2016年2月3日(水曜日)
【大阪府】 福島
「金丸さんー…………夜、結構寒かったです…………やっぱ夏用の寝袋って寒いですね…………」
ゆうべ飲み会のあと、そのまま俺とカンちゃんのところに来て泊まっていったケータ君。
この男は夏用の薄い寝袋だけで2月の北海道に行くとかほざいてやがったのか………………
「俺の友達のゆうきってやつ。あいつもバイクで宗谷岬まで行ってるんやわ。4月の頭に。ゴーグルに雪が積もって顔が雪だるまみたいになりながら走ってたらしいわ。マジで死にかけたらしい。」
「へー、そうなんですねー。まぁなんとかなるでしょー。タイヤとかどうかな。」
「まぁ冬場でも北海道走りに行く人いるけど、みんなタイヤにスパイク履いて走ってるよ。アイススケートのリンク走るようなもんだからね………?」
「そうなんですねー。いやー、味噌ラーメン楽しみだなぁ。」
こんな素敵なケータ君。
うん、わかる。危険から目をそらしてるんじゃないんだよね。無謀でもない。
ケータ君にとって、それくらいは危険のうちに入らないってことだ。
ケータ君のことだから向こうに着いてからどうにでもするだろう。
俺もいつもそんな感じだ。
まぁ、ケータ君の場合、その読みが甘いのか運が悪いのかでいつも怪我しまくってるんだけどね…………
本当、気をつけてね…………
せっかく泊まりに来てくれたんだから、みんなでどっか行ってもう1泊くらいしていけばいいよと言うんだけど、さっさと出発したがるケータ君。
とりあえず今から始まるバイク日本一周に向けて出雲大社に行って、八百万の神々に安全を祈願したいんだそうだ。
うーん………中国山脈越えて山陰か…………
雪ヤバそうだなぁ……………
「ねー、もう1泊していけばいいじゃん。危ないよ。雪でこけて怪我するからとりあえず今夜まで泊まっていきなよ!」
「そうそう、今から出ても中国山脈の山の中までしか行けないだろうから、超寒い山の中でひとりぼっちだよ。雪男でるよ。」
「大丈夫です。こけないです。雪男もでません。でも寒いだろうなぁ………」
「そうそう、今日までゆっくりして暖かいご飯を食べようじゃないか。美味しいビールを飲むのもいい。なんなら君のために可愛い女の子を呼ぼうじゃないか。ユカリちゃんていう。」
「そうですよ松田さん。どれどれ、今私が六星占術であなたの運気を占ってさしあげますね。あ!!これはいけない!!北西の方角に邪気がたまっています!!今日出発したら死にます!!」
「はいはい、わかりました。じゃあそろそろ行きますね。」
「待っておくんなせええええええ!!!!せめて勝負してくだせええええ!!!!」
「もー、しょうがないなぁ。」
というわけで俺たちが勝ったらもう1泊、ケータ君が勝ったら出発という勝負にまんまと持ち込むことに成功。
勝負の内容は………………
これだ!!!!
「きゃあああああああああ!!!!!!やられたあああああああ!!!!!」
「いえええええええいいいいいい!!!!!」
ケータ君の出発阻止計画、無残にも失敗。
「ほらー、カッコいいでしょ!僕のバイク!!」
「へー。俺の愛車のほうがカッケーし。」
ケータ君のバイク自慢を鼻ほじりながら聞いて、さぁ出発!!というところでまったくバイクのエンジンがかからず、うおおおおお!!!!と走り回って押しがけしている無駄に熱血ヤロウ、日南出身、松田ケータ。
「はぁはぁ………はぁはぁ………や、やっとかかった…………じゃあ金丸さん!!また!!」
出身前からヘットヘトになってバイクにまたがって去っていったケータ君。
本当気をつけなよ。
雪道なめたらダメだぞー!!
まぁケータ君ならなんだかんだでどんな状況でも乗り切るだろう。
あいつの強運はかなりのもんだと思う。
しかしこの後だった。
とんでもないメールを見て愕然とすることになる。
さて、ケータ君も行っちゃったし、カンちゃんとパソコン作業でもしようかなと部屋に戻ってタバコを巻いて火をつけた。
そして何気なくメールボックスを開いてチェックすると、とある久しぶりの人からメールが届いていた。
福岡で旅イベントを主催している純平君だった。
お、何ヶ月ぶりだろ、また旅イベントの案内かな、とメールを読んでみた。
それは旅イベントの案内なんかではなかった。
純平君の主催する旅イベント。
その主催者メンバーの1人に女の子がいる。
1人で海外に旅に行くようなアクティブな子だ。
あのイベントに出たのは去年の初めころだったかな。
それこそケータ君と、あと旅仲間の吉崎フミ君と俺。そしてその主催者メンバーの女の子の4人が旅の話の発表をした。
まだ見た目大学生のような、どこにでもいるイマドキの可愛い女の子。
俺とケータ君が調子に乗って下ネタを言ってふざけていたのを、真面目に怒ってくるようなしっかり者の女の子だ。
あの女の子が亡くなったらしい。
は?
……………文字の意味がよくわからなかった。
え、どういうことだ………?
