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オンザロードアゲイン 最終章









久しぶりに居酒屋の暖簾をかけた。


店内の大掃除をし、ガタがきている部分を直し、設備関係も業者に頼んで手入れしてもらった。


本当に久しぶりに綺麗になった店内。


明かりを灯す。


梁や柱、戸板の全てに思い出が染みついている。


ここが俺の居場所だ。






数ヶ月ぶりにお店を開けたんだけど、俺が帰ってきたという話を聞いて近所の人たちがたくさん飲みにきてくれた。

カンちゃんはいないが、俺も多少は料理ができる。



「大将!ビールおかわりー!」



「ああ、すまん!自分で入れてくれー!」



「はいよー!これからは俺たちも協力してやっていかんとなぁ!ハハハー!!」



賑やかな店内。その喧騒にまみれていると、うわべだけでも虚しさが紛れる気がする。



「大将ー!唐揚げ固いよー!!」



「ああ、ごめんごめん!!久しぶりだからなまってるわ!!」



「やっぱりカンちゃんの唐揚げが1番だったよなぁ。」



「おいバカタレが。」



バシッ



酔っ払ったオッチャンの頭をはたくおじさん。


いつも飲んだら調子が良くなるこのオッチャン。

酒の勢いで失礼なことをガンガン言ってしまうどうしようもない人だけど、みんなそれでも仲良くしている。


田舎の男たちはみんな心が広い。

いい常連さんたちに恵まれた。



「いたー…………んー、まぁ大将の唐揚げも悪くねぇかな!!」














平凡な日々は、驚くほどあっさりと戻ってきた。


毎日、1人で掃除をし、仕込みをして、掃除して、暖簾をかける。


料理をし、世間話をし、また暖簾を下げる。


あっという間に過ぎ去っていく1日。

1日がこんなにも早く終わってしまうのはどうしてだろう。





朝方、浜辺をランニングする。

息を切らしながら足を止め、ふと沖の灯台を見る。


風が吹いて、潮騒が飛ばされ、心がどうしても落ち着かない。


あの水平線の向こうに知らない世界があるということに憧れた子供の頃。

あの時の焦燥に似てるのかもしれない。

旅を求め、心のままに遠くに行きたいと願った少年時代。

あれから故郷という額縁を出て、ずいぶんと遠くまで行った。




俺は、このまま終わってしまうのか。

俺の命は、もうなにかを生み出すことはできないのか。


もうここから何かを積み上げることなんてできないのか。



何もない。

今の俺には何もない。

クリスクリストファーソンの歌を口ずさむ。

失うものが何もないことが本当の自由。













営業を終え、暖簾を下ろし、店内を見渡す。

空きボトル、グラス、皿、箸がテーブルに散らかっている。


営業時間が賑やかであればあるほど、閉店した後の静寂が増す。

あまりに静かで、ひとりぼっちで店内を片付ける気にもなれなくて、ビールを注いでテーブルに座った。

お皿に残っている食べ残しの唐揚げをつまむ。



「うん、美味いやん。」



でも、ほんの少しニンニクが濃いかなと思った。

もう少し減らさないとな。






顔を下に向け、体を前後に揺らす。

前後に揺れ、体を縮こまらせる。


耐えきれなくなり、天井を見上げてふうううう…………と息を吐いた。

涙がこぼれてしかたない。


椅子をカタカタと揺らす。

カンちゃんの胸に抱かれたい。

柔らかいカンちゃんの胸に包まれて、頭をなでてもらいたい。

大丈夫だよーって、言ってもらいたい。

カンちゃんの肌の匂いがして、心から甘えて、安心することができる。

なんでいなくなってしまったんだ。




「おーい、もう閉店かー。」



その時、ゆうきが店に入ってきた。

涙をぬぐう。



「おう、もう閉めたよ。久しぶりやな。」



「ああ、仕事が忙しくてすぐに来れんかったわ。帰ってきたんやな。」



「ああ。」



「まぁ俺は飲む場所ができてありがたいことやけどな。はい、お疲れさん。」



棚からグラスをとって慣れた手つきでビールをつぐゆうきとグラスを合わせる。



「どうだった久しぶりの旅は。」



「楽しかったよ。昔を思い出して頭が冴えたよ。でも、もう1人の寂しさに耐えられる強さはないかな。」



「はっ!なーにを言うかなぁ。俺だって離婚してひとりぼっちだけど楽しくやってるぞ。マラソンは出なかったのかよ。」



「うん、なんか違うなって思えてな。カンちゃんもいないし。」



「ふーん、そっか。」



一気にビールを飲み干すゆうき。



「閉店後に悪かったな。はいこれ。あー、なんか面白いことねぇかなぁ。」



テーブルに500円玉を置いて立ち上がるゆうき。

玄関の戸を開け、振り向いてこう言った。



「俺はカンちゃんが喜んでるとは思わんけどな。」



「………………」



「世の中のほとんどの人間は面白いことを見つけられないまま死んでいく。多分俺もな。このままこの小さな町の中でモヤモヤしたまま自分にこんなもんさって言い聞かせながら死んでいくんだよ。でもお前は見つけてる。やらないなんてバカだ。」



