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エブリアンサーインユアハート

7月27日 日曜日
【インド】 コルカタ





独房の中で目を覚ました。

天井のファンが勢いよく回っていて部屋にかなりの風を起こしている。


喉が痛い。
風邪が悪くなっている。
体もダルい。




ふとベッドの枕元の壁を見る。落書きだらけの壁に、「エブリアンサーインユアハート」と書かれている。

バッグパッカー宿の壁によく書かれていそうな青臭い言葉。






photo:02




ゆうべ路上をやっていて警察は来なかった。
周りのお店の人たちも大歓迎でやらせてくれたし、物売りや物乞いの縄張り争いもそんなに厳しくないようだった。

コルカタでは歌える。

デリーの時のように爆発的には稼げないが時給で10ドルはいく。
インドで歌えるのはあと4回。

この風邪次第だけど、頑張れば1万5千円くらい持って中国に行けるはず。

もはや何も持たないことにそんなに恐れも感じない。
所持金は千円。
今日も根性で歌うぞ。










すでに昨日の朝のサモサ2つから24時間何も食べていない。
また痩せていく一方だな………

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宿の目の前にあるカフェでWi-Fiをつなぎ、チキンサンドイッチを食べた。

欧米人向けのお店のくせに質素なそのサンドにかじりつく。
そして風邪薬を飲んだ。

そしてたくさんのメールに返事を書いていく。
みんないつも応援メッセージありがとう。


そんな中、お母さんからメールが来ていた。
久しぶりだな。元気にしてるのかな。



「お盆には間に合わなさそう?お婆ちゃんの初盆だからみんなでご飯食べに行くけどあんたは1人で留守番してなさい。」



う、うん、お婆ちゃんの死に目に会えんかったしね………婆ちゃんとたくさん話すこともあるからそれでもいいよ。

もう一個メールが来てた。



「この夏に劔に挑戦してくるから。」



おいおい、劔はダメだって………

お母さんは山登りをする。休日ごとにあちこちの山に出かけて行く元気なお母さんだけど、近隣の安全な山ならまだ心配ない。

しかしもう60歳というのに剱岳はシャレにならんよ………

本州最難関のマジの山をおばちゃんが攻めるなんて気が気でない。

穂高や十勝岳縦走もやっているお母さんだけど剱は別格だよ………


不安になると同時に俺もそんな気持ちを味あわせているのかということに気づく。
そしてやっぱり常にチャレンジし続ける血は親から受け継いでるもんだなと思い、頼むから無理せんでねと返事を書いておいた。











さて、コルカタの観光地ってなんだろうていうか観光なんてしてる場合じゃねぇ。

ギターを持って宿を出て、サダルストリートを抜けパークストリートへと向かった。

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何車線もある大通り沿いにケンタッキーやマクドナルドやたくさんのお洒落なカフェが並ぶパークストリート。

歩いてる人も洗練された綺麗な服を着た人が多い。

昨日も歌ってる時に話しかけてきた人はみんな上手な英語を喋ったし、みんな当たり前にビートルズやボブディランを知っていた。

俺の写真を撮ってくるそのモバイルもほとんどがギャラクシーやiPhoneだった。

完全にお金を持った人たちが遊びに来るエリアだ。






しかしその分、物乞いが多い。

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道のあちこちに真っ黒な服を着たおばさんたちが寝そべっており、その周りで汚れきった体の子供たちが風船やガムを持って通行人に近寄っていく。

ゆうべ俺が歌ってるのを見ていた彼ら。俺には金くれーって言ってはこない。

しかし悲惨なもので、5歳くらいの子供が2歳くらいの子供を抱きかかえて、高級なファストフードレストランの窓際で中の楽しそうなお客さんに向かってずっと手を口に当ててお腹空いてるのポーズをしている。

するとお店の警備員のおじさんが出てきて、大きな声を出してあっちへ行け!!と怒鳴ると、子供たちは恨めしそうな、そしてなんでいけないの?といった疑問の顔をして離れていく。



