深い山の中でパッと視界が開けると、昔の武将が戦場とかでかぶってる笠のような形をしたどでかい建物が現れた。
なんだあれ!!すげぇ!!!
この建物は武道館らしく、武蔵にちなんで剣道の全国大会なんかがここで開かれるんだそうだ。
そう、大原は宮本武蔵生誕の地。
周辺には武蔵美術館に、武蔵の墓、武蔵の生家などがあり、今年の大河ドラマの影響もあってたくさんの観光客が押し寄せており、出店もいっぱい出てる。
便乗の教科書。
そんな人ごみの中を1人でテクテク歩き回り、武蔵がおつうと一緒に里を出たときに越えたといわれる志戸坂峠にも登った。
峠を下りていると、両端の竹やぶでお爺さんとお婆さんが竹を切っていた。
桃太郎とかぐや姫のダブル再現だ。
ちなみに、岡山県は桃太郎の発祥の地。
県の至るところに桃太郎に関する名所がある。
一説では、桃太郎に出てくる鬼は有漢といって、百済の王子様のことをいってるという話もある。
ここに来て、俺の中でただのおとぎ話だった桃太郎が、歴史上の外国とのやりとりを風刺したものではないかっていう現実的なものに変わってしまった。
またひとつ夢を見れない大人になってしまったな。
武蔵は小次郎に勝ってから戦を拒むようになり、旅をしながら兵法を学び、50歳で自分の作った二天一流をまとめた『五輪書』などの本を残し、他にもだるまやシャモの絵や彫刻なんかを残し、62歳で熊本で死んだそうだ。
一番高い絵は2億円以上もするんだって!!
こんな山奥であんな偉大な歴史上の人物が生まれ育ったんだなぁ。
田舎だろうが都会だろうが、優れた人は突出するもんだ。
小次郎みたいな桃太郎みたいな人。
大原から一気に津山市まで走った。
岡山県の北部にある津山市は、中国山脈の中に現れたなかなかの都会。
ここに来た目的は、城下町見物でも、有名な庭園「聚楽園」の見物でもない。
津山駅に行くと、その場所はすぐにわかった。
この街出身のあの人は、街の名誉市民にも選ばれていて、彼のゆかりの地を巡るバスツアーまであるくらい、街をあげての盛り上がり。
彼のファンが日本全国からこの街にやってくるのだという。
やはり、何と言っても目玉は彼の実家。
地図を見ながら車を走らせる。
地図がないと絶対わかんねぇような細い路地にその店はあった。
イナバ化粧品。
そう、この街はB’zの稲葉さんの出身地。
そしてここは、稲葉さんの実家。
伊藤美咲などの化粧品のポスターに混じって、B’zのポスターが何枚も貼ってある。
中に入ると、普通の化粧品店。
しかし、奥に進むと一角がB’zコーナーになっており、所狭しと写真、ビデオ、人形などが展示してあった。
テーブルの上に置かれてあるアルバムには、稲葉さんの幼い頃の写真から、小・中・高、デビュー当時から最近のプライベート写真までが貼ってあり、お酒飲んで赤い顔してる稲葉さんは普通のかっこいいお兄さんだった。
中央にテーブルがあり、そこに若い女の子、おばさん、お婆さんまでがいて、みんなでB’z話をしている。
レアなB’zアイテムに驚いてる俺に、その輪の中心になってるおばさんが話しかけてきた。
「お兄さんはどこから?」
「僕は宮崎からです。」
「へー!また遠くからー。こちらの2人は千葉からよ。」
