2006年10月28日 【島根県】
いろんなことを考えながら車を走らせる。
北海道の折り返しから故郷の宮崎に少しずつ近づいているんだけど、美香との溝は深まるばかりだ。
俺がこれ以上旅を続けなければすぐにでもこの溝は埋まるはず。
しかし俺の心の中は美香への想い以上に、世界への憧れで満ちている。
世界を放浪しない限り、この旅を止めることはできないと思う。
美香との思い出を1つ1つ数えながら、はるかな日本一周の旅に心をふるわせていた4年前の道を戻っていく。
岡山の婆ちゃんの家に到着し、一旦休養。
一心不乱にギターを弾き、言葉をつむいでいく。
昨日、宮崎のジェリーさんから電話があった。
1月6日の到着ライブのチラシ、ポスター、チケットが完成したようだ。
ライブタイトルは、
『Singin’to the rainbow 日本一周完了ライブ』
これ見て来ない人は宮崎人やないね、と言うジェリーさん。
かなりの自信作が出来上がったようだ。
プロモーションをお願いしているディッキーさんも明日にはタウン誌、新聞への宣伝に走ってくれるという。
俺のことを前から知ってる奴ら、俺をどっかで見たことあるやつら、そして大事な親友たち。
いろんな人が来てくれるはず。
この4年間の集大成。
楽しかったことも苦しかったことも全てが肥やしとなった。
歌で紡いだ何百回もの出会いと別れ。
すべてをこのギターと歌に託そう。
翌日。
「もうしばらく岡山にはこれまぁ。寂しいのぉ。」
婆ちゃん爺ちゃん、叔父さんに別れを告げ、車に乗りこんだ。
俺も寂しい。
こんな山奥の一軒家で、外界と隔絶された人生を送っている婆ちゃんたち。
俺が来なければ、ほとんど人と会うことのない日々を送っている。
きっと寂しいはず。
その寂しさを癒してあげたい。
馬鹿な孫だけど、せめて旅の話でもして楽しませてあげたい。
でもいつまでもここにいるわけにはいかない。
寂しくても前に進まないと。
さぁ、ラストスパートだ。
地図をにらみつけながら中国地方を北に登っていく。
中国山地の山奥、銅とベンガラの産地だった吹屋の赤茶色の町並みを眺め、新見を抜け、走りつづける。
ゴール予定日のクリスマスイブに間に合わせようと思ったら、すでに1県1週間の配分でも時間が足りない。
山をいくつも越え、鳥取の名山、大山のいびつな山容が見えたころには空は茜色に染まっていた。
鳥取に入ると急に気温が低くなり、冷たい風に体が震えた。
旅の最初のころ、鳥取を回っていたあたりに使っていたケータイ電話を大阪で壊したせいで、たくさんの出会いを失ったんだよな。
鳥取でもいろんな優しい人がいたのに。
もしかした会えるかもしれないと希望を抱きつつ、鳥取市のネオン街の中をあてもなく歩いた。
「It was good meeting you!!」
そう言って別れたイスラエル人のトム、リタ。
もしかしたらまた露店を出しているかも。
まだ都会なんてものをまったく知らなかった俺に大阪の話を聞かせてくれたお好み焼き屋の兄さん。
すごく美人なトモミさんとユキエさん。
1人、華やかな飲み屋街の中を歩く。
あのころは雪が降ってたっけ。
おぼろげな記憶を頼りに探し回ったが、お好み焼き屋はすでになくなっていた。
イスラエル人の露店も見かけないので呼び込みのお兄さんに聞いてみたら、2週間前まではいたらしいがこのところパッタリ見なくなったという。
お水風の女の人を振り返りながら歩いてもトモミさんユキエさんの姿はない。
というかすでに顔もはっきりと覚えていないというのに。
4年、改めて経った時の長さに寂しさをおぼえながら車に戻った。
20冊以上もある日記帳を引っ張り出し、鳥取のところのノートをめくる。
へたくそな文章。
汚い字。
眠そうに歪んだ字。
まぁ今も変わってねぇけど。
あの頃の俺がはっきり見える。
バックミラーに写る顔。
ずいぶんと変わったよな。
あのころと同じように室内灯をつけて日記を書き綴る。
翌日。
4年前はまだ旅が下手だった。
回ってない場所、行ってない名所が多すぎる。
余裕がなかったんだろうなぁ。
鳥取には『諏訪泉』や『鷹勇』などの日本を代表する銘酒がたくさんあるが、俺が蔵巡りをするようになったのは北関東あたりからなのでもちろん行ってない。
しかしあの頃はあの頃で悩み、喜び、精一杯旅していた。
精一杯であれば手段も成果も旅には関係ない。
4年前のあの頃を汚さないために鳥取はこのままにしておこう。
さぁ、島根入りだ。
宮崎と同じく、神話の舞台として名高い山陰の聖地、島根県。
まずは安来市へやってきた。
鉄や農産物など、北前船の交流で栄えた天然の良港、安来。
かつては繁栄を極めた港町らしく、古めかしい蔵や木造の邸宅が残る町に入り、銘酒『天界』の蔵元をのぞいてみた。
200石という小さな造りで、丁寧に醸す正統派の酒。
純米を購入して出発。
ドジョウすくいのユーモラスな踊りで有名な安来節はこの町の伝統民謡。
その公演会場へ行ってみた。
地方色豊かな民謡は土地の宝だ。
テレビやラジオの普及でいつでもどこでも見られるようになったことはまぁいいことだが、風土の匂いが薄れてしまうことは否めない。
隔絶された地域だからこそ独自のものが発展するということは、メディアというものは芸を伸ばしもするし殺しもする。
そう思うとほっかむりをしてドジョウをすくう間抜けな顔も最高にイカしてるように見えてくる。
さすがは神の国、出雲。
歴史ある古社が県内にいくつもある。
国宝の神魂神社、熊野大社にお参りする。
仏教もすごいが、神道もやはり日本人としては感じ入るところがある。
熊野大社に隣接している『ゆうあい熊野館』で温泉入浴。
300円。
そして今、島根の県庁所在地、松江市のファミレスで日記を書いている。
隣の短パンのけばいギャルがやかましい。
鼻水が止まらないが、今夜は松江で歌うぞ。
明日は隠岐諸島だ!!
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