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美香と別れた







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2005年 3月 【富良野新プリバイト】




仕事を終え中田さんとこに行くと、なんかヒロちゃんの雰囲気がいつもと違う。


髪を分けて眉毛をクルンとカールさせ、ばっちりメイクをしている。


まじまじと見ると照れてどっか行ってしまった。



どうやら美香にやってもらったようだ。


1年間、鬼のようなきびしさの薬局で化粧品担当をしていた美香は、化粧に関してのエキスパート。


メイクテクをメモ書きにし、高校生になるヒロちゃんに伝授している。



今日は合格発表の日。

ヒロちゃん、見事、富良野高校合格だ。



「じゃぁねヒロちゃん。また遊び来るからね。」



「えー、やだよー、いやぁぁ、ウエーン!!ウエーン!!」



美香は明日宮崎に帰る。

泣き崩れるヒロちゃん。

お姉ちゃんってずいぶん慕ってたからな。





中田さんちを出て、山部ハウスで美香と布団にくるまる。


次はいつ会えるかな。


その時俺はどこまで日本を南下することができてるかな。


寂しさと、使命感と、旅に対する熱い想いと、色んなものが渦巻いてなかなか寝付けなかった。










翌日。



美香の乗ったバスが新プリの前から発車し、それをベルボーイ姿でお客さんを見送るようにお辞儀して見送った。


今まで幾度となく繰り返した長い別れ。


でも今回の別れは湿っぽいものではなく、新しい出発に向かう明るさがあったように思えた。

今までにないすがすがしさを感じた。



「待たされてるだけの女じゃ終わらない。」



美香からの手紙にそう書いてあった。


恋人同士って、夢に向かって頑張ってるほうが相方を待たせてる側に当たると思う。


つまりこんな旅をしている俺が待たせてる側、美香は待たされてる女って感じだ。



学生のころの美香にはそれがロマンチックに見えていたのかもしれない。


でもあれから社会人となり、自立し、責任を肩にしょうことになった今、その肩書きはチクリチクリと美香の胸を刺したはず。



まるで自分は何もせず、文武に期待して待ってるだけ。


そう思われるのって、きっと気の強い美香は嫌なはず。




俺だって女を待たせてる待たせてるって周りから言われるのは嫌だ。


美香が何かに夢中になって、自分のやりたいことに情熱を注いでいたら、どっちかが待たせてるという側にはならないはず。



これからどんな関係性になっていくのかな。

とにかく早く一周して、旅を達成して美香のところに戻らないとな。













仕事を終え、撮影が終わったドラマ『優しい時間』の喫茶店『森の時計』のプレオープンでコーヒーを飲みにいき、それから旅人バスに行って作業をした。


完全に雪に埋もれたバスの中、灯光器のたよりない灯りをつけて、インパクトドライバーでビスを打ち込む。


このところグンと暖かくなったおかげで、工具を握る手を震えさせることもなくなった。


ようやく後部のベンチが形になってきた。













翌日も朝からバスで作業をしていたら、地主の佐藤さんがやってきた。
 


「おーい、金丸君、お巡りさんが話したいってよ。」



ん?お巡りさん?


なんだ?と思いながらすぐに山部の交番に向かった。



「いやー、新聞見てねー。作るってのはいいんだけどそれからまた出発するんだべ?どんな風なの考えてるのか聞きたくてね。事件が起きたらどうするのかな?」



なるほどそういうことか。


なんでも旅人バスの目の前にあるキャンプ場『太陽の里』で、数年前に傷害事件が起きているのだという。


治安を守るお巡りさんからしたら、また内地の人間が厄介なもん作って…………という心境なのかな。


懸命にバスの趣旨を説明するが、絶対に揉め事が起きないようにします!!とは言えない。



やっぱり、それは何が起こるかはわからない。


確約なんてできない。





傷害事件とはまた別で、お巡りさんが心配してることは他にもあるようだ。





この間、日刊富良野の取材を受けたんだけど、記者さんがこんなことを言っていた。

やはり記者さんなので客観的に富良野という観光地と、そこにやってくる旅人のことを理解している。



「鳥沼のキャンプ場、あそこはひどかったんですよ。キャンパーの聖地でしたから。全国から色んな旅人が流れてきて、気に入ってずっと住んでる人もいて、管理人になったつもりで取り仕切ったりしてましたからね。極めつけはポスト!!テントの前にポスト立てちゃってて、そこに郵便物がちゃんと届くんだから驚きですよ。池の魚を釣って食べつくすは、毎晩のようにどんちゃん騒ぎするは、あまりにモラルが守られなくなったから鳥沼は閉鎖になったんです。」



とんでもない話だ…………


旅人が自然を大切にせず、地域のルールを守らないなんて。


そんなやつらは旅人じゃないよ。





もし、そんな流れ者の人たちがこのバスの噂を聞きつけたら。


きっと気に入るはず。


健全に利用してもらうことを祈るが、火事を起こしたり、ゴミを蒔き散らかしたりするかもしれない。

佐藤さんは管理してやるって言ってくれてるけど、出来る限り佐藤さんに迷惑がかからないようにしないといけない。


良心に任せるしかない。


良心を信じたい。


でも不安もある。









くる日もくる日もバスの中で作業した。





バイトを終えたユウキが手伝いに来てくれたりもした。


おおー!!大したもんだー!!と山田親方が様子を見に来てくれ、さすがの腕前で棚を作ってくれたりもした。



もうすぐ新プリでのバイトも終わる。


新プリが終わったら俺は農家さんの手伝いのバイトをすることになっている。

車の借金はもうすぐ返し終わるけど、今度は車検のお金が必要になってくるので、もう少しだけこの富良野でお金を作らないといけない。





ユウキは新プリが終わったら俺より一足早く富良野を出発する。


富良野にいる間に仲良くなった人にバイクを譲ってもらえることになり、それで日本を縦断して宮崎まで帰るんだそうだ。


俺のバイクに日本を見せてやってくれと言われてるみたい。


俺とユウキの旅もここまで。

ここから先はまた1人の日々が始まる。



出発までにやるべきことを全部やって、悔いのないようにしよう。












バイトが終わり、今日もバスに行って灯りをつけて作業する。



無音の空間の中、月が外の雪を青白く染めている。


黙々とサンダーを振り回し、OSBボードを刻んでいると、ハードスプレーで固めたカパカパの頭に木屑が積もる。



ビスを打とうとしてネジ山から外れたビットが親指に刺さり肉を削った。


溢れる血を舐めながら補強のさん木を固定していく。


何も考えなくていい。


煩わしいことなど雪に埋めてしまおう。








その2日後。


美香と別れた。





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