7月18日 金曜日
【インド】 ニューデリー
目を覚ますと体にわずかに力が湧いていた。
ベッドから上半身を起こすと頭がすっきりしている。
あ、いける。これいけるぞ。
トイレに行くとほんの少し固形のものが出た。
おし、ラッシー効果だ。
お腹が空いている。何か食べたい。
健やかな空腹に気持ちが高ぶる。
よし、もうきっと大丈夫。
もう日本に帰るまで病気はナシだ。
そうとなったらやることはひとつ。
気合いで歌うのみ。
バラナシへと向かう電車は夕方の19時。
それまでコンノートプレイスで体力の限り歌ってやる。
宿のチェックアウトを済ませ、ギターを持っていざ出陣。
っていうか雨。
昨日から降り続いているんですか。
知るかボケ!!
今日はどんなことがあっても歌うぞ!!
メインバザールの入り口にある安食堂街で30ルピー、50円という驚異的な安さで驚異的に混んでて驚異的に美味いカレーを食い散らかして、コンノートプレイスへ。
順番とか1ミリも関係なし。遠慮してたら一生食べられない。
ラッシーでお腹を整えるのも忘れずに。
雨のショッピングサークルは今日もたくさんの人出。
メインバザールからここに来るといきなり人々の服装が変化する。
綺麗で新しい服を着た人が多く、女の子もみんなバッチリメイクで楽しそうに歩いている。
メインバザールの人たちが持っている携帯電話は、携帯電話が発売された頃の初期タイプみたいな古いもの。
しかしコンノートプレイスの人たちはみなスマートフォンだ。
もちろんそんな比較的裕福な暮らしをしている人たちのエリアなので物乞いの姿もある。
まだ5歳もいってないだろう子供が布切れみたいなボロをまとって近づいてくる。
そして手に持っていたボールペンを差し出して20ルピー……と言ってくる。34円。
まぁそんなもんだよな、と思ってよく聞いてみたら、なんとボールペン4本で20ルピーと言っていた。
そんなボールペンを持った子供たちがショッピングサークルの中を仲良さそうに歩いている。
どうやら兄弟みたいで、小学校1年生くらいのお兄ちゃん、小学校3年生くらいのお姉ちゃんたちも一緒にいる。
みんなここでボールペン売って家族を助けてるんだろうな。
それともストリートチルドレンなのか。
よっしゃ、今からお客さんいっぱい集めてやるからその人たちに売って周りなよ。
小雨なので屋根のある歩道でやることに。
例のごとくギターを出してチューニングを始めた時点で30人以上の人だかり。
そして人だかりが出来るとともに物乞いたちも集まってくる。
しかし、なんでだろう。彼らは集まった人たち相手には商売をしようとしない。
俺が演奏を始めるのを目を輝かせて待っている。
アラブ人はあんなにひどかったのに、やっぱりインド人はエンターテイメントが好きな国民性なんだろうなぁ。
アラブによくいたおちょくってくるような奴なんて1人もいない。
ああ、インドってなんて路上パフォーマーに嬉しい国なんだろう。
バスカーでこの国を食わず嫌いしてる人がいるなら是非行ってもらいたい。
こんなにパフォーマンスをしっかり見てくれ、そして対価の報酬をキチッと置いてくれる国、なかなかない。
道端でギターを構える見慣れぬ日本人のミュージシャンに対する人々の溢れそうな期待をビシビシ感じながら、若干不安になる。
もしまだ体がボロボロで声が出なかったらどうしよう。
すぐに息が上がってストップしてしまったらどうしよう。
とにかく力の限り歌うぞ。
思いっきりギターを鳴らした。
決して本調子ではないが、歌える。
体もすぐに疲れて座りこんでしまいたくなるけど、聞いてくれてる人たちの姿勢にめちゃくちゃ元気が出てくる。
誰もがお金を入れてくれ、そしてその時にアメイジングとかドゥーイングベストとかの一言を添えてくれる。
世界を回っていて、他国に住んでいるインド人ってのはなかなかどこの国でも路上でお金を落としてくれない。
これどこの国でも。
しかしこの母国の人たちはどうだろう。
お金を入れてくれるだけでなく、その時に胸に手を当てて一礼してくれるという礼儀正しさ。
礼節を持っている。
