2005年 3月10日 【富良野新プリバイト】
22時にプールの監視員の仕事を終え、富良野駅へ向かった。
夜の静まり返った小さな待合所をこっそりのぞく。
ガラーンとしたベンチに1人ポツンと座っているあの人。
「…………ヒュー!!」
くるりとこっちを向いたのは4ヶ月前となにも変わっていない美香だった。
「あ、どうもー。」
「あ、どうもー。」
仕事に追われ、今までみたいになかなか会えなくなった美香。
ずいぶん久しぶりだったのに離れていた感覚が全然なくて、いつものように歩き出した。
美香!!富良野にようこそ!!
「すげー…………すぎすぎ…………何この白いの?」
宮崎はすでに菜の花が咲き誇り桜もポツポツと蕾を開いているというのに、こっちはまだ緑のかけらもないモノクロの世界だ。
そのまま中田さんちにやってきた。
「あらー!!美香ちゃん!!こっちこっち、ここにいてね。ヒロちゃーん、お客さんだよー。」
「えー、誰ー?………………え?…………えっ!?きゃー!何でー!」
美香と目が合って顔を真っ赤にしてしゃがみこんだヒロちゃん。
「だめー!!髪ボッサしょやー!!服もちゃんとしたの着てないのにー!!もうーーーー!!!……………富良野にいらっしゃいませ。」
美香が今度富良野に来るので連れてきていいですか?と話していたんだけど、中田さんたちもすぐ連れてきなさいよ!!と言ってくれていた。
美香は誰とでもすぐに馴染む。
おじさんも上機嫌だ。
「文武頑張ってるぞー。色んなものを作ってるな。んー、おじさん、なんも作ってきてないな。」
「これ作ったしょや。」
ヒロちゃんの頭に手を置くおばちゃん。
「おっ!そうだったな!はっはっはっは!」
「何ー!何で笑うのー!力作しょやー!」
「アッハッハッハッハ!」
「ウフフフ。」
「エヘヘヘヘ。」
北海道の暖かさを絵に描いたようなこのアットホームファミリーぶりに美香もすっかりやられてしまっている。
大学を卒業してからずっと仕事仕事で、かなり精神的に参っていた美香。
色んな綺麗なとこ連れてってあげよう。
10日間も休みをとってくれた美香。
2人で色んなところに出かけた。
初日は美瑛のステファンさんが農園の中でやっている、母国ドイツの家庭料理を出すスローな喫茶店『ランドカフェ』で、ストーブで手足を温めながら美味しいソーセージとじゃがいもと玉ネギの料理を食べ、美香の大好きな作家、三浦綾子さんの文学記念館で彼女の世界観に浸り、夜はお気に入りの層雲峡氷瀑祭りを見に行った。
富良野に戻ると、中田のおじさんから電話。
「今日ジンギスカンするけど来るか?美香ちゃんまだジンギスカン食べてないしょや?」
わざわざ気を遣ってくれるおじさん。
美香のことだいぶ気に入ってくれたようだ。
お腹いっぱいジンギスカンを食べさせてもらって中田さんちを出るとすごい吹雪。
風で吹き溜まって車庫の前が膝くらいまで積もっている。
山部ハウスも雪が積もりまくって玄関が開かなくなっていて、ヘッドライトで照らしながら、ユウキと美香と3人でワイワイと雪はねをした。
すぐに3人とも体がびしょびしょになる。
体についた雪が体温ですぐに溶けてしまうからだ。
「雪合戦しよーよー!!ねぇ!!ねぇ!!しよー!!」
大はしゃぎの美香の笑顔が嬉しかった。
ヒロちゃんの中学校の卒業式に出席したり、ニングルテラスに遊びに行ったり、今俺が頑張ってる旅人バスを見せてあげたり、美香との富良野の日々はとても新鮮だった。
あの雪に埋もれた吹上温泉にも行ったんだけど、湯温が40℃以上あってお湯に入れず、「熱いー!!寒いー!!」と2人で裸で雪の中をジタバタして極寒と激熱でとんでもない目に遭ったりした。
でもそれもすごく楽しかった。
そしてとうとうライブの日がやってきた。
先日打ち合わせに行った、メタルおじさんたちが主催する「ゆうふれ音楽祭」。
美香も今回の富良野旅行でこのライブをすごく楽しみにしてくれていた。
今の俺の精一杯の演奏を聞かせてあげるぞ。
雪が音をたてず降りしきる中、富良野文化会館の裏手の搬入口にやってきた。
まだ8時なんだけどすでに出演メンバーたちが慌しくアンプやドラムセットを運び込んでいた。
ピリピリと張り詰めている実行委員長のイソエさん。
何していいかわからなくてマゴマゴしてる出演バンドの高校生たちを鬼のような形相で怒鳴りつけている。
「は……や……く………持って来いやぁぁぁぁああああああああ!!!!」
「返事できんやつは帰れヴォオオオオオオオオ!!!」
さすがメタルバンドのボーカルだけあって、怒鳴り声のソリッドさが半端じゃない…………
その恐怖のシャウトのおかげか、出演者全員がキビキビとステージのセッティングを行っていく。
昔バリバリやってました!!って感じのおじさんたちから、現役のバンドマンたち、そして地元の高校生たちもみんな一生懸命だ。
ああ、俺も高校生の時に地元のおじさんたちが主催するライブに出させてもらってたなぁ。
高校生の俺からしたらおじさんたちの筋金入りの技術がめちゃくちゃすごくて、革ジャン着てタトゥー入ってて髪の長い兄さんたちが怖くて、すごく緊張しながらステージに立たせてもらってた。
どこの町でもああいう音楽やってるおじさんたちがいて、若い奴らがそんなおじさんたちを見て育って、エレキ担いで都会に出ていくんだよな。
怒鳴られながら音響のセッティングをした記憶が、いつか高校生たちにとって何にも代えられない経験になるよ。
開場すると、客席には150人ほどのお客さんが入った。
ステージ袖から美香の姿を探すけど、どこにもいないので電話してみると、なんと美香ちゃんは山部から富良野行きの電車に乗ったつもりが反対方向行きの電車に乗ってしまい、下金山という山奥まで行ってしまって途方に暮れていたところを中田のおばちゃんが救出に行ってくれたみたいだ。
ドジ………
ヒロちゃんもたくさん友達を連れてきているし、山田親方も家族と来てるし、松永さん、福永さんもいるし、仲のいい新プリンスホテルのメンバーたちも勢揃い。
こりゃ気合い入れなきゃな。
さぁ1組目だ。
『ブラストジェイル』
主催者のイソエさんがギターボーカルのこのメタルバンド。
もうゴリッゴリ!!!
