6月29日 日曜日
【タイ】 チェンマイ ~ 国境
朝イチでバンが迎えに来てくれた。
珍しくピックアップの順番が1番最初で、バンの中には誰も乗っていなかった。
きっと泊まってた宿のママの顔だと思う。
まだ朝ごはんを食べてる最中だったので、急いでトーストをかじり、濃いめのコーヒーを飲み干した。
「元気でやりなさいよ。またいつかタイに戻ってきて。」
ママが笑顔で見送ってくれる。
偶然たどり着いたこの宿ったけど、今の俺たちにとって最高の場所だった。
お金を盗まれたことが発覚した時に、英語の話せるこんな優しいママが話を聞いてくれて気持ちを保つことができた。
1人だったらかなり凹んでただろうな…………
ママ、本当にありがとう。
最高の宿でした。
あなたのおかげでタイが最高の国だったと言えます。
ママに別れを告げてバンに乗り込む。
さぁ、タイを出るぞ。
チェンマイの裏路地を周りながら欧米人たちをピックアップしていき、最終的に10人ほどになったバンは町を出て郊外へと向かって走り出した。
ラオスへと向かう日程は3日。
え?国境越えてブイーンと走ればいいだけじゃん?と思うところだけど、これがそうもいかない。
まず今日でタイ側の国境の町まで行き、そこで1泊。
2日目に国境を越えるんだけど、そこから先は川下りになる。メコン川の川下りでラオスの中を進んで行き、どこかの中継地でまた1泊。
最後の3日目でまた船で川下りをしてラオス北部の都市、ルアンパバーンに到着するという流れだ。
地図を見る限り距離は全然たいしたことなく、1日で行けそうな距離なのに3日もかかるという。
道も交通網もあまり充実してないんだろうな。
それがアジアの山間部の田舎っぷりを表してるようでワクワクしてくる。
メキシコからグアテマラに抜けた時みたいなあの超僻地をくぐり抜けて行くんだろう。
まぁあの時みたいな過酷な道ではなく、今回はある程度ツアーが用意してくれているルートだし、ここは観光客の一般的なコース。
たくさんのバッグパッカーたちに混じって越えて行く道なのでなんの心配もいらない。
ナオちゃん、ケータ君、元気にしてるかな。
バンは3時間くらいで最初のチェックポイントに到着。
チェンライと呼ばれるほんの小さな町なのだが、ここには多くの観光客が訪れる有名な寺院がある。
バンを降りると目の前にそびえ立っていた。
正式名称は忘れたけどホワイトテンプルと呼ばれる寺院で、タイの他のお寺のようにケバケバしい極彩色の装飾ではなく、すべてが真っ白に統一されていた。
ほんと真っ白。
しかしケバケバしい装飾にはまったく変わりなく、ていうかよく見たら他のお寺なんか比べものにならないくらいの装飾が施されていた。
うん、やりすぎ。
たまに見るやりすぎ寺院。
道後の石手寺みたい。
入り口には無数の手が地面から伸びてきており地獄が表現されていて、その向こうに見える真っ白な本堂はまるで天国への道だ。
確かにすごいけど、なんかここまで来たらただのアミューズメントパークだな。
こんなんおるし。
これトイレやし。
まぁそれなりに楽しんで表の食堂でご飯を食べバンに戻った。
国境の小さな町に到着したのは17時くらいだった。
ボロい宿でバンは止まり、それぞれに部屋の鍵が渡される。
この宿はツアーに含まれているもので、晩ご飯もそう。
ボロくてなんの変哲もない宿だけどそれもまたいいか。
プーケットから始まってほぼ1ヶ月も滞在してしまったこのタイ。
最初は東南アジアの超メジャー観光国として誰もが遊びに行くパーティーカントリーのイメージくらいしかなかった。
ゴーゴーバーで女の子を買って、パーティーアイランドで大騒ぎして、ってそんなもんかと思ってたけど、
こりゃあ観光客が大挙する理由も、リピーターが何度もタイに戻る理由もよくわかった。
飯が100円で食べられて宿が500円以下で泊まれる物価の安さはもとより、浮かれた観光客をありのままの姿で迎えてくれる微笑みの国と言われる人々の素朴な優しさはとても心地よかった。
象乗り、首なが族、ムエタイ、遺跡群、タイ料理、豊かな自然、根深い仏教の信仰心、ビーチリゾート、イカれたパーティー、
これほど見所が揃ってる国も珍しい。
一生に一度は遊びに来るべき場所だな。
そんなタイのミニお国情報。
★首都………バンコク
★人口………6700万人
★言語………タイ語
★宗教………仏教
★建国………1238年
★通貨………タイバーツ
★レート………1ドル=31バーツ
★世界遺産………文化3件、自然2件
