8月23日 土曜日
【中国】 広州 ~深圳 ~ 香港
まったく眠れない。
背もたれが直角の硬いシートではどんな態勢になってみても眠ることができず、一晩中起きていた。
しんどすぎて目がしょぼしょぼする。
周りの人たちも同じで、みんな疲れきった顔で視線もぼんやり焦点が定まっていない。
あまりにもぞもぞしていたので隣の席の優しい兄さんが窓際の席を代わってくれ、おかげで壁にもたれることが出来て少しだけ眠れた。
1時間ほどウトウトしたらだいぶ頭もスッキリした。
ちょうどお料理カートがやってきたのでニンニクの芽の炒め物と茹でジャガイモの朝ごはんを食べた。
さて、今日のお昼に広州に到着してからスムーズに香港まで行けるだろうか。
出来ることなら今日も歌いたい。
1分でも早く香港に着いて、いい路上ポイントを探し出して歌う。
夜は野宿だ。
香港は地図で見る限りいくつもの島が寄り集まった集合体みたいな地形になっていて、どこが街の中心部なのか地図だけではよくわからない。
ソッコーでいい場所が見つかるといいんだが。
いや、見つけださないといけないんだ。
今日もテキ屋車掌の流暢な実演販売と売り子の声で大賑わいの電車の中。
子供が全身を使って絶叫しており、床にはみんながポリポリ食べてるひまわりの種の殻が散乱している。
そんな超やかましくて微笑ましい電車の旅も昼の13時半に終了。
28時間の移動で広州に到着した。
電車を降りるとムワリとした熱気が体を包んだ。
だいぶ南に下ったもんな。気温がぐんと上がった。
人波に流されながら歩いていくと、多くの人が出口ではなく、別のチケットカウンターへと向かっていく。
深圳という街への直行だ。
深圳といえば香港との国境の街。
どうやらここからまず深圳に行き、そこから香港に入境しないといけないみたいだ。
んー、めんどくさい………
同じ国だというのにいつもの国境越えみたいだ。
チケットも高く80元、1300円。
多分これはかなりいい電車だったんだと思う。他にも安い手段はいくらでもあるはず。
14時半の深圳行きの電車に乗り込む。
まぁ綺麗な電車で、トイレも給湯所もホテルみたいにラグジュアリー。
音もなく走り出すと、まったく振動することなく滑るように高速で進んでいく。
ヨーロッパのころを思い出す快適な移動。
中国の東海岸は都市が集中する政治経済エリアなので、交通網もとことん充実していそうだ。
そんな高速の電車のおかげでわずか1時間足らずで深圳に到着。
そこはもうとにかく整備されまくった巨大駅だった。
ゴミひとつ落ちていない綺麗な歩道、刈り込まれた植木、そそり立つビル、
無数の看板があちこちに矢印を指し、その下をうじゃうじゃとものすごい数の人々が忙しなく行き交っており、誰もが足早でちんたらしていたら弾き飛ばされそうになる。
この程度のいち地方都市でさえこのレベル。
やっぱ中国底が知れない。
看板の中に香港という文字を見つけて、人の流れに乗って歩いていく。
駅の中にこっち別の国ですよっていう看板があるのってスイス以来かな。
あそこはフランスとドイツの国境だったな。
ほぼ寝ていないので疲れきってフラフラ歩いていると足早な人々にキャリーバッグをガンガン蹴られてしまう。
なんとか歩いていくと、ふたつに分けられた通路が。
香港人はこちら、中国人・外国人はこちら、という表示だ。
外国人の方に入って先に進むとイミグレーションがあった。
中国出国の窓口、そしてその先には香港入国の窓口。
もう完全に別の国だな。
審査は簡単なもので、出国チケットのチェックとかそんなもの1ミリもなくすんなりとカスタムを越える。
また人の進む方に流れて行くと、今度は駅に繋がった。
ここから香港の全ての場所に電車が走ってるみたいだ。
同じ中国なのに通貨が変わるので、券売機の隣にある両替所で中国元を全て香港ドルに換金した。
レートは100円が7.5香港ドル。
250元を換金して290香港ドルをゲット。
