1月6日 月曜日
【エクアドル】 キト
「僕次にガラパゴスに行くんですけど、ガラパゴスに行くためにはグアヤキルに行かないといけないんですよ。どうしよう………行きたくない………」
防犯王子、吉崎ふみにとって、もはやグアヤキルは足を踏み入れてはならない北斗の拳の街となっているよう。
「航空券は取ってるからフライト当日にグアヤキルに入って、バスターミナルと空港が隣り合わせになってるからそのまま空港に入って一歩も外に出ないようにして………」
うん、注意しすぎてしすぎることはない^_^
ふみ君はスペインで1度全ての貴重品を盗難されているので慎重になるのはわかるよ。
そんなふみ君は今日キトを出て、グアヤキルとの途中くらいにある町でフライトを待つことにするそう。
最後に昼ごはんだけ食べに行く事に。
近くの中華料理店でWi-Fiを繋ぎながら、いろいろと調べ物。
リサーチの鬼でもあるふみ君は地球の歩き方を丸暗記してるんじゃないかってくらい色んな旅情報を持っている。
「金丸さん、ところでイースター島にはいつ行くんですか?」
「ん?2月の半ばくらいに行ければいいかなぁ。チリで現地値段で買えば安いらしいから。7万くらいで行けるといいかなー。」
「え?金丸さん、飛行機チケットまだ持ってないんですか?!」
「うん、まぁ高くなっても8万くらいで行けるんじゃない?知らんけど。」
「ちょっと待ってください……………えー………金丸さん、2月ですよね?イースター島行くの。
「そうだよ、ところでふみ君は福岡のラーメンはどこが好き?俺はやっぱり元祖長浜だけど、秀ちゃんも捨てがたいなー。」
「金丸さん、2月のイースター島、14万円です。」
………………………………
「………………は、はははー、な、何をバカなことをいっちょらるりれるれ、ひ、秀ちゃんの油多めもいいけどたまにはベタに一蘭も行ってもい………」
「金丸さん、14万は片道の値段です。往復28万です。」
ぼふぁぁあああ!!
チャーハン吹き出しそうになったじゃねぇかコノヤロウ!!
なんてこと言いやがるんだあああんん!!
同じ九州出身でも言っていいことと悪いことが………
「金丸さん、南米の後はアルゼンチンからニュージーランドに飛ぶんですよね?え?それもアルゼンチンで買う?何を寝ぼけたこと言ってるんですか。寝言は寝てからほざいてください。そのチケットも下手したら倍になりますよ。そのやり方だったら50万くらいかかりますよ。」
ほげえええええええええええええええええええええええええええええええええええあえ!!!!!!!!!!!!
手持ち金額13万円んんんんんんんんんんんんんん!!!!!!!!
な、な、な、な、な、なんとかしないと、なんとか、なんとか一発逆転の活路を!!!
そ、そうだ、朝から晩までメルカドの前でひたすら手を真っ黒にして靴を磨きまくって日本クオリティの仕事で大評判になって1日腕が引きちぎれるほど頑張って50人磨けば50×50セントで2500円しか貯らねえええええ!!!!(´Д` )
どどどどどどど、どうしよう!!!
だ、男娼は!?
俺のサムライソードで南米の巨乳たちを滅多斬りにして大評判になり1日ソードがへし折れるくらい頑張って子供ができて南米永住。
それはダメええええええ(´Д` )!!!!!!
ちょっと待て!!50万円!!?
そんな金あるわけねぇし南米の路上で作れる金額じゃねぇ!!
も、もうだめだ……イースター島どころか南米脱出だけでも危うい金額だ。
もうこうなったらアメリカかどっかに飛んで怪しげな研究所の中で意味わからん薬の人体実験モルモットになるしかね………
「金丸さん、イースター島、3月だったら安いです。往復で6万8千円でありますよ。」
「な、なんだとおおお!!!」
「でもこれは2ヶ月前割引きになるのでそれを過ぎたらまた14万です。」
「ぬおおおおおおお!!今すぐ買うぞ!!どこだ!!飛行機チケットってどこで買えるんだ!?あれか!?空港か!!?よし!!空港行く!!」
「金丸さん落ち着いて下さい。チケットは街中の旅行代理店で買えますよ。ただ少し手数料はかかるでしょうけど。」
「よし!!旅行代理店行く!!」
店の外に飛び出す!!
