2016年3月31日(木曜日)
【バングラデシュ】 ダッカ
ファンが天井でぶんぶん回っている。
真っ暗な部屋。
今何時なのかもわからない。
固いベッドの上で寝返りをうつ。
廊下から人の話す声が直接聞こえてくる。
壁が薄すぎる。
あまりに音が筒抜けなので、隣の部屋のドアが閉まる音が自分の部屋のものではないかと思ってしまい、ビクッとしてしまう。
尾行されていてホテルの部屋で殺されたという外国人の話を思い出すと、宿の個室ですらそこまでリラックスできない。
おかげで怖い夢を見てしまって、目が覚め、時計を見たらまだ朝の6時だった。
1人でうずくまる。
何かにくるまりたくてもブランケットすらない。
ベッドの上にただ横たわるだけだ。
それからもう一眠りして、9時に目を覚ましてシャワーを浴びた。
今日はひとつ用事が入っている。
おとといカンちゃんとメールしているときのこと。
カンちゃんがこんなことを言った。
「バングラデシュならダッカに友達が住んでるから会いに行ったらいいよー。」
俺は覚えてなかったんだけど、一度大阪のハービスエントの地下をカンちゃんと歩いている時に挨拶を交わした女の子が、現在このダッカに住んでいるらしい。
旦那さんが日本人学校の先生として赴任してきているようで、一緒に暮らしているんだそうだ。
メールをしたところ、どうぞどうぞー!!来てくださいー!!とめっちゃ明るい感じで返事をいただいたので、せっかくなので厚かましいけどお邪魔させていただくことに。
カンちゃんの友達はみんな明るくて元気な子ばかり。
友達を見たらその人のことってわかるよなぁ。
ていうかこのバングラデシュでもやっぱり日本人住んでるんだなぁ。
JICAが全員撤退したって聞いてたから、結構意外だった。
昨日見つけた野良ワイファイの飛んでいる道端に行き、屋台のチャイ屋さんで朝の1杯。
6タカ。8円。
このオッちゃんがとても優しいし、チャイの砂糖を練乳ミルクみたいなので作ってるので味がかなり好み。
ふぅと一息ついて、タバコに火をつけてワイファイにつなぐと、汚い路上が快適なカフェに返信する。
座るのはボロボロ長椅子で、たまにオッちゃんが洗った水をバケツに放り込んだ時のしぶきが足にかかるのはご愛嬌。
テレビなんてないけど、目の前はリキシャーとトゥクトゥクが飛び交い、バスの運転手が怒号を叫び、クラクションが鳴り響くハリウッド映画も真っ青な地獄絵図で退屈しない。
おまけに昨日の夜は雷がゴロゴロと鳴りまくって雨が降っていたので、マジで地面が終わってるという素敵なサプライズ。
下水がちゃんとしてないので冠水してドロドロのべちゃべちゃで、汚水という汚水が足元に溜まり、生ゴミの臭いと排気ガスとクラクションとクラクションとクラクションとおおおおおおおおお!!!!!!!!!!
チャイが美味い!!!!!!
