2006年6月4日 【高知県】
21日目。
一晩中蚊にさされまくった体をかきむしりながら四万十川を越え、中村という町に到着した頃には辺りも暗くなってきていた。
アーケードの中を歩き、結構賑わっているネオン街を見つけて歌っていると、近くの居酒屋『なかひら』の大将が声をかけてくれ、スーシーやらフライーやら殿様並みの食事をご馳走になってしまった。
このところ、お遍路なのにこんないいもん食ってていいのだろうか?ってほど恵まれてる。
高知県は町が続くので毎日歌うことができてるおかげでお金はどんどん増えている。
人々はみんな99パーセントはめっちゃ優しいし、お遍路に対する理解も深いので本当に助かる。
こりゃ行き場を無くした犯罪者とか世捨て人が流れ着くのもうなづけるよ。
お腹いっぱいご馳走様になり、この日はロイヤルホテルの横にある公園のベンチで横になった。
雨カッパをかぶってベンチの下に蚊取り線香を設置すればスイートルームに早変わりだ。
22日目。
カッパをかぶって寝ると通気性が悪いので内側に結露して服がべちゃべちゃになってしまう。
それでも蚊取り線香を焚いているという安心感からか、初めて野宿で快眠できたな。
中村の町の中、夕べ歌を聴いてくれたおばちゃんのやっている純喫茶『ひいらぎ』に挨拶に行ってみた。
ありがたいことにモーニングをご馳走になり、そのまま店内でしばらく日記を書かせてもらった。
しっかり感謝の意をこめて納め札を渡す。
この納め札。
たくさん持っているほど徳になるようで、何百枚もファイルしてコレクションしてる人もいる。
そして渡す側も、渡すほどに徳が積まれるんだそうだ。
すごい文化だな。
中村からズンズン歩き、夜に以布利という小さな漁村に着いたころに限界がきて、この日は道端のバス停でストップ。
昨日の要領でベンチの下に蚊取り線香を焚き、真っ暗なバス停のベンチで眠る。
しかし目を閉じているといきなり変な声がして叩き起こされた。
「ヒギャーーーー!!!!ヘギャーーーーー!!!!」
な、なんだぁ!?
あまりの声にカッパから顔を出して周りを見ると、寝てる俺から2メートルくらいの距離で見たことのない黒い獣が2匹、毛を逆立ててこっちにうなっていた。
驚きすぎて跳ね起きた。
「うあああああああ!!!あっち行けえええ!!」
「ヒギャー!!ムキュー!!」
暗闇の中でパニック!!!!
な、なんだこの生き物!!!!
しばらくしたらノソノソとどっかに歩いて行った。
あああ、怖かったあああ………………
23日目。
遍路中、最も長い86キロのスパンを歩ききり、足摺岬にある38番・金剛福寺に到着した。
遍路道はだいたい決まったルートがあるのだが、数ヶ所、道が分かれるポイントがある。
新しく出来たトンネルをくぐるか、それともトンネルの上の昔ながらの遍路道を通るかとか、選ぶのは自由だ。
この足摺から先は3つのルートがある。
たいていのやつは岬から下ノ加江までキックバックして、三原の山を通って宿毛に抜けるルートを選ぶ。
なので、みんな下ノ加江に荷物を置いて足摺岬に行くんだよな。
俺は今夜も歌いたいので、半島をグルッと周りルートにはない土佐清水の町へ向かった。
清水の町に到着し、道沿いにコインランドリーを見つけて久しぶりの洗濯。
洗い替えがないのでポンチョをかぶり、パンツもなんもかんも脱いでドラムに突っ込んだ。
ポンチョカッパの下が全裸かと思うとちょっとだけ変態の気分が味わえる。
全裸で日記を書きながら乾燥を待つ。
それから清水の小さな小さな飲み屋街で声をひそめて歌っていると、お兄さん2人組が声をかけてくれた。
「お、兄ちゃん、今日テレビ映っとったぜよ。ギターのお遍路さんちゆーて。」
いつの間に?
話が盛り上がり、そのままスナックに連れて行ってもらい、楽しいメンバーでたくさん笑って飲ませていただいた。
ママもやさしい方でそのまま店で寝かせていただいた。
24日目。
朝起きて誰もいないスナックで荷造りし、出発。
土佐清水から下ノ加江まで戻ってそこから山に突入!!
今日も歩くぞおおおおおお!!!
と、いうところにお爺さんが話しかけてきた。
ちょっとウチで休憩していけということに。
せっかく気合充分で出発したのにかたすかし。
しかし接待をむげに断ることはお遍路には出来ず、お邪魔させてもらうことに。
ボロい長屋で1人で暮らしていたお爺さん。
おそらく身寄りもないんだろう。
汚い室内に無造作に敷かれたセンベイ布団。
爺さんは若かったころの話を一生懸命思い出しては語り、思い出しては語った。
インスタントコーヒーを淹れてくれたが、コップがとんでもなく黒ずんでいて、とてもじゃないが飲む気になれない。
「大丈夫やぜ。梅毒も持っとらんきの。ひひひ。」
余計怖いよ…………と思いながらも覚悟を決めてコーヒーを飲み干し、納め札を渡して、半ば強引に出発した。
この日はものすごい暴風雨だった。
山の中、荒れ狂う風に森が波うち、人の影はどこにもない。
例のごとくカッパがめくれあがって頭にかぶって前が見えなくなるコントを1人繰り返す。
「ぶっとばすぞコノヤローー!!」
「あーそうですか!!あーそうですね!!あなたはすごいですね!!」
と1人で風に向かって杖を振り回すドンキホーテ状態で叫びながら数時間。
日が沈み、あたりが暗くなり始めて山間に夜が訪れる。
三原村の灯りが見えてきた時には22時を回っていた。
数時間ぶりの民家の灯りにほっとしつつ、その灯りにふらふらと吸い寄せられる。
農協の倉庫の裏に行ってみると汚くて狭いコイン精米所を見つけた。
びしょ濡れの服を脱ぎ、そこらへんに引っ掛けるとポタポタと水が滴っている。
ギターもずぶ濡れだ。
こんな木の楽器、絶対濡らしちゃダメなのに。
疲れ果てた体。
暗闇の中、冷たいコンクリの壁に寄りかかって目をつぶった。
ゆうべのスナックの姉さんが作ってくれたお弁当を昼に食べていたから、晩飯抜きくらいはそんなに苦じゃなかった。