2006年12月24日 【宮崎県】
車を降りると満天の星空が広がっていた。
真っ白な息が浮かんでは消える。
防寒着に身を包んで歩き始めた。
まだ真っ暗な高千穂河原。
ここはニニギノミコトが天から降りてきた山だ。
日本を一周し、日本の美しさに触れてきたこの旅の締めくくりが、日本創生の天孫降臨の山なんて出来すぎなくらいキマってるな。
ケータイの明かりで足元を照らしながら、霜の降りた地面をシャク、シャク、と踏みしめ、森の中を登っていく。
歩きながら色んなことを考えた。
これまでの旅の道程、出会った無数の人々、辛かった夜……………
やがて森を抜けると、地面が軽石でゴツゴツとした山肌になった。
振り返ると眼下にどっかの街灯り。
がっぽりと窪んだ火口の淵を歩いていると、目指す高千穂峰の山頂の稜線が白み始めた空にくっきりと浮かび始めた。
荒涼とした風景の中に動いているのは俺の姿だけ。
最後の急坂を息せき切って駆け上がる。
頂上に着いた。
日の出寸前の真っ赤な雲海のかなたを1人で静かに見つめる。
背後にはニニギノミコトが目印に刺したという神の鉾が逆さに突き刺さっている。
山を染め上げている光がしだいに明るくなってきた。
なぜか懐かしいこの雰囲気。
まるで俺が生まれるずっと前から決まっていたことのように、俺は今ここにいる。
誰もいない。
この山に。
ついにほとばしる光線。
夜が明けた。
約束の12月24日がきた。
「さぁ……………帰るか……………」
帰る?
帰るってなんだ?
いや、めっちゃ普通のこと。
普通のことなのに、ただ帰るって言葉にふと違和感を感じた。
この日本で、この世界で、この地球で生きているのに、それ以上に帰るところがある?
この4年、旅が日常になっていたことで、どこか宙に浮いたような感覚になっているのか。
しかしこの日を境に終わることはあまりに多い。
その虚無感がぽっかりと心に穴を開けた。
この空しさはなんだ。
これといった達成感も感じられないまま、宮崎の街に入ってきた。
このところまったく電話をしていないない美香。
しかし今日は1年前から約束していた日。
こんなに深い溝が出来てしまったけれど、今日だけは俺のために時間をとってくれているはず。
それに今日は俺の誕生日でもある。
ゆうべ日付が変わって1番におめでとうメールをくれたのは美香だった。
旅に出る前から、高校生の頃からだな、妄想していた涙の再会、ドラマチックなゴール……………
宮崎市の街の中を走り、美香のアパートの前に着いた。
嬉しさと切なさとなんか不思議な感情を胸に押し込めたまま呼び鈴を鳴らす。
1回……………
2回……………
あれ?出てこない。
電話をかけてみた。
しかし電話にも出ない。
もう1度呼び鈴を押す。
中にいるはずなのに………………
嫌な予感を胸に、ちょっと時間をおいてからもう1度来ようと、俺の人生の師匠であるテディーさんの店に行く。
「おー!!帰ってきたな。おかえり。長かったな。」
力強く握手した。
店の中で今度の到着ライブの話をした。
ライブではテディーさんのバンド『スピードウェイ』に共演依頼を出している。
あの憧れ続けたスピードウェイと同じステージに立てるなんて光栄だ。
店内に流れるセンスのいいカントリーロック。
懐かしいこの空間。
するとそこに電話が鳴った。
美香だ。
「ごめん、寝てたー。」
「……………帰ってきたよ。」
「ごめん、今日予定入ってるんだー。」
「え………………」
「ごめんね。」
「え、ちょっとも会えんと?」
「うーん、うん。」
電話を閉じた。
頭の中が真っ白になっていた。
車を走らせた。
宮崎市から故郷の日向市までは1時間ちょい。
水平線が広がるのどかな田舎風景。
窓から吹き込む暖かい風が髪を揺らす。
実家に着き車の片づけをした。
収納ケースや座席の下なんかから、各地でもらった思い出の品がたくさん出てくる。
これは奄美の路上でもらったもの、これは東北の食堂でもらったもの……………
思い出に浸りながらダッシュボードを片づけていると、旅中に美香から送られてきたたくさんの手紙が出てきた。
とても読む気にはなれなかった。
すると、ふと1枚の便箋が目にとまった。
熊のプーさんの便箋。
あ、これ旅の前半に小倉でもらったやつだ……………
糊付けもされていない便箋から1枚の手紙をとりだした。
『日本一周よく頑張ったね!!大好き。』
涙が込み上げてきた。
まだ旅の前半だった頃、俺たちはあんなにもお互いのことが大好きだった。
それから旅が進むにつれ、2人はすれ違って少しずつ心が離れていった。
全部俺が悪い。
俺がやりたいことばかりを優先していたからだし、たくさん傷つけた。
本当にたくさん傷つけた。
もうきっと元には戻れない。
あんなに心の真ん中にいたのに。
いや、違うか。
俺の心の真ん中にあったのは、いつだって俺だった。
夜になり、両親と一緒に大好物のすき焼きを食べた。
いつもより奮発していい肉を買ってきてくれていたお母さん
そしてケーキを食べる。
誕生日がクリスマスイブ。
友達と遊んだり美香と過ごしたりで中学を卒業したくらいから24日はいつも家にいなかった。
口には出さないがうれしそうな2人。
その優しさがすごく苦しかった。
涙が出そうなほどうれしかった。
寝ずに山に登って2日間動き回ったこともあり、疲労困憊した体にビールが回りいつの間にか炬燵の中で気を失うように眠っていた。
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