2016年2月21日(日曜日)
【インド】 ベロール
カデルの部屋はエアコンがすごく効いていた。
「インドの列車なんか嫌いだよ。だって汚いじゃん。」
という至極もっともなことを言うインド人であるカデルは、日本に来ていいホテルに泊まってユニクロで普通に買い物をするようなお坊ちゃんだ。
爺ちゃん婆ちゃんにお金を出してもらって、カデルのお父さんが作ったこの学校はかなり経営が上手くいってるんだろう。
なんせカデルのお父さんはこのアラコナムのロータリークラブの初代会長だ。
カデルに学校の中を案内してもらったんだけど、かなりの台数が揃ったパソコンルームがあったり音楽の楽器も充実している。
ただの裕福な、というかカデルの感覚ではノーマルな学校なんだそう。
屋上から見渡す土地は、ほとんどすべてがカデル家の持ち物なんだそう。
教室の黒板には、アホの俺にはまったく理解できない数式が書かれており、言語も全て英語だ。
カデルが言うには最近インドの偏差値はドンドン上がっており、センター試験的なものをしても満点が続出しており問題の改定をしなければいけないような問題になってるとのこと。
インド人はマジでもの凄く賢いようだ。
南インド、特にこのカミルナド州は社会保障がこれでもかと充実しており、貧しい人たちへの教育や医療がタダ、それだけでなくテレビやケータイ、お米さえも無料で受け取れるようなシステムができており、人々は優雅に暮らしているが、それもまた怠惰を生む原因として問題視されているとのこと。
一般的に考えられている、汚くて雑多でルールなんてほぼない国というイメージはここ南インドではまったく別物みたいだ。
ゴミはそこらへんに捨てるけど。
牛歩いてるけど。ヤギも。
カレー食べすぎ。
そして町を見たり、すでに何日もこのカミルナドに滞在しているショータ君が言う限り、このあたりにはストリートチルドレンはほとんどいないとのこと。
いるのかもしれないけど、まったく見かけない。
これはマズイ。
インドに来たのは、というかこの旅の目的はストリートチルドレンに音楽を教えて明日の飯の稼ぎを増やしてやることだ。
そのためにリコーダーを集めたし、賛同してくださった人がインドまでリコーダーを郵送してくださっている。
結構な送料だったと思う。
さらに俺も、その郵送した荷物の関税で昨120アメリカドルを立て替えてくれていたカデルに支払っている。
このリコーダーを無駄にすることは絶対にできない。
しかし今俺はカデルの学校に来て、昨日あれほどの歓待を受けた。
カデルやカデルのお父さん、さらに学校の先生たちの中では俺はこの学校で子供たちに音楽を教えに来た特別教師みたいになっている。
何もせずに出るわけにはいかない。
このカミルナドは俺の手助けなんてまったく必要としていないのに。
どうすればいいだろう。
「ハッピーモーニング!!」
カデルが爽やかに挨拶して、家族の皆さんとも笑顔で挨拶した。
ここに泊まっているのはショータ君と俺だけ。
カッピーとマキちゃんはここから10分ほど離れたアラコナムの町の中のホテルに泊まっている。
カデルがカッピーたちを迎えに行き、全員揃って朝ごはんを食べた。
もちろんカレーを。
今日はまずみんなで寺院に行こうということになっている。
カデルとカデルのお父さん、そして俺たちで車に乗り込み、運転はドライバーさん。
これがもうたまらなく怖かった。
インドの交通法規なんてマジであってないようなもの。
ていうかそもそもあるのか?
