7月26日 土曜日
【インド】 ブッダガヤ ~ コルカタ
目を覚ますと喉の奥が少し腫れている感覚がした。
風邪の引き始めの時の症状。イガイガする。
体も少しだるい。
マジかよぉ………もう病気は勘弁してくれよ………
インド、ずっと体調悪いままじゃねぇか………
でももうこれ以上はゆっくり出来ない。
所持金はあと6千円。着実に減ってきている。
この前タカシさんにボスニアとブルガリアのお金を替えていただいたけど、そのお金も中国アウトの飛行機を買ったことでほとんどなくなった。
マジで歌わないといけない。
バラナシ、ブッダガヤはまったく稼げなかったけど、コルカタはデリーに並ぶ大都会。
地図を見たら地下鉄も走ってるような街なので、きっと洗練されたインド人が多いはず。
コルカタでまず目指すのはサダルストリート。
バンコクのカオサンロードみたいな旅人たちが集まる安宿街になってるらしい。
なにやらパラゴンという有名な宿があるみたいで、この世のものとは思えないような汚い宿とのこと。
そしてザ・インド旅人っていうインドに長くいる俺超すげぇみたいな話をしてくるようなやつらの溜まり場になってるみたい。
そいつは面白そうだ。値段もきっと激安なんだろう。
コルカタに着いたらリキシャーつかまえてスパッとそこを目指そう。
宿を出て、そこらへんのシェアトゥクトゥクに40ルピー、70円で乗り込みガヤのトレインステーションにやってきた。
電車の時間も調べていないけど、多分1時間に1本くらい出てるだろう。
だいたいの旅行者が乗る指定席のスリーパーシートは満席のキャンセル待ちになることが多いようで前もってチケットを買っておいたほうがいいが、俺は今回もセカンドクラス、いわゆるジェネラルシートに乗るのでチケットは当日で問題なし。
ていうかあのセカンドクラスってほとんどの人が無賃乗車。
インドの駅は改札もないので出入りし放題だし、セカンドクラスには車掌さんがチケットチェックに来ない。
それに多くの人が駅じゃない線路の上から飛び乗ったり飛び降りたりしてるので、まさに勝手に乗りたい放題って状態だ。
まぁそんなんだけど一応買いましょう。
11時半出発で5時間の距離。
値段は160ルピー、270円。
相変わらずめちゃくちゃ安い。
駅前のボロボロの屋台でサモサというインドならどこでも買えるスナックをゲット。
餃子みたいな揚げ物で、中にカレーが入っている。
ふたつで10ルピー、17円。
すでに汗だくなのでコーラを一気飲みし、それからチャイ屋さんで一服。
あー、俺本当チャイ好きだなぁ。見かけたらすぐ買ってる。
濃いミルクティーがタバコと本当によく合う。
ただインドのタバコはめちゃくちゃマズイが。
今日こそ地獄のギュウギュウ詰めになるんじゃないかと思っていたが、また車内はスカスカの快適な空間。
みんな座席に横になったりして楽な姿勢をとっている。
全然ヨユーだなと思いながら車内ではなく入り口のところのスペースに座り込み、売り子から5ルピー、8円のチャイを買ってタバコをふかす。
ゆっくりと電車は走りだし、車窓というか明け放たれた入り口のドアから見える景色が貧しいブロックの集落を過ぎてのどかな田園風景へと変わると、セカンドクラスの床は特等席へと変わった。
小さな駅には止まらず、それなりに大きな駅で人の乗り降りを繰り返しながら電車は進んでいく。
日記を書いたり、外の景色を眺めたりしながら快適な時間が過ぎていく。
電車の移動もいいもんだ。
しかしこののんびりした時間を邪魔してくるのは、もちろんインド人。
好奇心の塊で我慢することができない彼らは、1人で窓の外を眺めている俺のところにわらわらやってきて話しかけてくる。
話しかけてくるとは言っても、ウェラーユーフロムとユアネーム?のふたつだけ。
他の英語は喋れない。
これマジでこのウェラーユーフロムとユアネーム?を1日に2万回ずつ聞かれる。
目が合うと言われる。
後ろからトントンと肩を叩いてきて、ウェラーユーフロムと言われる。
それを言い終わったら、そこからヒンドゥー語で喋り出す。
わからないと言っても、ひたすらヒンドゥー語で。
そしてしばらくしてまたウェラーユーフロムと言ってくる。
オノレさっき聞いたやろがあああんん!!!??と怒鳴りたくなる。
頼むからリラックスさせてくれよ………とげんなりしていると、兄ちゃんたちが座席の方から1人のおじさんを連れてきた。
どうやら英語が喋れる人を連れてきたみたいだ。
どれどれ、任せときなさい、と自信満々な顔してやってきた鼻ヒゲのおじさん、万を辞しての一言目。
「オホン…………フーアーユー。」
お前が誰だこの野郎!!!
