8月27日 水曜日
【台湾】 台北
目を覚ますと、木陰で寝ていた俺たちの真横に地元のおっちゃんおばちゃんたちが座ってお喋りをしていた。
寝ぼけながら体を起こしてニーハオと挨拶するとニコニコしながら俺たちのことを見ている。
台湾では野宿なんて特に珍しいことでもないみたい。
そして治安はとことん良く、どこで寝たってなんの心配もなさそうだ。
平和で穏やかな国だな。
みんなでかわりバンコにトイレで顔を洗ったりして身だしなみを整え、それから朝ごはんを食べに駅前の食堂エリアへ。
ていうか駅前の風景がもうただの日本。
綺麗な交差点から細い道路が何本も伸びており、駅前留学の英会話学校教室があり、惣菜屋さんのかわりに屋台がある。
軽く見渡しただけでトンカツ屋さん、モスバーガー、ラーメン屋さん、吉野家などの看板が目に入るし、ローカルのお店の看板も日本語表記のものが多い。
日本で英語表記がオシャレな扱いを受けているように、ここ台湾では日本語表記のものがカッコいい存在みたいだ。
ゆうべも路上をしていてたくさんの台湾人が日本人である俺に嬉しそうに声をかけてくれた。
英語よりも日本語のほうが喋れる人が多いし、日本語の曲を歌うとみんなお金を入れてくれた。
涙そうそうのリクエストとか普通にされる。
吉野家の店員さんも英語よりも日本語のほうが得意みたいだった。
英語圏の人たちがいかに楽勝で旅行をしてるのかが分かる。
母国語を喋ってればみんなそれに合わせてくれるんだからな。
さて、今日は台北の街の中で歌おうと電車に乗り込む。
台北の駅に戻ってきて、歌える場所を探して何層もある地下街の中を上がったり下がったりして歩き回るんだけど、
ただこれだけのことが凄まじく大変。
いや、こんなのいつものこと。
混雑した迷路のような都会の地下は無数の通路が存在し、その中からいい演奏場所を探し出さないといけないわけだが、こんなのはいつもやってることだ。
でも今はわけが違う。
ノリさんがいる。
普通にエスカレーターに乗り込もうとして、あ、と気づいて慌てて戻る。
車椅子であるノリさんはエスカレーターには乗れないのだ。
少しの階段だろうがエレベーターを使わないといけない。
今まで荷物が多くて階段しかない時、何気なくエレベーターを使っていたりしたけど、これが毎回必ずとなるとどれほど大変なことか。
一緒に歩きながら目の前に段差が立ちはだかるとエレベーターやスロープを探し出し、そちらに向かう。
スロープもまた角度が急だったりするとノリさんは必死にタイヤをこいで登っていかないといけない。
不意に小さな段差に気づかずにタイヤがガコンとハマってしまい、膝に乗せていた重いバッグが地面に落ちて前に倒れそうになるノリさん。
優しい台湾人の通行人たちはそのたびにバッグを拾い上げてくれたり、後ろから押してくれたりする。
それは先進国ではよく見かける光景だけれども、世界はそんな国ばかりではない。
エレベーターどころかエスカレーターもまったくない国ばかりだ。
俺がどっか歌えるところないかなぁとスタスタ歩いていて、あっと振り返るとだいぶ離れたところにノリさんがいる。
なんてこった。
頭ではわかっていたつもりだったけど、俺たちが日常で当然のように行っている行動がノリさんにはここまで制限されてしまっている。
台湾のようなバリアフリーが充実した国でさえこれだ。
これから1人でギターを抱えて様々な途上国を回る時、どれほどの苦労が待ち受けているのか容易に想像がつく。
俺がいつも30kg近い大きな荷物を抱えてヒーコラいいながら階段を登り下りして、もう嫌だー!なんてわめいていることが本当にどうしようもなく小さなことに思えた。
ノリさんは目の前の20cmの段差にも神経をすり減らさないといけない。
こりゃ大変だわ………
しかしノリさんはそれを100も承知で世界一周したいと言っている。
俺はまだ一端を見ているだけで、車椅子生活者の苦労はもっともっと山のように存在するはず。
