後半スタート………
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マジでこんなところにあるのか?というほど路地裏を突き進み、牛をかいくぐり、生活路地にもほどがある人々の暮らしの中に迷い込んで行くと、そこにはいかにも怪しげな日本人宿があった。
玄関には久美子の家と描かれた文字とともに、無数の日本語が書かれ、雑然とした雰囲気が漂っていた。
こ、これか…………
中には数人の日本人がいた。
薄暗いリビングはただの人の家といった雰囲気。
そこに恰幅のいい年配のおばさんがいた。
「あ、く、久美子さん……ですか?」
「そうだよー、お腹空いてる?朝ごはん食べなー。」
完全に部屋着でインド人と化している久美子さん。
なんだこのラフな場所は。
ニッコニコのその久美子さんの柔らかい空気にすぐにホッとして朝ごはんをいただくことに。
「あ、おはようございます!!今着いたところなんですか?僕、大地っていいます!!はじめまして!」
ソファーに座っていた日本人の若い男の子がすごい爽やかな笑顔で声をかけてきた。
おお、なんかもっと暗いイメージだったけどとてもフレンドリーな場所じゃんか。
久美子さんお手製の美味しい朝ご飯を食べながら値段を聞いてみて驚いた。
久美子ハウスにはオールド久美子とニュー久美子のふたつがあるようで、今やってきた新しいほうの久美子には個室しかないらしく、シングルが200ルピー、340円。
こんなデカイ個室が200ルピー。
ちなみにサンタナはドミトリーがこの値段。
そしてオールド久美子にあるドミトリーの値段。
80ルピー。130円。
すげぇ!!
おそらくバラナシ最安の値段。ていうかインド最安。
その秘密は久美子ハウスの老舗っぷりにあった。
なんとこの久美子ハウス、バラナシに宿を構えて35年という超老舗。
まだ日本人宿どころか日本人観光客もほとんどおらず、宿自体数件しかなかった時代に久美子さんが作った場所だった。
当初の値段はドミトリー5ルピーだったそう。
これまで一体何百人、何千人の日本人がここに泊まってきたことだろう。
その歴史の古さが漂う建物はまさに旅人の巣といった雰囲気。
これぞインドの安宿という代名詞だ。
それに加えて久美子さんの優しい人柄と、お金?チェックイン?そんなの後でいいよーというラフさに一発で虜になってここに泊まることにした。
ニュー久美子のシングルルームに荷物を置いたら早速町を探検することにした。
とにかく牛と牛のウンコと野良犬と牛が立ちはだかる裏路地を抜けて歩いていく。
いきなり細い路地に牛がいる姿はかなりビビってしまうが、なんとか体を横にして、尻尾をブンブン振っているのをかいくぐって歩いていく。
子供たちが駆け回り、オッさんたちがだべっているこの迷路は完全にバラナシの人々の生活の場であり、どの路地にも濃密なインドの臭いが染みついている。
そんな路地をさまよっていると、突然建物の隙間から太陽の光が差し込んだ。
まばゆい空が広がり、その下に広大な大河が流れていた。
これがガンジス川………
もっとおどろおどろしくて地獄の一丁目みたいな雰囲気に包まれているのかと思っていたが、実際に見るガンジス川は柔らかい太陽の光に照らされてきらきらと輝き、清浄な静けさに満たされていた。
緩やかに弧を描きながら流れており、そのちょうどRになっている部分にこのバラナシの町ができあがっている。
対岸は何もない平らな岸辺が広がっており、その向こうに木々の連なりが見えた。
小さな手漕ぎのボートがいくつも川に浮いており、対岸とこちらを結んでいるようだ。
バラナシ側の河岸には大きな建物が並んでおり、まるで数百年前からなにひとつ変わっていなそうな歴史的で重厚な石造りの建物だ。
その河岸を人はまばらに歩き、そして水際で数人のインド人が体を洗っていた。
ジャバジャバと、いつものことのように。
あまりに静かなその光景。
立ち尽くしていると野良犬がやってきて足元に座る。
小さな女の子がやってきて日本語でコンニチハーと挨拶してくる。
その女の子の瞳の美しさにふとどきりとした。
とても綺麗な風が吹いている。
路地裏を探検しながら、出会う人誰もがオススメしていたブルーラッシーというラッシー屋さんへ。
ただの小さな汚いラッシー屋さんなんだけど、なぜかここがめちゃくちゃ観光客に人気がある。
店内には欧米人とアジア人の旅行者だらけだ。
話のタネにひとつ注文してみた。
人気の秘密はここがただのラッシーではなく、マンゴーやバナナなど様々なフルーツをミックスしたラッシーを出してくれること。
アップルラッシーを注文した。40ルピー、70円。
まぁ美味い。
フルーチェ。
ラッシーをパクパク食べていると、何やら目の前の路地を神輿のようなものを担いだ人たちがさっきから通っている。
きらびやかで派手な布でくるんだ何かを載せたその神輿を、掛け声を上げながら男たちがどこかに運んでいく。
よく見てみた。
その原色のインド的な布でくるまれたもの。
細長く、先っぽの部分が丸く出っ張っており、下に行くにつれ細くなっている。
もしかして、あれ、死体じゃないのか……?