まぁ俺もヒンドゥー語喋れないので偉そうなこと言えないけどね。
とまぁそんなうっとおしいインド人に絡まれ続けていると、どこかの駅に止まった時に突然ものすごい勢いでたくさんの人がなだれ込んできた。
うおらああああ!!!どけやああああ!!!
よ、夜逃げですか!?みたいな巨大な風呂敷包みを車内にブン投げてきて、周りに膝蹴りとエルボーをかましながら突撃してくる集団。
誰もがいい場所を確保するために血眼になっており、慌てふためく俺は特等席をはじき出され、通路にギュウギュウになって汗まみれのオッさんたちに挟まれる。
ま、まぁこれがセカンドクラスだよね……!!と言い聞かせていたら、そんな大混雑の中にチャイー!!チャイー!!ってヤカンを持った売り子が登山みたいに人をかき分けてやってくる。
おっちゃん、今はやめとこうよ。
立ちっぱなしで押し合いへし合いになってると、さっきまで快適空間を共にしてちょっとした連帯感が生まれていた人たちが、こんなもんよといった表情でニコリと笑ってくる。
そうそう、こんなもんさ。
これを求めてセカンドクラスに乗ったようなもんだもん。
この状況を楽しまないとねオッさん俺の肩を肘置きにするな。
暑さはそんなにないが、さすがに狭くて疲れてきたなというところで、どこかの駅で夜逃げ集団や他のたくさんの乗客たちがゾロゾロと降りて行った。
座席が一気にがら空きになり、好きなところに座れた。
あー、やっとゆっくりできると窓際のシートに座ると、また売り子がチャイを持って回ってきた。
「あ、チャイ1杯ー。」
リラックスしてタバコでも吸うかとバッグの中の財布を取り出す。
ん?
財布を取り………
財布がねぇ。
ここに入れておいた。
さっき大混雑になる前にチャイを買ってここに財布を入れていた。
ない。
いくら探してもない。
………………………
えーっと………ちょっと整理しようかな。
えーっと、全財産なくなった。
それだけ。
うん。整理するところがねぇ。
えーっと…………
財布に40ドルと1500ルピーくらい入ってたよな。
うん、紛れもなく全財産。
少ないけどインドでは何日も滞在できる金額。
えーっと…………
わぁ、田んぼの緑が綺麗だなぁ。
ガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガク(´Д` )
ちょっと待とうか。
えーっと…………
死んだ。
あ、あれ、俺なんでこんなところにいるんだろう……?
そうだ!!ほっぺたつまもう!!
目が覚めたらアパートの部屋の中でテレビの前でチューハイ飲みながら眠りこけけてて、もー、ちゃんとベッドで寝なさいーって彼女が俺の肩をトントンと叩いているっていうやつだよね!!
そうだよね!!
トントン。
ん?
「ウェラーユーフロム。」
うがああああ!!!
このカレーが!!どっか行け!!