「どーもー。千葉から来ました。」
「へーそうなんですかー。」
久しぶりにこうして若者と話したなぁ。
最近は爺ちゃん婆ちゃんくらいしか会ってなかったもんな。
話しかけてきたおばさんが名刺を差し出した。
「私こういう者だから、何かあったらメールちょうだい!!」
【元気配達人 瀬浪悦子】
【B’Zファンサークル「ドリームウィズ」会長】
う、うん、別にメールすることはないと思います…………
ひとつのツアーで全国ついて周るほどの大ファンで、ファンたちみんなでビデオライブを開いたりしてるらしい。
千葉から来たという女の子たちもみんな熱烈なファンで、俺の全然わからないようなコアな話題で盛り上がってる。
しばらくみんなでおしゃべりして、稲葉さんのお母さんと写真を撮って車に戻った。
それにしても、デビュー当時のB’zの2人が、夜のヒットスタジオで司会の古舘さんに「21世紀のピンカラ兄弟」って言われてたのは驚きだったな。
加賀まり子が稲葉さんに、
「あーら、控え室で見たときはどうってことなかったのに、化粧するとこんなに変わるのねぇ。」
とか言ってて、今では超大御所のB’zだけど、若い頃はこんな舐めた扱いを受けてたんだなぁって面白かった。
ホント、今も昔も田舎だろうが都会だろうが、優れた人はやっぱり突出するもんだ。
それからもひたすら山の中を走り、久世を抜け、勝山までやってきた。
今日の移動はここまでかな。
腹が減ったのでラーメン屋に入ると、
「あーご飯食べたかったら、そこの通りにいいところありますからー。」
と言われ、ご飯屋さんなのに他の店勧めるか?と思いながら教えられた店に行くと、
「今日はもう、食事はないんですよー。」
って断られた。
どーなってんだ、この町は。
仕方なくコンビニのご飯を食べて寝た。
こんな山奥まで来ると雪がすごかった。
うー寒い。
次の日。
日本の滝百選の一つである神庭の滝には、猿がうろつきまわっていた。
猿の群れの間を滝に向かって歩くんだけど、足でダンッ!と音を立てるとムキャキャー!!と襲ってくる。
ダッシュで逃げてまたからかう。
非常におもしろい。
勝山から北上し、岡山最後の見所、湯原温泉に向かった。
何かのテレビの温泉特集みたいなやつで西の横綱に選ばれた温泉らしく、ここを岡山の最後の楽しみにとっといたんだよな。
周りはとにかく山ばっかり。
本当に山ばっかり。
日本中、こんな深い山の中に色んな個性豊かな温泉郷が散らばってるんだから、全部見たくてたまらないよ。
しばらく走っていくと、山の中に温泉郷がつらなるエリアにさしかかった。
真賀温泉に足温泉、下湯原温泉ときて、一番奥に、湯原温泉がある。
「油屋」と書かれた看板のかかった千と千尋の神隠しみたいな建物が並び、浴衣の観光客たちが白い息を吐きながら河川沿いの道を歩いている。
こりゃ風情あるわー!!
ソワソワしながら川原の無料駐車場に車を停め、いざ温泉へ!!
川の上流に向かって歩くと、おいおい見えてきた。
でっかいダム。
これだこれだ。
ダムの下からはモクモクと立ちのぼっている湯けむり。
そして裸の人たちが見える!!!
外なのに裸!!!
異様な光景!!!
これが湯原温泉名物の、河原の混浴露天!!!
