「…………をはずします…………でお降りのお客様…………」
……………………
ガバッと跳ね起きた。
はっ!やばい!!
「宝島で下船のお客様ー、まもなく出港いたしますのでタラップをはずしますー。」
「はい!!はいー!!降りますー!!」
奄美大島から宝島までは約3時間。
ろくに眠れないまま急いで船を降り、ボサボサ頭に二重まぶたでボンヤリ朝日を眺めた。
何も無い港。
船が1隻やっと横付けできるくらいのコンクリの岸壁。
ギザギザした珊瑚の海岸に、割れたテトラポットがポツンポツンと転がっている。
すぐ後ろにそびえる小高い山。
なんか世界に取り残された孤島って感じだ。
ここはトカラ列島、宝島。
「ねぇ君、藤井さんとこにいた旅人?」
突然声をかけてきた髭のおじさん。
えっ?誰?
…………あっ!!
「牧口さんですか?」
「そうだよ。あそこの軽バンに乗って待ってて。」
昨日、奄美の藤井さんが電話してくれてた友人のかただ。
本当に迎えに来てくれてたなんて。
フェリーからの荷降ろしを終えると、牧口さんは家に連れてってくれた。
「おじゃましまーす…………」
「いらっしゃーい。」
家には奥さんと3人のお子さんがいた。
ソファーに座ってテレビを見てる子ども達がこの人誰?みたいな顔でこっちを見てる。
「はい、どーぞ。」
テーブルに出されたのは美味しそうな朝ごはん。
ま、マジかよ。
まだろくに俺のこと知らないのに、藤井さんからの紹介ってだけでいきなりこんな待遇。
流石に気まずすぎて吐きそう…………
この宝島。
有人島ではあるけど相当な僻地で、3日に一度しかフェリーがやってこない。
なのでおそらく3日間、この牧口さんにお世話になると思うんだけど、何かやらせてもらわないと生きた心地がしない。
味噌汁をすすりながら切り出した。
「あの…………なんでもいいから働かせてください!!」
「もちろん働いてもらうよ。」
牧口さんはここ宝島で天然の塩を作っているそうだけど、最近一緒に働いてる相棒が出かけてるのでちょうど人手が足りなかったのだと言う。
「宝の塩」は宝島産っていうブランドで結構人気があり、最近は塩の生成途中にできる「にがり」がダイエット飲料として注目されていて、そっちの方にも手を出してるのでかなり忙しいみたい。
よかった。
働かせてもらえるなら少しは緊張がほぐれる。
「今日からここで寝泊りして。」
海辺のだだっ広い空き地に停めたキャンピングカーで寝泊まりさせてもらうことになり、荷物を置いたら牧口さんが島を一周案内してくれた。
島は周囲13km。
その昔、キャプテンキッドが財宝を隠したと言われていて、整備されてない鍾乳洞や洞穴がたくさんあり、冒険心を掻き立てる。
海岸は隆起珊瑚がゴツゴツと広がっており、何十メートル級の巨大な岩がボコボコとそそり立ってる。
海も沖縄の離島に負けないぐらい透き通っている。
昼に牧口さんちに戻ると、お昼ご飯が出てきた。
うー……めちゃくちゃ恐縮…………
ご飯美味しい…………
「それじゃあ僕らは子ども達の文化祭に行ってくるから。家出るときは玄関だけ閉めてね。」
そう言って出かけて行って、家に1人残される俺。
…………えっ、いや、あの……さっき知り合ったばっかりなんですけど…………
あまりにソワソワするので、貸してもらった軽バンに乗って海岸に行ってみた。
車を止め、ひとりトボトボ歩く。
人っ子1人いない寂しげな光景。
結構歩くと、目の前に真っ二つに割れた巨大な岩が出現した。
バカと煙は高い所が好き。
よし、登るか。
20mぐらいあったかな。
険しい岩肌をシコルスキーのように登っていく。
鳶をやってた俺なので身軽さには自信がある。
でも途中からちょっと難しくなってきたので、くぼみにデジカメを置いて、両手を自由にして更に登った。
ウェスタンブーツでロッククライミングなんてするもんじゃない。
やっと頂上にたどり着くと、デジカメを置いてきたのが悔やまれた。
丸みを帯びた海に、ポツンポツンと浮かぶトカラ列島の島々。
晴れ渡る空。
あまりにも開放的な気分に、なぜか性欲が湧いた。
服を全て脱ぎ、丸裸で両手を広げ、風を受けた。
あー透明になって飛んでいきそう。
こんな忘れ去られたような島の大きな岩の上に立っていると、自分の命をはっきり感じることができた。
てっぺんでオナニーして、また命がけで岩を降り、牧口さんの家へ戻った。
「家族で奄美に行ったときにね、台風にあって動けなくなって、お金も底をついて、どうしようもなくなった時に藤井さんに助けてもらったのよ。」
みんなで晩ご飯を食べながら奥さんがそう話してくれた。
見ず知らずの俺にこんなによくしてくれるのは、藤井さんに対する義理があったからなんだな。
満腹になり、テレビを見てると、ろくに寝てないせいで、いつの間にかコックリコックリしていた。
「そろそろ送っていくよ。」
と牧口さん。
夜空には月。
その月に照らされたキャンピングカーは、まるで海に浮かんでいるかのようだった。
牧口さんを見送り、車の中のベッドに横になり寝袋に足を突っ込む。
窓から星が見えるよ。
虫が鳴いてる。
1人の夜が寂しくないのはなぜだろう。
1人きりの夜というこのシチュエーションを純粋に楽しんでるなんて初めてのことかもしれない。
翌朝、何か変な音で目を覚ました。
ボエェェェエエエェエエエエエエエ…………
ヴォォオオウキュッ!!!キュボッ!!!
