スポンサーリンク すごい町を見つけてしまった 2017/1/6 2016/12/01~ イギリス, ■彼女と世界二周目■ 2016年12月25日(日曜日)【イングランド】 スカボロー ~ ウィットビー誕生日から一夜明け、車から出るととても清々しい青空が広がっていた。目の前に広がる青い水平線の向こうで低い太陽が輝き、様々な影を吹き払っていた。風はここ数日と変わらず暴風で、海も荒れている。気温はそんなに低くなくて10℃以上あるんだけど、あまりにも風が強くて寒くてすぐに車に戻った。今日はクリスマス。この次の日に知ったことだけどジョージマイケルが死んだようだった。あの有名なラストクリスマスは今年も何回聞いたかわからないくらいどこでも流れていた。きっとこれからも世界中のクリスマスを彩り続けるはず。切なく、胸が締め付けられるメロディとジョージマイケルの歌声。そんなジョージマイケルがクリスマスの日に死んじまうなんて皮肉なのか本望なのか。でもこれでジョージマイケルは伝説となり、彼の残したあのメロディはこれからもクリスマスの定番として生き続ける。車を走らせ、美しい海岸線を北に走る。なにもない静寂の一本道。草原が広がり、羊が白く散らばり、石積みの塀が絵画のようにのびている。その向こうに時折水平線が見え、いつかの風景と重なる。そうしてしばらくすると小さな港町に入ってきた。赤い屋根の民家が並んでおり、町の真ん中に入り込んだ港にはたくさんの船が静かに停泊している。のどかでいいところだなと思ったいたその時、通りの向こうにすごいものが見えた。町の真ん中に草原の丘が見え、そこに巨大な教会か何かの廃墟があった。ほとんど崩れて原型をとどめていないが、どうやらあれは修道院の廃墟のようだった。あんまりすごいので思わずそちらにハンドルをきり、坂道を上って丘のほうに行ってみた。やがて民家がなくなると伸びやかな草原が広がり、青空の下で馬が静かに草を食べていた。そんな開放的な風景の中に、ポツリと崩れた修道院がたちつくしていた。屋根はなくなり、壁の一部があるのみでかなり激しく風化しているが、わずかに修道院らしき装飾が見てとれる。青空の下で、その孤独なさまがあまりにも美しかった。すげえ、めっちゃすげぇぞここ。修道院の横に車を止めて周りを散歩してみた。この修道院は有料で中が見学できるようだけど、今日はクリスマスということで休みだった。すぐ横には大きな教会がたっており、こちらは現役のようで、クリスマスのミサのためにたくさんの人が集まっているようだった。教会の周りはお墓になっており、古い石板が無数に地面を覆っていた。それがまた壮観というかものすごくドラマチックな光景だ。青空、そして目の前の水平線、丘の上の古い石板。まるで昔話の中に迷い込んだかのような錯覚に陥ってしまう。その錯覚は、お墓の横から見渡す町並みを見てさらに膨れ上がった。坂道の多い港町らしく、細く入り込んだ湾を囲んでびっしりと赤い屋根の民家がひしめいていた。ウミネコがニャーニャーと飛び交い、郷愁があふれ出してくる。こいつはすげぇ………………カンちゃんが、魔女の宅急便の町だー!って言ってるけど、確かにそんなファンタジーの舞台になってもおかしくないほどの雰囲気だった。寂しげな港町、寂しげな石板が並ぶ墓場、静かな水平線、丘の上の修道院の廃墟は寂寥を体現している。吹き荒れる風で顔がかじかみながらも、いつまでもこの絵の中にいたいと思える。こりゃウィットビー、最高の町を見つけたぞ。この教会と修道院がある丘から、199段の石段を降りると町に繋がるんだけど、これがまたノスタルジックでしかない。民家の間から降りていく生活路地のような石段は、いつかの日本の港町を思い出させる。そんな石段を降りるとそこから町が始まり、静かな路地裏の通りになる。今日はクリスマスなので数軒のカフェが開いているだけで町の店はほぼ全て閉まっており、静寂が石畳の上を流れていた。通りにはお土産物屋さんが並んでおり、どうやらそこそこの観光地のようだ。普段は結構観光客で賑わってるのかもしれない。でも、今日のこの町の機能が停止した様子がよかった。時間が止まった港町は、世界に取り残された漂流船のよう。港に出て対岸に渡るとお買い物通りがあり、ハーバー沿いにはバーやレストランがある。そこから海に向かって遊歩道があり、真っ直ぐ行くと大きな桟橋が海に突き出していた。この海の向こうにはオランダ、デンマーク、ノルウェーがあり、海賊たちが支配していた北海という海が広がっている。この寂しげな町をさらに魅力的にしているのが、あのキャプテンクックがこの町の近くの村出身だという歴史だ。1700年代に、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイなんかの当時まだ世界に知られていなかった島を発見した偉大な航海士。かつて世界の海をまたにかけたあの冒険家もまた、この港からはるかな世界を夢に見ていたのかな。さらに面白いのはこのウィットビーは、あのドラキュラの小説の中でドラキュラ伯爵が漂着した町としても知られていること。ドラキュラの作者であるブラム・ストーカーがさきほどの丘の上の修道院の廃墟と教会を見てインスピレーションを受けてドラキュラを生み出したという。ロマンとファンタジーに満ちたこの小さな港。旅人としてここに来られたことに不思議な縁を感じずにはいられなかった。ハーバー沿いにあったカフェでカプチーノを飲み、少しネット作業をしてから車に戻り、この夜は丘の上の草原の中に寝床を決めた。海が暗闇に沈み、草原も姿を消すと、星空がとても鮮やかに星座を描いた。その星座の下に、ポツリと修道院の廃墟がライトアップされて浮かんでいる。物言わず、暗闇の中にうずくまっている。ひと気はなく、広大な闇の中に俺たちの車が1台。世の中の喧騒はここにはない。クリスマスの夜が静かに終わっていった。