ヤンバルクイナって言葉は聞いたことあったけど、これって鳥の名前らしい。
沖縄本島最北の岬、辺戸岬で、朝方にごく稀に見られるんだそう。
運がよかったら見られるかなと、そんなことを思いながらヤンバルに向かう車の中から外の景色を眺めている。
窓の外に通り過ぎていく深い森には、内地では見ないような南国の植物が混じっている。
車を運転しているのは派遣会社の男の人。
タイ米のバイトが終わって、新しいバイトを紹介してもらったんだけど、そのバイト先がヤンバルの奥地にあるとんでもない山の中なんだそうだ。
その名も「奥」という地名の場所で、沖縄の人ですら行ったことがない人がいるくらい深いジャングルに囲まれており、そのジャングルの中にある養豚場で毎日5千頭の豚に餌をあげるというのが今回のバイトみたい。
聞くだけで恐ろしい…………
何時間走っただろう。
ヤンバルの中にある辺土名という寂れた田舎町に着いた。
連れて行かれたさびれた民宿に入ると、部屋にはなんとテレビと布団があった。
うおおおおおおおおおおおおお!!!!
布団とテレビがあるううううううう!!!!
こ、こんな贅沢な部屋で寝泊まりさせてもらえるんですああああああああああ!!!!
いや、テレビと布団なんてめちゃくちゃ普通のことなんだけど、今の俺にはそれがすさまじく嬉しい。
部屋の中にはすでに何人かの荷物が置いてある。
すでにバイトに来ている人たちがいて、みんなでこの大部屋で雑魚寝しているみたいだった。
2日ぶりのシャワーを浴び、このまま爆睡しようかと思っていると、エサやりバイトに行ってる数名のメンバーが仕事を終えて帰ってきた。
その中にはなんと、安宿「南風」で俺にユイマールの言葉を教えてくれたあの兄さん、チャーリーさんがいた。
「チャーリーさん!!こんなとこいたんですかー!!」
再会を祝して飲みに行くぞということになり、うすら寂れた町の中のスナックに2軒行き、2人とも死ぬほど泡盛を飲みまくった。
町の中でやってたささやかなお祭り。
明日がバイト初日なので早めに帰ろうと言っていたのに結局宿に帰ったのは夜中の1時半。
ゲロ吐きまくって寝た。
こうしてヤンバルでの豚との生活が始まった。
臭すぎる。
もう臭すぎる。
「ブヒーーー!!!」
「ブキュウウウウウウ!!!!」
という豚たちの絶叫の中、口で呼吸しながら餌をやってまわる。
小便と大便を塗ったくった細い通路を、エサ袋を積んだ台車を押していくんだけど、柵の間から豚が鼻をねじ込んで足に噛みついてきやがる。
これが結構痛い。
何しやがんだオラァ!!って空のエサ袋で豚をブっ叩くと「ブキューー!!」と叫んで逃げていく。
でもすぐさまUターンしてきてまた噛みつこうとしてくる。
溝の中ではウジの大運動会。
一歩進むごとに砂埃のように舞い上がるハエ。
先の台風で自動でエサを供給する機械が壊れたらしく、復旧するまで人の手でエサをあげないといけなくなったみたい。
豚小屋の屋根もぶっ飛んでおり、日差しが暑くてしょうがない。
あまりの臭さに胸が気持ち悪くて昼飯もロクに食えない。
強烈だったのは病棟での出来事。
手伝って、と言われて病気にかかった豚を隔離してる場所に行ったんだけど、職員さんがその中から一頭の豚の耳を鷲掴みにして引きずり出した。
「ガーーー!!!」
「ギュウウウウウウウ!!!!」
と思わず耳を塞ぎたくなるほどの大絶叫をあげる豚の鼻に、カウボーイみたいなロープの輪っかを引っ掛ける職員さん。
すると職員さんはいきなり手に持ったカッターナイフで、その豚の後ろ足に出来ているソフトボールくらいの大きさのデキモノを横一文字に切り裂いた。
練乳のような膿が勢いよく飛び出し、職員さんはそのデキモノを素手で揉みしだく。
白いドロドロが赤く変わってきたら、その中に消毒液のようなものをぶち込んで、豚を柵の中に戻した。
あああ………
海が綺麗だなぁ………
マジで吐きそう。
体力的にはタイ米のほうがキツいけど、この臭さはヤバすぎる。
頭おかしくなりそうだ。
でも生活は規則正しく送れた。
17時半に作業を終えると、宿に戻ってシャワーを浴びる。
クーラーにあたりながらテレビでガチンコを見て布団の上で寝る。
こんな良い生活をさせてもらってお金ももらえるんだからありがたい。