「…………こんなに辛いなんて、耐えられない。」



涙が溢れてくる。



「お前はやらないとダメなんだよ。じゃあな。」



戸を閉めて帰っていったゆうき。

俺もビールを飲み干した。













曇天模様。

浜辺は静かに潮騒に満ちている。

流木が晒され、いびつな形で乾いている。


テトラポットの向こう、水平線がまっすぐに線を引き、風が吹いてくる。


焦りが体を痺れさせる。


失うものがないことが本当の自由。

そうかもしれない。


でもそんな悲しい自由なんていらない。

俺がいつも求めていたのは、冒険心に突き動かされて前に進むための自由だ。

なくしたくないものがあるからこそ、自由でいられるはず。




愛する人はずっと胸の中にいる。

それだけでこの今までの人生は肯定されて、どんな生き方だって選ぶことができるはず。

あの時の失敗も、あの時の後悔も、どんなに自分が情けない人間だと自暴自棄になりそうになっても、自分を愛してくれた人の存在だけで全てが肯定される。


失うことがない自由ではなく、守るための自由。

やめるための理由ではなく、続けるための理由。


この流木の生えていた場所があの水平線の向こうにある。











走って家に戻り、押入れの中にある本を取り出した。

30年前に書いた自分の本。


パラパラとページをめくった。

その中の一節で目が止まった。



「人生は一度きり。その事実は絶望でもあり、背中を押す勇気でもある。」



ふぅ、と息を吐く。


やっぱダメだな。

やるべきことが分かってるのにやらないなんて、なんのために生まれてきたんだよ。

このまま終わってたまるか。



















グラナダの町は太陽に照らされて輝いていた。

路地が入り組む旧市街の中を進んでいくと、サックスの音が聞こえてくる。


1人黙々とサックスを吹いているカッピーを見つけた。

曲が終わり、意を決して目の前に立った。



「カッピー、すまん…………俺またやっちまいそうだった。いつも自分のことばっか、」



「早くギター開けなよ。いくよ。」



ニューシネマパラダイスのテーマを吹き始めるカッピー。

慌てて荷物を下ろし、ギターケースを開けて伴奏に入った。


少しずつ足を止める人々。

コインが入り、拍手が起こる。


そして曲を終えるとカッピーが言った。



「フミ君、俺も悪かった。もう取材は入れない。俺たちだけでサハラまで行こう。」



「カッピー…………ありがとう。」



「そうだ、あとひとつだけ雑誌の取材があるんだけど、それだけどう?」



「………………」



「嘘嘘、冗談だよ。うん、多分戻ってくると思ってたよ。」



「イクゾーはまだいるの?あいつちゃんと自分で稼げてる?」



「い、いや、それがさぁ…………」





楽器をまとめて広場のほうに行くと、なにやらすごい人だかりができていた。

な、なんだ?と思って人だかりの輪に入って行くと、その中心に1人の男が座っている。



「え!?い、イクゾー!?嘘だろ!?あいつが人だかり!?」



地面に座っているイクゾー。

着物を着て、髪の毛を後ろで結んでいる。


イクゾーの前には白い紙が置かれ、横のスピーカーで雅楽のBGMを流している。



「キエエエエエイイ!!!!」



突如奇声を発したイクゾー。

そして手に持った筆を振り上げ、大げさなアクションで白い紙に筆を落とした。



「キエエっ!!カペッ!!ケヒッ!!ケペペッ!!!コキっ!!」



奇声を発しながらものすごい動きで筆を走らせると、白い紙に豪快な書が出来上がった。



オオオオオウウ…………


フォオオウ!!!



