7月19日 土曜日
【インド】 バラナシ
三段ベッドの1番上を選んだのは、インドの列車が凄まじい混雑になり、下のベッドだと人の洪水に巻き込まれてベッドを占領されるというイメージがあったから。
しかし実際はそんな洪水などまったく起きず、全員キチンと自分に割り当てられたベッドを使用して、あぶれている人といえば電車の連結部分のスペースに数人が座り込んでいるくらいだ。
ただひとつ文句を言うとすれば、10秒おきくらいにチャイ売りのオッさんが電車内をチャイ~!!チャイ~!!と大声を出しながら歩き回ること。これを朝の5時前から開始するので、それで強引に起こされてしまった。
それ以外にはまったく不満はなく、窓から見えるゴミの中で暮らす人々の家も、雨でできた沼を豚が歩いているという世紀末みたいな光景もまたインドなんだなと穏やかな気持ちにさせてくれる。
まぁこれはスリーパーシートであって、本当の地獄の電車はジェネラルシートというものらしいので、もう少し体調が良くなったら次の移動で乗ってみようかな。
暖かいチャイを飲みながら、窓の外の光景をずっと眺めていた。
おじさんが朝の7時半にバラナシに着くよと言っていたが、まさに7時半ドンピシャに電車は駅に滑り込んだ。
なかなか大きな駅で、ニューデリーにひけをとらない混雑でごった返している。
そして電車を降りたその瞬間にプラットホームで客引きのゴングが鳴る。
インド屈指の観光地で、騙されやすい日本人が大挙するこのバラナシ。
さー、どんな嘘で楽しませてくれるかな。
第1回戦
【金丸文武 VS リキシャーマン】
さぁ始まりました、世界三大ウザい国の一角と言われるインド。
初戦はそのインドの客引きとの戦いになります。
どんな試合になるのか楽しみです。
「ガンガー!!ガンガー!!ガンジス川に行きたいんだろ!!」
「ウェラーユーゴー!!チープホテル!!チープ!!」
おっと、早速リキシャーマンたちの先制攻撃です!!
駅舎を出た瞬間バッグパッカーを取り囲んで好き勝手叫び散らかすので、この時点で金丸選手、戦意喪失しております。
ブッブー!!
ビービービー!!
ブワアアアアアアアア!!!!
ああっと!!金丸選手、あまりのクラクションとエンジン音のやかましさにオシッコを漏らしております!!これはいけません!!
ゴミの山が異臭を放ち、野良犬と野良豚がゴミを漁り、その横で人が死んだように寝ている光景を見てサンドバック状態!!
そこに容赦無く攻めかけるリキシャーマン!!これが彼らの必勝戦法です!!
「チープホテル!!ガンガー!!ガンジス川!!」
「い、いくらですか………」
「とても安い!!スペシャルプライス!!フォーユー!!日本人マジ最高!!さ!!早く乗って!!」
「だからいくらですか………?」
「スペシャルプライス!!何も心配いらない!!私日本人たくさん知ってる!!」
「だからナンボかって聞いてんだろがコノヤロウ!!」
「300ルピーになりまする。」
「消えろ!!」
さすがはリキシャーマン。言いたい放題です。
ここからガートと呼ばれるガンジス川の川岸までは100ルピー出せば充分すぎる、とデリーで出会った旅人が言っていたのです。
こんなテレフォンパンチにはひっかかりません。
「ハウマッチユーペイ、ハウマッチ?」
出ました。客引きたちの常套手段。
いくら払えるか聞く攻撃です。
この謎の攻撃に苛立ちが隠しきれない金丸選手。
「50ルピー。」
「ハハ!!50ルピーだってよー。ハハハー!!」
いくらか聞いといて、周りの奴らと鼻で笑って、え?それって安すぎるの……?と不安にさせて相場を煙に巻く彼らの戦法です。
見栄張りな日本人にこれはなかなか効果的です。
「50ルピーだってさ!!みんな聞いた!?この日本人マジウケるー。」
「お前の顔のほうがウケるわ。」
戦いは泥試合に突入。
もうここからはラチがあきません。
リキシャーマンも50ルピーなら行かねぇーよと散って行き、やかましいクラクションの中に取り残されてしまいました。
駅からガートまではなかなかの距離があると聞いているし、この雨上がりでグチャグチャになっている道をキャリーバッグを引いて歩いて行くのは大変なことです。
ここでリキシャーを捕まえるしかありません。
長い戦いの結果、1人のオッさんと交渉成立。
ガートまで100ルピー。170円。
第1回戦、判定ドロー
イヤッフオオォイ!!仕事だ仕事だああああああ!!!
