだろうな。
この太平洋に浮かぶ孤島の、映画みたいな人生を垣間見て、胸が苦しくて仕方なかった。
なんで死んでしまったんだよ。
何度も歌ってくれてありがとうと抱きしめてくれるママに別れを告げてお店を出た。
ご飯を食べていたせいで時間が遅くなってしまったけど、あと1軒行かないといけないレストランがある。
バスキング初日にパーティーをしていて大盛り上がりになったあのお店。
あれから何度もいつうちに来てくれるの?とお誘いを受けていたんだけどなかなかタイミングが合わずに行けていなかった。
最後にあそこでやって終わるとしよう。
メインストリートの真ん中にあるレストランに到着。
どれくらいお客さん入ってるかな?と中を覗いてみると、すでにほとんどお客さんがおらず閉店ぽい雰囲気になっていた。
しまった、遅かった………
「ハーイ、やっと来てくれたわね。でも来るのが遅いわよー。まぁいいわ、さぁ座って。何飲む?」
ママにごめんなさいと言い外のカウンターに座ると、店の中から楽器を持った男の人たちが出てきた。
どうやら今夜は地元のミュージシャンたちもここでショーをやっていたみたいで、俺もそこに混ぜて演奏してもらいたかったみたいだった。
「お客さんいなくてもいいよ。なにか聞かせて。」
お店のスタッフさんたちと地元のミュージシャンの人たちに囲まれて外のカウンターに座って歌った。
ビールを飲みながらリラックスしてギターを弾いた。
「イェーイ、いいね。じゃあ俺たちもやるか。」
そう言って2人の兄さんはウクレレとギターを取り出した。
弦は4本だけど見慣れない形のウクレレ。
イースター島からさらに太平洋の西に小さな島が無数に散らばるポリネシアという国がある。
イースター島の先祖はこのポリネシアから渡ったのではないかという説があるが、このウクレレもポリネシア原産のものらしい。
ポリネシアやカリブなど世界の色んなところに演奏しに行っているという2人が息のあった音色を奏でて歌を歌ってくれた。
めちゃくちゃ感動した。
右手のストロークが特徴的なウクレレ。
絶妙な拍取りで小刻みなストロークを散りばめる演奏は、どこまでも南国の暖かい太陽と風と素朴な人々の人生を感じさせてくれる。
それは陽気な中にどこか悲しさを含んでいるメロディ。
カリカリダンスには行かなかったけど、最後の夜に最高の島の音楽を聴かせてもらえた。
「フミの音楽ならボブディランとか好きじゃないのかい?」
みんなでビールを飲んでいるとウクレレ弾きの彼が言った。
「ああ、大好きだよ。」
「ずっと昔にボブディランがこの島に来たことがあったんだ。」
「マジか。すごいね。」
「その時に、この島の小さな少年がギターを弾いてるのをボブディランが見てさ、次の年にボブディランがもう1度やってきてその少年にギターをあげたんだ。今もこの島にあるんだぜ。」
「すっげえ!!そのギター見たいわー。この島の宝物やね。その少年って今もうおじさんなんじゃないの?」
「ああ、でも……この前死んじまったんだ。」
まさかと思った。
「そのおじさんってもしかしていつもバンダナを巻いてた……?」
「え!?なんでフミが知ってんだ!?」
やっぱりそうだった。
さっきのレストランの旦那さんだった。
あまりの偶然に体が震えた。
「本当に、先月の話だよ。海で泳いでる時に発作が出てしまったんだ。俺たちいつも一緒に演奏していたよ。彼は誰からも愛されてた。俺たちのベストフレンドだったんだ。」
ビールで少し酔いながら宿に向かって歩く。
人はもう誰も歩いておらず、外灯がポツポツと寂しく道を照らしている。
月が優しく光っている。
柔らかい風がパームツリーを揺らす。
ここは太平洋の真ん中の小さな島。
どこにでも人は生きていて、みんなそれぞれの人生を生きている。
無邪気な子供から若く輝く青春を過ごし、愛する人を見つけて一緒に生きていく。
慈しむ心も、喪失の悲しみも、当たり前にみんな持っている。
どんなところにいても同じ人間なんだから。
優しい月が、なんだかとても寂しげに見える。
この寂しさを歌にしてくれる男が1人いなくなってしまったんだもんな。
きっとこんな夜にギターを鳴らしていたんだろうな。
愛する奥さんに見守られながら。
明日、この島を離れる。
俺は絶対に死なんぞ。
待ってくれてる人にあんな涙流させるか。
夜のあがりは25400チリペソと6ドル。
50ドル。