布のシルエットが人間の形にしか見えない。
そういえばこのバラナシには人間を燃やす火葬場がガンジス川の河岸にあると聞いたことがある。
この神輿は今まさにその火葬場へと運ばれているところじゃないのか?
ラッシーを飲み干してゴミ箱に容器を捨てて店を出、神輿が向かう路地をついて行った。
たくさんの人が行き交う迷路の中を少し奥地へと進んで行くと、向こうの方に無数の木が積み上げられているのが見えた。
ものすごい量の丸太や枝が周りの建物を埋め尽くすように積み上がっている。
あ、この辺りかな、というところだった。
「ヘーイ!!ヘイヘイ!!!ストーップ!!ストップーー!!!!」
誰かの叫び声で振り返ると、道の脇に座っていた10人ほどのインド人の男たちがこっちを見て何かを言っていた。
無視して神輿が進んで行った道に入ろうとすると、さらに男たちは大声を出し、数人がこっちに走ってきた。
「バカ!!アナタバカヨ!!ココハファミリーダケ!!」
「バカ!!ツーリストハココカライケナイ!!コッチカラミナイトイケナイ!!」
ああ、そうなんだ。
まぁ確かに火葬場にズカズカ入っていくのは普通じゃないよな。
ここから先は親族しか無理なんだろう。
男たちは、下に降りることはできないがこの上の建物のバルコニーからなら見ることが出来るという。
そういうことならと、男について丸太の間を抜けて廃墟の建物に入った。
さぁいってみよう、第3回戦。
【金丸文武 VS 火葬場の詐欺師】
このバラナシの火葬場には、蒔代と称して観光客から寄付金をせしめようとする詐欺師がたむろしており、その強引すぎる手口で多くの人が被害に遭っているというのは有名は話。
こいつが噂の火葬場詐欺か。
なるほど楽しませてもらおうか。
展望台の入り口には物乞いの婆ちゃんが座っている。
その前を過ぎて中に入ると、ガランとした何もない廃墟になっており、バルコニーから確かに火葬場を一望できた。
ガンジス川の川岸にたくさんの焼き場が並んでおり、そこでいくつかの木々が火と煙を上げていた。
さっきのお神輿がこの火葬場に入ると、死体をくるんでいた布がはがされる。
すると中から無地の布で巻かれたミイラのような遺体が現れる。
木々が積まれ土台が作られると、その上に遺体が乗せられる。
火がつけられて燃え上がるまで、結構時間がかかる。
布を巻かれた遺体は他の丸太と同じ色で静かに燃えており、人間が燃えているという印象はそこまでない。
今目の前で人間が燃やされているという事実は、イメージしていてほどの衝撃ではなかった。
ただガンジス川の穏やかな光と、人間が燃やされているというふたつのコントラストには不思議な美しさがあった。
それはまるで三途の川。
川辺の鬼と、この世の狭間。
「この火葬のために木がたくさん必要になります。死体をひとつ燃やすのに3時間くらいかかります。うんたらかんたら……」