ちょ、ちょっとマジでどうしよう。
いくら探してもないもんはない。
あのドイツのミュラーだったかな?小物屋さんで買った皮の財布っていうか筆入れには全財産が入っていた。
他にはお守りと、証明写真と、ギターのピック。
60ドルしかなかったけど、それだけあればご飯も食べられるしトゥクトゥクにも乗れるし宿にも泊まれた。
それがゼロ?
え?チャイも飲めねぇ。
水も買えない。
トゥクトゥクでサダルストリートに行くどころか宿に泊まる金がねぇ。
う、嘘だろ!!
あああああ!!!!
なんてこった!!!
マジでやべぇ!!!こればっかりはマジでシャレにならねぇ!!!
電車の中で1人呆然としながら頭をフル回転させる。
と、とにかくギターはある。
歌えばなんとかなる。コルカタだから場所さえ間違わなければ多分稼げる。
問題はこの電車がどこに止まるのか。
コルカタといっても中央駅なのか郊外の駅なのか。もし乗り換えなければいけないような距離だったら電車賃すらない。中央駅だとしてもその周辺に歌えるような場所があるのか。
インド滞在はあと5日。
そして中国に飛んで中国のアライバルビザ代が1700円だからそれは確実に必要っていうかそんな先の話じゃなくて今日の飯どうしよう。
今朝サモサふたつ食べただけなのでお腹が減って仕方がない。
もうペットボトルの水も残りわずか。
ああ………鼻水がジュルジュルだ………
なんでこんな時に風邪ひきかけなんだよ…………
俺の絶望した顔を見て話しかけてくるインド人たち。
身振り手振りで説明すると、さっきまであんなに興味津々で話しかけてきてたのに、いきなりみんな離れていった。
関わり合いになりたくないって感じで。
ははは………もういいよ、たったの60ドルだもん………持ってけ泥棒だよ………
持ってけ泥棒って言葉そのまんまだね…………
持ってかんでよ……………
5時間で着くと言っていたのに電車はいつまで経っても走り続け、夕日を眺めながら1人で焦りまくる。
早く着いてくれないと歌う時間がなくなってしまう。
駅に着いてもサダルストリートまで歩いて行くしかないし、その周辺に歌える場所があるかどうかなんてわかったもんじゃない。
時間は18時を過ぎた。
頼むよおおおおお!!!
電車の中で座っていられずにウロウロしながらドアを叩く。
空腹と風邪気味のダルさとアドレナリンで手が震えてしまう。
やらなきゃ、やらなきゃ終わりだ。
インドで野宿はシャレにならない。マジで命の危険がある。
とにかくダッシュでサダルストリートの周辺まで行くぞ。
電車は2時間半遅れて19時にコルカタの駅に着いた。
到着と同時に飛び降りてダッシュでプラットホームを駆け抜ける!!
というわけにはいかない。
人が多すぎる。
大混雑の中を荷物を抱えてかいくぐっていくが、駅がでかくて出口すらわからん。
やっとこさ外に飛び出すと、そこはもうバイクとバスとトゥクトゥクとリキシャーが狂ったように飛び交うクラクション地獄。
すでに日は沈んでおり、汚いボロボロの街の中はやはりどこまでもインドだった。
「ハローフレンド!!どこ行く!!サダルストリート!?OK!!カモン!!」
「カモンじゃねぇ!!俺は金がねぇんだ!!」
「OK!!200ルピーでいいよ!!たったの200ルピー!!」
「だから金がねぇっつってんだろがこの野郎!!今盗まれて1ルピーもねぇんだよ!!」
「OK!!100ルピーでいいよ!!」
「消えろ!!」
「50ルピイイイイイイ…………」
客引きたちを振り払って、デコボコ道をキャリーバッグをガツンガツン引きずりながら、とりあえず賑やかな大通りへと出た。
イカれたレーシング会場になっている通りは路面電車まで走っていて、よくこれで交通が機能してるなってほどの無秩序状態。
汗と汚れでこの世のものとは思えないような顔で、サダルストリートはどこですか!!と道ゆく人に聞きまくる。
あっちと指差すほうに向かってとにかく急いで歩いた。
ボロボロの地面、ボロボロの建物、ギターに吠えてくる野良犬、ギターを見て弾いてくれよ!と言ってくる屋台のオッさん、クラクションの嵐、嵐、嵐。
腹が減って体がだるくて座り込みたくなる。
荷物が重い。手が痛い。
でも早く歌わないと飯が食えん、宿に泊まれん、水も飲めん。
気合いしかない!!
