9月7日 日曜日
【台湾】 台北
~ 【韓国】 ソウル
住み慣れた淡水の町はいつものように明るい陽光に輝いて光に包まれていた。
緩やかに流れる川の向こうには小高い緑の山が見え、対岸の船着場から船がゆっくりと渡ってくる。
いつものように隣の木の下にはおじさんたちが並んでお喋りしており、裏の駅のプラットホームに電車がやってくる音が静かに聞こえる。
空はやはり青く、太陽が木漏れ日を落とし頬をくすぐる。
じんわりと汗をかいた顔をトイレで洗った。
風がとても気持ちよくて、心まで晴れやかな気分になった。
自由な国だったな。
午前中からにわかに賑わいを見せる日曜日の淡水を後して電車に乗り込み、台北の駅に戻って来た。
人ごみで溢れる台北の地下街は洗練された人たちが行き交い、都心の慌ただしい規則正しさが冷たくバッグにのしかかった。
淡水のゆっくりとした空気が郊外の特別なものだったというのが良く分かる。
「じゃあまたどっかで。」
「金丸さん、この数日すごい勉強になりました。もっと練習します。」
昨日凹みまくっていたアツシ君が力なく笑った。
これからシンガポール、オーストラリアとバスキングパラダイスを回って行くというアツシ君。
稼げる国々ではあるが、やはりシビアな国民だ。
いいものでなければお金は入らない。
これからどんなものを見つけて、どんな出会いに彩られるのか。
大きなバッグを背負って人ごみの中に消えていくアツシ君。
まだ見ぬ地に向かうアツシ君の背中はどこか頼りなく、しかし冒険心という儚い糸をたどる姿はやはりとても美しく思えた。
まだ俺もあんな背中ができるかな。
「文武君ー!台南はどうだったー?」
台北駅の2階にある東急ハンズの前で待ち合わせしていたのは、先日トロールを受け渡してくれた台湾在住のヨシエさん。
台北に戻ったらまたお会いしましょうと約束していたのだ。
台北駅2階のフードコートにはたくさんのレストランがひしめいているんだけど、その3分の1が日本食という割合には驚く。
一風堂も、リンガーハットも、お好み焼き屋さんもある。
その中でチョイスしたのは、トンカツ屋さん。
台湾では今トンカツがすごい人気だ。
そこらじゅうに日本のトンカツ屋さんがあるし、台湾料理のお店にもトンカツを置いているお店は多い。
そしてやはり日本料理はそこそこの値段がする。
日本人経営のお店だとさらに高い。
でも値段が高い分クオリティはとことん高い。
好きなもの食べてね!!というヨシエさんのお言葉に甘えて注文したロースカツの美味さは悶絶するほどった。
サクサクした衣とジューシーなお肉、甘い油、そして何よりツヤツヤしたお米の旨さはえもいわれぬパーフェクトな味わいだった。
食べ物が美味しい国はそれだけで生活がバラ色になる。
こんな美味いものをいつでも食べられるというだけで、日本は果てしなく素晴らしいボーナスステージだ。
「あと少しだから最後まで体に気をつけて頑張ってね。」
わざわざバスターミナルまで一緒に来て見送ってくれたヨシエさん。
思えば旅の初めの頃にチェコでお会いして、わずか30分ほどの会話の中でメールを交換し、いつかまた再会しましょうと約束してから2年後にこうして遠く離れた台湾という国で約束を果たすことができた。
旅の中でアドレスを交換したりメールを交換したりすることはよくある。
特にFacebookなんかは握手レベルで挨拶のように交換する。
社交辞令だし、それを聞けばまた連絡しますと言って簡単に別れることができる。
インターネットで繋がっているから安心というイメージは、実はこれほどぞんざいなものはなく、簡単に連絡ができるからこそ逆によほど親しくなければメールのやり取りをすることもなくすぐに忘れてしまうもの。
いくらキープインタッチ!!と言われても、1度もメールすることなく埋れたままのメールアドレスはたくさんある。
人づきあいなんて希薄なもんだ。