はい、豪雨!!
ナイスタイミング!!
あああ…………あのスイスでの全裸からの地獄のタイムリミット付きシェンゲン強制退去命令が蘇る。
ああああ!!!頭がパニックになる!!
そんな超大金ねぇし、路上で貯めようと思ったら何ヶ月かかるかわからねぇし、そうなったら彼女との約束に間に合わずゴミのように捨てられて彼女は他の誰かと2秒でお見合い結婚。
ああああああああ!!!!
飛行機ナメてたああああああ!!!!
ダッシュで代理店巡り。
ちょうどいいことにこの新市街には旅行代理店が軒を連ねており、何軒か回って聞いてみた。
なんとその結果、
イースター島行き、3月8日~3月16日の往復チケットが650ドルで買えることが判明。
そして3月26日にアルゼンチンのブエノスアイレスからオーストラリアのシドニーまでが1100ドルで買えることが判明。
計17万5千円。
い、い、いけるか!?
いけない金額じゃない!!
手持ちはドルとかユーロとかスウェーデンクローナとかブルガリアレフとかボスニアヘルツェゴビナマルクとかわけわからん金を合わせれば13万あるっていうかボスニアヘルツェゴビナの金どうにかしてくれえええええええ!!!!
もうこいつどうすればいいんだよ………
とにかく、ユーロは替えられるだろうから、それで10万くらいにはなる。
あと750ドル。
2ヶ月前割引きが切れる2週間以内、あと750ドルを貯められたらオーストラリアまでの飛行機チケットを買える!!
ていうか買わないと!!
それ以上遅くなったらマジで彼女との約束に間に合わねぇ!!
代理店のおばちゃんに明日買いに来ます!!と猛烈に約束してお店を出る!!
そしてふみ君を近くのバス停まで送って行った。
ふみ君ありがとう!!
20万の情報だよ!!
この恩は南米のどこかで返す!!
よーし、とにかく2週間以内に7万5千円。
おとといの土曜日の夜はあまり長いことやってないのに110ドルも貯められた。
キチッと1日中やりまくれば150ドルはいけるはず。
だったらなんの問題もない!!
このキトでこの飛行機問題に終止符を打てば、あとはノンビリ先々の町で旅の費用だけ稼いでいけばそれで南米はクリアーだ。
本当はオーストラリアよりニュージーランドに先に行きたいんだけど、アルゼンチンからだとオーストラリアに飛ぶほうが4万円くらい安い。
ニュージーランドはオーストラリアの後にしよう。
よーし、あとは毎日歌いまくるぞおおおおおおおおおお!!!!!!
俺の底力見せてやるああああああああああ!!!!!!!
はい、豪雨。
そ、そうですか………
ま、まぁ1日くらいいいよ………
月曜日だしね。
よし、だったら今日は昨日壊れたハーモニカ探しをしよう。
これだけ大きな街なら楽器屋もたくさんあるだろうし、ハーモニカくらいいくらでもあるだろう。
雨が小雨になったのを見計らって街を歩いた。
道行く人に尋ねながら、まず最初にやってきたお店。
あまり充実した品揃えではないけど、ハーモニカあるかなー。
できればホーナーのマリンバンドが20ドルくらいであればいいんだけどなー。
うん、ない。
あるのは俺がいつも使っているブルース用のハープではなく、倍くらいの巨大なやつやクロマチックハーモニカだけ。
ブルース文化のないラテンアメリカではこの巨大なやつしか置いてないとこが多い。
まぁまだ1軒目だ。
どんどんいってみよう。
次のお店はなかなかロック色の強いお店だった。
お、ここなら置いてるんじゃないかなー。
あったあった。
「ホーナーのハーモニカありますか?」
「スィー、あるよー。」
南米にしてはなかなかの品揃え。
ホーナーはだいたい安いやつが2千円くらいからで、俺が好きで使ってたのが4千円くらい。
まぁ物価の安いエクアドルなので2千円くらいであるだろう。
「これいくらですか?」
「70ドルだよ。」
…………へ、へー、ホーナーのハーモニカが70ドル。結構いい値段するんだね。俺そんな高級なハーモニカ見たことないっていうか何それ!!
ナニソレ!!
ちょ、バカにするのもいい加減にしろよ!!
70ドルのハーモニカとか宝石でも使ってんのか!?