ていうかこんなに暑いのになんでここら辺の人って熱いチャイを飲むんだろ。
余計暑くてたまらんわ。美味しいけど。
チャイとタバコのコンビネーション最強だ。
子供のほっぺたをムニムニ揉みながらメールの返事を書いたら、そろそろカンちゃんの友達のところに向かおう。
お友達さんが住んでるのは俺がいるモティージール地区から北に車で1時間の距離にあるバリダラというエリアらしい。
ダッカはなかなかでかい。
そして交通網がぐしゃぐしゃなので距離のわりに地面がかかるようだ。
バングラデシュ名物のリキシャーに乗ってみようかなと思ったけど、散策もかねてしばらく歩いてみた。
まぁ町の様子はとにかくひどいもんで、とにかくゴミだらけ、道は排水の穴だらけ、電線はマジで1発で感電しそうなほどグチャグチャにからまり、建物は全てが廃墟のようだ。
バングラデシュは1971年に独立した国ではあるが、もちろんそれ以前から人は住んでいる。
現在、ようやく経済が上向きになってきたところなんだよと地元の若者は言ってたけど、未だアジア最貧国という肩書きは伊達じゃない。
きっと貧富の差が天と地ほどかけ離れたいびつな成長をしているところなんだろう。
しかし国の成長なんていびつなのが普通だよな。
いつかは先進国になるのかもしれないけど、とりあえずゴミをどうにかしよう。
歩いてて、ふたつのことを思いついた。
日本のゴミ拾いの人みたいに、バングラデシュやインドでも、ゴミに値段をつけて自治体が買い取ったらいいのに。
ダンボールとか、空き缶とか、日本だったらホームレスの人がたくさん集めてそこそこいい値段にしている。
そしたら町も少しは綺麗になるし、仕事のない人の支援になる。
あともうひとつは、インドとバングラデシュで走る車両のクラクションを全て木っ端微塵に破壊すること。
そしたら静かになるし、ルールを守らざるをえないし、譲り合いをせざるをえないので交通がスムーズに行くと見せかけて誰も譲り合いなんてせずに我先に突っ込んでいってこの世の終わりみたいなことになって交通が全て崩壊。終了。
もう本当ひどい…………
この人たちに交通ルールを守らせるにはどうすればいいんですか?
なんで赤信号で待つのを我慢できないんですか?
待ちきれずにイライラしてきて、知らん!!って突っ込んでいって反対車線に無理やり割りこもうとして入れずに道を塞ぎ、そこにバスが突っ込んできて目の前まで来てクラクション押しっぱなしで鼓膜破れそうになってる隙間をリキシャーがウヒョウ!!とすり抜けていくかと思いきや溝にはまって動けなくなったところにバイクがクラクション鳴らしながら突撃してきて交差点が終わってる横で美味しいよー!ってスイカ売ってるおじちゃんの鼻毛がすごい。
どうしようもねぇ…………………
そんなドリフを見ながら1時間くらい歩き、ちょっと疲れてきたのでバスに乗ることに。
さっき崖から転げ落ちてきました!ヨロシク!みたいなバスがやってきたので乗り込んで揺られること15分ほど。
バス停とか多分ないのでテキトーにスピードが落ちたところで飛び降りた。
地図を見ると確かこの辺りのはず。
うん、確かにこの近くだ。
ここから左に曲がったエリアにお友達のお住まいはあるはず。
しかし、不思議な光景にぶち当たった。
道の横にコンクリートの壁がどこまでものびている。
この壁のおかげで左に曲がることができない。
地図を見ると、もうすぐそこだ。
この壁の向こうに家がある。
しかし中に入れない。
壁の上には有刺鉄線が張り巡らされており、まるで刑務所みたいな雰囲気だ。
壁の向こうには綺麗なアパートが並んでいるのが見える。
これってまさか、外国人の居住地区だからこんなに警備が厳重にされてるってことなのか?
現地の人間が自由に出入りできないようになってやがる。
はるか先までどこまでも続くコンクリートの壁。
ど、どんだけ隔絶されてんだよ………………
そんなに治安悪いのかよ……………
おかげでものすごい遠くまでぐるーーーっと歩いて、ようやく見つけた壁の入り口がこれ。
分かりにくいよ……………
そしてもっとちゃんとしたゲートじゃないのよ……………
恐る恐るその入り口をくぐった瞬間、世界がガラリと変わった。
え………なにこの静寂……………
クラクションの音がしない。
めっちゃ静か。
そして目の前にのびる道の両側には綺麗なアパートが並び、それぞれのエントランスに警備員さんがしっかり立っている。
こりゃすげえ。
住んでる人間が違うとここまで町も変わるか。
それにしてもお腹があんまり空かない。
昨日の昼飯からだからもう24時間なにも食べてないのに。
その前も24時間食べてなかった。
1日1食なのに全然お腹が空かないんだよなぁ。
やっぱりバングラデシュという国に気が張ってるのかな。
「あ、金丸さんですか?あー!はじめましてようこそー!!」
教えていただいていた住所の前で待っていると、日本人の男性が出てきて声をかけてくださった。
このかたが日本人学校で先生をされているハヤトさんだ。
「どうぞどうぞ、入ってください。」
まさかのエレベーターという現代的な乗り物に乗って部屋に到着すると、そこはもうめっちゃ広々とした素敵なお宅だった。
「金丸さん来たよー。」
「あー!金丸さんどうもお久しぶりですー!」
カンちゃんが太陽みたいな子だよって教えてくれていた奥さんのマミさんは、例えの通りに笑顔のまぶしい可愛らしい人だった。
マミさん、ハービスエントでお会いしたの覚えてなくてすみません!!!!