冷たい水の流れる川のすぐ横に3つの湯船がある。
マジでただの河原だ。
たまらず服を脱ぎ捨てると、2月の凍てつく寒さに一瞬で鳥肌が立つ。
大空の下、丸裸で小走りし湯船へジャボン。
もううううううううううう、最高。
広い湯船。
熱めの温泉。
大空に、川に、巨大ダム。
なんだこのロケーション。ヤバすぎる。
これが本当の露天風呂ってやつだ。
しかもこれがいくら入ってもタダなんてすごすぎる。
「あー、ワシは物心ついた時からここに入っとったなぁ。」
隣の爺ちゃんに話しかけ、少しお喋りした。
小雨が降りだし、湯船に波紋をつける。
屋根なんてないので、空からそのまま降ってくる。
ハー、最高。
冷たい雨が火照った上半身に気持ちいい。
湯の底が砂利っていうのも気持ちいい。
もう本当に最高、この温泉。
温泉の後は大きな杉の木を見物。
ゴリラをはめてみる。
2時間も入っていたせいで、次の目的地、新見市の満奇洞についた頃には真っ暗になってしまった。
スーパーでイカ刺とジャーキーを買い、車を停めて1人晩酌した。
お酒は大原町で買った地酒「武蔵の里」。
うーこんな贅沢していいのか。
美香が帰ったとたんにごめんね。
翌日、朝イチで満奇洞というところにやってきた。
与謝野鉄幹さんと晶子さんがここを訪れたときに命名したという満奇洞。
ていうか福岡の雄鹿洞でオシッコ漏れるくらいコウモリにビビらされたおかげで鍾乳洞が少し怖い。
身を縮めて上を見ないようにコソコソ歩いていく。
久しぶりの鍾乳洞はなかなか良かった。
ふと思ったんだけど、「鍾乳石を折らないでください。」って看板がよくあるけど、通路を作るために折りまくってるのはどうなんだろう?
それから神郷町へ向かう途中、カルスト台地の草間台で羅生門という名所を発見。
さっそく向かうと、もう何年も人が来てないかのような寂れた駐車場に到着。
錆びて崩れたフェンス。
消えかけの区画線。
悲しげなタイヤの跡。
順路に沿い、山道の遊歩道を下っていく。
ひんやりとした空気、野鳥の鳴き声もしない山には、ただ風にそよぐ木々のざわめき。
すると、山の中に、巨大な白い岩のアーチが現れた。
自然石がそそり立ち、頂点のところで僅かにつながっている。
脇に立てかけてある掲示板によると、かつての鍾乳洞が崩れ落ち、侵食されてこんな形になっているとのこと。
頂点は40mにも及ぶ長さらしい。
さっき見た鍾乳洞も、露になるとこうなるのか。
落石の恐れがあるため、アーチをくぐらないようロープが張ってあったが、何事もないようにロープをまたぎ、下っていく。
階段に這ったコケが人の出入りのなかった時間の長さを物語っている。
コケで辺り一面緑色に染まった岩場を抜けると絶壁にたどり着き、また来た道を引き返した。
引き返す途中、また俺の悪い癖がうずく。
どうしても最初に見たアーチの一番上のつながってる部分に立ってみたくなって、しょうも懲りもなく山に入る。
この前美香とあんなことがあったのに。
でも俺だけならどんな無茶でもできる。
たぶんこっちだろうと、思うがままに木につかまりながら登っていく。
そうしているうちに、登る目標がいつの間にか「アーチの上」から「山のてっぺん」に変わっていた。
山は不思議。
自分のいるところから上を見ると、てっぺんまでほんの少しに見えるのに、しばらく登ってまた上を見上げると、てっぺんが俺と同じ距離でスライドしてるかのように全然変わってない。
いくら登っても届かない。
ふと振り返ると、周りの山々の頂上と同じぐらいの高さにいることに気付いた。
大声をだしてみた。
予想通りに返ってくるこだま。
裏声で叫んでみたり、歌ってみたりする。
すると、どこの山からともなく犬の鳴き声。
「うぉーーーーーーーーーー!!!」
「…………ワンワンワーン…………ワンワーン…………」
一匹なのか数匹なのか、至るところからいくつものワンワンが山を越えて聞こえてくる。
どこから聞こえてるんだろう。
この山のどこかにある集落で飼われてるのかな。
その集落に、俺は一生行くことがないんだろうな。
そこに住んでる人がいるのに。
「この辺でいいか。」