どけどけー!!
仕事をゲットして超ご機嫌のオッさんのリキシャーに乗って車道に突入。
トラックとバスと車とバイクとトゥクトゥクとリキシャーとリアカーと牛と犬と豚と人が入り乱れて、もうゾンビ映画で町の人が大パニックを起こして我先にと逃げようとしてえらいことになってるあの状況です。
ていうか歩いてる人がゾンビにしか見えない。
服ウルトラボロボロ。
そんな中をイヤッフオオォイ!!とリキシャーをこぐおっさん痩せた背中はなかなかたくましいです。
リキシャーは細い路地を抜けながら走り、しばらくしてそれっぽいメイン通りに出てきた。
そこはもうとにかく凄まじい人通り。
まさにインドといったサリーを着た女の人たち、おでこに赤いペイントをした人たちがうごめいている。
通りには無数のお店が並び、土産物屋さんが多いが、それが外国人向けといった雰囲気ではない。
インド人の観光客を相手にしている様子が強い。
なにか大声で叫びながら行列を組んで歩いているオレンジ色の服を着た団体があちこちにいる。
話では現在何かのお祭り期間中。
彼らはインド国内から集まった巡礼者で、こうしてガンジス川で聖なる水を容器に汲み取り、それを寺院へと運ぶという祈りの行為をひたすら繰り返しているとのこと。
現在このヒンドゥー教の聖地であるバラナシの町にはこうしたオレンジ色の巡礼者がひしめき、彼らの祈りの叫びがこだましていた。
ガンジス川。
ヒンドゥー教の聖地で、教徒たちはみなその川で体を洗い、身を清め、現世の業を落とす。
そのガンジスの川岸に開かれたバラナシの町は3千年の歴史を持つまさにこの世とあの世を繋ぐ生と死の狭間の空間。
そんな地球上でも屈指の異空間に旅人たちは誰もが引き寄せられ、インドという国の真の奥深さを目の当たりにする。
そんなイメージ。
日本人にとっては、その汚すぎる川でどれだけハードな泳ぎをかますことができるかというステータスの場所になっているが、あまりにも汚いので、大概の人は発熱したり赤痢になったりして体を壊している。
そりゃそうだ、こんななんでもありのインド。
ゴミはもちろん、工業排水、生活排水、家畜の死骸、そして人間の死骸までが流され、ドロドロの汚泥と化している川だ。
道頓堀の比じゃない。いや、道頓堀のほうがヤバいのかな?
しかし、インド人はそんな川で毎日体を洗う。
もちろん水も飲んでいる。
彼らにとっては母なる川であり、生と死を抱く聖なる場所。
日本でいったら伊勢神宮みたいなところかな。
地球を旅するならば、人類というものを見るならば、決して外すことのできないこの世の最深部。
ついにここまで来たぞ。
第2回戦
【金丸文武 VS 安宿街の客引き】
「わーすっごい久しぶりー、嬉しいよまた会えたね!!あれから僕ずっとあの時の話が気になっててさ、本当嬉しいよ、またバラナシに来てくれて!!」
「消えろ、俺はバラナシは初めてだ。」
「言うと思ったー。ウケるー。」
バーモントの衝撃的に上手な日本語による先制攻撃が炸裂しました。
第2回戦、開始です。
日本について詳しすぎて、つい信用してしまうと言われるインド人客引きとの対戦。これは好カードです!!