しかし驚く俺を尻目に平然とした顔の店員の兄ちゃんはロック一筋みたいな長髪なのでウソをつくようなやつではない。
ま、マジか?
他のお店も見てみよう!!
急いで雨の中トロリーバスに乗って旧市街のセントロへ。
楽器屋さんが固まっている通りをしらみつぶしに回ってみる。
が、どこにもマトモなやつが置いてない。
かろうじて見つけたちょっといいヤツの値段を聞いてみる。
「106ドルになります、セニョール。」
セニョールじゃねぇコノヤロウ!!
106ドルのハーモニカとかゆまちゃんの使い古しでも買わねぇわ!!
えー、な、なんなの………
エクアドルって楽器の値段がハイパー高いんですけど………
ホーナーじゃないマジでしょうもない、日本だったら500円くらいで売ってるオモチャみたいなやつが2千円もする。
マジで使い物にならないレベルのやつが2千円。
これしかない。
こんなの使いたくない。
でもすでに持ってるやつは音が狂いまくっている。
ど、どうしよう…………
結局買えないまま雨に濡れてトボトボと宿に帰った。
いきなり航空券問題が発生して大金を用意しなきゃいけなくなった上に、大事な商売道具が手に入らない。
これじゃいい演奏が出来ない。
頭がパニくって考えがまとまらない。
どうすればいいんだ………
そしてこの後、追い打ちをかけるような出来事が。
雨に濡れて宿に着く。
俺の部屋は2階にあって、部屋の前が踊り場になっており、いつもみんなそこでマリファナを吸いながら音楽をかけたり楽器を弾いたりして遊んでいる。
もちろん悪い奴らではない。
みんな旅のホーボーで、ギターやジャンベ、笛を演奏したり、バトンやお手玉のジャグリングで日銭を稼ぎながら旅してる連中。
マクラメの編み物や針金細工を売ってるやつもいる。
要は俺と同じ貧乏な旅芸人たちだ。
気心はしれている。
雨降ってきたなー、これじゃ仕事できねーよーとフレンドリーなみんなと軽く会話をして部屋に入った。
そこで目を疑った。
俺が寝ていたベッドの上がグチャグチャに散らかっている。
知らない物が散乱して誰かが使っているようだ。
ちょっと待て、なんで俺のベッドを誰かが勝手に使ってるんだ。
意味が分からずボーゼンとしていると、外にいた連中がどうしたんだ?とやってきた。
「ここ、俺のベッドなのに誰かが使ってるんだ。あ!!俺の寝袋は!?あ!!ここに置いておいた俺の物は!?はぁ!!?」
「フミ、落ち着いて、ここのベッドを使ってる奴を呼んでくる。そいつがフミの荷物を持ってるはずだ。」
落ち着いてられるか!!
部屋には折り紙とか洗面道具とか衣類とかの、なくなってもなんとか代用の効く物しか置いてはいなかったけど、それが全部なくなっている!!
あ!!!
ああああ!!!!
金!!
有り金とパスポートを部屋に置いていたんだ!!
うわああああああ!!!!!
そうだ!!このふたつは大切なものなのでベッドのマットの下に挟んで隠していた!!
でも数時間部屋にいなかったんだから、こんな安易な隠し場所とっくにバレてる!!
ぎゃあああああ!!!
勢いよくマットを持ち上げた。
あ!!あった!!
あった!!あったよー!!
よかったー!!
バカなやつでよかったー!!
するとみんながベッドを散らかした張本人を連れてきた。
そいつはナオちゃんとユータ君たちがいなくなったことで代わりに入ってきていたチリ人の兄ちゃんだった。
針金細工を売って旅しているホセってやつで、ゆうべ寝る前に少し話しをした。
悪そうなやつではなかったはずなのに。
「おい、ここは俺のベッドだろ?なんで使ってんだよ。それとここに置いといた物は俺の物だぞ。どこにやったんだよ。」
「モアイモアイ、イースター。」
少し英語が喋れる仲のいいアレハンドロがやってきて通訳してくれる。
なにやら、今朝吉崎ふみ君が部屋を出て行ったので置いてあったものはふみ君が不要品として部屋に残していったものだと思ったのでもらったんだと言っているみたい。
おいおい、だとしても俺がまだ泊まってんの知ってるだろ?