ヘビーなギターリフにめちゃくちゃソリッドなシャウトが1発目とか、ここ富良野だよな!?
北の国からの!!!?
背が高く、長い髪を振り乱すジョーイラモーン似のイソエさん。
メンバー全員が革ジャン皮パンで、フットモニターに足をかけてフライングVをライトハンド。
カッコいい!!!
カッコいいんだけど年配の人たちみんな困惑の表情!!!
話ではイソエさんたちはもう何十年もこうして富良野でメタルをやってきてるんだそう。
その昔、北の国からの撮影をやってる時に町の中のスーパーでゲリラライブをカマシたら、撮影スタッフが飛んできて止めさせられたという逸話を持っている。
キャッチコピーは鋼鉄の町、富良野。
鋼鉄て!!!
『宮田寿丸』
1人の弾き語りで、山崎まさよし大好きそうだったな。
『ブラストジェイルJr.』
礒江さんの小学生の息子がギターを弾くかわいらしいメタルバンド。父親の教育がよほどいいのかかなりの腕前だ。
『ケチャップ』
前回か前々回かのティーンズミュージックフェスティバルでいいとこいったというスリーピースのロックバンド。
ハードだけど気持ちのいいヴォーカル、男前なタク君のシャープなドラムがいい感じ。
若いエネルギーに輝いていた。
『俺!』
もっと動きたかったな。息継ぎも甘かった。
『インターナショナル・チキン・バンド』
農家のおじさんとおばさん2人が打ち込みのオケで歌う。
「都会のお譲ちゃんー いいとこだわと畑の写真を撮ってるけどー ここに住もうとは思わないー♪」
完成度高いしステージングもよかった。
『OFF』
打ち込みのベースとギターのファンキーな2人組。
ノリきれてないい微妙な動きが曲の個性とうまく噛み合っていて病み付きになりそうな雰囲気を出していた。
『ブローザナイト』
いかにもやってますって感じの渋いおじさん2人がギター2本でブルース。
ヤードバーズの『ジェフズブルース』だけでも痺れるのに、その中にアレンジして名曲のギターリフをちりばめてくるにくさ。
かっこよかった。
『エバーラスティング』
メロディアスなポップロック。
『男山』
高校生バンド。ギターヴォーカルの男の子は熱い奴だったな。
『ベティーバンド』
富良野のバンド界の大御所らしく、エルビスやビートルズを安定感のある演奏で聞かせてくれた。
無事ライブが終わり撤収を終えたら、中田ファミリーと俺たち3人でヒロちゃんの卒業祝いということで、町のしゃぶしゃぶ屋『千成』にやってきた。
ここはラム肉のしゃぶしゃぶ屋さんなんだけど、こんなにクセがなくて美味しいしゃぶしゃぶ初めて!!!
美味すぎる!!!
卒業式の写真を見せてもらうと、雪がバサバサと降る中、輝く笑顔で友達と写っているヒロちゃん。
いいなぁ。
雪の中の卒業式なんて、南国育ちの俺からしたらものすごくロマンチックだよ。
ずっとこれがヒロちゃんの原風景なんだろうな。
おじちゃんおばちゃん、ヒロちゃんほんとうにおめでとう。
それから急いで今日の打ち上げ会場である『とりせい』っていう唐揚げ屋さんにやってきた。
富良野では有名なお店だ。
2階の宴会場に入ると、すでにみんな赤い顔してドンチャン騒ぎ。
あちこちで熱い音楽談義が飛び交っていた。
「おおー!!金丸君が来たぞー!!」
「金丸君こっち座れ!!いやぁ!!いい弾き語りだったしょやー!!」
まだドギマギしてしまうけど、みんな優しく接してくれる。
あの鬼のイソエさんも楽しそうに笑っている。
「富良野のバンドって道内でもおそらくトップレベルの数だし、技術でもそうだと思ってますから!!もっともっと盛り上げていくぞ!!」
「うおおおおおお!!!飲め飲めええええ!!!」
「うぼおおおおおおー!!!」
富良野って、のんびりしてて、ゆるやかで、まさにあの北の国からの素朴な人たちが暮らす町だって思ってたけど、当たり前にここにも色んなジャンルの人たちが生きている。
あのドラマやラベンダーの、観光地としてのイメージが強すぎるけど、その表面の奥を覗くことができたら、そこには北海道の田舎の町の生活が息づいている。
宮崎でライブやってた時と同じだよな。
俺もあの時のおじさんたちに近づいてるんだ。
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