はっきり言って見てられない。
しかしそれが彼らのやり方。悲惨さをお金を変えるのが物乞いの技術。いかに悲惨であるかで稼ぎは大きく変わる。

インドでは子供のころにわざと手や足を切り落とし、目を潰したりしてカタワとなり、それによって物乞いの収入をあげるという。
しかも彼らが所属している派遣会社みたいなマフィア組織があって、彼らはシステマティックに物乞いをしているとのこと。

きっと他の貧しい地域でもこんなことはあるはず。

生まれついて物乞いしか人生の選択肢がないなんて、なんて恐ろしいことなんだろう。
しかしそれをやれてしまうのが人間なんだよな。










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ギターを取り出して歌った。

まばらに集まってくる人たち。

しかしゆうべのような活気はなく、暇そうな屋台のオッちゃんとかボロボロの服を着た爺さんばかり。

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かろうじてお金はポツポツと入るが、お金を入れてくれそうな綺麗な服装の人が足を止めると、すかさず物乞いの子供たちがその人に群がり追い払ってしまう。

邪魔すんなよ、と見つめると悲しそうな顔で俺を見上げてくる。

なにがいけないの?といった瞳。



あまりのクラクションのうるささと物乞いの子供たちの妨害でキレそうになり、場所を移動。

しかしわざわざ反対車線の方に場所を変えても、物乞いの子供たちはずっとついてきて、ひたすら歌を聞いてくれる人にお金を要求して回る。


ダメだこりゃ………





はぁ……とため息をついてギターを置くと、俺のとこに来てまっすぐ見つめてくる汚れた子供。

バッグの中から折り鶴を取り出して渡すと、パッと表情が明るくなり大喜びしてどこかへ走っていった。



あんな子供らしい表情をしててくれたら何か変わるかもしれないのにな………

彼らはまだ幼稚園とかそのくらいの歳。子供同士でじゃれあっている時はキャーキャーと無邪気な笑顔で楽しそうに駆け回っている。


しかし大人の物乞いを見ると、もうその顔に微塵も喜びは見られない。

悲壮感をにじませることが生きる道として何十年もやってきた物乞いにはもう惨めさ以外のものは何も感じられない。いわば物乞いのプロ。子供たちはまだ染まっていない。
きっとまだ何か他のことができるはず。


ひとつあげたことで、どんどん他の子供たちもやってきてしまった。
みんな折り鶴をくれと手を差し出してくる。

仕方ないので目の前で折り方を見せてあげながら彼らに渡した。

みんないい笑顔をした。
汚れている以外はそこらの裕福な家庭の子供となんら変わりない表情だ。

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屋台で45ルピー、80円の安い焼きそばを食べて気合いを入れ、路上後半いくぞ。

夕方になってパークストリートは少しずつ人通りが増えてきた。
やはりここはカフェやレストランがあるので夜が賑やかになる通りらしい。

鼻水ズルズルで喉もかなりきついが泣き言なんて言ってる場合じゃねぇ。
根性で歌うぞ。







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夜の客層は昼間とはガラリと変わった。

みんなシワのない綺麗なシャツを着こなし、髪の毛もきっちり刈りそろえられて清潔感に満ちている。

女の人のサリーも色のくすんだものではないし、バッチリメイクでインドのモダンな流行に乗っている。

彼ら教育をキチンと受けている人々は外国の文化に明るく、そして何事もスマートだ。

ウェラーユーフロムもあまり言ってこない。

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順調にお金も入り出し、たくさんの人だかりができ、その真ん中で汗をぼたぼた流しながら声を張り上げる。