人だかりから歓声と拍手が起こった。

書き上げた書を乾かして額に入れると、上品そうなおばさんがお金を渡してイクゾーの書を受け取っていった。

その紙幣はまさかの50ユーロ。



「ちょ!!イクゾーお前なにやってるの!?薬でもやってるの!?」



「あ、金丸さん帰ってきたンスね。チュっす。いやー、旅楽勝っスね。」



「お、お前書道なんかできたの?」



「はい?あ、言ってなかったっすかね?俺書道7段なんですよ。いやぁ、まさかこんなところで書道が役に立つとは思わなかったッスねー。」



イクゾーの周りに置いてある書を見る。

豪快だけど緻密な文字、計算され尽くした構成。
よくわからない漢文まである。



「た、確かにめちゃくちゃうめぇ…………ギ、ギターはどうしたの?」



「あ、もういらないんでジプシーのストリートチルドレンにあげました。俺気づきました。」



「な、何に?」



「俺ギター向いてないっす。」



「い、今更ぁ!?」



「エクスキューズミー?」



「あ、すみません、客が来たので。チュっす。ブエナスタルデスアミーゴ、ニコリ。」









路上を終えてカフェに行くと、カプチーノを飲んでる俺たちの前でカクテルを傾けながら葉巻を吸ってるイクゾー。



「金丸さんたち今日のあがりいくらですか?」



「ひゃ、100ユーロくらいかな…………」



「おひょひょ!!あー、なるほど!なかなかいい数字ッスね。ナルホドっす!」



「い、イクゾーは……?」



「まぁ細かいことはいいじゃないっすか!!やっぱ自分の食い扶持は自分で稼がないといけないですよね!!いやー、今夜のディナーはステーキにしようかな。僕夜は肉って決めてるんですよね。あー、月の土地でも買おうかなー。」



葉巻の煙で輪っかを飛ばしてくるイクゾー。



「く、クソゥ…………この前まで落ち葉吸ってたくせに…………」



「まぁ男子3日合わずば注目せよですね。ウケるー。」



「刮目だよバカ…………あ、そういえばショータ君は?今もどこかで女の写真撮ってるの?」



「わかんない。まぁそうなんじゃない?」



「ショータ君のことだからまた美人捕まえて臭いセリフ言ってるのかなぁ。」



「あー!!ザラとかマジどうでもいいからシャネル買おうかなああああ!!!」












数時間後。


俺たちの目の前、留置場の檻の中でうなだれているショータ君の姿。



「ドラッグパーティーでぶっ飛んでクラブで喧嘩してたらしい。」



「自業自得にもほどがあるね。」



「………………ヒィッ!!ああああ!!フミ君んんんんん!!!カッピーーー!!!助けてくれえええええ!!!俺は悪くないんだああああああ!!!女の子が誘ってきて気がついたらこんななってたんだあああああ~!!」



「とりあえず頭冷やしたほうが良さそうだね。」



「うん、帰ろ帰ろ。」



「正直ダセェっす。」



「ひいいいいいいい!!!イクゾー助けてくれえええええええ!!!!」













そこから俺たち4人の快進撃は続いた。

俺とカッピーの息はぴったりだし、イクゾーの書道パフォーマンスは現地の人にも観光客にもバカ受けだった。

ショータ君も留置所を出てからは真面目になり、女の子だけじゃなく若いカップルや小さな子供づれの家族、老夫婦の写真なんかも撮るようになった。



そうして数日。

モロッコに向けての所持金はある程度貯めることができた。

モロッコは物価がグンと下がるけれども、その分路上も稼げなくなる。

今このスペインで貯めた金でサハラまでたどり着かないといけないわけだが、まぁこれだけあれば大丈夫だろう。





サハラマラソンのスタートまであと5日。


ついに俺たちはスペインの南端、ジブラルタル海峡を渡るフェリーに乗り込んだ。



「いやぁ、風が気持ちいいなぁ!!やっぱ人間真っ当に生きていかないとダメだよね!!ねぇ君たち!!」



憑き物が落ちたかのように爽やかな顔をしてるショータ君。



「ショータ君、もうモロッコでは無茶したらダメだよ。イスラムなんだから女の人の扱いには気をつけるように。」



「なにを言ってるんだね君たちは!!そんなことするわけないだろう。いやぁ、それにしてもムスリムの女性は体のラインが出る服を着てその秘められた感じがたまらなくエロいなぁ…………ふふふ…………」