毎日毎日、豚と格闘。
雨が降った次の日には餌箱の中のエサが濡れてぐちょぐちょになって詰まってしまい、それを手で掻き出す。
ウジとハエと、ウンコより臭い腐ったエサを手で掻き出す。
マジで鼻が取れそうだ。
そんなある日、バイトをサボってどっか行ってたチャーリーさんから仕事終わりに電話がかかってきた。
「お前今から軍のビーチ来いや。」
すでにチャーリーさんは酔っ払っており、言うだけ言って電話を切った。
どうやらこの辺土名の近くにアメリカ軍の保養施設みたいな場所があるんだそう。
昨日、バイト代が入ってちょっとリッチになったのでタクシーで軍のビーチに向かった。
普通は一般人は中に入ることはできないんだけど、今泊まってる宿の大家さんの身内が基地の中で働いてるらしく、そのコネで上手いこと中に潜り込むことができた。
アメリカ人だらけの敷地の中を歩き、チャーリーさんと合流し、売店でビールを買って軍のプライベートビーチでそれをあおった。
6缶で3ドル。
すごく安い。
夜風が柔らかい。
ここは日本だけど、アメリカ。
それから2千円をドルに両替してカジノで遊んだ。
アメリカのコインをちゃんと見たのはこれが初めてだった。
「big joe & phantom309」というトムウェイツの曲があるんだけど、その歌の中でビッグジョーがヒッチハイカーに、
「コーヒーでも飲んでいけ」
とダイム(10セント)を放り投げるシーンがある。
ずっと大好きなあの曲。
とりあえずダイムを3枚ポケットに入れた。
「帰りたくないよー。」
とごねるチャーリーさんを引っ張り、宿までチャリを2ケツして帰った。
中学生のころから洋画や洋楽ばかりに慣れ親しんでいたので少しは英語もわかると思ってたのに、いざ本物を目の前にすると全然喋れなかった。
ああ、もっと英語勉強しなきゃなぁ。
そんな息抜きもありながら、豚の餌やりを毎日頑張った。
どうもこんにちは。
台風でエサが敷地内の地面全てに撒き散らかされているんだけど、それが腐ってしまってどこに行っても激臭を放っている。
一通り豚にエサをやり終えると、今度はその腐ったエサを捨てる作業。
マジで笑顔を失ってしまうそうになる。
スコップでネコ車に乗せて遠くに捨てにいくんだけど、スコップを入れるたびに数万匹のハエがズバアアアアアアアア!!!と音を立てて舞い上がる。
とてつもない数のウジムシがそこらじゅうで蠢いているのでデジカメで撮ったけど、こんなのホームページに載せたら誰も見てくれなくなりそうだからやめとこう。
ちなみにチャーリーさんはこのところ毎日サボってバイトに来ていない。
そんないい加減なチャーリーさんなんどけど、すごくいい話を教えてくれた。
チャーリーさんはもともと神戸の人で、バーテンやったり、農業やったり、いろんな経験をしてる人で、っていうか名前をいくつも使い分けてたり、わけを聞くとどうやら警察に追われてるらしく、一体その経歴のどこまでが本当なのか、全く謎な人だ。
そんなチャーリーさんは沖縄に来て5ヶ月、金がなくなるとバイトして生きてるらしいが、ちょっと前まで麻を編んで売って、生活していたという。
麻?
麻紐のことだ。
元手1000円あれば、調子のいいときは1万円ぐらい余裕で稼げるらしい。
「お前ギター弾きながらケースに麻並べれば、内地じゃかなり儲けられるぞ。編み方教えたるわ!!」
宮崎のシンガーソングライターのTEDDYさんという人は俺の音楽の師匠で、レザークラフトマンでもある。
毎日のようにTEDDYさんの店「Teddy’s」に顔を出していたので、彼が目の前で作り上げていく革製品をいくつも見てきた。
手作りにしかない味というものに憧れを持ってたので、いつかそういう物を作りたいと考えていたんだよな。
色々話を聞くと、クソみたいなものでも1個500円とかそんなとこで売れるらしいが、ビーズやら石やら、編み方やら、突き詰めていけばめっちゃ奥が深いらしい。
水曜までチャーリーさんと同じ宿になる予定なので、基礎だけでも教えてもらおう。
あー!!また勉強することが増えた!!
がんばるぞ!!!
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