3月20日 水曜日
【モロッコ】 フェズ
薄暗い部屋の中、目を覚ました。
窓から外の日が差し込み、カーテンが光る。
通りの喧騒がガラス越しに聞こえる。
茶色いモルタルの壁。角のすり減ったテーブル。
灰皿にはタバコの吸殻。
丸められたティッシュ。
なんてあるわけないじゃないですか。やらしい(´Д` )
ベッドから体を出さずに日記を書いた。
背中に枕を挟んで快適な体勢を作る。
誰も俺がここにいることを知らない。
ここには誰も入ってこない。
静かな、俺だけの空間。
この小さな薄暗い部屋の外は煩わしい喧騒にまみれている。
ずっとここにいれば、人に嘘をつかれることもない。
色んなことに思いを巡らせていればいい。
自分の時間を、限りある時間をさまように、ベッドの上でもくもくと日記を書いた。
昼になってから、外に出た。
一気に耳に飛びこんでくる人々の叫び声や車のクラクション、雑踏。
「コニチワー!!カラテー!!チャイナー!!」
「マイフリンド!!ウェラーユーフロム!!?」
「ハッパ、ハッパ、ハシシ、グッドクオリティ。」
向けられる声に見向きもせずに歩く。
フェズの迷路の町にやってきた。
高い壁に囲まれており、中はまったく見えない。
その閉ざされた堅牢な雰囲気がまるで中世のお城のよう。
遠く山の上にも同じような古城らしきものがたっている。
春の訪れをつげる野の花が風に揺れる。
ファイナルファンタジーの世界のように幻想的な光景。
エジプトから来て、久しぶりに緑色の山を見たような気がする。
古びた城門のようなゲートが、どこか不気味に口を開けている。
意を決して入場。
中は薄暗い路地がのびていた。
ワラワラとたくさんの人々が歩き、両側にはどこまでもカフェやお店が並んでいる。
無数にのびる小道の先は曲がりくねって見通せない。
いったん足を踏み入れたらどこまでも迷ってしまいそうだ。
とても趣のある、旅を感じられる場所。
「ヘイ!!チャイナ!!クローズ!!ジィス!!クローズ!!」
「クローズクローズ!!オッパガンガムスタ~イル!!ヒャヒャヒャ~!!」
この先は行き止まりだよ、と言ってくるモロッコ人たち。
こっちこっち、と指差す。
その言葉に踊らされて歩いていると、一瞬にして迷子になってしまった。
また角を曲がり、その先を右に入り、左に曲がり………
もはや来た道もまったくわからない。
こっちだよ、
あっちだよ、
向こうだよ、
この先は行き止まりだよ、
しかし、無視して歩くと行き止まりなんてない。
モロッコ人たちは嘘をついて迷わせることを楽しんでいるようだ。
まぁこのフェズは迷路の町が魅力なんだから、その迷路っぷりを楽しむことが最大の観光。
地図ももたずに迷ってナンボだ。
というわけで、あてもなくひたすら路地を曲がり続けて、観光客が絶対来ないような生活路地まで彷徨い続けた。
魚の揚げたやつ!!