振り返り、山のてっぺん辺りをもう一度にらみ、下山した。
コンクリの道に下りた時、ブーツの踵のラバーが剥げてるのに気付いた。
まぁいいか。
草間台を下りる前に、田舎屋ってとこで手打ちそばを食べた。
このあたりは秋口になると、この集落も含め、全てが雲海に沈むらしい。
人々はその中で暮らすんだと思うと、神秘的でしょうがなかった。
田舎町を走っていたら仲良さそうに遊んでる学生たちがいたから話しかけた。
仲良くなって写真を撮った。
ここがみんなの故郷なんだよな。
これから色んなことがあるんだろうね。
俺にもきっとこれから色んなことがある。
いつかその後の人生を会って話せたりしたらすごいよな。
その後、神郷町へ向かった。
神郷町へは日本一の親子孫水車を見に行ったんだけど、そっちはあんまり大したことなく、その代わりに素晴らしい出会いが待っていた。
水車の駐車場に車を停めたときに、ちょうど目の前に『カントリー家具・雑貨』という看板があった。
最近ちょっと木工品に興味があるので、水車を駆け足で見て周り、とっとと看板のお店を目指した。
すぐ近くにお店らしきところは見つけたんだけど、ここでいいの?ってぐらいの普通の家。
家の前にはめっちゃ手作りのポスト。
キョロキョロしてると、家の中からおじさんが出てきた。
「あーいらっしゃいませー。どうぞどうぞ、こんなとこですが見てやってください。」
中も普通の家。
部屋の一つがギャラリーになっていて、そこでご主人とお話しさせてもらった。
色んな話をした。
暖かい手作りのイス、テーブルとコーヒー、流れるC.C.R。
製作現場なんかも見学させてもらったんだけど、その工房の正面の壁に「心」と書かれたCDのアルバムぐらいの大きさの黒板が飾ってあった。
「あっ、あれ?あれはねー、この向こうの山を越えたあたりに小学校の分校があったんだけど、そこが何年か前に廃校になりましてね、そこの解体の時に、何か使えるものはないかと手伝いに行ってて、黒板をはがしたら、黒板と壁の間からポロリとこの「心」の看板が落ちたんですよ。大工さんが入れたのかどうかは知らないけど、それ以来これは大事にとってるんですよ。」
昔の大工さんは、家を建てた際に、自分の仕事の証としてその家の軒下なんかに自分の道具であるカンナやノミを埋めたりしたらしい。
うー、すごい。
男のロマンだ。
北海道でログハウスを作りたいという俺に、ご主人はログハウスの本を見せてくれたり、その他色々と貴重な情報をくれた。
「じゃあ、将来はログハウスでライブのできるバーだね。」
そーだよ、そうそう!!!
手作りの店、音楽、バーテン、俺のやりたいことを全部合わせたらまさにそんな場所だよ。
それこそ俺のやりたいことなんだよ。
気の合う仲間とライブをして、俺は自慢のカクテルを出す。
みんなが帰った後、手作りの家具でくつろぎ、コーヒーを飲む。
横には美香。
あーーーー、めちゃくちゃ憧れるわ。
理想がまたひとつ明確になったような気がするよ。
それもこれも出会いがあるからこそ。
素晴らしい出会いは進むべき道を示してくれるなぁ。
「がんばりなよー。」
手を振ってお辞儀して見送ってくれたご主人。
カップ麺やカイロやら、いろいろ持たせてくれた。
長かった岡山最後の出会いがこのご主人で本当によかった。
本当にありがとうございました。
それから今日の締め、神郷温泉。
氷点下の外気の中、露天風呂。
サイコーすぎる。
はー…………思い描いた旅はまさにこんな感じだったなぁ。
色んな土地の観光地に行き、面白いものを見て、美味しいご飯食べて、その土地の人と出会う。
なんとかやれてるし、順調に進むと心が和む。
トラブルも大歓迎だけど、やっぱり良いことばかりの日は満足感があるなぁ。
岡山、いいことばっかりだったなぁ。
ここから2~3Kmも北上すれば、そこはもう鳥取県。
ジャンジャン進むぞー。
ここは中国山脈のど真ん中。
山の至る所から立ち上る湯けむりが、星の少ない夜空に消えていく。
【岡山編】
完!!
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