バス、トラック、車、バイク、トゥクトゥク、自転車が入り乱れる道路は車線なんて概念はほぼなく、誰もが好きなように追い越しをかけ、好きなところで停車する。
向こうからトラックが迫っているというのに追い越しをかけて突進していき、トラックをギリギリのところでかわし、その隙間をバイクがすり抜け、間一髪で爺さんが寝そべっていて、それを牛がまたいでいく横で魚をさばいているオッさんが包丁を振り下ろした時にヤギが女の子の髪飾りの花を食べようとしてお母さんが蹴とばして砂埃すごいっていうかラーメン食べたい。
信じられない状況だけど、それで事故が起きないんだからインド人の運転は逆にめっちゃ上手いんじゃないかと思える。
そんな手に汗握るドライビングテクニックでいくつもの町を抜けて走っていく。
極彩色の寺院、極彩色のサリー、極彩色の自然、極彩色の風が吹き渡り、インドの全てがそこにある。
「ホラ、あそこの岩山のてっぺんに寺院があるだろ?あそこはハネモンを祀ってるんだよ。」
ハネモンとはお猿さんの顔をしたヒンドゥー教の神様で、薬草を持ってきてくれと頼まれて薬草を採りに山にやってきたはいいものの、どれが頼まれた薬草かわからなくて仕方なく山ごと持って帰ったというファニーな神様。
寺院に登る岩山の下に、車を止めてくれたカデル。
そこには大きなハネモンの像がたっており、足元では人々が歩き回りながら祈りを捧げていた。
俺たちも靴を脱いでそこに近づいてみた。
跪き、倒れ伏し、炎を顔に浴び、ココナッツを叩き割っている人々。
頭に何かの塗料を塗りたくり、眉間にサフランをつけ、一心不乱に祈っている。
ふとそれが日本の田舎の観光地みたいに見えた。
例えば伊勢神宮だとか、山形の山寺とか、四国の善通寺とか、そんな行楽の宗教施設。
人々は日曜日の休みにそういった観光地に赴き、祈りを捧げ、また平日の仕事に明け暮れる。
人々の服装や神様の形は違うけども、根本のところは何も変わらないと思うと、このインドという混沌だとか異界とかそんな言葉で形容される国がとても普通に見えてきた。
なんだか、俺の中で大きな扉が開こうとしているのを感じて驚いた。
インドは、なにも不思議な国ではない。
この地球の中の1つのエリアで、人間の営みの1つの形でしかないんだ。
2時間くらい走ってたどりついのはちょっとした大きな町の中にある何かの施設だった。
役所みたいなこざっぱりした建物。
普通に中に入っていくカデルたちについて、俺たちも歩いて行くと、その建物のスタッフらしきおじさんが出迎えてくれた。
にこやかに笑うおじさんに案内され、建物の中の事務所に入って椅子に座る。
おお、なんだこれ、俺たちはどこにいるんだ?
戸惑っている俺たちにカデルがニヤニヤしながら言ってくる。
「安心して。彼は僕たちのキーなんだ。ショートカットのための。」
なにやらこれから向かう寺院はかなりデカい有名な場所らしく、インド各地からたくさんの参拝者が訪れ相当混雑するんだそう。
しかも敷地がスーパー広いので普通に参拝したらマジで1日がかりなんだとか。
それがカデルのお父さんのコネのおかげで、行列に並ぶことなくショートカットで回れるんだそうだ。
なのでカデルはこのおじさんのことを僕たちのキーなんだよと小声で教えてくれた。
「ユーアールード。」
「アッハッハッハー!!」
みんなで笑いながら鍵のおじさんについて、寺院へと向かった。
寺院の駐車場に着くと、案内係の人が俺たちについてくれ、チケットカウンターもろくに通らずに中へと入る。