「どうぞ、ゆっくりしていってください。じゃあまずはこれからでよろしいですか?」
神の飲み物出てきた。
「い、いやぁ!!本当参っちゃうな!!カンちゃんから僕がビール好きなこととか聞いちゃってたんですか!?いやー、インドで酒が飲めなくて頭がおかしくなりかけてたのにハイネケンとか本当もうオムツはありますか?漏らすかもしれないので。」
「大げさなんですからー。はい、これ食べてくださいね。」
「すみません。手遅れです。もう漏れました。」
天婦裸きた。あ、字間違えた。
裸の婦人あああああああああああ!!!!!!
「ハァハァハァ…………ハヤトさん、ま、まさかとは思いますけど………………まさかとは思いますけども!!!!…………この横の器には………なにが入ってるんですか……………?まさかだし汁4、醤油1、砂糖1でできたアレじゃないですよね………?」
「天つゆで、」
「ハゥウ!!!!」
「お蕎麦もどうぞー。」
「の、海苔が散らしっちゃれられりれられ!!!!刻みネギが入っちゃれられるりれられ!!!!!」
思いっきりすすりすぎてむせて鼻からソバ出かけた。
なんでこんなに美味しいんだろう。
もうインドで生活してるからよく分かる。
この味はインドには1億パーセントない。
こんなに美味しいのに世界共通じゃないってなんでなんだろう。
まぁインド料理も美味しいけど。
いつも思う。人間の味覚の違いについて。
言葉を話せない赤ちゃんがいつしか親の言葉を真似して言葉を話せるようになる。
アメリカだったら英語を喋りだすし、日本だったら日本語を喋りだすし、ドイツだったらドイツ語を喋りだすし、アフリカの僻地だったら部族の言葉を喋りだす。
赤ちゃんはまっさらだ。
何にもないところに新しいものを吸収していく。
それと同じように人間の味覚も育つ環境で変わっていくと思う。
日本人だったら日本食を美味しいと思うようになるし、エジプトだったらコシャリやべぇってなるし、ロシアだったらなんで世界中でピロシキ食べてないの?アホなの?って思うようになる。
だったらこの広い世界、めっちゃ変な食べ物があってもおかしくないはず。
これだけいろんな地域と人がいるんだから。
でもだいたいどこの国に行っても、よほどイカれたものでない限り食べ物は美味しい。
人間が何を美味しく感じ、何をマズイと感じるか、ある程度インプットされてるんじゃないかなって思える。
不思議だなぁ。
もう本当ソバ美味しい。
「いやー、まぁ確かに事件は起きてますね。でも普通に暮らしてる分にはそない危険は感じへんし、みんないい人ばかりですよ。」
大阪出身のハヤトさんとマミさん。
日本では中学校の先生をしていたそうなんだけど、このままでいいのかと自問自答し、自ら希望して海外の日本人学校への転勤を出願したんだそう。
結構簡単に申請は受かるって聞いてたのに、2年も落ちてしまい、3年目にようやく合格。
自分から任地の希望は出せないらしく、言い渡された国がバングラデシュという謎の国だったという流れらしい。
海外の日本人学校の先生ってそうやって派遣されていくもんなんだなぁ。
「日本では大きな学校の中でたくさんいる教員の1人として教えてましたけど、ここでは教員は7人です。だから授業にしても学校行事とかも全てに関わらないといけないんですよ。忙しいですけど、それがすごくやり甲斐がありますね。」
生徒数は30人だったかな?15人だったかな?酔っ払っててちゃんと覚えてない…………
それらの子供はバングラデシュに派遣されてきてる駐在員さん家族の子供たちだ。
この治安が悪いと報道されているバングラデシュにこれだけの日本人がいることにまず驚いた。
そうした駐在員さん家族はほとんどこのバリダラ地区に住んでいて、このアパートの上の階にも日本人が住んでいるそう。
ひとつ向こうの通りにはアメリカ人がわんさか住んでるらしい。