さぁ、電車のチケットを買おうかなと先進国らしいタッチパネルの券売機の前に立ってみるが、なんせこの国の中心部がどこかわからない。
香港はシンガポールみたいに川で本土と分断された小さなエリアがひとつの国になっている。
シンガポールと同じく東京23区くらいの大きさかな。
小さな国なんだけど、超都会なのでそれぞれに個性のある街が点在しておりどこに行けばいいのかひとつもわからない。
なのでそこらへんの人に声をかけてみた。
うん、普通にみんな英語が喋れる。
見えない国境を越えただけでガラッと変わったな。
「香港の中心部はどこですか?」
「中心部?んー、どういうところに行きたいかで変わってくるなぁ。」
「えーっと、じゃあたくさんの人がショッピングするところはどこですか?」
「んー、ショッピングするエリアもたくさんあるからなぁ。水上っていうところはショッピングモールがあって人もたくさんいるよ。」
水上。ここの次の駅だ。
郊外の大型モールってとこか。
良さそうだけどそうじゃない。まずは香港のど真ん中に行きたい。
まぁなんとかなるかと、テキトーに電車の路線が何本も入り組んでるあたりまでのチケットを買った。
41香港ドル。550円。結構高いな。
物価も高いのかな。でもそれはつまり稼げるってことだけど。稼げなかったら終わりってことだけど。
ピッカピカの近未来的な電車に乗り込み、そこから九龍坍とかそんな字の駅で乗り換え、なんとなく人が多そうな太子という駅で降りてみた。
重たい荷物を根性でかついで階段をのぼり地上に上ると、一気にテンションが跳ね上がった。
ごちゃごちゃと建物が密集した裏通りはたくさんの人が行き交い、通りにはビッシリと様々なお店が並んでいる。
これだけなら今までの大都市の光景と同じなのだが、ここが香港だと感じさせてくれるのが看板だ。
よくジャッキーチェンのアクション映画に出てくる道路にせり出した巨大看板。
走ってる二階建てのバスの屋根の上で敵と戦っていたら看板が迫ってきてかがんだりジャンプしたりして看板をかわすハラハラドキドキの演出、まさにあのままの光景が目の前に広がっていた。
大阪の新世界レベルの巨大看板が全ての通りにひしめいて空がほとんど見えないほど。
そのレトロな様子はまるで白黒写真で見た昭和の日本みたいだ。
都会の喧騒に心がはやる。
早く歌うぞと興奮しながら碁盤目に伸びる通りを歩く。
ファストフード店やオシャレなファッションショップ、店頭でビニール袋に入れられた金魚を売るお店。
ああああ!!もう!!
まるでお祭りみたいだ!!
そんなお祭りムードは通菜街というストリートを発見して頂点に達した。
ホコ天の広いショッピングストリートはギラギラと明かりがまたたき、音楽が流れ、向こうが見えないほどの大混雑。
人々はみな洗練された服に身を包み、モデルみたいな若者たちが闊歩している。
そして通りのあちこちにストリートミュージシャンたちがいるじゃないか。
ドラムやスピーカーをセッティングしてライブ形式でバンドたちがガンガンにパフォーマンスしており、たくさんの人たちを集めている。
ピンの弾き語りのおじさんももちろんいる。
そのあまりの賑わいはむせるような熱気となって夜空に立ち昇っている。
なんて自由な街だ!!!
規制規制でがんじがらめだった中国も悪くはない。あれはあれで品のある空気を作っていた。
しかし今ここに来て、この自由で開放的な雰囲気となんでも揃った先進国の快適さ、さらに古めかしいレトロさを残した街並みは、熱帯夜のむわりとした風をはらんで一発で心を鷲掴みにした。
あー!!もうたまらん!!
ここで歌いたい!!!
いてもたってもいられなくて、体の疲れなんて忘れてそこらへんの地下道でソッコーギターを取り出した。
人通り、音の響き、申し分なし。ライバルもいない。
うー、こんなベストポジションがろくに探し回らないですぐに見つけられるなんてこれだけでこの街が好きになる!!
