5月24日 金曜日
【スイス】 ベルン ~ バーゼル
寒すぎる………
寝袋の口から流れ込む冷気で、鼻が凍りそうだ。
寝袋から出たくない。
でも行かないと。
タイムリミットは明日まで。
明日までにすべての手配を終わらせてロンドンに行かないといけない。
どう考えても無理だよ………
朝イチ、すぐに公衆電話を見つけて、そこからカナダの航空会社に電話をかける。
国際番号がわからなくて手間取るが、なんとかつながった。
「クレジットカードがないと予約はできないわ。その場合、代理店で直接お金を支払ってもらわないと。」
そうだよね………
わかります………
「スイスには代理店はないわ。パリにならあるわ。」
よし、決まり。
今からパリに行くぞ。
駅に向かい、ユーロラインのバス会社はどこにあるかたずねる。
そして市バスに乗って、町外れの空き地みたいなとこにやってきた。
そこには掘っ建て小屋みたいなユーロラインの事務所があった。
しかし人がいない。
雨が降ってきた。
軒下に隠れる。
寒い………寒いよ………
体が凍える。
手がかじかむ。
雨がなんだか大きいなと思ったら、よく見たら雪だった。
嘘だろ……もう勘弁してくれよ………
だだっ広い空き地。
人影はゼロ。
震える俺。
なにをどうすればいいんだろう。
時間は刻一刻とすぎて行く。
心がドンドン荒んでいく。
頭がグチャグチャだ。
ユーロラインの事務所に電話番号が書いてあったので、近くのカフェに飛び込み電話をかしてもらってそこにかけた。
「ベルンからパリへのバスはないわよ。バーゼルって街かジュネーブって街からしか出てないわ。」
よし、バーゼル行くぞ。
ミゾレがぼたぼたと落ちてくる中、すぐに中央駅に戻って39フランのチケットを購入。
31ユーロ。
クソ高え。
でももうなりふりかまってられない。
フランス、ドイツとの国境に面した街、バーゼルに到着した。
ここもまた歩いて国境を越えられる距離に国同士が面している。
駅に着いて、ふと目に飛び込んできたものがあった。
飛行機のマーク。
どうやらこの街には空港があるみたいだ。
もう、いっそこんなわけのわからないことに駆けずり回っていないで、ここからカナダまでひとっ飛びしてしまったほうがいいんじゃないのか?
いやいや、ま、まずはユーロラインのオフィスに行くぞ。
観光案内所でオフィスの場所をたずね、地図をもらう。
そしてトラムに乗って町外れの寂しい地域へ。
わからん。
見つけられない。
人に聞いても誰もユーロラインなんて知らない。
「バス?バスじゃなくてトラムだよー、この街はー。」
ってまったく意思の疎通ができない。
こうなったら、空港に行って航空会社を片っ端からハシゴしまくって安いカナダ行きを探すか?
そうしよう。
空港行きのバスに飛び乗る。
いや、待て、そうしたら今持っている150ユーロ以上あるユーロのコインはどうなる?
捨てるしかなくなるぞ?
それにイギリスを旅から外すのか?
あのビートルズとストーンズとフェイセズとクィーンとウィスキーと草原と………
世界屈指の大都市ロンドンと………
外せない。やっぱりイギリスは行きたい。
わけのわからない場所でバスを飛び降りる。
ここはどこだ?
俺はまず、何をすればいいんだっけ?
時間は16時。
見知らぬ街にひとりぼっち。
うわあああああああ!!!!!!
もうどうすればいいんだあああああああ!!!!!
くじけそうになりながら、なんとか駅に戻ってきた。
観光案内所で、もう一度詳しくユーロラインの場所を聞いて、住所とかも書いてもらって、トラムに乗って向かう。
さっき歩いた場所にやってきた。
ここにはどこにもなかったぞ?
