7月17日 木曜日
【インド】 ニューデリー
硬い床の上で目を覚ました。
うう……最悪だ………
気持ち悪い…………
今部屋に誰か入ってきたら死んでると思われるだろうな………
ゴミにまみれた体を起こすと愕然とした。
壁にかけられた鏡が俺の体を写していたんだけど、ラオスからはじまった病気のせいで体が信じられないほど痩せ細っていた。
マジでそこらへんの路上で寝ているインド人と変わらないような哀れな体。
あばらが浮いて、胸はペタンコになり、腕は叩けば折れてしまいそうだ。
ズボンが拳2個は入るくらいにダボダボにゆるんでいる。
こんな体で歌なんか歌えるのかよ………
イントゥザワイルドで毒草を食べた後の主人公みたいだ。
早くなんとかしないと。
ドロドロになった体をシャワーで洗い流し、外に出かけた。
昨日よりはだいぶ体が軽い。
これなら今日は歌えるはずだ。
いつものチャイ屋さんで一服し、その足で向かったのはニューデリーのトレインステーション。
ニューデリー駅はこのメインバザールのすぐ横にある。
そしてここからバラナシへの電車も出ている。
トゥクトゥクが行き交う中をフラフラ歩いて駅にやってきた。
メインステーションとはいっても、まぁボロボロ。
かなり古い建物で、どこか一昔前の市役所とかを思い出すような雰囲気。
どこでチケットを買えばいいのかわからなくてウロウロしていると、オッさんが話しかけてくる。
こうして向こうから話しかけてくるオッさんは100%信用してはいけない。
「どこに行くんだマイフレンド!!」
「バラナシですよ。」
「そうか!!この駅の中ではチケットは売ってないから俺が買えるとこまで連れて行ってやる!!何も心配いらない!!俺はお前を助けたいんだ!日本人大好き!」
「さようなら。」
警察に聞いたらあっちだよと教えてくれたので、駅舎の2階に上るとそこには外国人用のチケットオフィスがあった。
助かる。ニューデリーに着いたあの日みたいなチケット争奪戦をして買わないといけないのかなと思っていたのですごくホッとした。
インド人だったら間違いなく誰も使用しないであろう、銀行とかによく置いてある受付番号の紙を発行する機械で順番をキチンと守り、外国人たちはチケットを購入していく。
さてー、バラナシまでいくらくらいかなー。
話では15時間くらいかかるみたいだけど千円くらいでいってくれるのかな。
「450ルピーだよ。」
750円。
ウケる、安すぎ(´Д` )
インドの移動、安すぎ。
ちなみにエアコン付きの席は1100ルピーだった1800円。
無事明日のチケットが買え、宿に戻った。
明日の夜行列車であさっての朝にはついにあのバラナシだ。
ガンジス川があるインドで1番古い町で、ヒンドゥー教徒にとって最も神聖な場所。
そして最もインドらしい風景を見ることができる場所。
楽しみだ。
絶対ガンジス川では泳がんけど。
宿に戻り、たまりたまっていた洗濯物を洗った。
シャワー室のバケツを綺麗に洗い、その中に衣類用石鹸をぶち込んでもみ洗いした。
なかなか重労働で、汗が吹き出てくる。
体調はよくはなってきているが、たったこれだけのことで息があがってしまうなんて、こんなことで路上できるかな。
いや、やらないとな。
部屋のそこらじゅうに服を引っ掛けて少しまたベッドで目をつぶった。
しばらくしてからベッドから体をはがし、意を決してギターを持って宿を出た。
喧騒を縫ってメインバザールを抜け、コンノートプレイスへと向かう。
せめて1000ルピーでいい。少しでも稼いでいかないとコルカタまでたどり着けない。
今日と明日である程度稼げばきっとなんとかなる。
所持金はあと5千円ちょい。
インドは稼げる。
そして路上をやればインド人の素顔に触れることができる。
