3月28日
高速をかっ飛ばしてブンブン南下していく。
晴れ渡る空にそびえる雪化粧の富士山の足元を駆け抜け、16時には滋賀県に入った。
大学を卒業して一旦宮崎に帰る美香。
ファントムの中は美香の荷物でいっぱいだ。
山の中を走っていくと、現れた小さな町、信楽市。
宮崎に帰るこの道中、2人だけの卒業旅行ということでどこか旅館に泊まって贅沢しようと前々から計画していたのだ。
田んぼに囲まれた緑豊かな集落の真ん中に小高い丘があり、その上に今にも倒れそうな巨大な枝垂桜の老木がポツンと1本立っていた。
その日本昔話の、絵本の中みたいなのどかなロケーションに、しばらく車を停めて見とれていた。
まだ花開いてないけど、満開になったらそれはそれはきれいなんだろうな。
また絶対来よう。
信楽の市街地はマジで陶器屋しかねぇ。
どの店先にも狸、たぬき、タヌキ!
四方八方どこを見ても、最低100匹はタヌキが視界に入ってきやがる。
民家の玄関にもいやがる。
細い路地沿いにいくつもの登り窯と煙突と窯元の看板。
2人で手をつないで、うす暗くなるまで歩き回った。
ソワソワしながら、古い商店街の細い路地を入りこんだとこにある旅館、小川亭にやってきた。
隠れ家的な雰囲気の純和風のお宿。
俺たちからしたらかなり高価な宿なんだけど、せっかくの卒業旅行。
それにこれからしばらく会えなくなるんだから、大奮発していいところを予約していた。
「やっぱ仲居さんにチップとか渡すとけ?」
「いくらくらい渡すのかなー?」
俺も美香も家族旅行でしかこんないいとこ来たことないのでめっちゃ緊張しながら戸を開ける。
信楽の焼き物で演出された木の温もりのある玄関。
屏風や掛け軸があり、相当いい宿って雰囲気。
「おいでやすー。」
女将さんのはんなりとした京言葉がマジでめっちゃ京都!!!
滋賀だけど!!
宿に戻り、内湯につかってから個室で食事。
信楽の陶芸作家の上品な器に盛られたいくつもの料理をいただく。
浴衣の君はススキのかんざしではないけれど、美香が熱燗徳利をお酌してくれる。
酔っ払ってフラフラになりながら廊下の奥の戸を開けると冷たい夜風。
そこにはもくもくと湯気を上げる貸しきり露天風呂。
浴槽は狸のお腹。
どこ行ってもタヌキ。
2人でくっつきながら湯につかるも酔いすぎで気を失いそうになり、美香を残して部屋に戻り、布団に突っ伏した。
すごく贅沢な夜だった。
宮崎に戻るといつもは友達に会ったりしてウダウダと何日も過ごしてしまっていたけど、今回は早く出発することにしていた。
まだCD製作の残りの作業があるし、早いところ旅に戻りたくてウズウズしていた。
茨城でめちゃくちゃ長居してしまったもんな。
というわけで、宮崎に着いて2日しか経っていないが明日出発することにした。
最後の夜は美香の実家でご飯を食べることになり、緊張しながら日向にある美香の家にやってきた。
玄関を入る。
ダイニングテーブルには美香のお父さんが座っていた。
「おじさん、退院おめでとうございます。」
「おー、ありがとうね。」
最近まで体調を壊して入院していたおじさん。
退院したとはいえ、少し元気がないように見えた。
ご飯をいただきながら、話を切り出した。
「おじさん、言わなきゃいけないことがあります。」
「ん?何?」
「僕、実は茨城で、美香さんと同棲していたんです。」
「……………………どういうことかな?」
茨城で俺たちが同棲していたことを美香は親に言ってなかった。
俺は栃木のセンジ君のところに居候させてもらってることになっていたんだけど、やっぱりお母さんってのは鋭いもんで、俺たちの同棲に気づいてるようだった。
そのおばさんを目の前にして、おじさんに、はい栃木に住んでました、なんてぬけぬけと言うことなんてできない。
美香は黙っておこうって言っていたけど、俺はやっぱりどうしても言わずにはいられなかった。