こんな人たちの前で演奏していると思うと俺も半端なことはできないし、気合いも入る。
人だかりが増えすぎるので、1時間おきに場所を変えながらゲリラライブを繰り返していく。
体の調子も上がってきて、汗をぼたぼた流しながら歌いまくった。
3ヶ所目でやってる時だった。
人だかりの中に日本人らしき姿。
見るからにバッグパッカーぽい風貌で演奏を見てくれている。
日本人は足を止めてくれないっていうのがいつものことなんだけど、なぜかインドにいる日本人の人たちって結構立ち止まってくれ、お金を置いてくださる。
今の時期なので短期ではなくガッツリとした旅をしてる人たちが多いってのもあるのかな。
そういう人たちは俺みたいなことをしてる人間に興味を示してくれる方が多いみたい。
そして演奏が終わってその3人組の人たちが声をかけてきてくれた。
「金丸さん、すみません、僕メールをチェックできるような電子機器を持ち歩いていないので返事を書くのが遅れていました。会えましたね。」
「あ、え、あー、あのどちらでお会いしましたっけ?」
「お会いするのは初めてです。タカシって言います。ボスニアヘルツェゴビナのお金、今日換えられますよ。」
……………………
うおお…………うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
煮込んでええええええええ!!!!!
佐賀の暇な中学生が送ってきたメールだったんじゃないかとか一瞬でも考えた俺の脳みそをカレーと一緒に煮込んでええええええええええ!!!!!!!
神降臨。
みなさん、準備はいいですか。
ついにボスニアヘルツェゴビナの呪縛から解き放たれる時が来ました。
2年近く悩ませ続けてくれたこのボスニアヘルツェゴビナの金。
それを換金しますよとメールを下さっていた方と、このデリーで連絡取り合わずに奇跡の遭遇。
もうね、
ヒトニミエナイ。
この現人神がどのような神々しいお姿をしているかお見せしたいと思います。
これが神のお顔だ!!!
おっと間違えた、これは小林イクゾーだった。
タカシさん、マジでありがとうございます。
「いやー、今回ボスニアに行く用事がありまして。僕バルカン半島めちゃくちゃ好きなんですよね。」
そう晴れやかに笑うタカシさん。
なんつーオープンで気持ちのいい笑顔をする人だ。
待ちに待ったボスニアのお金を換金してくれる人が、こんなイカした旅人だなんて嬉しすぎるわ。
最後にもうひとステージだけやらしてもらい、悔いのないとこまで叫び散らかして今日の路上は終了。
オッさん近え。
心配していた体の調子はもうすっかりなんともなく、程よい疲れに包まれた。
今日のあがりは3時間の路上で………
3750ルピー。
3時間で62ドルなんてもうインドは稼げる国認定だ。
それからメインバザールに戻り、タカシさんが泊まっている宿の近くでチャイを飲みながらのビジネスタイム。
まずボスニアヘルツェゴビナのお金は190マルク持っている。ドル換算すると131ドル分。
さらにブルガリアのお金も全然OKっすよと神が御言葉をお発しになられる。ブルガリアは165レフ、114ドル分だ。
計245ドルを220ドルで替えてもらった。
タカシさんはフィフティーフィフティーで正規レートできちんと交換しましょうと、親の顔が見てみたくなるようなことをおっしゃるが、ここは俺も散々出血サービスさせてもらいます!!と言っていたし、もし万が一これらのお金が近いうちに値下がりしたらいけない。
本当は200ドルで大丈夫ですと言ったんだけど、金丸さん、それはなしっすとタカシさんが言うので220にしてもらった。
ビジネス成立をチャイで乾杯。
甘くて濃いチャイが頭を冴え渡らせる。
なんてこったー…………今日だけで2万8千円も増えてしまった。
さっきまで3千円しかなかったのに…………
マジで昨日まではあんなにズタボロに凹んでいたのに、思えばこの3日間、部屋で寝込んでいなければきっとタカシさんには会えなかった。
デリー最後の日に大どんでん返しもいいところだよ。
やったぞ、金は手に入った。
そしてインドは稼げる。
もう何も心配はない。
よおおおおおし!!!!!