汗まみれのドロドロになりながら1時間くらい歩いたころで一本の通りに出た。
あ!!なんだここ!!ケンタッキーがある!!マクドナルドがある!!
バーやレストランがたくさん並んでいて綺麗な服装の人たちが歩いている!!
ここしかねぇ!!!
物乞いや物売りの人たちがかなりいるが、彼らから離れて賑やかな歩道の脇に荷物を投げ捨ててソッコーでギターを取り出す。
あああ!!真後ろが道路だからクラクションがうるせぇ!!
うおらぁ!!根性!!
1時間半後。
体力が限界を突破してギターを置いた。
もう1ミリも歌えねぇ………
ポケットの中には930ルピー。1500円。
や、やった………
飯食える………宿泊まれる………路上ってすげぇ………
ついさっきまで無一文だったのに今俺は飯も食えるし宿にも泊まれる。
ギターあってマジでよかった………
鼻水ジュルジュルになりながらそこらへんの商店で水を買い、お金払うなりすぐにがぶ飲みした。
冷たい水が身体中に染み渡った。
はぁ………疲れた…………
今日のありがとうヤバかった。
うあ、あ、ありがとうございますうううう!!
って情けなく声を震わせながらほぼ全員と握手させてもらった。
10ルピー札、たったの17円がめちゃくちゃデカく感じたし、聴いてくれてるたくさんの人だかりの拍手と笑顔が心底嬉しかった。
こんなに感謝したの久しぶりだったかもしれない。
こんなに気合い入れて歌ったのも久しぶりだったかもしれない。
もう一刻も早く横になりたい。
どうやらこの通りはパークストリートというコルカタの盛り場らしく、サダルストリートはすぐそこみたいだった。
言われたほうにフラフラ歩いて行くと、ネオンがたくさん光るそれなりに賑やかな通りがあった。
カオサンには程遠いが、ある程度観光客向けの通りになっている。
そしてすぐに客引きが声をかけてくる。
ホテルはどこだ!?俺の知ってるとこは安いぜ!!
そんなことを言ってくるオッさんたちに道を聞きながら、やっとこさ裏路地にあるホテルパラゴンに辿りついた。
や、やっと横になれる………
頭がショートしそうになりながら、その怪しげな建物に入り、怪しげな爺さんにドミトリーでお願いしますと言った。
「あ?ドミトリーはないよ。シングルが300ルピーだ。」
えええ!!シングルが300!!500円!!
この世のものとは思えないほど汚いって評判のくせに500円!!
しかもWi-Fiなし!!
ブッダガヤではWi-Fiありでシングル100ルピーだったのに!!
ちょっと他も見てきますと行ってサダルストリートを端から端まで見て回ったが、どの宿もドミトリーはなくシングルが500ルピーとか600ルピー。
高すぎるだろ………
さっき稼いだ金は900ルピー。
300ルピーはきつい。
なんとか200ルピーでないかとさまよい続け、23時を過ぎて口から魂出てきそうになったころに奇跡的に200ルピーの部屋を見つけた。
そこはもう監獄というかただの廃墟にベッドをドンと置いただけのボロいにもほどがある部屋だったけど、もうそんなことは関係ない。
荷物を置いて落書きだらけの壁に手をついた。
明日も、明後日も、インドを出るまで歌い続けないといけない。
大丈夫、なんとかなる。
ギターと根性さえあればきっと乗り越えられる。
足がインド人並みに汚い………
水シャワーを浴びて汚れを落としたら、朝から何も食べていないということも忘れてベッドに倒れた。