後ろが車道なのでクラクションに負けないためにフルパワーで歌わないといけないので喉の負担がでかい。





その時、人だかりを割って1人のオッさんが俺の前に立った。

綺麗な服を着ており、良識のありそうなおじさん。

しかしなにか不服そうな顔をしており、俺に問いかけてきた。



「君はなぜ世界一周をしている?フォーワイ?フォーワイ?」



なんだこのおじさん。この質問はよくされるけど、口調が穏やかじゃない。
この乱入者の登場に人だかりがさらに増える。


「何かメッセージを伝えたくやってるのか?」


「世界を見たいから旅しています。」


「なぜここで金を稼いでいる。君は自分のお金を使うべきだろう。貧しい人たちを助けるべきだろう。」




あー、この手の人か………

確かに俺は今物乞いの人たちの目の前でお金を稼いでいる。
彼らはいつも1ルピーとか2ルピーのコインしかもらえないが、俺のギターケースには50ルピーや100ルピー札がバンバン入っている。


不思議に思う。
それがなぜ入るのか考えないのか?

泣きそうな顔して手を口に当ててるだけで100ルピーが入るわけがない。

芸を披露してパフォーマンスをしているから入ること。



路上で金を稼ぐのに1番大事なことは目を引くこと。物珍しいこと。

もちろん実力も大事だけど、路上パフォーマンスってのはそういうもんだ。


インドで物乞いなんて野良犬と同じような風景の一部だ。そんなんで稼げるわけがない。
風船やガムを買ってもらうのは悪くない。何もなしに要求するわけじゃないからだいぶマシだ。
でももっとやり方はあるだろう。


俺がやってるのは路上パフォーマンス。誰でも見ていいし、当たり前に素通りすればいい。チケットなんてない。
お金のない人は入れないし、お金に余裕のある人がいくらかを置いてくれる。
それだけのこと。




「なぜ貧しい人たちを助けないといけないんですか?」


「君は世界を一周するお金を持っているんだろう。そんな大金があるのにここでお金を稼いでいる。良くないことだ。君は日本人だろう。裕福な国の人間だったらお金を稼ぐんじゃなくて使わないといけな、」


「僕昨日電車の中で財布すられて全財産なくなったんですよ。稼がないとご飯が食べられないんです。」


「…………ま、マジで?」



勢いよく喋っていたおじさん。同じインド人が盗みを働いたということにバツが悪くなったのか、すごすごと去って行った。



「気にすんな兄ちゃん!!やってくれやってくれ!!」


「俺たちは音楽を楽しんでるんだ!!あんな馬鹿らしいこと気にするな!!」



オッさんの登場で逆にめちゃくちゃ盛り上がり、人だかりがすごいことになった。
今夜は日曜日。目の前のレストランのマネージャーが明日は月曜だから人が出ない、今夜稼げるだけ稼ぐんだぜ!と肩を叩いてくれる。

喉が潰れるまでやってやる!!

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帰りにチャイ屋で4ルピーのチャイを飲んだ。6円。
ガラガラの喉に暖かい生姜のフレイバーが優しく染みた。

宿の独房に戻り、シャワーを浴びてベッドに倒れる。咳き込みながら体を丸めた。



今日のあがりは2630ルピーと5シンガポールドル。

計48ドル。








さっきのおじさんの言いたいことはもちろん分かる。
貧しい人々の目の前で外国人の俺が稼ぐことに違和感を抱く人もいるだろう。

しかしそんなん知ったこっちゃない。
路上は自由なものだ。誰もがアイデアと芸でお金を生むことができる。

あの物乞いたちだって、やり方さえ変えればきっといいお金を得ることができる。

あの子供たちならば、必ず大きなことをやれる。
その可能性しかない。

あんな博愛を気取るならば、彼らの可能性を伸ばすような社会の仕組みを作れないのか?
野良犬のように彼らを追い払うことしかしないで、なにが彼らを助けろだ。

すごくムカムカして体が熱くなるのは風邪もせいもある。




枕元の壁の落書きを見る。

エブリアンサーインユアハート。

青臭いよ。


電気を消して目を閉じた。

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