あとはバラナシに行ってガンジス川でスーパーバタフライとか1ミリもする気ないですけどね。
赤痢とかシャレにならんよ。
やっと体調戻ったのに。
電車の時間が近づき、そろそろ行きますと荷物を担いだ。
みなさん、マジで会えて良かったです!!!
タカシさん、ボスニアヘルツェゴビナのあの最高のチェパプバーガー楽しんで下さい!!
言葉にならないくらいありがとうございます。
ありがとうございます!!!!
歩いてたら偶然ケンゴ君発見。
ケンゴ君といつもそこらへんで会いすぎ。なんの約束もしてないのに、いつもバッタリ会いすぎ。
一緒に行きますよと言ってくれた爽やかケンゴ君と騒がしいことこの上ないメインバザールを抜け、ニューデリーのトレインステーションへ。
ポーターするぜ!!お前のプラットホームまでめちゃくちゃ遠いから荷物運んでやるよ!!200ルピーで!!
と笑えることを言ってくるオッさんを無視して駅に入り、歩道橋を渡って12番ホームへ。
すでに電車は到着しており、窓から見える電車内にはものすごくたくさんの人の姿が見えた。
こいつが悪名高いインドの列車か。
話では足の踏み場もないような地獄の人口密度の中で、地獄の灼熱にさらされ続けないといけないということだったのに………
いやいや、全然綺麗じゃん。
みんなキチンと指定の席があり、ベッドになっているので余裕で眠れる。
エアコンはついてないが扇風機が無数についているので、ホテルのサウナ部屋に比べたらまったく暑くない。
周りの席のインド人たちも荷物はここに置きなとかこっちに座りなと気を使ってくれ、そのアットホームな雰囲気にロシアのシベリア鉄道を思い出してワクワクしてくる。
これまた予想外に1分の狂いもなく予定通りにゆっくりと走り出した電車の窓からケンゴ君に手を振り、ベッドに横になった。
すると隣のオッさんが腹は減ってないか?と聞いてきた。
そう言えば朝から食べてないので空いているな。
さっきから売り子さんがいろいろ電車内を食べ物を持って行き交っているので、彼らから何か買いますと言うと、あんなもん買っちゃダメだ、ロクなもんじゃないからと、奥さんと娘さんに声をかけて自分たちのご飯を俺に取り分けてくれた。
「ホームメイドだから美味いぞ。インドのご飯は家庭料理が1番なんだ。」
家族のみんなや周りの席の人たちが見つめる中、おじさんがくれたあげ饅頭またいなものにカレーをつけてかじった。
美味い、美味い!!と大喜びすると、ワー!と歓声が起きた。
日本人がインドの料理の美味さに喜んでるぜ!!とみんな誇らしげな顔をしている。
もー、なんなんだインド。
あんなに旅に凍りついていた心をこんなにも見事に溶かしてくれるなんて。
インドを嫌いな人の気持ちは分かる。
普通に観光だけではなかなか彼らの心には触れられない。嘘ばっかりついてくる奴らばかり群がってくる。
でも少し何かのツールを持って彼らの腹の中を開くことができたなら、こんなにも人懐こくて暖かい人なんだ。
俺もまだ一口にはインド大好きとは言えない。
インドはそこまで単純ではない。もっともっと奥深い。
残り数日、そんなインドの深いところをほんの少しでも覗き込むことができるように、体当たりで行くぞ。
ご飯のお礼に聞いてくださいとギターを取り出すと、席の周りにすごい人垣が出来上がった。