反応は中国ほど良くはない。中国ではすぐに人だかりができたもんだけど、それは路上やってるやつが珍しいからだ。
香港ではさっきみたいに路上のあちこちでバンドがライブやってるんだろう。ちょっと歩いただけであれだけいたんだから街のいたるところに様々な形のバスカーが存在するはず。
激戦は望むところだ。
こちとら歌うことに飢えてるんだ。
ポツリポツリとお札が入るんだけど、この地下道は騒音がうるさくて歌がほとんど聞こえないので場所を変えることに。
香港の街のど真ん中を縦に割る目抜き通りのネイザンロードはこの夜の時間にもものすごい人通りだ。まともに歩けない。
デパートやモールがずごんずごんと並び、二階建てのバスがひっきりなしに走り、オーストラリアのシドニーであまりの都会ぶりにびびりまくったあのジョージストリートを思い出す。
でもこの街にはあんな無機質な冷たさは感じない。
街全体が底から震えるように胎動しているのがわかる。
シンガポールもこうしたひとつの小さな街で、文明国でありながら人間の匂いと暖かさに満ちたとてもいい国だった。
あの興奮が蘇る。いや、人間臭い熱気においては香港はシンガポールの上をいってるかもしれない。
きらびやかなネイザンロードから脇道に入ると、そこにはいたるところに夜市が立っており服やアクセサリーなどが売られた屋台通りに人が溢れ、食堂街ではたくさんのローカルフードのお店がひしめき客引きたちが大きな声で客をつかまえている。
頭上にせり出した巨大看板たちはネオンを輝かせて街を彩り、渋谷や新宿のような眠らない街としてのタフネスに満ちている。
沸騰するような熱気だ。
そんな街なので人はどこでも歩いており、そしてどこで歌っても良さそうだ。ポイントは無限にある。
メインストリートのネイザンロードはバスが走るので騒音があるが、そこさえ外せば生ギターでも問題ない。
中国ではインドほどではないが誰もがクラクションを鳴らすのでかなりうるさいんだが、香港に入ってもう全くと言っていいほどクラクションを鳴らす人がいない。
ゴミを捨てない、
痰を吐かない、
そこらじゅうで立ちションをしない、
クラクションをむやみに鳴らさない、
順番の割り込みをしない、
先進国としての最低限のマナーを持ち合わせている国にいくと、自分も背筋が伸びる。
貧乏旅を長くして後進国を経験したりすると色んなことが雑になってしまいがちだ。
綺麗な街だからゴミを捨てないとか、みんながやってるから割り込みをするとか、そういうことではなくて常に自分が正しいと思う行動に誇りを持っていたいな。
ジョーダンという駅の入り口の前をたくさんの人が歩いているのを見つけた。
角にセブンイレブンがあり、少し歩道が広がっており車も通らないので音も響く。
文句無しだ。
中国みたいにすぐに人だかりができないのでゆっくりと準備ができる。
セブンイレブンで缶コーヒーを9香港ドル、120円で買ってタバコをふかし、リラックスして演奏を開始した。
さぁ、稼げるか。
稼げなかったら台湾に行けない。
この3日で2万円を作って飛行機のチケットを買う。
これでさらに面白い出会いがあったら文句無しだ。
2時間後。
あがり1240香港ドル。1万7千円。
チケット代金の目標達成。
おべべべべべべべべぶびびび!!!!!!!!!!(´Д` )(´Д` )
ウルトラ稼げるううううううううううう!!!!!!!!
警察来ないいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!
みんな英語喋れるうううううううううううう!!!!!!!!
ていうかみんな日本語喋れるううううううううううう!!!!!!
女の子超エロ可愛いいいいいいいいい!!!!!!
もうヤバイ。
香港すべてが揃ってる。完璧すぎる。
なにこの国。楽園?
楽園で女の子のおっぱいを揉んで揉んでうひゅうううおおおおおおおおおお!!!!!!
い、いやっ!ここはあの40代後半くらいのエステとかちゃんといってそうな色白で美しいミセスの油断した二の腕をつかんで強引にキスして年上ぶった偉そうな態度を少女に戻してやるのが好きなんですけど僕頭おかしいと思いますか?