眺めている俺の横でひたすらしゃべっている兄ちゃん。
いかに木に金がかかるかということを説明している。
「うんたらかんたらうんたら………聞いてますか?私の言ってること理解してますか?」
「……………」
「なんで返事しないんだ?私と話したくないのか?」
「…………」
「おい、話を聞け。お前は聞かないといけない。これはとても神聖な場所なのだから。」
「…………」
「お前、話を聞け。追い出されたいのか?」
「……………」
金丸選手、まずは完全なる無視作戦からの出だしとなりました。
しかし詐欺師はまったく攻める手を緩めない。
もはやこの廃墟の中は彼らのテリトリー。
火葬場を見下ろすとたくさんの人がいるのでおそらく彼ら真面目に火葬場で働いてる人たちの目の前でそうした嘘で金をせしめる行為は彼らには出来ないのでしょう。
なのでこうして人目につかないところまで連れてきて時間をかけてじっくりやろうって魂胆のようです。
「おい、お前!!話を聞いているのか!!おい!!」
「あー、もううるさいなぁ。なんなの?カレー食べたいの?そこにいっぱいあるよ。」
「お前はここで火葬場を見るにはあそこにいる老婆に寄付金を払わないといけない。彼女はこれから死ぬ。でも蒔代がないので燃やされない。そういう遺体は燃やされずに川に流されるだけ。これはとても悲しいこと。だから蒔代が必要なんだ。彼女にドネーションを払いなさい。」
「でも、みんな払わないでいいって言うよ。ガイドも、宿の人も、ツーリストインフォメーションの人も、ガイドブックにも書いてるよ。」
「なんて書いてあるんだ?」
「お前たちはクソだから無視してればいいって。バッドカルマって言ってくるって。」
「俺たちはガイドブックなんて関係ない。ここは俺たちの土地でお前の父親の土地ではないだろう。俺たちの土地だからお前は払わないといけな……」
「黙れ。日本人は騙されやすいか?日本人からはお金とりやすいか?」
「お前はバッドカルマだ。お前の家族に不幸が訪れる。お前の子供にもだ。金を払え。今すぐあの老婆に払うんだ。」
「ドネーションだろ?ドネーションの意味を知ってるか?払いたくなったら払うんだよ。お前のせいでもう払いたくない。お前がうるさいから。」
「払え!!金を払え!!バッドカルマ!!」
はいはい、どっか行け、と背中を向けたらその兄ちゃんが俺の肩を掴んで振り向かせようとしてきたので、ムカついてそいつの胸を突き飛ばしたら、拳を振り上げて突っかかってきた!!
バルコニーの上で顔面を近づけて一触即発の2人!!
これは足を止めての打ち合いとなりそうです!!
「俺に触れるな。おい、触れるな。」
「金を払え。お前は金を払わないとここから出さない。」
たいがいここまで来るとどこの客引きも諦めるもんだけど、さすがはインド人です!!
まったく引きません!!
大したものです!!