こんなに面白いことをこれ以上休むわけにはいかない。
なのに、そんなわずかな熱を冷ますように突然土砂降りの雨がアスファルトを叩きつけだした。
火照った体に雨は多少気持ちいい。
しかしすぐに足元が泥水でぐちゃぐちゃになりズボンの裾やギターケースが泥まみれになってしまった。
駆け出して早く屋根のあるところに行かないといけないのに、体がダルくて走る気になれず、汚い寂しい歩道を濡れながらとぼとぼと歩いた。
コンノートプレイスのショッピングサークルは一応屋根がかかった歩道になっているので、歌おうと思えば歌える。
しかしやっとこさたどり着いたころには体力が限界に達しており、息が苦しくてうずくまった。
ああ、ちくしょう……
なんとかなんねぇのか、この体………
もう体調を崩してから3日も経っている。
なんて無駄な時間を使っちまってんだ………
ショッピングサークルの人通りはすごいことになっている。
雨が降っているので人々はみんな屋根の下を歩き、もしここで歌ったらきっと半端じゃない人だかりになる。
やらなきゃ、やらなきゃと思いながらもどうしても体に力が入らない。
キツ目の登山を終えて下山してきた時みたいにエネルギーが枯渇している。
こりゃダメだ………
行き交う人混みの中で1人で倒れそうになる。
ハエが多くて体に群がってくるんだけど、こいつらが気がついたら足の傷の部分にたかっている。
傷口にハエがたかるなんて勘弁してくれ!!
死にそうな顔をしていると、そこにオッさんが話しかけてくる。
ああ……俺のこの顔色を見て気づかってくれたのかな………ありがとうございます………
「OK、ミミカキ、ミミカキ、ユワナクリーン?」
「NO。」
「ワイノー?ミミカキ、ミミカキ。」
黒いボロボロの服を着たオッさんが細い棒を持って真剣な顔で俺を見つめている。
なんのコントだよ………
なんでこんなワケわからんオッさんに道端で耳かきしてもらわねぇといけねぇんだよ………
ゆまちゃんならまだしも。
なんでも有りだからってやっていいことと悪いことが、はっ!!
向こうの方でオッさんがオッさんの耳を掃除している。立ったまま。
い、インド怖え………
きっと鬼レベルの耳かきをしてくれるんだろうけどやっぱり気持ち悪いので断ってとぼとぼと歩いて宿に帰った。
結局雨に濡れて歩き疲れただけだった。
ああ……気が滅入る………
なんとかならないのかこの体………
少しでも体調をどうにかしたくて考えていたら、ラッシーがいいんじゃないかと思いついた。
あれはヨーグルトみたいな味だからきっと発酵食品だろう。だったら乳酸菌やらビフィズス菌とか入ってるかもしれない。
頼むから少しでもよくなってくれ。
そんなか細い願いを込めて帰りに屋台でラッシーを飲んだ。
宿に戻って薬を飲もうとしたんだが、パナドールはすでになくなってしまった。
どうしようと思いながらバッグの中をひっくり返してみた。
なんかどっかに薬があったはず。
あまり薬を飲まないので、持っていてもずっとバッグの奥底に沈んでいるだけになっているけど、今だけはどうにかしたい。
そしていろんなところから薬は出てきた。
あ、これはどこどこの国でおばちゃんにもらったもの、
これはあそこの国で在住の日本人の方にいただいたもの、
これはあそこの路上で差し入れしてもらったもの、
バッグの中には色んなものが入っている。
そしてそのひとつひとつに、出会ってきた人たちの優しさが込められていた。
俺のこんなピンチの時のために、いろんな人が思いを込めて渡してくれたものたち。
どれひとつ無駄なものがない。
1人、部屋の中で胸が熱くなる。
こんなことでへばっててどうするよ………
根性出せ、こんなにたくさんの人に応援してもらってて情けないこと考えるな。
明日こそ、明日こそ歌うぞ。
頼む、早く治ってくれ。