うっひょおおおおおおおおお香港でやりたい放題だあああああああああああ!!!!!!!
しかもWi-Fi飛びまくり!!!!
しかもしかもしかも!!!!!!
Googleとメッセンジャーが使えるうおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!
やっとメールチェックができるうううううううおおおおおおおふううううううううう!!!!!!
iPhoneをWi-Fiに接続してメールを開く!!!!
100件以上来てる。
そっとホームボタンを押す。
うん、ちょっと無理。時間ある時にやろう。
と調子に乗りまくっていたら、向こうの方でこっちをガン見しているヤクザを見つけました。
この香港という大都市の中で、ジャパニーズ着流しで下駄を履いていてただ事じゃないオーラを発してる人がこっちをガン見してるんです。
完全にヤクザです。
香港って日本人めちゃくちゃいます。
日本のお店も半端なくあります。
なので多分ヤクザもいます。
その人です。
どうやっても視界の端に入ってくるんですけど、見えてない振りして歌い続けます。
演奏止めたら不自然なので。
見えてない振りして目玉がおかしくなるくらいヤクザさんを警戒してます。
常軌を逸した風格があるヤクザさんで、多分人も殺したことがあるはず。
ま、まさか、警察に目をつけられる前に極道に目をつけられてしまうなんて………
いや、ここはなんとか乗り切らなければ。
す巻きにされて香港湾に捨てられないために俺になにができる。
そう歌うことだ。
今までもどんなピンチも乗り越えてきた。
俺の歌であのヤクザさんに気に入ってもらって、おう若えの!!飯行くぞ!!ってなってそのあとキャバクラ行って、おう若えの!!好きな女選びな!!って言われて刺激的な夜にしてみせる!!
気合いを入れて声を出すと、ヤクザさん、おもむろに帯の後ろからドスを取り出した。
おひょうう!!!!
と思ったら扇子でした。
パタパタしながらまだこっち見てる。
あー、もう嫌だー、なんだよあの人ー、なんでずっと見てるんだよー、怖いよー、
と思いながら日本語の歌を歌ったら、願いが届いたのかそのおじさんどこかへ歩いて行った。
あ、やった………す巻きまぬがれた…………
と思ったらヤクザさん、下駄をカランコロンやりながら戻ってきて俺のところに一直線に向かってきた。
え!!ええっ!!気に入らんかった!!?ダメ!!
やっぱりダメなの!!!??
いやっ!!殺さないで!!!
完全に親分レベルの風格のヤクザさんが俺の目の前までやってきた。
終わった、と思ったらヤクザさん、何かを差し出してきた。
キリン一番搾り
「あんちゃん、なかなかいい歌だねぇ。どうだい?今日おいらんとこに泊まるかい?」
「は!!はい!!……いや!!あ、あの………でも、ヤクザさんの家に泊まると後が怖いので…………」
「バカ言っちゃいけねぇや!!おいらぁ生まれも育ちも東京深川の日本男児だぜ。日本男児が浴衣着てなにかおかしいのかいべらんめぇ。」
「ご、ごめんなさい!!……今日はお仕事はお休みだったんですか?」
「あー、今日はなぁ、向こうの海沿いの方で日本人たちで縁日をやってたんだな。お祭りってわけよ。まだ若え衆は残って店やってるけどおいらは疲れたから先に帰ってきたのよ。」
「て、テキヤの親分なんですね………」
「おめーなぁ、違うっつってんだろうが。ホラ、来い!!荷物まとめな!!」
「ど、どこに行くんですか……?す巻きですか……?」
「おいらんちって言ったじゃねぇか!!なんもねぇけど飯くらい食わしてやるよべらんめぇてやんでぇちきしょう。」
わけもわからず、オジキの後を着いて香港の街を歩く。
まだまだ人で賑わう通りに下駄の音がカランコロン響いて、ここがどこだったかよくわからなくなる。
えーっと……なんだこの展開?
いきなりのスタートダッシュ。
望んだとおりの刺激的な出会い。
べらんめぇこんちくしょう!!香港やっぱり面白くなりそう!!!
日本酒うめぇやてやんでぇ!!