そんな中で、2年前にたった30分だけお話した人ともこうやって連絡を取り合って再会を果たすことができるというのは、やはり縁というものだよな。
大事な人はもちろん、知らずしらずの内に縁で結ばれている人たちはいつもメールボックスの上に来ている。
でもふとメールボックスの下の方で埋れたままの人たちにハローくらい送ってみようかなと思った。
もしかしたら埋れた縁があるのかもしれない。
いや、縁なんて自分の気持ち次第なのかもしれないな。
ヨシエさん、ありがとうございました。
バスは1時間ほど走って空港のターミナル2に到着。
自分でも驚くほど手際良くチェックインを済ませてイミグレーションを通過して、ブーツをコツコツ鳴らしながら搭乗ゲートにたどり着いた。
日本を出るまで飛行機の経験なんてほんの数回だった。
たかが国内線ごときで乗り方もチケットの取り方もまったくわからなくてオドオドしていたけど、今となっては世界中のどこにでも行ける。
飛行機に乗って大陸を越えて別の国に行くなんて途方もないことのように思えていたけど、本当はこんなに造作もないことなんだよな。
これ自動チェックインカウンター。
飛行機の中で日記を書く。
機内のアナウンスが韓国語というのに軽く驚いた。
そしてスチュワーデスさんたちが、テレビで見るあの同じ顔をしたコリアン美人たち。
とんでもなく美人なんだけど、みんな同じ顔をしているのはきっとそういうことだよな。
整形大国、でも美しい女性はドキドキさせてくれる。
窓際の席だったんだけど、もう以前のように窓の外の景色に感動して写真を撮るようなこともなくなっていた。
寝ていたら着陸していたということもある。
しかしこの日、ふと窓の外を見た時に、信じられないほど美しい景色が広がっていた。
紺碧の蒼。
はるか眼下には海が水をたたえており、そこから水平線となり空との境界線を作っている。
何もない。雲がまったくなくて、様々な色の青がグラデーションをつけながら世界を染め上げている。
そのど真ん中に月があった。
ここが地上よりも宇宙に近い場所であることを感じさせるほどにポツリと月が佇んでいた。
青一面の中になんて孤独な姿なんだろう。
たまに空を飛ぶ夢を見る。
思い切り地面を蹴って手をバタバタを動かすと、風をつかんでフワリと宙に浮く。
そのまま手を何度も羽ばたかせて高度を上げる。
家々の屋根を見下ろし、電線をかいくぐり、ビルを超え、どこまでも高く飛んでいく。
とても気持ちいいんだけど、なぜか、どこかやりきれない気分になるあの夢。
どうしてこんなに胸を乱すんだろう。
窓の外の信じられないような光景は刻一刻と色味を変え、夕方になると太陽の赤を含んで緑色の境界線を作り、やがてトワイライトの深い鮮烈な青が海を黒くしていき、驚くほど早く世界は暗闇に包まれた。
その全ての時間の中に孤独な月はポツリと取り残されており、寂しげに浮かんでいた。
iPhoneの時計を韓国に合わせると1時間、時間が縮まった。
日本との時差がなくなった。
時が、2年前のあの日に戻って来た。
果てしない旅に出たあの日、あの時、あの感情を俺はまだ覚えている。
日本からロシアに渡るフェリーの上でも、暗闇の空に月がこうこうと光っていた。
いつも、どこの国でもそうだった。
いつも心に美しい影を落としてくれる。
窓の外、月しかなかった暗闇の中に、数滴の陸の光が見え始めた。
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下半期、登場人物人気投票ランキング!!
たくさんの投票ありがとうございます!!
あまりの投票数に今から集計が思いやられます………
まだまだ増えそうではありますが、切りがないのでそろそろ締め切りをしたいと思います!!
今夜の0時で締め切りにさせていただきます。
カッピー&ユージン、ヘロニモ&マリアンナの追い上げ!!
BBキングはこのまま0票を貫くのか!!
ラストスパートよろしくお願いします^_^