物は俺のベッドの上と横に置いといたのに、それまで取るってどういうことだよ。
完全に確信犯じゃねえか。
前までならカーっと頭に血が上って怒鳴るところだけど、もうこういうシチュエーションにも慣れてきた。
冷静に、そいつのバッグをぶんどって中身を全部引きずり出した。
破れて汚いバッグ。
野宿ばかりしてるんだろう。砂がたくさん入っており、触りたくもない衣類とか、ゴミみたいなものがたくさん詰まっている。
でもそんなこと言ってられない。
俺も今まで何回も警察に荷物全チェックをされてきた。
バッグの探し方は心得ている。
全てのチャックを開けていく。
まぁ出てくる出てくる。
俺の物がいろんなところから。
ご丁寧に、すでに自分の使いやすいように小物たちを仕分けして入れてやがる。
ビニール袋やポーチまで利用して収納しているという余裕っぷり。
そうやってバラバラに収納してやがるもんだから何がどこにあったのかわからなくなる。
「おい、取ったもの全部出せよ。まだシャンプーとかヒゲソリがないぞ。」
「モアイモアイモアイ……モアイ。」
なんだか開き直った様子で、これで全部だよ、他のは知らない奴が来て持ってったからわからない、とふてぶてしく言っている。
そこに宿のママが勢いよくやってきた。
そしてすごい剣幕で兄ちゃんに怒鳴り出した。
「フミ、あなたの荷物はちゃんと全部ある!?ちゃんと確認して!!」
「あ!!そういえばバッテリーの充電ケーブルがまだ見つかってない!!」
「あんた!!早く出しなさい!!ふざけないで!!」
「知らない、知らない、他のやつが持って行った。知らない、」
ママの見てる前でホセのもうひとつのバッグをぶんどった。
開けても何も入ってないよというジェスチャーをしてくる。
チャックを全て開けて中身をひっくり返した。
汚い衣類の下から、俺のシャンプー、ヒゲソリ、石鹸、色んなものが出てきた。
そして小さなポケットから、充電関係のケーブル類も。
「てめぇナメてんじゃねえぞコラ………」
ボケに詰め寄るとママやアレハンドロやみんなが俺の体を掴んで後ろに引き戻した。
すでに宿のみんなが集まって騒然としている。
「出て行って!!早く出て行きなさい!!早く!!」
ママがすごい勢いで怒り、チリ人は小さなバッグに針金細工の道具だけを詰め込んで、テントや汚れた服やボロい靴なんかを散乱させたまま出て行った。
「フミ、ゴメン、本当にごめんね、でももうここにいるメンバーは本当にいい人たちばかりだからもう安心して。」
一生懸命謝ってくれるママ。
アレハンドロや残りのみんなも、もう大丈夫だよと声をかけてくれる。
いやいや、確かにみんないいやつらだけど、こんなことがあってこのヒッピーたちの溜まり場を信用なんか出来ない。
8ドルは高いけど前の宿に戻ろう。
あそこなら信用できる。
荷物をまとめて出て行こうとすると、みんなが引き止めてくる。
「フミ!!行かないでくれ!!俺たちはフミが好きなんだ!!ギターでセッションしようぜ!!」
「リラックスしなよ、ホラ、吸いな。」
「フミ、このホテルは10年やってるけどこんなことがあったのは初めてなの。もうフミの部屋には新しい人は入れないわ。彼と彼だけ。この2人は本当にいい人だから絶対に何もないと誓うわ。」
みんなの言葉を冷静に聞く。
こんなに引き止めて、全員で俺を食い物にしようとしてるのか?と一瞬頭をよぎる。
でもその疑惑はすぐに消えた。
残ったメンバーはいつも一緒に遊んでいるいい奴らばかり。
カルロスもルーカスもアンヘラもレディも、気のしれた連中。
俺はバカかなぁ。
抱えた荷物を降ろした。
「フミー!!ありがとう!!信じてくれてありがとう!!」
「フミ、ほらここに座りな。マテ茶でも飲んでさ、」
「ほら、吸いな。」
居心地は悪くない。
みんな俺と同じ旅芸人。
汚れたソファーに座って、薄暗い電球の下、ママが俺の頬をなでる。
こんなに放浪の詩を感じられる場所もなかなかない。
ギターを弾いてみんなが歌った。
ホーボーたちの夜は、何事もなかったかのようにふけていった。