彼女は当時、アフリカのナミビアにいたらしい。
まさか強盗、という言葉が頭をかすめたが、真相は車によるものだったらしい。
ナミビアにはナミブ砂漠というものがあり、オフロードを車で自由に走ってそのエキサイティングな揺れを楽しむというアトラクションがある。
外国によくある観光客向けのはちゃめちゃなアトラクション。
彼女は友人たちとこのアトラクションをやり、揺れる車内で体を打ちつけ、打ち所が悪くて亡くなった、という。
嘘だろ……………?
メールを見ながら頭が真っ白になった。
あの明るい彼女が。
どこにでもいる旅好きの可愛い女の子が。
なんで。
観光客向けのアトラクションならば、それなりに安全対策はされているはず。
そうじゃなくてもあのしっかり者の彼女ならばキチンと対策をするはず。
なんで。
なんで。
なんでという考えしか出てこない。
そしてもう何を悔やんでもどうにもならない。
車で走ってて、揺れて体を打ちつけた。
それを考えたら、そんな状況になることなんていくらでもある。
海外には危険でエキサイティングなアトラクションがたくさんある。
オフロードの崖道をマウンテンバイクで疾走したりする遊びや、ロケットみたいな花火を打ち合う祭り、それこそスペインの牛追いだって相当危険だ。
スリルとステータスを得るために無謀にもそれにチャレンジする人はあとを絶たないし、実際、死者がたくさん出ているものなんてザラで、それでも構わず続行されているのが現状。
あの女の子がそんなアトラクションをやったからいけなかったのか。
ただ運が悪かったのか。
安全対策が不十分だったのか。
その細かいところまではまだわからない。
でも、ほんの少しでも危ないからって何もしなかったら人生ひとつも面白くないことは誰でもわかってる。
今、ケータ君はバイクで装備も不十分な中、冬場の山道を抜けて山陰に行こうとしている。
もし、これで取り返しのつかないことになったならば、冬の山道を甘くみたケータ君だけでなく、それを止めなかった俺にも責任がある。
ケータ君なら大丈夫、あいつは運がいい、そんなことを考えて万が一を忘れてしまう。
危険の芽を全て取り除くことなんてできはしないけど、意識を高く持って用意することで少しでもそれを減らすことはできるはず。
そっから先はもう運でしかないけど。
冒険が好きだから、みんな旅をするはず。
ハラハラドキドキするスリル、血が踊るような絶景、前人未到の体験。
そんなものが欲しくてみんな自分の限界にチャレンジする。
旅をしてるやつらは、どれだけエキサイティングでデンジャラスな旅をしてきたかということを競い合ったりするのが大好きだし、実際冒険家の世界では死に限りなく近い挑戦をしなければ名をはせることはできない。
それがバカらしいとは思わない。
無理だと言われる極限に挑戦したくなる気持ちはわかるし、それが人を感動させることも事実。
でもやっぱり、死んじゃダメだよな…………
道歩いてて上から鉄骨が落ちてきて死ぬ人もいるけど、そうじゃないなら常に危険を察知して、予知するアンテナを持っていなきゃいけない。
そしてその危険を予知する能力ってのは、ある程度鍛えられるものだと思う。
昔工事現場で鳶の仕事をしていたとき、朝、作業に取りかかる前にみんなでミーティングをする。
これは必ずやるもの。
鳶ってのは工事現場で足場を組み立てる仕事です。
重い鉄の材料をかなり高い場所で運んだりするかなり危険な職種です。
ミーティングではまずその日の作業を確認し、その上でどのような危険が潜んでいるかを予測します。
『大工さんの解体作業が近くで行われるので、釘を踏むかもしれない。』
『鉄パイプを受け渡すときに相手とのタイミングが合わずに落としてしまうかもしれない。』
危険の内容をいくつか出し合ったら、今度はそれに対する予防策を出します。
『釘を踏まないよう足元を確認して歩き、さらに整頓をして通路を確保する。』
『受け渡しの際に確実に声を掛け合い、作業場所の下部はカラーコーンで立ち入り禁止の措置をとる。』
こんな感じです。
これを毎日やります。
まぁでもやっちまうんですけどね。
釘を踏んで歩けなくなってその痛みを知り、鉄パイプが落ちてきてギリギリで当たらなくて冷や汗をかいたりして、その危険の怖さを身をもって知る。
あの時の工事現場での経験は危険予知の能力を確実に鍛えてくれたと思う。
車を運転していても、このカーブで膨らんで正面衝突したら…………
包丁を使っているときも、勢い余って指を切ってしまうかも……………
臆病であること。
これってすごく大事なこと。
みなさん、どうか何をするにしても、それに付随する危険の芽を想像しましょう。
臆病になって、危険だと判断したらなるべく近づかないようにしましょう。
きっとそれで少しでも危険を減らせるはず。
旅イベントの女の子がそれを怠ったということではないと思います。
何度も言うけど、運だけはどうしようもないです。
僕ももうすぐインド。
周りから耳にタコができるくらい言われている、安全第一という言葉を軽く受け止めずに行ってこよう。
あー、悔やんだってどうにもなんないんだよな。
ナミビアで亡くなった彼女のご冥福を心から祈ります。