さっきそこのスーパーで道を聞いても誰も知らなかったし…………
住所の紙を見てみる。
スーパーの道路向かいにオフィスはあった。
クソ、クソが。
だいたいここユーロラインのオフィスじゃなくて、旅行代理店じゃねえか。
そりゃ発見できんわ。
中に入って、早速パリ行きのバスを予約する。
「今週も来週も全部フルブッキングよ。満席。」
死んだ。
パリ行けねえ。
「ジュネーブからなら明後日のバスに乗れるわ。値段は55ユーロ。でもここからジュネーブまでの電車代が100フランくらいね。80ユーロ。」
死んだ。
パリ行けねえ。
イギリスに行く以上、所持金を減らすことは入国の門が限りなく狭くなるということ。
150ユーロ払ってパリに行き、そこで代理店でイギリス発カナダ行きのチケットを買う。
それからイギリスでの宿の予約をすべて完了させて、ユーロのコインをすべて換金し、パリからロンドンへの40ユーロのバスをおさえて…………
ていうかシェンゲンのオーバーステイをやらかしていたり、今回のこともあったりのズタボロのパスポートで、あの厳しいイギリスに入れるとは到底思えない。
もし入れなかったら、バスから放り出され、国境から50ユーロの電車に乗ってパリに戻り、またそこからどこかへ飛ぶ飛行機を探さないといけない……………
買った250ユーロのイギリス発のチケットも払い戻しできるかわからない……………
「あの…………もしここからカナダに行こうと思ったらいくらで行けますか……?15万くらいしますよね………わかってます、へへへ………」
「ちょっと待ってね。」
一生懸命探してくれているお姉さん。
でもクソ高いよね。
こんないきなりのチケットなんて高いに決まってる。
1000ユーロは超えるはず。
「ロシア航空のチケットが1番安いわね。ポーランドのワルシャワで一泊するトランジットになるわ。870フランよ。」
ん?870フラン?
700ユーロ?
「火曜日出発で、水曜日にはカナダのトロントね。」
パーーーーーーーーン
弾けたー。
イギリス弾けたー。
ビートルズもストーンズも弾けたー。
もうカナダ行く。
ヨーロッパとはもうおさらばだ。
イタリアもギリシャもバルセロナも南フランスも、そしてあのイギリスも、
みんな弾けた。
お金は月曜日でもいいですか?とお願いすると、大丈夫とのこと。
多分月曜に予約しても席が埋まってることはないはずだからと言う。
代理店を出た。
支払いまであと今日をあわせて3日。
この870フラン。
どこまで稼げるか。
これがヨーロッパ最後の国。
文字通り長いこといすぎたこのヨーロッパ。
何回歌っただろう。
いくつの町で歌っただろう。
道は見えた。
最後のひと踏ん張り。
九州男児の根性見せてやろうじゃねえか。
その足で市街地へ向かう。
時間は18時すぎ。
しかし今日は金曜日。
街には人が出るはずだ。
カウンタックとか初めて見たわ!!
その予想通り、たくさんのカフェやバーがひしめくメインストリートには、たくさんの人が歩いていた。
お腹が空いたのでバッグの中の缶詰を吟味する。
久恵さん、本当にありがとう。
この決断の夜。
選んだ缶詰は…………
サンマの蒲焼き。
うおおおおおお!!!!
うますぎる!!!
パンがすすむーーーーー!!!!!
お腹いっぱいになると体から力がみなぎってきた。
さっきまで降ったり止んだりしていた雨も、今はやんでいる。
行くぞ、勝負だ。
金曜日の夜。
時間が遅くなるにつれ、人通りは増す一方。
声を張り上げる。
それから4時間。
疲れ果ててギターを置いた。
あがりは、115フラン。
そして。8ユーロ。
よし!!!
夜だけでこれだけ稼げた!!
明日、朝から夜まで歌えばもっと稼げるはず。
気合いだぞ。
心が折れる音さえ聞かなければ、負けることはないんだ。
一瞬、あー、このまま日本に帰ったらどれだけ楽だろうー、みんながいるし、早く帰って来いって言ってる親のためにもなるしなー、彼女にも会えるし………
と、気を抜いたら日本に帰るための理由が間欠泉のように吹き出してくる。
しかしこれは諦めるための理由だ。
辛いことから逃げるための理由ってやつは、まぁとめどなく出てくるもんだ。
帰ればいいよ。
帰ればいい。
でも俺は今まで、やると決めたことはたいがいやってきた。
きついから、の理由で途中で投げ出したことなんて一度もないぞ。
それが周りから教えられた九州男児の生き方だ。
根性で乗り切れることなら、たいがいのことはなんとかなる。
って言ってもイギリス諦めたけどね。
でもダサいとは思わん。
限りなく成功率の低いことに大金をつぎこむギャンブルはしない。
そういう打算的なところも、やっぱり俺だ。
ていうか寒すぎる………
なんだよ気温2℃て。
もう6月だぞ?
公園のベンチで寝袋に包まる。
寒くて足をさする。
★現在、フラン総額
130フラン。