部屋で少しゆっくりしてから中庭に降りると、ヒゲの生えた人の良さそうな欧米人がテーブルで1人でビールを飲んでいたのでドイツ人?と聞くと、な、なんで分かったんだ!?と言うので俺もビール好きだよと一緒に飲むことに。
冷えたチャングビールをあおっていると、今度はいかにもヒッピー丸出しな感じの女の子がやってきてテーブルに座った。
静かな田舎の夕暮れはヒグラシも鳴かず、向こうの方からテレビの音が聞こえてくる。
ヒッピーの女の子はイスラエル人で、ヒラヒラのアジアっぽい服に身を包み、ブロンドの髪をドレッドにして結い上げている。
さっきまでどこからか聞こえていたウクレレの音は彼女が弾いていたものだった。
「イスラエルなんだ。俺イスラエル行ったよ。とてもいい経験になったよ。」
「どうしていい経験になったの?」
「キリスト教とイスラム教とユダヤ教の聖地が同じ小さな壁の中にあるなんてすごい場所だよ。あそこはみんな行くべきところだと思うよ。」
「どうしてみんな行くべきところだと思うの?そうじゃない人もいるでしょ?フフフ……」
「………宗教って人類にとってとても大きなものだよ。その大きな3つの宗教の聖地がある場所だよ。人類にとって重要なところだと思うから。」
「宗教が重要だと思うのは人それぞれじゃない?誰もが自分の道を選べると思うわ。ウフフ……」
「う、うーん………」
ニコニコ笑いながら、なぜ?なぜ?とひたすら言ってくる女の子。
純粋なのか知らんけど喧嘩売ってんのか?とも思える。
うーん、なんか面倒な子だな。
簡素なパッタイのみという晩ご飯を食べ、それからもビールを飲みながらみんなで話した。
人のいいドイツ人のバーントはどこまでも常識的で頭のいいやつ。
ジョークを混ぜながら、場の空気を和やかに話を進めている。
いいやつだ。
「いやー、インドに行った時はひどいもんだったよ。本当バカじゃねぇか?って何度も思ったよ。」
「どうしてバカだと思うの?誰もがそれぞれの生き方を持ってるのよ?フフフ……」
バーントの話にひたすら、なぜ?なぜ?と繰り返す女の子。
両肘をテーブルにつき、アゴを手に乗せて微笑みながら。
バーントが誰が聞いてもそうだよと思えることを言っても、あなたは間違ってる、愛とはもっと深いものよ、と噛みつく。
もはやニコニコと微笑んでいるのが、自分以外の人間を低俗なものを見るような嘲笑にしか見えなくなってきた。
だんだんバーントと女の子の会話がヒートアップしていく。
戦争の話にまでおよぶ。
ドイツ人とイスラエル人の口論なんて勘弁してくれよと思うんだけど、バーントはあくまでいいやつで、何を言われても困ったなぁと笑いながら話をしている。
それに対して嘲笑を浮かべながらバーントにあなたは何も分かってない可哀想な人ねと言う女の子。
どっからか仕入れたオーガニックなタバコを、乾燥させたバナナの葉で巻いて吸っている。
彼女の晩ご飯はフルーツのみ。
なんかだんだんムカついてきた。
どれだけ俺たちが穏やかに話そうとしてもバスッと否定してくる。
人はいずれ死ぬ。
どう生きるかは人それぞれ。
この世の中は変えられる、自然に戻ってもっと人との関わりを深く持ち、愛に溢れた世界を築きましょう、あなたたちは間違ってる、と俺たちに上から目線の説教をしたところで仲違いしか生まれないのをこの20歳そこそこのオーガニックな女の子はわかってない。
余裕を醸し出そうとしている微笑みが、まるで私の方があなたたちよりも優れてるのよと言ってるよう。
口論をしてる相手を笑うなよ。
「あなたはどう思う?フミ。ウフフ………」
「バーントはノーマルだよ。彼が言ってることはとても共感できる。でも君の言ってることは理想論でしかないよ。言いたいことはわかるけどね。」
テーブルの空気が悪くなり、無言の時間が続いた。
そして女の子はそろそろ寝るわとニコニコしながら部屋に戻って行った。
「………ふう、大変だったな。」
「さて、ちょっとシャワー浴びてくるよバーント。」
「フミは今夜のサッカーは見ないのかい?」
「愚問だよ。」
「じゃあフミに30分あげるぜ。試合開始は30分後だぜ!!新しいビール買ってくる!!」
ジョンレノンの言うことを正確に遂行するのはとても困難なこと。
しかし俺だって信じないわけではない。
イマジンだって歌う。
でもトムウェイツも歌う。
弱い人間の優しさとか、言い訳じみた悲しさとかそんなものでいいから、誰かの肩を抱ける人間でいたいな。
小さな村の片隅で、サッカーを見ながら夜中までみんなで盛り上がった。