5ディルハム。50円。激ウマ。
そんな迷路の中にたちこめる、とある臭い。
どこか胸にくる動物的な臭い。
その正体は、革だ。
通りには革細工のお店が無数に並んでいる。
スリッパやバッグなど、カラフルでオシャレなものが、乾いた石造りの迷路に彩りを添えている。
このモロッコは革製品が有名。
そしてこのフェズが、そのモロッコ革の一大産地。
この通りに流れる革の臭いが、懐かしい空間を思い起こさせる。
俺の音楽の師匠であり人生の師匠であるテディーさん。
彼はシンガーであり、また革小物の工房をやっている。
高校生のころから通っていたあの工房。
まだ何にも知らなかったガキの俺にたくさんの音楽を聞かせてくれ、刺激的なロックの話を聞かせてくれたテディーさん。
旅を始めてからも、宮崎に戻ると必ず遊びに行っていた。
時に論理的に、時に感情的に、そして厳しく、いつも俺の浮ついた足並みを整えてくれた。
この世界一周に出る直前にも挨拶に行った。
いつもそこには革の匂いがあった。
この匂いを嗅ぐと、テディーさんの厳しい言葉が飛んできそうだ。
何やってんだお前、って。
迷路の町の奥深い場所に、伝統的な皮なめし場があるということで、そこを目指した。
しかし、どこかを目指そうとすると、この迷路はめちゃくちゃ厄介。
マジでどこがどこやら一切わからねぇ。
地図くらい持ってくりゃよかったと、人に訪ねまくるが、革なめしの、なめしを英語でなんて言うのかわからねえ。
ジェスチャーで伝えたいけど、なめし、がどういう動きをするのかもわからねぇ(´Д` )
なんとなくなめしの動きっぽいことを体で表現するが、どう見てもソーラン節みたいになってる(´Д` )
モロッコの路地裏で、モロッコ人にソーラン節を見せつけてキョトン顔をされるアジア人。渋い。
路地裏をさまよって、なんとか近くらしきところまで来たんだけど、皮なめし場は建物に囲まれた内側にあり、中に入らないと見ることが出来ない。
土産物屋のオッサンたちが、案内してあげるよ!!と言ってくるが、金がないと言うと、じゃあ向こうから入れるよと言ってくる。
が、その向こう側に入り口はない。
テキトーな嘘で同じ道をグルグルグルグル。
20ディルハムくらい払って建物の屋上から見るしかないのかなー、と歩いていると、川沿いで作業をしている人たちを発見した。
まだ毛のついた羊かヤギかなんかの皮に染料を塗っている。
川の対岸から写真を撮っていると、にこやかに手を振ってくれる人たち。
ちょっと強引にいってみるかと、川を迂回してその作業場にいってみた。
「ヘーイ!!ジブラルタルジブラルタル、タジン!!」
「サバクラクダタジン、ナベ!!」
みんな作業の手をとめて集まってきて、俺を座らせてくれ、その周りを囲んだ。
みんな笑顔で陽気に話してくる。
トロールを見て大喜びしている。
トロールのおかげで彼らとの距離がぐっと縮まる。
何言ってるかひとつもわからないけど、英語を喋らない人たちは信用できる。
そしてトロールはいつも俺を助けてくれるな。
染料でベロッベロの服をきたおじさんがなめし場の中を案内してくれた。
これまた迷路のようになっている建物の中は凄まじい臭い。
足もとに散乱する動物の毛。
細い階段や、足踏み外したら真っ逆さまみたいな屋上の道を歩く。
日本の藍染のツボのように、いくつものツボみたいな穴がボコボコあいており、そこに様々な色の染料が入れてある。
男たちが皮を放り込んでは、取り出し、肩に担いで屋上に持って上がり、壁に干す。
小部屋の中では特殊な刃物で皮を削る男。
すべて手作業。
機械ナシ。
かろうじて水車みたいなものがあったけど、あくまで原始的。
伝統的な技術を伝えながらこの産業を守ってきてるんだろう。
いや、守るというか、このフェズに生まれた男は皮なめしの仕事につくことがごく自然なことであって、選択肢など考えもしないのかもしれない。
かつて炭鉱町に生まれた男子が、なんの疑問も持たずに当たり前に炭鉱で働き始めたように。
家業にしても、地域産業にしても、コミュニティの中で人は生きていて、そこに貢献し、同時に依存して生きていく。
文明の中で俺たちは選択肢を持ちすぎて、地域のものを大事にする気持ちが薄れているのかもしれないな。
日本の地方都市で産業が廃れてしまい寂れた町がどれほどあることか。
きっと昔の日本もこんな活気の溢れた地方都市がたくさんあったんだろうな。
ツボの間をひょいひょい歩き回って、すべての場所を案内してくれた。
彼はまったく英語を喋れない。
こりゃチップ請求されるだろうなぁと思いつつ、最初の場所に戻ってきた。
「じゃ、フェズを楽しんでね。」
「え、あ、あのこれで終わりですか?」
「そうだよ。僕は仕事に戻らないといけないから。じゃあね。」
彼はチップを請求することもなく、いそいそと作業場に戻っていった。
よっしゃあ!!
小さくガッツポーズ。
金のからまないおもてなしに触れられたことがこんなに嬉しいなんてな。
そこからはまた、うっとおしい奴やつらに絡まれ声をかけられながら迷路の中を歩いて宿に戻ったんだけど、心は晴れやかだった。
部屋に戻り、働く男たちの優しい心を肴に、気分よくビールを飲んだ。