7月22日 火曜日
【インド】 バラナシ
久美子ハウスはガンジス川に面した階段の上にせり出すように立っている。
そのため遮るものはなにもなく、部屋の窓からも屋上からもすぐ目の前にガンジス川を一望することができる。
朝、のんびり起きてから屋上に上がり、タバコをふかす時間がとても贅沢。
遠くで誰かの声が聞こえ、渡し舟が川に小さく浮いている。
右側にも左側にもここと同じような川岸のガートが伸びており、いつ見ても歴史映画の中に迷い込んだような錯覚を覚える。
おぼろげな記憶が浮かぶ。
夢の中の風景。
宿を出て路地裏のいつものチャイ屋で5ルピー、8円のチャイを飲み、牛と日本語を喋る客引きたちに挨拶をしながら大通りへ。
道幅が広がるメインガート前の通りに出ると、オレンジ色の服を着た巡礼者たちで洪水のように混雑している。
牛の糞にたかったハエがぶわりと舞い上がり、扉もなにもない公衆便所から汚水が流れ出て、それらの生活の不快な匂いが鼻をつく。
砂ぼこりとクラクションと雑踏。
今日もバラナシはいつもと変わらぬお祭りだ。
日本人が集まる町にはだいたい日本食レストランがある。
有名なところではネパールの絆ってお店。
脱サラ課長のたいさんがメニューを提供したりと、日本人にとってとても名の知れた存在なんだけど、ここはマジでウルトラ美味いそうだ。
絆のご飯を食べるためにネパールに行くって人も少なくない。
それだけ旅をしてる人は日本食に飢えている。
なので美味しいお店があったらみんなこぞって足を運ぶ。
このバラナシにもやはりある。
メグカフェというお店で、バラナシで会った日本人は口を揃えてメグカフェはヤバイと言っていた。
カレーもそろそろ飽きてきたしそこまで美味しいって言うなら行ってみよう。
ここ。
路地裏の路地裏の路地裏の細い奥まったところにあった。
ふーん、まぁ外観は普通だね。
ていうか結構小さいね。
テーブル4席くらいか。
ま、とりあえず一発かましとこうかな。
やっぱり舐められたらいけないからね。日本食作ってるってだけで日本人が集まってくると思ってたら大間違いだぞってとこを教えてあげないとね。
ここは九州流にかましてやろ。
さーてと、
ドアを全力でブチ開ける!!!
「オラアアアアアアアアアアアア!!!!!!!とりあえずフェラしろやあああああああああ!!!!!!!」
下半身全裸で店に怒鳴り込んだ瞬間、チンチンが小さくなった。
あへほっひいい!!!!!
え、う、嘘………エアコンが…きいてる?
インドでエアコンとかあったの………?信じられない………
「いらっしゃいませー。」
先制パンチを食らってたじろいだところに綺麗な日本人女性の笑顔ですか。
なめんなよ?
俺は九州男児だぞ?
ちょっと綺麗だからって調子に乗ってたらインド人にセクハラされるぞ!!
あ、インド人男性と結婚してらっしゃる。
あ、赤ちゃん可愛いっね、チュっす。
「Wi-Fiありますからどうぞー。」
ははは、日本人がすぐiPhoneいじってインターネットばっかりやってると勘違いされてるみたいですねパスワードなんですか?