「ダメだこりゃ。ああ、それにしても、もうこの船が到着するのはモロッコなんだなぁ。」



「ヤベっすね。俺アフリカ大陸とかマジ初めてっすよ!!ウケるー。アフリカヨユー。」




フェリーの甲板に立つ俺たち。

真っ青な海と空の真ん中を、しぶきを上げながら進んで行くフェリー。

その行き先はとうとうアフリカだ。


周りには風景写真を撮っている欧米人観光客の姿。

潮の香りがふと宮崎を思い出させる。




「さてと…………お前らー、やるか。」



船室内に入っていたカッピーが手に何かを持って甲板に出てきた。

後ろ手に持っていたものを前に出した。

それは、シャンパンのボトルだった。



「え!?そ、それまさか!?」



「おいおい、嘘だろおめー。」



「捨てられるわけねぇだろ。ずっと持ってたよ。」



それは30年前に交わしたあの約束のシャンパンだった。

ボトルには俺たち3人の名前が書き殴られている。

約束を果たした時にみんなで開けようぜと言っていたあのボトルを、今もカッピーが持ってくれていたなんて。



「この前フミ君が帰った時はさすがに叩き割ろうかと思ったけどね。ちょっと早いけど、開けるなら今しかねぇやろ。」



「カッピー、お前ってやつは…………」



「懐かしいボトルだなぁ。」



「よーし、さぁグラスを持って。」



「え!?ちょ、お、俺は!?俺のグラスはないんすか?!」



「はぁ?あるわけねぇだろこのピテカンが。」



「てめーには30年早えんだよ。」



「大人しく向こうで牛乳でも飲んでろ。」



ポンっと音を立ててコルクがぬける。

グラスに注がれたシャンパンが泡を立てて太陽に輝き、3人で向かい合った。



「まぁ色々あったよな。」



「30年なんてあっという間だわ。」



「とりあえずマラソンで死ぬんじゃねぇぞ。老いぼれどもが。」



「お前がな。」



「乾杯。」



グラスを合わせて飲み干した。




「いやぁ、なんかいいねぇ、ああいうの。」



遠くから牛乳を飲みながら微笑んでるイクゾー。


フェリーはユーラシア大陸を背に海を渡った。













モロッコに入ると一気に空気が様変わりした。

ヨーロッパの整然とした雰囲気から、ごちゃごちゃとした雑踏にまみれた途上国の様子に変わる。


古びた建物、割れたアスファルトや陥没した歩道、

人々は道端で安物の衣類や食材を売っており、雑然とした活気に満ち溢れている。


人々の服装も一気に変わり、ムスリムの衣装だけじゃなくモロッコ特有のベルベル人の民族衣装を着た人も多い。

彫りが深く、肌の色が褐色となり、鼻ヒゲを生やした男性たち。

アイメイクをばっちり施したムスリム女性の瞳には独特の妖艶さがある。


モスクのミナレットが立ち、アザーンが鳴り響き、あちらこちらで人々がお祈りをしている。


この異文化感にたまらなくワクワクしてくる。

やはり日本人にとって、イスラム教圏というのはとても遠く、かけ離れた文化圏だ。






路上はほどほどに、久しぶりにこの異文化を楽しんだ。

水タバコを吸い、タジン鍋を食べ、モロッコ特有のタイル装飾が美しい宿リヤドに泊まり、少しずつサハラ砂漠の町、パリーワルザザートを目指していく。



「ヘイ!!ニホンジン!!ビンボープライス!!ガンジャアルヨ、トテモヤスイ、ビンボープライス。」



「ショータさん、ガンジャってなんスカ?」



「社会勉強だ。買ってこい。」



「ラジャーっす!!」



「ばか、やめとけ。マリファナだよ。」



「マリファナ!?よし!!社会勉強なので買ってきます!!」



迷路の町であるマラケシュのメディナをさまよい、カビ臭いほどの人間の生活を感じ、鬱陶しい詐欺師たちにほどほどに絡まれ、ボロい安食堂で現地人に混じって飯を食べる。


ヨーロッパではなかった現地人たちの目。

誰もがジロジロと無遠慮にアジア人である俺たちのことを舐めるように見てくる。


このヒリつく感じ。

長いこと忘れていた旅の感覚が愛しかった。


そうして俺たちはついにサハラマラソンの開催地であるパリーワルザザートにたどり着こうとしていた。

















「おい、イクゾー、お前本当に行くのかよ。」



「こっから先はマジで今までのようにはいかんぞ?」



「いくらバカだからって笑って済まされない世界になんだからな。」



「まぁ、そうでしょうね。俺もそこまでバカじゃないんでわかります。」



郊外の一本道。

乾いた空気がミルク色の大地を吹き渡っていく。

何もないだだっ広い荒野の中をどこまでも道が伸びている。


遠い町からかすかにアザーンが聞こえてきてそれをアラビアの風が吹き飛ばしていく。




荷物を抱えたイクゾー。


この道をひたすら海沿いに南下していけばモロッコを抜けて西サハラ、モーリタニアへと繋がっていく。

ほとんどの旅人が避ける西アフリカの道だ。


西アフリカは治安の悪さもさることながら、警察の汚職・賄賂が平然と横行していて、加えてビザ取得が相当困難なことで有名だ。

簡単に行ける場所ではない。


だからこそ未開の地というロマンはある。

その困難なルートを我こそは突破してやるとこれまで数多くの旅人たちがこの西アフリカ縦断ルートを攻めているが、誰もがあまりの過酷さに断念し、途中で諦めて飛行機に乗り、引き返している。