安宿ってのはたいがいビルの2~3階にあるものだし、エレベーターなんてまずない。
トイレもいつも身障者トイレがあるわけじゃない。
長距離のバス移動もオンボロの旧式のものなら体へのダメージは半端じゃない。
物を盗まれても追いかけることもできない。
ヨーロッパの石畳の道や東南アジアのボロボロのアスファルトは車椅子の車輪にかなりの負担をかけるはずだし、もし何もない場所で壊れてしまったら身動きが取れなくなる。
バッグパッカー旅をするならば、他にもいくらでもそんな状況はある。
バリアフリーが整ったような設備を利用するなら確実に色んなものの値段が上がるだろう。
想像するだけで絶望的としか言いようがない。
そしてそんなことノリさんは1000も承知なんだ。
強すぎるよ。
「まぁ、大変だけどね。でもフミ君、俺は障害をおって良かったと思ってるよ。障害をおったことでたくさんの素晴らしい人たちと出会うことができた。彼らと出会えた人生で本当に良かったと思うからね。こうならなかったらフミ君の存在も知らないままだったろうし。」
障害を持つ人たちのポジティブさってのはいつも悲壮感を含んだ決意に見える時がある。
ノリさんの笑顔はそれらを感じさせながらも晴れやかな強さに満ちている。
アイラがシャワー浴びたいから今夜はどうしても宿に泊まりたいというのでホテルを探しに離脱していったところで、突然誰かに声をかけられた。
「あ!金丸さんですか?」
振り返るとそこにはヒゲをはやしたいかにも旅をしていそうな日本人の兄さんが立っていた。
ギターを片手にぶら下げている。
「うわー、僕ずっとブログ読んでます。僕もバスキングしながら旅してるんですよ。クスコのパンチョさんのお店覚えてます?僕もあそこでライブさせてもらったんですよ。」
世界一周の旅をしているアツシさんというお兄さん。
実はこの数日前にメールで彼からご連絡をいただいていたのだが、中国を抜けてからあまりにメールがたくさん来ていたので全てをチェックしていなかったという失礼極まりない状況で偶然の遭遇。
話を聞けばこれまで俺と同じく世界中をギターの弾き語りをしながら回っているという方で、いかにも長期旅をしているたくましいオーラをまとっている。
懐かしいこの雰囲気。
中国から香港、台湾はみんな綺麗な格好をした短期旅行者ばかりだったので、久しぶりの旅人ってやつだ。
台湾で俺とタイミングが合うのでよかったらお会いしませんか?というメールをいただいていたみたいなのにチェックしてなくてごめんなさい………
「金丸さん、もう台北では路上やりました?」
「あ、まだ台北の街ではやってないです。アツシさんは?」
「昨日この地下街の通路でやりましたけど30分で警備員に止められちゃいました。」
「どうでした?稼げました?」
「はい、すごかったです。5曲だけでしたけど1300台湾ドル近くいきました。」
な、なんだとおおお!!!!
俺が昨日淡水で1時間半くらいやって3800台湾ドルだった。
それ考えたらめちゃくちゃ割がいい!!
一体どんな達人だこの人!!!
ウルトラ上手いのか!?
ま、負けてられん……!!
というわけで、アツシさんが昨日やってめちゃ稼げたという中山地下街の通路にやってきた。
警備員が来るまでやってみようとギターを取り出す。
まだ昼下がりなので人通りはぼちぼち。
音の響きはいい。
アツシさんが期待した目でこちらを見ている。
俺のブログが世界でバスキングを始めたキッカケだという彼。
そりゃ下手なところは見せられん。
アツシさんが1300台湾ドルなら俺はその上を!!!!!
30分で警備員来てストップ。
あがりは……400台湾ドル。
はい、3分の1もいってないですね。
アツシさんが見てる前で晒してしまいましたね。
虚仮を。
金丸?全然大したことねぇよあの嘘つき野郎。
早漏なのに長いのは旅の期間だけだよペッ!!