さ、仕方ないから美味しいと評判の料理を食べてやろうかな。
俺の得意料理のかき揚げ丼にしてみようか。
150ルピーですか、250円と。
俺、上野駅とアメ横の間にある高架下の立ち食いそば屋さんのかき揚げ丼がすごい好きなんだよね。
岡山にもかき揚げの美味いうどん屋さんがいっぱいあるからかき揚げにはうるさいんだよね。
こんな三度の飯よりカレーが好きみたいなわけわからん国の食に染まっちゃってるかき揚げ丼なんてマジでたかが知れてるので全然期待とかしてませんよ♬
もうこのパターン何回やってるだろ。
衝撃の美味さです。
米がヤバイです。
バラナシには日本食レストランって言ってカツ丼とか出してるお店がいくつもあります。
そこそこ食えるけどインド人が作っているのでやっぱり見よう見まねでしかないし、米が絶望的にマズイ。
ていうかカツ丼って書いてて、豚はヒンドゥーなので食べられないからチキンカツ丼。
メグカフェの米すげえ。ほぼ日本。
マジ美味い。
話では12年営業してるらしいです。
ただの老舗ですね。
しかもちゃんとしたアイスコーヒーなんかも飲めます。
エアコン効いててWi-Fiあってこれだからもうここに住みたいです。
店内には日本人の姿はほとんどなし。
もっとわんさかいると思ったんだけどな。
代わりにいるのは大量の韓国人。
バラナシは少し前まで日本人バッグパッカーだらけだったそうだが、最近では韓国人に押され気味なんだそう。
路地裏には韓国語の文字がたくさん見られるし、久美子の周りには韓国人宿だらけ。
日本人もかたまって集団で行動したがる国民だけど、韓国人はもっとすごそう。
韓国人のくせに韓国人宿に泊まらないとハブられてしまうそうだ。
ご飯を食べているとケンゴ君がやってきて、大地君とユウ君と4人で美味しい美味しいと米粒ひとつ残さずたいらげた。
それからぼちぼち散歩して、ブルーラッシーに行ったり、火葬場の嘘つきたちのところに言って嘘つかれて遊んでみたり、罰ゲームでやっとケンゴ君を負かして、潔癖症気味なケンゴ君を膝までガンジス川に入らせることに成功したりと、非常に地味な、なんということもない昼下がり。
写真撮るならお金ね。
大地君とユウ君はこれから歩いてぐるーっと橋の方まで行ってガンジス川の対岸に行ってきますと言うが、年配組の俺とケンゴ君はそんなに歩きたくないので、何しようか……と悩んだ結果、インドといえば!!という場所に行くことに。
やってきてのはここ。
うん、何屋さんかひとつもわからん。
映画館です。
インド映画って面白いですよね。
内容はワンパターンだけど、ベタなところもミュージカルの軽快さも好きです。
それよりなにより、インドの映画館って映画に盛り上がって感情移入しすぎたインド人たちが、あまりにエキサイトして、イヤッフオオオオオオウウウ!!!ヒョオオオオオオオ!!!と声をあげて興奮しているらしい。
面白そう。
是非そこに混ざりたい。
チケットを買い、ボロボロの怪しすぎる雑居ビルの中のドアを押した。
チケットは1番安い席が80ルピー、140円。
うん、みんな行儀いいです。
おとなしく座って見てました。
イヤッフオオオオオオウウウ!!!とか叫ぶ人いないです。いたらバカですね。
映画はヘイトストーリー2というやつでした。
2なのできっと人気あるやつだと無意味な期待をします。
内容は恋人をギャングに殺された女がギャングを1人1人血祭りにあげていくという、セクシーあり、ガンファイトありのベタなやつでした。
1見てみようかな、とかそんな気にはまったくなりません。
みなみにさっき久美子さんに映画館に行きたいですと、道を聞いたところ、充分気をつけなさいと教えてもらった。
映画館の中で睡眠薬で眠らされ、全部持っていかれたという旅行者がたくさんいるんだそうだ。
スリも多いらしく、映画館だけでなく人混みの場所ではとにかく注意しないといけないとのこと。
こういうスリとか睡眠薬強盗って注意しようにもマジで全然気づかなかったりして、防ぎようがない。
デリーでの話だけど、道で仲良くなった人から飲み物かなんかをもらって飲んで、そこから気を失って次に気がついた時には病院のベッドの上。