名うての旅人ですらできるだけ複数人のチームを組むし、病気にかかったり、役人の賄賂にやられて前に進めず諦めてきている。


それを、この今までろくに旅もしたことのなかったイクゾーが単独で攻めようとしていた。



「まぁイクゾー、お前所持金は結構あるからそれで賄賂とかは乗り切れるやろうけどな。」



「あ、俺今金200円くらいしかないです。」



「……………は?…………………はぁああ!?!?お前あんだけヨーロッパで稼いでたやろ!?あの金どうしたんだよ!?!?」



「全部寄付しました。昨日の町でなんかストリートチルドレンの保護団体みたいな人に声かけられたんですよ。だから全部あげました。俺マジでストリートチルドレン嫌いなんですよ。路上の邪魔してくるんで。だから1人でも路上の物乞いの子供がいなくなんねぇかなって。ちゃんと仕事とかして。」



「そ、それはめっちゃいいことやけども…………お前マジか…………」



「だいたいアレっすよ?俺これからキツい道を行くんですよ?キツいことしに行くのに金いっぱい持ってたら楽できちゃうじゃないですか。それなんか違うっす。200円でちょうどイイっす。」



「ハハハハハー!!本当のバカ野郎だなこのピテカンは!!!よし、生きて帰ってきたら俺の弟子にしてやる。」



「俺留置所入りたくないっす。」



「おい、マジで死ぬなよ。」



「日本人死亡なんてニュース見たくねぇからな。」



「ヨユーっすよ。俺は金丸文武を超える男っすよ?西アフリカなんて小指の先でちょちょいのチョイっすよ。おーい止まってくれええええええええええ!!!」




道端で親指を立てるイクゾー。


すると遠くから走ってきたバンがハザードをたいて停車した。

旅行中のドイツ人の若い4人組だった。



「カモンバディ!!」



「よっしゃ!!俺行きますね!!ところでバディってどういう意味っすか?」



荷台に荷物を放り込んでそのまま荷台に乗り込んだイクゾー。


アクセルをふかすと車は勢いよく走り出した。



「フオオオオオオオオ!!旅楽勝おおおおおおお………………」



「頑張れよー!!」



「死ぬなよー!!」



「あーあ、行っちまったな。」



「あいつが死んだらフミ君のせいだね。フミ君の影響なんだから。」



「いや、あいつは死なねぇよ。それにあいつは俺なんかよりよっぽどスケールでけぇよ。」



「まぁ腕くらい切られてもトカゲみたいに生えてきそうだからな。」



「よっしゃ、俺たちも勝負いくか。」

















大会当日。


俺たちはついにサハラ砂漠に立った。

目の前に広がる乾いた荒野。

砂丘がうねり、空がゆるやかに切り取られ、まるで絵画のように色が鮮明だ。

壮大な忘却の物語が風に吹かれている。


周りには世界各国から集まったランナーたちがひしめいており、みんな思い思いにこの緊迫した時を過ごしている。



ここまできた。

あの時、半分ノリで交わした約束。

もう誰も覚えていない時効の約束だ。


そんな放置されて忘れ去られた約束なんて世の中に星の数ほど散らばっている。


人1人の一生の中でも、数え切れないほどあると思う。


その始末をどうするのか。

少なくとも、ずっと心に残ってしまっているようなものだったらやってしまったほうがいい。

誓ったことすら忘れてしまうような約束なら、そんなものはどうだっていい。


自己満足ってやつは、誇りを持って生きていくためにとても大事なことだ。

誇りこそ人生を豊かにしてくれる。




「あ~ぁ、俺こんな暑苦しいことするキャラじゃねぇんだけどなぁ。まんまと口車に乗せられちまったぜ。」



スタート準備の合図がかかり、ランナーたちがスタートラインに集まってきた。


胸がドキドキする。

生きてる感じがする。



「フミ君、これ終わったらどうするの?また抜け殻になっちゃうんじゃない?」



「そうだな………………また何か面白いこと探すよ。」



カッピーがニカッと笑う。


パンッ!!という乾いたピストルの音がアフリカの空に抜けていった。





【完】


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