ケータイやライターなどの持ち込みは禁止で、靴も履いてはいけないみたいだ。
なので写真はなし。
敷地に入ると、マジでスーパー広大で、はるか向こうに金色に輝く寺院が見えた。
この寺院を囲んで六芒星の通路が整備されており、かなりの規模の宗教施設だということが容易に想像できた。
ゴールデンテンプルと呼ばれる寺院はインドにはたくさんあるらしいんだけど、ここの寺院はマジで1.5トンもの金を使ったラグジュアリーにもほどがあるものだそう。
世界て2番目に金のかかった宗教施設なんだって。
ちなみに1番はバチカンのローマ法王がいるところ。
六芒星の通路をグルリと歩き、ようやく金の寺院に到達したんだけど、俺たちは参拝の順番を待つ長蛇の列の横を通って1番前へ。
そしてロープを持ち上げてもらって別通路から中に入ることができた。
こっちを見てニヤニヤしてるカデル。
本当ルードなやつだ( ^ω^ )
この寺院を作ったのはなんとかアンマっていうおじさん。まるで神様のように崇められてるプリーストだ。
誰もが知ってる色んな逸話がある人だけど、まぁ怖いからここには書かないでおこう。
青空と噴水、眩いほどにきらめく金色の寺院の前に座り、お坊さんのお経の声を聞いていると、ここが現代社会というかこの世の一部なのかと混乱してくる。
不思議な抑揚をしたそのお経が頭の中に滑りこんで、絡みついてくる。
あまりにも浮世離れしたそのシチュエーションは、どこかの異世界に迷い込んでしまっているんじゃないかと思えるほど。
しかしこれもまたれっきとした世界の一部なんだよな。
ゴールデンテンプルを参拝し終え、帰り道にあった古いインドのお城にも観光しに行き、いきなりこのタミルナドを満喫させてもらった。
カッピーの彼女のマキちゃんはこれが人生で初めての海外。
それがインドで、しかも日本人観光客に馴染みの薄いタミルナド州。
さらに地元の人にローカルな場所に連れて行かれて、現地の人とバレーボールをするというもう何がなんだかわからない状況だけど、カッピーの彼女になったなら仕方ない。
マキちゃんも楽しそうだ。
アラコナムの家に戻ると、美味しいお昼ご飯が用意されていた。
もちろんカレーなんだけど、今日は日曜日。
普段ベジタリアンのタミルナドの人たちだけど、日曜日だけはお肉を解禁するらしく、エビカレーにチキンカレー、魚のフライやオイルサーディンなど、あまりにも豪華な料理がバナナの葉っぱの上に並べられた。
「ぐおおおお!!!!美味すぎるうううううう!!!!!」
「やっば!!ヤバすぎる!!!これ本気で美味すぎる!!!」
ママの料理はマジで日本のインド料理屋さんなんか比べ物にならないくらい美味しい!!!
この現地で食べてるからってのもあるかもしれないけど、日本人の口にも合う味わいだ。
やっばい!!感動が止まらない!!!
インド料理って奥が深い!!!!
それからもマキちゃんのお土産のお買い物に行ったり、俺も服が欲しかったので探しに行ったりして、今日1日をとても有意義に過ごした。
そう、有意義な1日。
ふぅ、これをさらに有意義なものにしようか……………
「カデル、髪切りたいからローカルの散髪屋さんに連れてってよ。できるだけ汚いところ。」
そう、インドで髪を切りましょう。
こ、怖っ!!!!
インドで髪切ったらどうなるの!!??
鼻ひげになるの!?!?
やべぇ!!マハラジャ的になるの!!??
でもいい加減この暑いインドでロン毛はキツいんだよな………………
1年以上切ってなかったけど、もう思い切って バッサリやってしまおう!!!
