2006年4月29日 【和歌山県】
会わないと決めていたんだけど、やっぱり例の事件のマユミさんと会った。
またしても3度目の失踪をしていたミキさん。
どこを探しても見つからず、みんなで田辺の町を捜索しまくったらしい。
警察沙汰になり、周りの人にものすごい迷惑をかけまくった結果、つい2日前に田辺の町をふらふら歩いているところを確保されたそう。
ミキさんが働いていた夜のお店は、もちろんヤクザさんが絡んでいるだろうから、今は店に監禁され、借金返済のため来る日も来る日も働かされているという。
マユミさんは警察の事情聴取や店の人とのやりとりで疲れ果て、ろくに自分の仕事もできずに顔が少しやつれていた。
……………つらい、と思った時に、もうひと踏ん張りやるか!!と気持ちを奮い立たせることが出来ない人間は、楽を求め楽を求め、惰性で生きる。
どこまで堕ちれば気がつくんだろう。
そのくせ、「私だけ…………」と悲劇のヒロイン気取り。
救いようがないよ。
あの楽しかった日々はもう過去のこと。
前に進もう。
気を取り直し、銭湯に入ってから今夜も路上へ。
今日も20人以上の人だかりができ、しっかりと聴いてくれる。
24時を過ぎ、雨がパラついてきたのでそろそろ引き上げようかというところに、聴いてくれていた4人組のお兄ちゃんが声をかけてくれた。
「俺たちのこと覚えといてな!!」
「あ!!写メ撮ってええ!?」
ポケットからケータイを取り出すテンションの高いお兄ちゃん。
パカッとケータイを開いたらコンドームがはさまっていた。
「お前そんな使い道のねーもん持ち歩くな!!」
「万が一ってのがあるやんか!!」
「ハッハッハッハッハ!!!」
「ウヒャヒャヒャヒャーーー!!!」
しばらく大笑いして車に戻った。
今夜の上がりは17000円。
うん、コンドーム大事だよな。
ぐちゃぐちゃにモメないようにちゃんと持ち歩こう。
翌日。
今日はネットカフェに行き、たまっていた調べ物をした。
いやー、最近のネットカフェってほんとすごいな。
ドリンク飲み放題はもちろん、シャワーもあるしDVD見放題だし、深夜パックとかメチャ安いし。
ラブホとかビジネスホテル並だよ。
今後のルート決めなど、色々と用事を済ませたらぼちぼち運転開始。
さぁ今度は奈良県の南部、広大な紀伊山脈の中に突入だ。
本宮町を抜けると、新宮川が削った山を分断する大峡谷が始まる。
その谷底にへばりつきながら走っていく。
辺りはすでに暗くなり始めていて、外灯もほとんどない山道だ。
すると……………
ん?
道路に人がいる。
なんだこんな山奥に?
身なりを見た感じでは道路工事の人には見えない。
まぁ別にそれほど気にもならなかったので素通りし、ちょっと走ると十二滝というなかなかの滝を発見。
車を止めると、そこにはバイクがぽつんと止まっている。
なるほど、さっきの人はライダーさんか。
引き返して1人歩いてるところを横に止まってあげた。
「あのー、すみません。バイクがトラブっちゃって動かなくなったんですよ。で、しかもここケータイ圏外だし、電波届くところまで乗せてもらえませんか?」
というわけで千葉県からゴールデンウィークを利用して熊野詣でにやってきた石川さんを助手席に乗せ、町に向けて走る。
んんんんんー、遠い。
信号なしで20分走りようやく電波の入るところまでやってきた。
隣でロードサービスに電話している石川さん。
対応が遅く、電話でのやり取りがしばし続く。
外はもうほとんど真っ暗。
こんなところで降ろすわけにはいかないよなぁ。
「あ、はい、はい……………1キロ500円で搬送……………奈良市からだと………………120~130キロ!!!!はい……………はい……………直るのはゴールデンウィーク明け……………はい………………とにかくお願いします。」
「石川さん、ちょっといったん切りましょ。」
搬送で65000円なんてもったいなすぎる!!