おーっと、ここで金丸選手、少し間をとり始めました。
こうして火葬場を眺め、観光客としてその異文化を物珍しさで見物させてもらっていることには1ミリも変わらないということは事実です。
これを蒔代とかしょうもないこと言わないで、いっそ観覧料としてチケットでも作ればこんなにモメることもないでしょう。
この火葬場はもちろん神聖なもの。
お金にかえる部分ではないというルールもありそうです。
それをこうした悪いインド人が嘘をついて観光客から金をとっている。
物乞いのお婆ちゃんももちろん彼らとグルで、ここに座ってなよと言われてることでしょう。
バラナシには、インドにはこうしたこすい小悪党がたくさんいます。
それもまたインドという国なんだ、そう思い始めた金丸選手。
「俺はお前とケンカなんかしたくないんだよ。な。お前が金をどうするか知らないけど、寄付はしてもいいよ。」
「もちろんです、私もあなたとファイトなんてしたくない。私はただこの老婆のことを思っていくらかの寄付をお願いしてるだけです。私のためじゃない、この老婆のためなんです。」
まぁ他所では絶対に見られないものを見物させてもらったんです。
ここはこいつらにというよりバラナシに寄付するつもりでいくらかチップを渡してもいいでしょう。
そんなに目くじら立てて詐欺師詐欺師!!絶対許せん!!みたいなこと言う必要はないのかもしれません。
財布から50ルピー、90円を取り出して老婆に渡した金丸選手。
その瞬間、老婆がチラリと男を見る。
合図を出すように。
「蒔は1kgが250ルピーなのです。250ルピーお願いします。」
「1kgが400円てどんな高価な木なんだよ。日向木挽なめんなよ。」
それからもしばらく足りない足りない言っていたが、ようやく金丸選手から離れた老婆と男。
この勝負、金丸選手の試合放棄となり、火葬場の詐欺師に軍配が上がりました。
見事金をせしめた男たちはこれからもこの展望台で観光客たちに嘘をつき、しつこく金を要求し、金を儲けていくことでしょう。
いつか自分たちの蒔を買うために。
展望台を降り、ここから先は家族しか行けないと言われた道を普通に歩いて行くが、もう嘘は通じないので男たちは平然とお喋りをしてる。
そして火葬場にやってきた。
すぐ目の前で人間が焼かれていた。
焼き場で働いている男が長い竹竿で炭をひっくり返し、火の強さを保たせている。
灰が舞い上がり、すぐ横でゴミをあさっている山羊の頭に降りかかる。
牛と、犬と、山羊がいて、後ろの建物の屋根には猿がいた。
みんなが人間の死に群がっている。
焼き場の男が竹竿を火に突っ込みグイと返すと、木と一緒に人間が上に出てきた。
その体は手足の細い部分がなくなり、背中と頭の骨の多い部分を残して焼けてなくなっていた。
その魚の焦げカスみないな人間を突然その男は竹竿でバンバン!!と叩いた。
びっくりするけれども、周りの男たちは表情ひとつかえない。
男はまた竹竿を振り上げてバンバン!!と焦げた人間を叩いた。
まるでほぐして早く燃やしてしまうために。
人間が人間を焼いていた。笑いながら。
まるでゴミ焼き場で不用品を燃やしているかのようだった。
路地裏をさまよい、大通りに抜けると空はもう暗くなり始めていた。
夕方になり人通りはさらにごった返し、巡礼者が道を埋め尽くしていた。
その人の流れに乗ってガートへと歩いていく。
川岸の階段にさしかかった頃、水辺の広場で何かやっているのが見えた。
怪しげなインド音楽が鳴り響く広場にはものすごい数の人が集まっており、その中央で5~6人の男が祭壇のような台の上に立ち、祈りの踊りを踊っていた。
照明がその異空間を照らし出し、鐘の音が絶えず鳴り渡り、人々は一心不乱に手を打ち、手を合わせ、祈りを捧げていた。
恍惚とした表情の人もいる。
な、なんだこれは………
一見観光客向けの見世物のようにも見える。
しかし広場に集まっている人は90%以上がインド人であり、写真を撮ってる観光客はほんの少し。
このプージャーと呼ばれるシヴァのセレモニー、毎日ここで行われてるとのことだが、これは完全に地元の人たちのための神への祈りの時間のようだった。
頭の中が混乱してトランスを起こしそうな音楽と視覚の洪水の中、突如雨が降ってきた。
あっという間に土砂降り雨となり、広場にいた人たちが一斉に屋根の下を求めて散り散りに走り出した。
俺もすぐに近くの軒下に飛び込み、インド人たちに揉みくちゃになりながら隣のおじちゃんと笑った。
儀式は途絶えることなく行われ、ガンジス川へと向かって男たちが炎のついた銀細工をふりかざす。
煙が広場に立ちこめ、ふと怖くなるほどの神聖さが夜の下に繰り広げられる。
横で雨に濡れながら祈る老婆たち。
雨ざらしで地面に座り込み、恵みの金を待つ物乞いたち。
ふとめまいさえ覚える。
まるで冥界の門がここに口を開けているかのようだ。
なんて場所だ。
バラナシは世界で1番あの世に近い町だ。
第4回戦
【金丸文武 VS バラナシ】
完璧KO。