みたいなこと、アツシさんはしません。
優しい男性です。
うーん、残念………
それから別の通路でアツシさんの演奏を聞かせてもらった。
ディランのドントシンクトゥワイスイッツオールライトの日本語カバーを1曲目に持ってくる選曲の渋さ。
場数踏んでるのがわかる演奏力。
ハーモニカも上手い。
しかしお金は入らないまま警備員が来てストップ。
うーん、こりゃ台北駅の地下はダメだな。
どこでならやれるだろうと街の中を彷徨うがなかなかいい場所が見つからない。
地下道、駅前、ショッピングストリート、
どこもうるさかったり警備員がいたりでやれそうな雰囲気ではない。
というか台湾は日中があまりに暑いのでこの時間はまだ人がほとんど歩いていない。
ノリさんの話では、台湾では夜市と呼ばれるものが一般的な盛り場となっており、アフターファイブから深夜までが盛り上がる時間帯なんだそうだ。
なので昼間はみんな地下に隠れており、そして地下は演奏禁止なのでどうにもならない。
台北きついなぁ。
思うように場所が見つけられずに焦って歩いているとつい歩調が早くなり、はっと気づいて後ろを振り返るとノリさんと遠く離れてしまっている。
エレベーターを探さないといけないし、少しの段差でも遠回りしてバリアフリーのスロープを通らないといけないノリさんのスピードはどうしても遅い。
その時、ノリさんの車椅子のキャスターが段差にハマり、ごりっと音を立ててバランスを崩した。
転倒することは免れたのだが、その衝撃でキャスターに不具合が出てしまい上手く運転することができなくなってしまった。
何度も工具箱の中から六角レンチを取り出してキャスターを締め直すノリさん。
台湾は本当に灼熱の国で、みんな汗だくで暑さにやられている。
もう少し場所捜しをしたかったが、今夜はアイラと観光に行く約束をしていたのでここで俺はノリさんたちと離脱。
アツシさんはまだ探し回ってバスキングに挑戦するとのこと。
ノリさんは車椅子のタイヤの調子が悪いのでバイク屋さんを探して締めなおしてもらわないといけないみたい。
やっぱり車椅子は大変だ。
想像してたのと違い、この国での路上演奏はかなりハードになりそうだな。
台北駅でアイラと待ち合わせ、アイラが見つけてきた安ホテルに入った。
700台湾ドルなので1人千円。
俺は別に野宿でいいんだけど、久しぶりに再会したんだから友達同士2人でのんびり酒を飲んで語りたいというアイラの気持ちもわかる。
今日だけ泊まることに。
荷物を宿にぶち込んだら、アイラがどうしても行きたがっている場所へ向かうことに。
台湾で1番有名な観光地。俺も一応ここには行こうと思っていた。
千と千尋の神隠しのモデルになったと言われている九份という町だ。
バスで1時間ほど東に走った場所らしい。
まぁよくわからないけどとにかくあの映画の中に出てきた赤い提灯がゆらゆらと揺れているような怪しい町並みが見られるらしい。
つーわけで、アイラが持ってる地球の歩き方でバス乗り場を調べて向かってみると、すでに乗り場の道端にたくさんの観光客の姿。
ビビったのはそこにいた行列の8割りが日本人だったこと。
みんな日本語を喋りながらバスを待っている。
さらにタクシーのドライバーがバス待ちの人たちに客引きしてくるのだが、「相乗り~、1人250~。」と日本語で声をあげている。
台湾って日本人大好きな国だけど、実際に住んでる日本人も、そして観光にやってくる日本人も半端なく多いな。
100台湾ドル、300円でやってきたバスに乗り込んだ。
九份はまぁぼちぼちかな。
田舎道をしばらく走った先の山の上の斜面にささやかに広がっている小さな町で、バス降り場から少し歩くとすぐに土産物屋小径が始まる。
細く雑然とした小径にはズラリと土産物屋さんが並び、トタン屋根の下に薄暗いライトが光ってそれなりに風情がある。
ただ臭豆腐という、豆腐を腐らせるというものすごい臭いを発している食べ物が名物のおかげで、通りには田舎の牛舎のような臭いが充満している。