「どういうつもりで同棲なんてしてたのかな。僕は君のこと美香の友達くらいとしか見てないからね。僕にはそうとしか見えなかったから。金丸君が今やってること、ホームページで見て僕はとても感動してるんだけど、将来のビジョンとか聞かせてもらえない?」
話しながらご飯を口に運んでいるおじさん。
ピーンと張り詰める空気。
おじさんが箸を動かす音すら聞こえてくるほど、なんか全部がスローモーションだ。
緊張しながら俺の今の将来の計画や、何のための旅なのかを説明し、最後にこう言った。
「遅くても30歳までには美香さんを迎えに来たいと思ってます。」
「え?……………今なんて言葉使った?なんて言葉選んだ?」
「はい、迎えに来ると。」
「それはどういう意味?嫁にしたいってこと?」
「はい、美香さんを嫁にしたいと思ってます。」
「ちょっとお母さん、大事な話だからこっち来て。美香はそれでいいとか?」
うつむいて頷く美香。
凍てついた空気。
なんか、結婚ってこんなにも重大な儀式なんだってことを目の当たりにした気がした。
並大抵のことにはビビらないと思ってたけど、めっちゃ心臓飛び出そうだった。
必ずやるべきことをやって帰ってきますと誓い、家を後にした。
出発の日。
家でファントムの整理をしていると、仕事の合間にちょこっと親父が帰ってきた。
「おい、もう行くんか?」
「うん、酒美味しかった?」
「おう。」
今回お土産で買ってきたのは滋賀の地酒、北島酒造の大吟醸。
その名も「お父さんありがとう」と「お母さん長生きしてね」。
我ながら良い土産だ。
「おい、これ持っていけ。無駄遣いするなよ。」
そんなお土産が効いたかはわからんけど、2万円を差し出すお父さん。
「北の国から」で五郎さんが純に渡した泥まみれの2万円並に重たかった。
それからユウキを迎えに行った。
いつも旅中の俺に電話してきては、
「俺もどっか行きてーよ。」
とぼやいていたユウキ。
中学からの幼なじみであるユウキとは、1年で300日くらい一緒にいるくらいの腐れ縁で、高校を卒業してからもいつも遊びまわっていた。
あれから俺は旅に出て、ユウキは仕事を続けていたんだけど、いきなり4年勤めた会社を辞め、何を思ったか北海道に行くと言いだした。
毎日同じような仕事の繰り返しで、これじゃあいけないと思い立ち、ちょうど見ていた「北の国から」の影響もあって一念発起。
それならばと、1番遠い北海道に行くことに決めたそう。
というわけでこれから東北に向かう俺の車に便乗させてくれと言い出したわけだ。
ユウキの家でファントムに荷物を積み込んでいく。
いつも底抜けに明るいユウキの母ちゃんの様子がおかしい。
エンジンをかけ、ファントムをバックさせる。
「行ってくるわー!」
叫ぶユウキ。
晴れ渡る空から照りつける暑い陽射しが、全ての景色を原色に塗りかえている。
緑が萌え、色とりどりの花やこの民家までもが脱皮したように光り輝いている。
ファントムをゆっくり発進させる。
助手席の窓から外を見ると、まばゆい背景の中、おばちゃんが涙をこらえて震えていた。
泣きそうになってるユウキを乗せて、ファントムは美しい美々津を走っていく。
頭の中で繰り返されているのは美香のお父さんの言葉。
「僕は君のこと美香のただの友達としか思ってなかったよ。」
同棲していたことなんて言わなくてもよかったのか。
今の俺のこの生活では付き合うことすら認めてもらえないんだよな。
やっぱり結構ショック。
必ずデカい男になってやる。
デジタル時計が15時ちょうどを示している。
俺とユウキ。
2人の男の、若い旅の門出。
宮崎の桜の木に、新緑の若葉が目立ち始めていた。
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