7月7日 月曜日
【ラオス】 パクセー ~ デッド島
深夜2時半にバスはパクセーに着いた。
道端に止まるバス。
ターミナルではなく、ただの道端。
寂しげな街灯が光り、人の姿は皆無。
そんな通りにバスのエンジン音だけが聞こえる。
寝不足と下痢と空腹とドロドロの体で死にかけてる俺たちに降りろというバスドライバー。
これからどこに行くんだ?と聞いてくる。
デッド島に行きたいですっていうかもうすぐデッドします、ふへ!!ふへへ!!!
と精神がおかしくなりながらデッドデッド言っていたら、これに乗れと違うバスに連れて行かれた。
もちろん今までと同じ、人ぎゅうぎゅうの殺人バス。
また屋根に荷物が乗せられる。
目の前で進められる出来事が自分とまったく関係のないことのように思える。
俺はこんなところで一体何をしているんだ?
こんな夜中の道端で。
頭がボンヤリする……
意識が朦朧として何も考えられない。
本当ならこのバスがちゃんとデッド島付近に行くものなのか再三確認をしないといけない。
テキトーに乗せられてどこに連れていかれるかわかったもんじゃない。
でももう、言葉の通じない人たちに何かを話しかける気力も残っていない。
すでにルアンパバーンから移動を開始して30時間以上経っている。
体力はもうすでに限界だよ………
汗を流しながらギターを人垣に突っ込み、バスに乗り込んだ。
破れてボロボロになってるシートに座ってほんの少し眠ったと思ったら、カンちゃんに肩を叩かれた。
バスがどこかに止まっている。
降りて行く乗客。
転げ落ちるようにバスから降りた。
もう………どこここ………
一体どこですかここは……………
寂しげな船着場。
観光客の姿なんて皆無。
渡し舟の料金表の看板にも英語なんてひとつもない。
ま、マジでここどこ………
いやまぁ、デッド島って島ですからね、そりゃ船で行きますよね。
そしてラオスは海に面していない国なので島があるって言ったらこのメコン川のどこかってのは想像できますよ。
川に浮かぶ島なんやろう。
ということはこの船着場からデッド島への渡し舟が出てるってことのはず。
てことのはずなんだけど………
デッド島なんて知らないという人。
ここからは船はないという人。
対岸の島から船が出てるという人。
ちなみにこれは居合わせた若い僧侶の兄ちゃんがかろうじて英語が少し喋れたので理解できた。
他の人は誰も話にならない。
全然情報がまとまらない。
寝ぼけて疲労が限界に達している頭では錯乱しかおきない。
しまいにはどこから現れたのかトゥクトゥクのオッさんがやってきて、この朦朧とした状態で、ここからは船はない、俺がデッド島の近くの船着場まで70000キップ、900円で乗せてってやる、とかもう鬱陶しいことこの上ないことを言ってきて混乱通り越して我慢が限界に達してきた。
ああ………ここどこだろう………
一体どのあたりにいるんだろう………
もう嫌だ…………
デッド島に行きたがっていたカンちゃんももう諦めモードになっており、このままカンボジアに行っちまうかという気持ちになってきた。
もう疲れたよ…………
その時、バスの運転手が何かを叫び、そこらへんに座っていた人たちがバスに乗り込み出した。
わけわからん。けどもういいや。どうにでもなれと俺たちもまたバスに入った。
「ねぇ、これどこに行くの?」
お坊さんに聞いてみた。
「ん?向こう側に行くんだよ。」
そう言って川の向こうの対岸を指差すお坊さん。
あはは、何を言ってるんだよ。このデカいバスがどうやってこの川を渡って対岸に行くってんだよ。冗談もほどほどに…………
嘘ですよね……?
えーっと、これにバスを載せちまうっていう雰囲気なんですけど……?
ちょ、ま、マジで、ええ!マジで!!!
メコン川を渡るバス。
怖すぎる。
ゆっくりとゆっくりと川を進み、マジで対岸に到着。そしてエンジンがかけられ上陸した。
バスはどローカルにもほどがある集落の中を進んでいく。
大きな川魚を持ったオッさんがデコボコの道を歩いている。
一体俺たちはどこまで行っちまうんだろう。
ここで降りろとドライバーに言われバスを降りた。
メコン川の岸辺。
茶色い水が静かに流れる中洲の島。
僻地とはこういう場所のことを言うんだろうというド田舎。
土の道をキャリーバッグをひいて目の前の建物をのぞいてみた。
するとそこには、欧米人の姿があった。
そして英語の話せる人が声をかけてきた。
「デッド島に行きたいのか?ここから船に乗れば行けるぜ。」
その瞬間、ドッと体の力が抜けた。
はひっ!!下痢!!トイレ!!
