2004年 12月19日 【富良野新プリバイト】
先輩のカオリさんは怖い。
他の同僚たちはカオリさんが1番いい先輩だよと言うが、俺にはただの冷徹な人にしか見えない。
「あんたさぁ、何考えてんの?」
「すみません…………」
「金丸ー、早くしたら?」
「すみません……………」
すごい美人なんだけど、それがなおさら近づきがたいんだよなぁ。
この前はユウキまで怒られてた。
「ちょっとあんた。金丸と住んでるんでしょ?あんたがあいつちゃんと起こしなさいよ。」
「す、すみません…………」
あまりの恐ろしさに思わず謝ってしまったらしい。
あと3ヶ月。
この人をめぐってどんなエピソードができるやら。
ホテルでのバイトも数日経つとだいぶ慣れてきて、色々そつなくこなせるようになってきた。
まだややこしいことは先輩にお願いしてるけど、ある程度緊張もほぐれてきた。
慣れてしまえばどってことないし、待ち時間が長すぎるので暇を持て余してしまうくらい。
先輩たちともそれなりに打ち解けてきたかな。
仕事を終えてホテルの外に出ると、寒さに頬が痛くなる。
ここのところ−10℃が普通の気温だ。
真冬には−30℃とかになるらしいけど、一体どんな世界になるんだろうな。
山部の家に帰ると、玄関の前に雪が積もっていて、それをスコップではねて道を作る。
ふと気づくと、車のヘッドライトに照らされて空気中がキラキラと光っていた。
すげー…………これがダイヤモンドダストか。
気温があまりに下がると、大気中の水分までが凍りついて、それがキラキラ光る現象をダイヤモンドダストっていうんだそうだ。
積もっている雪は粉雪を通り越してザラメ砂糖のようにひとつひとつが結晶のまま。
ふー!!っと息を吹きかけるとブワッと舞い上がって静かに消えていく。
寝静まった夜にどこからともなく現れる雪は、人々の生活も何もかもを覆いかぶすように折り重なっていく。
そこに中田さんから電話がかかってきた。
「文武くーん、24日なんだけどウチ来れるかい?」
「うん、いいけど。何で?」
「ん?………うん、ケーキ…………作るんだよ。ね、ヒロ子。」
「うん!!そうそう!!」
どう考えても怪しいやん。
優しい中田さんたちのことだから絶対何か企んでるよな。
よーし、俺たちも負けんくらいビビらせてやるぞ。
そして2日が経ち、俺の誕生日でもあるクリスマスイブがやってきた。
誕生日だというのに1人でぼーっとプールの監視員。
誰もいないガラーンとしたプールの中、監視室の中で本を読む。
給料泥棒みたいな仕事を終えたら、ユウキと一緒に車に乗り込んで中田さんとこにやってきた。
エンジン音で気づかれないように家から遠くに車を停めて、後部座席に積んでいたある物を下ろす。
この日のためにユウキが組み立ててくれていた2mほどもあるあれ。
そろりそろりとそいつを運び、玄関の前にこっそりセッティングしていく。
「早く!!早く!!」
「わかってるって!!静かにしろ!!」
ガチャ。
いきなり部屋の窓が開いた。
「何してんだぁ?」
「あっ!!シー!!シー!!」
窓から顔を出したのは中田のおじさんだった。
ぬおう!!
こうなったらおじさんも巻き込むしかない!!!
「おじさん、このコンセント中からさしてくれませんか?」
「お、なるほど。よしわかった。」
200球の電球を巻きつけ、「和(やわらぎ)」と切り抜いたベニヤ板をセット。
(やわらぎったのはおばちゃんがやってる編み物教室)
よし。完璧だ。
「おばちゃん、ヒロちゃーん、ちょっと目つぶって外来てー。」
「えー、何しょやー!?」
「いいからいいから、目閉じてね。」
雪で足首が埋まる道路に引っ張り出してツリーの前に連れてきた。
「はい!!いいよ!!」
そこには真っ白な雪に反射してチカチカまたたくクリスマスツリー。
浮かび上がる『和』の文字。
呆然としていたおばちゃんが顔を手で覆った。
目から涙がこぼれ、絞り出す声が震えている。
「こんな………なんで……ううう………私こんなクリスマス………初めて………ありがとう………ありがとう………」
「うちも一生忘れない!」
大はしゃぎで喜んでるヒロちゃん。
おじさんは笑いながらビデオカメラを向けていた。
家に入ると、やっぱり俺たちを待ってくれていたようで、テーブルにご馳走が並んでる。
「美香ちゃんから何か届いてるよ。あと、はい!!プレゼント!!」
「これはうちから!!」
嵐のようなプレゼント交換。
ヒロちゃんからは高そうなジッポーライターをもらった。
「破産したんだからね!!うちの誕生日期待してるから!!」
ほんとかわいい妹だ。
美香から届いていた段ボールには暖かそうなニットキャップと、読みたかった三浦綾子の「泥流地帯」が入っていた。
中田家には九州のインスタントラーメンやらがごっそり入ってて、ヒロちゃんにはポテトチップスの九州しょうゆ。
ガヤガヤと盛り上がっているとさりげなくおじさんが玄関に行き、おばちゃんに包みを渡した。
中から出てきたのは可愛らしいヤカン。
おばちゃん大喜び。
たった今、世の中にこんな暖かい夜を過ごせてる家族がどれくらいいることだろう。
中には、恐ろしい病気に体を蝕まれ震えている人たちもたくさんいる。
世の中の全ての人が笑える瞬間なんてきっとどこにもないんだろうな。
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