荷物はもちろん全部なくなっており、とぼとぼと宿に帰ると2日分の宿代を請求された。
なんで?と聞くと、2日間戻ってきてなかった、と言われた。
ってな話。
冗談抜きで致死量の睡眠薬を入れてくるらしい。
そういうのは仕方ないとして、高額ツアーを組まそうとする詐欺に引っかかる人は、これはもう完全に自分の責任だよな。
デリーでツアー詐欺で9万やられたバッグパッカーがいたらしいんだけど、何がそんなに高いって、ツアーに含まれていたホテルがインド国内でトップレベルみたいな豪華ホテルだったらしい。
そんで怒ったそのバッグパッカーは復讐してやるっていってタイに行ってムエタイの養成所に3ヶ月通って鍛え上げてインドに戻ってきて、バトルに行ったとか行かなかったとか。
インドは基本的にそんなに治安は悪くない。
よほど夜中に1人歩きとかじゃなければ問題ないと思う。
東南アジアのほうがよっぽど危険だ。
でも盗難は多いみたいなので気をつけないとな。
あと嘘つきにも。
あ、嘘つきに騙されてムカついたので仕返しにおちょくったら、その後インド人に集団でリンチされたって話もあるので、あまりインド人を舐めないほうが良さそう。
映画館を出てやりこともなくぶらぶらして、暇なので飯食って早めに宿に帰ろうかとメグカフェへ。
しかしメグカフェは夜は営業しておらず、すでに閉店していた。
ああー、残念………
じゃあケンゴ君も俺も明日バラナシを出ることだし、ニューデリーに戻るケンゴ君とはもうこの旅で会うこともないだろうから、最後に贅沢しようぜということに。
わざわざリキシャーで50ルピー、90円払ってやってきたのは、
ガンジス川から結構離れたショッピングモールの中にあるモティーマハラっていうお店。
めちゃくちゃ高級なインド料理屋さん。
注文したのはタンドリーチキン。
僕タンドリーチキンが何か知りません。
タンドリーチキンの定義ってなんですか?
どっかで食べたことあるかもしれんけど、ここはやっぱり本場を食べとこう。
インドのタンドリーチキンって高いんだよな。
タンドリーチキンだけめちゃくちゃ高い。
でもここは鳥ばっか食べてる宮崎県民としては引き下がれない。
今後タンドリーチキンとはなんぞやという話題になった時に超語るため実食しておこう。
うん、まぁ、美味いですよ。
なんかスパイスがいっぱいついててとてもジューシーでした。
ナンも美味しかったです。
その上でもう一度。
タンドリーチキンの定義ってなんですか?
メインガートへと戻ってきて、サンタナとの分かれ道でケンゴ君と別れた。
色んなところで遊んだケンゴ君ともこれでバイバイ。
帰ったらソッコーで池袋にトンコツラーメン食べに行くらしい。
そうか…………
ちょっと前ならムカつく!!って言ってたけど、ふと気づけば俺ももうあと1ヶ月ちょいでラーメンが食べられるんだよな。
チキン南蛮も。
嬉しい。けど寂しい。いや、寂しいというより少し怖い。
日本てどんな国だったっけか。
もうすぐなんだよな。
「それじゃあ帰ったらラーメンの画像送りますね!!気をつけて!!」
最後まで爽やかだったケンゴ君と別れ、俺も宿へ帰った。
久美子ハウスはいつものように停電していた。
もちろん久美子ハウスだけでなく町ごと停電しているので路地はとても暗かった。
3階のドミトリーに上ると、そこには誰もいなかった。
唯一の宿泊客だった大地君も出ていってしまい、この広いフロアーに俺1人。
無言で部屋をウロウロ歩き、iPhoneでライトをつけてシャワーを浴びる。
真ん中にある小さな机には将棋盤が置いてあり駒が散乱しているが、なくなった駒があるようで紙を切り抜いて歩とか桂馬とかの手書きの駒が混ざっている。
その横にボロボロになってるマンガが積んであったので薄暗い明かりの下で床に寝転がってこち亀を読んだ。
まるで友達の家に遊びに来たような感覚。
でもその友達が出かけている時の寂しさってのはなんともいえないものがある。
マンガを閉じてギターを弾いた。
誰もいない部屋にギターが響く。
明日出るつもりだったけど、もう1泊だけしようかなとベッドに横になった。
眠りそうになっていると、ふいに部屋に風がおこった。
停電が直って天井のファンが回り始めようだった。