というわけでカデルに連れてきてもらったのはここ。
アラコナムのカリスマサロン、スマートルック。
ぬぅ………普通にモダンなところじゃねぇか。
これだとあんまり面白くない。
「か、カデル、ここって綺麗なとこだよね。もっとこう汚くてさ、なんなら路上で切ってるオッさんとかそんな感じでいいんだけど………」
「アラコナムにはそんなとこはないよ。ここでいいじゃん。」
先進国大好きITボーイのカデルは、インドに住んでるけどインドの汚いところとは無縁の生活をしてる。
なのでわざわざ汚いところに行きたがるバッグパッカーの気持ちを理解できないみたいだ。
まぁ、探すのも大変だし、ここでいいかと入店した。
普通な髪型になっちゃうかなー。それもいっか。望んでダサい髪型になる必要もないか。
しかし…………………ここはインドだった。
「オーケー!!さーてカマスぜ坊や!!カレー最高!!ヒョウ!!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!!!」
まだどうして欲しいとか一言も言ってないのに即座にカリアゲにしようとしてきたので慌てて止めると、え?なにが?みたいなキョトンとした顔をしてるおじさん。
「モデル見せてください!ピクチャー!!」
「あー、オーケーオーケー!!はいどうぞ!!」
んー、ジョージクルーニー、カンちゃんが好きなんだよなぁ。
これは絶対ナシ。
ほぼカリアゲしかない中から、とりあえずこれかなというやつをチョイス。
こんな感じにしてくださいとおじさんに見せると、オーケー!と0.2秒くらいしか見てないのに写真を捨てて即座にハサミを持って後ろ髪バッサリ。
うわあああああ!!!!!まじか!!!!!
慌てふためく俺にカデルが言った。
「大丈夫、彼はベスト美容師インディスシティーだから!」
絶対ウソ。
襟足…………
結果。
アラコナムのカリスマ美容師はハサミを横にしか使えない人だった。
なにこのウォーズマン。
ジョキ!!ジョキ!!
と襟足を全て綺麗に揃えられました。
もっさり感すっごい。
「ダサ!!フミ君、ごめんやけどダサすぎる!!」
「フミ君、これはキツい!!」
「オー、ユーアーカクミチオ。スマートマン。ニヤニヤ。」
みんなが爆笑してるのを無視して自分の仕事っぷりを部下に写真に撮らせるカリスマ美容師。
お前の眉毛をバーモントにしてやろうか?
「ショータ君もバッサリやろうよ!!チャレンジしようよ!!」
「ごめん。俺そろそろ日本だから変な髪型できないんだよね。」
綺麗に横だけ剃ってもらったショータ君。
クソー………男前めー……………
値段は160ルピー。
280円くらい。
心はモヤモヤがたまらないけど頭はサッパリして学校に戻ったら、カデルがすぐにバレーボールやろうぜ!!と言った。
インド人はイギリスの植民地だった影響でクリケットが国技みたいに盛んだけど、バレーボールも人気みたいだ。
断る理由なんてなく、すぐにグラウンドでバレーを始めた。
太陽が沈み、夕日が荒野を染め上げ、その中で学校の先生たちとみんなでボールを追いかける。
汗が流れ、砂埃をかぶり、ミスして落とすと相手チームのインド人たちが、ウィーー!!と小躍りして馬鹿にしてくる。
なので俺たちが点をとった時に、思いっきりウィイイイイイイイ!!!と小躍りしてやったら大笑いして喜び、ノリノリでハイタッチした。
みんなすごくいいやつらで、すぐに仲良くなることができた。
俺はこのインドに何をしに来たんだろう。
この国の貧困を少しでも変えられないかと思ってやって来た。
でもこの2日間で見たインドは、あまりにも普通だ。
この光景を普通だと思えてる俺がおかしいのか。
人々はみんなこの生活で何千年も生きてきて、全てにおいてバランスがとれて今の均衡を保っているように思える。
生も死も、貧困も格差も、ゴミの山も牛の糞も、手をべちゃべちゃにして素手でご飯を食べることも、それがインド。
全てを飲み込む真っ赤な夕焼けのように、あらゆるものが厳然とそこに存在している。
変えられるものではないんじゃないか。
俺は変わらないインドを見たいんじゃないのか。
インドにとっての現代化は劣化になるんじゃないのか。
グラウンドが暗くなってボールが見えなくなっても、みんなで笑いながらバレーをやった。