「配属先がバングラデシュって聞いて、マジかー………って思わなかったですか?」
「んー、別に何も思わなかったですよ。家族や周りの人は大丈夫なの?って心配しましたけどね。そんな中でマミちゃんは、行きたいー!って言ってくれて、この人だなって思いました。」
「バングラデシュでの生活なのに行きたいって思ったんですね。」
「えー、だって楽しそうですやんー!」
ニコニコ明るく笑うマミさん。
んー、カンちゃんの友達はみんなキラキラしてる人ばっかりだなぁ。
今現在、すでに2年バングラデシュで勤務しており、延長申請を出してもう1年滞在することになっているハヤトさん。
それほどこのバングラデシュが魅力的なところなんだろう。
治安については田舎に行けば危ないが、このダッカは比較的安全というふうに感じてらっしゃるようだ。
ただハヤトさん夫婦は外出する時は運転手つきの車で移動されていて、あまりむやみに町歩きするのは控えているとのこと。
常日頃から気をつけることが習慣化してるんだろうな。
これ日本語学校の文集。
日本人グループが作ったバングラデシュのゆるキャラ、バントラ君。
顔キレすぎ。
綺麗な部屋、美味しい日本食、ビール、日本語の会話、カンちゃんの友達という安心感。
久しぶりにここが外国だということを忘れられるほどリラックスすることができ、気がつけば4時間もお邪魔してしまった。
帰りは運転手さんの車で宿まで送っていただくことができた。
ハヤトさん、マミさん、今度はカンちゃんと一緒にお会いしましょう!
次は大阪かな。
どうかお気をつけて残りのバングラデシュを楽しんでください!!
ありがとうございました!!
さっきまでスコールが降っていたせいもあって、17時過ぎのラッシュアワーの道路はもうひどいもんだった。
溢れかえる車とリキシャーとバイクと人が、べちゃべちゃの泥水で覆い尽くされた道を行き交っている。
あちこちで道路工事が行われており、道の真ん中にガッポリ穴が開き、そこに水がたまって池になっている。
放置されたコンクリートブロックや鉄筋の山はキチンと囲いなんかされておらず、工事現場の中ですら人やリキシャーがギリギリで通り抜けている。
穴を掘るのも重機なんか使わずに大ハンマーと鉄杭の人力だ。
泥まみれになった労働者が細い腕でハンマーを振り下ろしている。
今、バングラデシュは成長しているところなんだよと若者が言っていた。
何を作ってるかわからないが、いたるところで工事をしており、これからどんどん整備されていくはず。
下水も整備され、雨が降るたびに町が沈没するようなことがなくなる日もきっと来る。
それは寂しいことなのか?
よくバッグパッカーが数年ぶりに東南アジアなんかを訪れた時に、町の変貌ぶりに寂しさをおぼえたという話を聞く。
ビルが並び、道路が舗装され、綺麗なネオンが瞬く近代的な風景に変わっているからだ。
あのころのごちゃごちゃした町並みや無秩序な活気がなくなり、ノスタルジックを感じることもなくなる。
俺はまだ海外旅行は2回目なので、その感情は味わったことはない。
宿に送ってもらったけど、なんだか気分がよくて回りを歩き回った。
夕方の活気で町が猥雑に躍動する中、人に揉まれ、路地裏に迷い込み、泥水に足首までドロドロになりながら歩いた。
露店の明かりがこうこうと灯り、その隙間をムスリムの人たちが流れていく。
近代化で失われるものなんてたかが知れてると思う。
その国の大事なものは、いくら高層ビルが増えてもきっと残っていくはず。
旅のタイミングなんて運命だ。
その人が生まれ、その時が来た時に旅に出て、初めての光景を目にする。
ジョン万次郎の時代の旅も、沢木耕太郎の時代の旅も、インターネット時代の旅もそれぞれに良いところがある。
一瞬一瞬が新しいものであって、過去でも未来でもなく、今その時代はその一瞬にしか味わうことはできないんだ。
バングラデシュに巡り会えた縁に感謝しよう。