海に面した山の斜面にあるので景色はなかなかのもので、暗くなってきてからは海に漁火がまたたき、優しい潮風が吹き上げて郷愁を誘う。
そんな懐かしい雰囲気の田舎町の真ん中に、急な細い階段がある。
瀬戸内海を思い出すような木造のレトロな建物の間に伸びるこの石段。
ここがこの町の観光のメインであり、ここの景観がおそらく千と千尋の神隠しのモデルといわれる所以だろう。
石段の頭上にゆらゆらと赤い提灯がぶら下がって淡く軒を照らしている様子は、確かに心の中の原風景に触れる侘しさがある。
のだが………まぁ人多すぎ。
あまりの多さに石段がふんづまって全く前に進まない。
朝の山手線状態。
そしてみんなそんな中で思い思いに記念撮影をしているので、混雑はさらに加速する一方。
なのだが、誰も文句を言わない。
エクスキューズミー!!とか、脇で写真撮れよ!!とか、そんなこと誰も言わない。
みんな大人しく周りに気を使いながらゆっくりゆっくり歩いている。
だってここにいる観光客の8割りが日本人だから。
マジでビビる。ほぼ全員日本人。
あ、あれ?ここ日本だっけ?
とかそんなレベルじゃない。
完全に日本人に占拠されている。
「豚になっちゃうぅぅー!!」
「カオナシみたいー!!」
とか日本人の女の子たちがキャッキャしてる。
君はエッチの時にカオナシみたいなマグロになるのかい?ってちょっと言おうと思ったけど、隣にいるのがアイラなのでやめました。
アイラには性欲わかねぇ………
なんかあれやな。
2年海外にいると、俺って旅慣れてるんだよねー、これくらいの観光地じゃワクワクしないんだよねー、とかって短期旅行者に対してわずかな優越感が生まれてしまいそうになる。
これってきっと自然な感情だとは思う。
でもあからさまになったら絶対みっともないし、そういう旅人をたくさん見てきた。
俺超達観しちゃってるっていうか海外とかマジヨユーなんだよねー、あ、ジェイムスからメール来てる、こいつウゼーんだよねー、ところでコシャリは好き?
とかいうやつめちゃ見てきた。
海外ですでに生活してる日本人にはそういう気取ったところはまったく感じないんだけどね。
海外経験があることは多くの日本人にとって特別なことだし、少しは自慢になること。
でもそれを鼻にかけてはいけない。鼻にかけなさすぎなのもなんか不自然だけど。
てなわけで、そんな九份の土産物屋小径で路上しました。
日本人ビビるくらい誰もお金入れてくれないどころか足も止めてくれませんでした。
あー、日本人だってーって言いながら写真撮るだけ撮って目も合わさずに去っていきます。
俺のこと看板かなんかと思ってる。
生身の人間なんですけど。
今日は喉の調子がバッチリで、かなり満足いく歌が歌えていたけど、日本人は世界中どこでも同じような反応。
韓国人と中国人がお金入れてくれて近くの食堂のおばちゃんが芋団子スープをくれたりして、それなりに楽しかった。
1時間ほどやってあがりは950台湾ドル、2700円。
日本人だらけのバス停で少し日本人のカップルとお話ししたけど、みんな2泊3日とかで来てるみたいですね。
ピーチっていう格安航空会社が関西国際空港から台湾に出てるみたいで、セールチケットを買ったら往復6千円とからしい。
安すぎる。
フライト時間も2時間くらいのもんやし、2万円も持ってくれば充分観光して美味しいものを食べられる。
もはや台湾は国内旅行よりも身近な場所なのかもしれないな。
そんなもはや外国とも呼びにくいこの国で面白い旅ができるのか。
今のところあまり面白くない。快適ではあるけど。
台湾人みんな日本語喋れるからなんの苦労もないし。
この国のもっと深いところを見つめられるように明日から南下を開始しよう。
この夜は台北に戻って昼に会ったアツシさんと、アツシさんのお友達で台北で日本人宿をされている方たちとお会いしてセブンイレブンの前で酒盛りした。
みんないい人だ。