やった………ついにやったぞ………
2日間の地獄の移動の末にこんなわけのわからない場所までやってきて途方に暮れていたが、ついにだ………
50000キップ、600円の船代を払い、2人並んで座ったら幅ギリギリの小さな小さな小舟に乗り込んだ。
船はいくつもの島が浮かぶ川の中をゆっくりと進んでいく。
柔らかい風が吹き、無数の島に生い茂った草木を揺らしている。
地元の漁師さんたちが東南アジアらしい編笠をかぶり、川に網を放っている。
あまりにもおだやかな渡し舟。
さっき地図でこの辺りの地理を見ることができた。
どうやらここはカンボジアとの国境のすぐそばらしく、いつの間にかラオスの端っこまできていたようだ。
このあたりのメコン川の川幅の膨らんだ部分にはなんと4000もの大小の中洲が浮かんでおり、さっきこの船に乗ったのが1番大きな島だった。
無人島もあれば数軒の集落がある島も存在している。
観光地と呼ぶにはあまりにも手つかずな自然の姿を見せるただのメコン川。
そしてそんな4000の島の中、入り組んだ小島群の中に隠れるようにひっそりと存在しているデッド島に、ついに船が着いた。
予想を越えた小さな島だった。
小さな小さな集落。
野良犬と野良猫とニワトリの家族がそこらへんを自由に歩き回り、田んぼには水牛がいる。
住民100人いるだろうかという小ささなんだけど、船着場の周りにはバラック小屋をそれなりに綺麗に作った観光客向けのレストランやバーがあった。
しかしそれもほんの数軒で、10分もあれば島の中を回れるほどだった。
まさに島というより、中洲といったほうが的確な陸地だった。
雨上がりのデコボコ道には水たまりができており、ドロドロのべちゃべちゃになった道を歩く。
そして島の裏側に出ると、そこにはもちろんメコン川が流れているんだが、川に面した場所に1軒のバンガローがあった。
値段を聞くと50000キップ、600円。
しかしキングサイズのベッドがひとつ置いているだけの部屋でツインベッドはないようだった。
「フミ君、体調壊してるんやからもうここにしよ。その代わり変なことしたらFacebookに書くでー。」
もうすぐさま横になりたかったのでここに宿を決め、荷物を降ろした。
そしてすぐにトイレでまた水を出し、汚れきった体をシャワーで洗い流しベッドに倒れると、疲労と体調不良でズタボロになっていた体はすぐに動かなくなった。
何時間眠ったか。
トイレに行きたくて目を覚ました。
下痢と腹痛と体の熱っぽさはまだとれないが、地獄の移動が終わった安堵感でとてもリラックスしていた。
部屋を出ると、そこには目を疑うような美しい空があった。
バンガローの目の前に広がるメコン川の雄大な流れ。茶色い水に浮かぶ無数の中洲。その向こうに空を染め上げるオレンジ色の夕日があった。
雲がグラデーションに光り、川面にそのオレンジ色がうつりこんで息を飲むほど美しかった。
そしてそこにあるのは静寂のみだった。
風の音、小鳥の声、それだけがどこからか聞こえてくる。
静寂。
このメコン川に浮かぶ中洲には、外界から隔絶された静寂のみがあった。
ハンモックに寝転がり、脱力して夕日を眺める。
他のバンガローの宿泊者たちも、みんなハンモックに揺られながら夕日を見ていた。
遠くでカメラのシャッターを切る音が聞こえるほどに、誰もが心を穏やかにその目の前の荘厳な光景を見つめていた。
日が沈み、中洲に闇が訪れ、ご飯を食べにでかけた。
船着場から伸びる道には数軒のレストランとバーがライトをつけており、その中のひとつに入った。
川にせり出したテラスはいつバキバキバキと崩れ落ちてもいいようなオンボロの木でできているが、その開放感はたまらなく気持ちいい。
ルアンパバーンよりも少し高い12000キップ、150円の大ビールを注文してコップについだ。
はぁあああああ……………
ルアンパバーンから12時間の男との添い寝バス、
それからエアコンもない狭すぎるスーパーオンボロバスで16時間の移動、
さらに夜中にバスを乗り換えて3時間、
バスごと川を渡ってさらに小舟で1時間、
下痢と腹痛の最悪の体調で、もう途中から拷問でしかなかった移動中、早く解放されたくて仕方なかった。
丸2日ほぼ寝てないし疲労も気力も限界を超えていた。
でももうすぐゆっくりできる、もうすぐゆっくりできると言い聞かせて、今目の前には冷たいビール。
静寂と清潔な体。
暗い夜の川から虫の鳴き声が聞こえて、とても懐かしい気持ちになる。
しみじみと喜びが身に沁みる。
思いっきりグラスをあおった。
あー、ここ天国だ。