もう少し走れば十津川村の集落があるんだし、地元の業者さんに頼んだほうが融通がきくだろう。
石川さんにそう話し、村まで走ることに。
民家が見えてきたので、すでにシャッターが閉まっているバイク屋さんを何軒か回り相談してみた。
「取りに行ってやってもええけど、どっちにしろパーツ屋も閉まってるさかい直るのはゴールデンウィーク明けやで?陸送で地元まで運んで、戻ってから直すんがええな。ココのすぐ隣、素泊まりできる民宿やさかい、また明日にうちに来な。」
金額的にもそれがベストだということに。
「金丸さん、メシだけおごらせて下さい!!」
別にこれくらいのことどうってことないんだけど、まぁ何かの縁。
食堂で晩ご飯をご馳走になる。
もう少し話しましょうかと自販機でビールを買って、素泊まり民宿の石川さんの部屋に忍び込み、1時間ほど旅話に花を咲かせた。
「別にこれくらいのこと恩ってほどじゃないですけど、もし恩を感じてくれたなら是非次の困ってる人に回してあげて下さい。」
「必ず回しますよ。必ず。」
民宿をこっそり抜け出して車に戻った。
虫の鳴き声が闇に溶けていた。
翌日。
十津川の道の駅で目を覚ました。
駐車場には県外ナンバーの車やバイクがごった返している。
そうか、ゴールデンウィークだもんな。
普段家にこもっているアリたちがワラワラ溢れて、まさに『アリの熊野詣で』だ。
十津川村は『日本一面積の広い自治体』というふれこみで売ってる村。
次々と市町村合併が巻き起こっている現在ではすでにどうかわからないが、とにかく広大な森林地帯が広がる村だ。
たくさんの川の本流、支流があちこちを流れているため、吊り橋がいたるところにかかっている。
そんな山の交通手段の中で目を引いたのが、野猿と呼ばれるもの。
こいつがすごい。
川の両岸にワイヤーが張られ、そこに1人乗りの木の箱がぶら下げられており、その箱に入り自分でロープを引っぱって滑車で渡っていくというなんとも原始的な川渡しだ。
恐る恐る乗ってみた。
注意書きが死ぬほど怖い。
箱っていっても下が丸見えだから超怖い。
ぐらぐら揺れすぎ。
下北山村を通り、調子良くガンガン北上していく。
いい天気だなぁ。
地図を見ながら脇道に入り、さらに山道を進んでいくと、原生林の中にものすごい滝が見えた。
百名瀑『不動七段滝』だ。
谷を挟んだ向こうの山の中腹から噴き出している膨大な量の水は一気に80メートル落下。
さらにそこから何段にも滝壷を作りながら流れ落ちている。
すごい。
こいつはすごい。
この完成された景観。
自然は美しい。
地球の鼓動が聞えてくるようだ。
「まぁ、関西イチやな。」
この滝が大好きで年に2回は必ず大阪からやってくるというおじさんがいて、全国の滝談議で盛りあがった。
俺も滝の話だったら負けねぇぞ。
さぁ急いで次の場所だ。
国道から県道40号線に入り上り坂を登りまくっていく。
どこまでも続く山並みのうねりを走り、道のドン詰まりにあるパーキングに到着し車を降りた。
高原のひんやりと澄んだ空気を吸いこむ。
ここは大台ヵ原。
幽玄なジャングルが果てしなく広がる、人知を受けつけない山脈のど真ん中。
幾ルートかに分かれている遊歩コースの中のメインのコースを選んで、ダッシュで森の中を駆けぬける。
もう16時だ。
さすがにゴールデンウィーク。
たくさんのハイキング客が歩いているが、戻る人ばかりでこの時間から入っていく人はもちろんいない。
なかなかアップダウンの激しい道をターザンのように走りぬけ、鹿さんに挨拶しながらどんどん奥地へ。
しばらくすると、突如、森が切れた。
「うわぁ……………………」
木々がなくなり拓けた視界の先は、まるで天に通じているかのような剥き出しの岩肌になっていた。
果てしない山々の連なり。
底の見えない切り立った断崖絶壁の岩山。
手の届きそうなところで夕焼けを放つ太陽。
吹きすさぶ風の中にも人間の気配は微塵もない。
完全に俺1人。
ただただ、地球の命が静かに脈打っている。
「すげぇー………………」
このまま消えてしまいそうだ。
俺という存在をまったく意に介していないこの自然がとても心地よかった。
暗くなった山道を手探りで降りた。
奈良県の南部。
こんな都会からすぐ近くの場所にもこんな雄大な自然がある日本に生まれてよかったと思いながら車を走らせた。
人間は秋の夜に鳴く鈴虫。
一瞬の季節の移ろいと共に消えていくんだ。
そしてまた季節は巡る。