ボオオオォォォォォォォウウウウウウ…………
な、なんだ?
なんかの鳴き声?
なんか島特有の変な動物でもいるのか?
まだ太陽が登る前の朝早い時間。
寝ぼけ眼をこすってキャンピングカーを降りた。
すると、ゴツゴツの岩場が広がる原野の中、流木の上に何か人影らしきものが見える。
誰だ?こんなところで…………
おそるおそる近づいていってみると、やはりそれは人で、流木の上に座って何か見慣れない木の棒を口に当てて音を鳴らしていた。
「どうもー。」
「あー、どうもー。」
ドレッドヘアーにゆるゆるの服、破れたズボン、
いかにも旅人ヒッピーという感じのそのお兄さんが吹いているのはディジュリドゥという楽器だった。
オーストラリアのアボリジニの楽器らしく、循環呼吸で音を鳴らし続けるものなんだそう。
近くにはテントが張ってあり、その中に彼女さんがいて、2人でこのトカラ列島を気ままに旅してるところらしい。
筋金入りの旅人だなぁと、しばらくその不思議な光景を眺め、またキャンピングカーに戻ってベッドに倒れた。
次に目を覚まして窓の外を見ると、近くにある塩を作る建物の前に牧口さんの軽バンが停まっているのが見えた。
「やばっ!!」
ダッシュで走ってて中に入ると、牧口さんが1人でイスに座って作業していた。
「すみません、7時って聞いてたのに。」
「あ、おはよう。よく眠れた?」
「え!?あっはい、遅れてすみません。」
「あーいいよ。俺も今来たところだから。」
お手伝いの内容は、牧口さんが作ったにがりのボトルにシールを貼っていくというもの。
シールを貼ったらビニール袋に入れ、ダンボールに詰め、梱包する。
ご飯や寝床のお礼をしたいので、ひたすら黙々と手を動かし続けた。
一通り終わったのがちょうど17時。
晩ご飯まで時間があるので、車を借りて1人でドライブした。
島の先っぽにある灯台に行くためには車を停めて歩かなきゃいけない。
牧場の中を歩き、なんだお前って目でこっちを見てる牛たちをかいくぐり、有刺鉄線をくぐりぬけ、やっと灯台に着いた頃には夕日が綺麗だった。
近くの巨岩に登り、岩の上に座り、ボンヤリ夕日に染まる海を眺めた。
こっちの海の向こうには、たった今本物の愛を見つけた美女がいる。
あっちの海の向こうには、たった今人を殺すための武器を完成させた俺と同い年の男がいる。
そしてあっちの海の向こうには、たった今、俺を想ってくれてる美香がいる。
みんな、みんな、地球という星に生きる人間という一種の動物なのに。
どこに行けばいいんだろう。
俺はどこに行くべきなのかな。
次の日もラベル貼りの作業に没頭した。
牧口さんとこで作ってる塩は、他のとこに比べると安い。
それで結構注文が来るんだけど、とてもじゃないけど人手が足りなくて、ちょっとずつしか出荷ができないんだそう。
1本あたりの利益もわずかなもので、内職程度のもんだよって牧口さんも笑ってる。
家に戻ってお昼ごはん食べてると、集落内放送が家の中のスピーカーから流れる。
「フェリーとしまは12時40分ごろに小宝島を出港します…………」
「よし、そろそろ行くかー。」
フェリーとしまは奄美大島と鹿児島を結ぶフェリー。
途中でこの十島村といわれる有人島7、無人島5を含むトカラ列島の島々に寄港していくわけだけど、島民たちはこのフェリーしか外部とのつながりがない。
だから3日おきとかにやってくるフェリーにはたくさんの物資が積んであり、フェリーがやってくるときは、島民のほとんどが港に集合する。
霧の煙る海の向こうから霧笛を響かせながら現れたフェリー。
バーンという音とともに紐のついた錘が陸に向かって放たれた。
紐をたぐるとぶっといロープにつながっていて、それを岸壁にでっぱってる鉄のやつに引っ掛ける。
タラップを人力でひっかけると、船内から遺骨の箱と、遺影を持った人たちの行列がぞろぞろと降りてきた。
この島で生まれた人なのかな…………
死んだら生まれた島に骨を埋めてくれと言い残して死んだのか。
泣きじゃくりながら降りてくる親族たち。
とても奇妙で、悲しい光景だった。
工場に戻り、17時までラベル貼りをやったら、今日は週3日のお楽しみ、温泉の日。
島の中に島民のための共同浴場があるらしく、みんなでそこに入りにいくことに。
昔は毎日入れたんだけど、水代やら電気代などの問題で、今は火・木・土曜しかやってないとのことだ。
はああああ、丸3日ぶりの風呂が温泉。
マジで最高だった。
家に戻り、暖かい晩ご飯を食べ、キャンピングカーに送ってもらった。
「明日6時半に迎えに来るから。」
明日の朝のフェリーで宝島を出発する。
こんなに何もかもお世話になって、少しはラベル貼りでお礼ができただろうか。
いつかまた会える日が来るかな。
またこの宝島に来ることがあるだろうか。
キャンピングカーの中、黙々と日記を書く。
牧口さん、ありがとうございます。
リアルタイムの双子との日常はこちらから