11月7日 水曜日
寒い寒いと思っていたら雪がちらついてきた。
ここはスロバキア、バンスカースチャヴニツァ。
山の中に小雪が舞うシチュエーション、あー、ホントに岡山のばあちゃんちを思い出す。
ばあちゃん元気かなぁ。
じいちゃん腰悪くなってないかなぁ。
よし!!時間は9時前!!
テントを畳んで即、博物館へ!!
地下坑道探検だ!!!!
ヘルメットとカッパ着て、暗闇の中を懐中電灯の灯りで進んでいくらしい!!
世界で最初に火薬による採掘が行われた鉱山だと!!
九州男児なめんなよ!!!
信介しゃん!!!
そこには…………
涙がちょちょぎれそうな寂れたテーマパークがあった…………
(´Д` )ポカーン
人が数年来ていないんじゃないかというような敷地にポツポツと立つ掘っ建て小屋。
宮崎のスキムランド並みの寂れかた。
とにかく中に入ろうとチケット売り場へ。
暇そうにタバコを吸ってたおばさん。英語はわからないので紙にいろいろ書いて説明してくれた。
5人集まらないと坑道には入れないのよ、と言っている。
よし、わかった。
まだ早いからね。集まるまで博物館の展示物を見てるからと、とりあえず博物館だけの入場料0.75ユーロを払う。
坑道探検は5ユーロ。
おばさんがひち面倒くさそうに、掘っ建て小屋の扉を開けて回る。
お、お、お、俺が最初の客なわけね(´Д` )
誰もこなかったら閉めっぱなしなわけか…………
小雪の降る中、小屋をのぞいて回る。
どこにでもあるようなウィンチや削岩機、トロッコが申し訳程度に置いてある。
10分で終了。
狂暴な犬に吠えられる。
ウォンウォン!!!
(なにしに来やがったコノヤロウ!!)
(´Д` )こ、こ、鉱山を探検に!
他に観光客はいない。
小雪が降る。汚れっちまった悲しみに(´Д` )
あ、もういいや。
行こ。
たぶんあと3日は誰も来ないだろう。
あまりにも切なくなってきたので荷物を担いで町にくだった。
さて、これからどこに行こうかなぁ。
このままハンガリーに抜けるか?
でもブラチスラバのスタニスラバさんがハンガリーに行く前にもう一度ブラチスラバに戻ってきなよ、って言ってたんだよな。
もう一回会いたいな。
悩んだ末、やっぱりブラチスラバに戻ることにした。
「ハロー!クラッケトマン!
元気ですか?今からブラチスラバに戻るから会いましょう!
今日は忙しいですか?」
そうメールを打ち、バスに乗りこんだ。
バイバイ、バンスカースチヤヴニツァ。
飲みにきただけだったな。
陽気な兄ちゃんとバスの中でずっと喋ってると、あっという間にブラチスラバに到着した。
夜8時。
バスターミナルでWi-Fiにつなぐとスタニスラバからのメールがきていた。
お、どっか迎えに来てくれるかなー。
しかし、そのメールはどこかそっけないものだった。
「仕事で忙しい。それより、あなたは先日うちのシャワー室でなにをしたんだ?」
なんだ?意味がわからない。
スタニスラバもそんなに英語が上手ではないので、スペルの誤字が多く、推測しながら読んでいく。
シャワー室でなにをした?
なんだ?
なにか問題がありましたか?とメールを打った。
すぐに返事が帰ってきた。
「シャワー室のバスタブが割れてそこから水が漏れ出ている。修理しなければいけない。何をしたんだ?」
頭が真っ白になった。
バスタブが割れてる?
え?この人、あの優しくて冷静で知的なスタニスラバか?
同じ人か?
ホントですか!?僕が入ってた時はなんともなかったし、そんなバスタブが割れるようなことはしてませんよ!
と動揺しながらもなんとか冷静に文章を作って送信した。
心当たりなんてまったくない。
返事がくる。
開くのが怖い。
「あなたがシャワーに入ってる時、中から何かのノイズが聞こえた。おそらくあなたは割ってしまい、怖くなりなにか細工をしてばれないようにした。」
は?
………これ本当にスタニスラバか?
頭おかしいんじゃないか?
いやいや、旅の男を泊めて風呂を壊されて頭にきているんだよな。
たった一晩じゃ信用なんかないか。
それにしてもこのもの言いはどうしたことだ?
完全に俺が犯人という前提で話している。
ノイズというのは多分俺がヒゲソリを洗った時の音だろう。
コンコンとバスタブに打ちつけて剃刀の間の毛を取りのぞくんだけど、剃刀を打ちつけたくらいであのプラスチックの浴槽が割れるか?
またメールが来た。
「あなたがやった。」
信じられない!!!
なんでこんなことが言えるんだ!!
頭にきてるのだとしても、こんな風に決めつけてくるなんて、ちょっとどうかしてるぞ?
「あなたがそんなことを言うなんて信じられない。とにかくそのバスタブの傷を見せて下さい。この問題が解決するまで僕はこの町に滞在します。」
そうメールを送った。
世界の旅では、誰も俺のことを知らない。好きなことが出来るし、誰も見ていない。
いくらでも卑怯なことができるし、とっとと逃げることもできる。
面倒くさければ逃げてしまえば二度と会うこともない。
自分の中の真実だけが道しるべであり、それだけが誇りだ。
だからこそ、誠意を持って接した人に悪い印象を持たれることがすごく悔しい。
悔しくてたまらない。
割れるほどの衝撃なんて与えていないし、水が漏れていれば俺も気づいたはず。
毎日、クラケットのキーパーである大男の体重を支えているバスタブが50kgくらいしかない俺で割れるなんて信じ難い。
でも、もしかしたら俺がやったのかもしれない。気づかないうちに割ってしまったのかもしれない。
それはわからない。
しかし断じて隠れて逃げたわけではない。
誇りを守るために、解決するまでとことん最後まで行ってやる。
体の力が抜け、暗い気分でマクドナルドを出た。
都会の夜。
今日の寝床はブラチスラバの初日に寝たドナウ川の橋の上だな。
落ち葉が風に舞う道を歩いていると、同い年くらいの兄ちゃんが話しかけてきた。
上手な英語。
俺も力のない笑顔を返す。
俺も旅が好きなのさ!ヨーロッパはすべての国に行ったんだ!
アジアも日本も行きたいんだよなー!!
そう話す兄ちゃん。
いつもなら楽しいコミュニケーションで飲みいくかー?!なんて浮かれてるところだけど、今夜はとてもそんな気分じゃない。
街から離れ、ドナウ川沿いに歩く。
なんで旅をするの?
知らない場所に行きたいからさ。
そうだ。ここは知らない場所だよ。
音もなくたゆたうドナウ川に、橋の灯りがうつり揺れている。静寂の夜。たまに聞こえる車の音。
明日、解決できるといいな。
俺は日本人としての誇りを持っている。あなたはスロバキア人として誇りを持ってる?と兄ちゃんに聞いた。
彼は強い目をして言った。
「俺はスラブ人としての誇りを持ってるのさ。」