「どこから来たんだっけ?渋谷?五反田?あ、大阪だった?心斎橋とか好きなんだよねー。」
「宮崎だコノヤロウ。」
「あ、宮崎ねー、宮崎いいとこだよねー。ところで奈良のゆるキャラマジでウケるよねー。」
「おい、宮崎について何か言ってみろ。」
「宮崎?宮崎はねー………?ごめん宮崎知らない。」
「鼻ヒゲ剃って出直してこい。」
「あ!!ちょっと待って!!ホテルいいとこ知ってる!!チープ!!ガンジャあるよ!!マリファナアアァァァ………」
客引きを振り切って試合終了。
金丸選手のKO勝ち。
ていうか路地裏すげすぎ…………
安宿がかたまっていると言われるバラナシの路地裏はマジで蜘蛛の巣のような迷路になっており、幅わずか1mから1.5mの細い道がどこまでもひたすら入り組みまくっている。
モロッコやエジプトのマーケットを思い出す、この暗くて湿った地の底を這いずる感覚。
頭上を狭めるボロボロの建物はほとんど廃墟で、電線が絡まりながらのび、わずかに差し込む空の光が人々の日常をゆるやかに照らしている。
路地はとても狭いのだが、そこをたくさんの人が行き交い、様々なお店が小さな物を売っており、すごい混雑。
さらにバイクがクラクションを鳴らしながら突進してくるし、オレンジ色の巡礼者たちが叫びながら走ってくるし、もうグチャグチャ。
ああああああ!!!もう勘弁してくれえええええ!!!!!というところに、こいつら。
超邪魔。
そして地面はこいつらのウンコまみれ。
野良犬のウンコと人間のオシッコとゴミとゴミとゴミとカレーと巡礼者。
カオス。
カオスという言葉はバラナシのためにある。
安宿を探してそんな路地裏をさまよい歩いてみるが、なかなかそれっぽいところが見つけられず、何軒か覗いてはみたが、Wi-Fiってなんですか?みたいな廃墟の宿ばかり。
うーん、どうするか………
一応バラナシにはサンタナがあるとは聞いている。
超有名な日本人宿。
別に日本人宿でもいいんだけど、どうせなら面白いところに泊まりたい。
もっとこう、インド的で、饐えた旅人が集まるような強烈な場所。
このバラナシならきっとそんなとこがあるはずだけどな。
そんなところで1人のオッさんが話しかけてきた。
「ウェラーユーゴー。」
ノンビリした雰囲気の爺さんで、他の日本語を喋る客引きみたいにアグレッシブでもないので、この爺さんに聞いてみることにした。
「サンタナ?あー、ジスウェイ。」
爺さんについて路地裏へと入っていく。
どんどんどんどん奥地へと入り込んでいく。
一体この迷路はどこまで続いているんだろうというところでおじさんが立ち止まった。
分かれ道の壁にサンタナという道表示が描かれていた。
「サンタナもいいけど、ここは高いよ。クミコがいいよ。クミコ。」
「クミコ?」
あ、そういえばクミコゲストハウスっていう名前、聞いたことがある。
サンタナに押され気味だけど、確かにこのクミコゲストハウスという宿もインドではかなり有名な場所だ。
バラナシにはたくさんの日本人宿が存在する。
今ここまで歩いてくる間にも、日本語表記の看板を出している宿がたくさんあったし、通りの食堂や土産物屋さんも日本語が多い。
どうやらこの辺りは完全に日本人エリアとなっているようだ。
「クミコ安いよ。そっちのほうがインタレスティングだよ。」
サンタナはあまりにも有名でカッコイイ服を着たオシャレバッグパッカーが泊まるような場所というイメージ。
どうせなら面白そうなところに行こうと、おじさんと一緒にさらに迷路の奥地へと入った。
後編へ続く…………