6月9日 月曜日
【タイ】 プーケット
プーケットがこんな錆くれたボロい町並みってだけでこんなに世界中から旅行者を集める有名な町ってわけはもちろんなくて、ちゃんとそれなりの理由がある。
美しいビーチがあるのだ。
プーケットはひとつの島になっているんだけど、島の右側がローカルの人たちが住むプーケットタウン、そして左側が綺麗な砂浜が広がるリゾートエリアになっている。
ほとんどの観光客がローカルのタウンエリアには来ないでビーチエリアにしか行かないっての分かっててわざわざローカルエリアに宿をとった謎の行動のせいで、日本人の女の子と合コンをして王様ゲームに持っていっておっぱいにムエタイ並みのしなりのきいたチンチンビンタをキメるという夢とかマジで1ミリもないですけどね。
「ビーチ行って女の子と仲良くなって色んなことするぞおおおおおおおお!!!!」
「……そうなんですよ………お金を稼ぐとかじゃないんですよ……キチンと女の子に狙いを絞って歌わないといけないんですよ……他のことに気を取られたらいけない……集中集中…ブツブツ………」
いや、いい歌を歌うこと優先しよう、なんて野暮なことは言わずに宿をこけ気味で飛び出る!!
イクゾーダッシュ!!
そう!!動機が不純であろうがなかろうが、紅白目指すためか女の子にモテるためかなんて関係ねぇ。
その目標を叶えるために気合い入れて歌を歌うんだったらOK。
男2人でバスに乗り込んで30バーツ、100円で島の反対側にあるビーチリゾート地、パトンビーチを目指した。
バスは町を抜け、坂道を登っていく。
そして30分ほどで山を越え下り坂にさしかかると、うねる山道の向こうに真っ青な水平線が見えてきた。
おっしゃ気合い入るぞおおおおおお!!!!!
パトンビーチはまぁイカれたパーティー観光地だった。
なめてた。タイなめてた。
ビーチ沿いに広がる半端じゃない数のバー、バー、バー、バー。
小さなお店からビル全部がひとつの店舗みたいな巨大な店まで、とにかくこの町だけで1日どれほどのお酒が消費されるんだ?ってくらいの飲み屋の数。
土産物屋、食べ物の屋台、ショッピングモール、
ド派手な看板が並び、無理矢理作ったというのがよくわかる詰め込み方。
もうやりすぎだよってくらいひしめいている。
その雑然とした無秩序さがまさしく欧米人の好きそうなハメ外しタウンだということを物語っている。
もちろん歩いているのは白人と金持ってそうな中国人ばかり。
「か、か、か、金丸さん!!こ、これはもしや、あのあれの、あれじゃないんですか!!!」
出た、イクゾー君が夢にまで見たゴーゴーバー。
しかも日本人カモ丸出しのお店。
そしてそんな裏路地には、タイトなワンピースを着た大柄な女性たち。
いや、あ、あれ女じゃねぇ!!
あ、あれが噂のレディーボーイか!!!
こ、こいつは刺激の強い町だ………
とりあえず1回落ち着こうかとビーチへ。
「うおおおおおおおお!!!!!海やしいいいいいいいいいい!!!!!!!!」
「やべええええええ!!!!あそこの白人のおっぱいやべえ!!なんすかあの揺れ方!!もうマグニチュードですよあれ!!やばくないっすか!?」
アスファルト這いずり回って旅してる俺たちにはあまりにも刺激の強すぎる水平線と砂浜が広がっていた。
パラセーリングっていうのかな、ボートにロープをつけて引っ張ってパラシュートで空を飛ぶやつ。
あれがガンガン飛んでるんだけど、ビビるのはアシスタントの地元民。
観光客はもちろん安全ベルトを装着するんだけど、アシスタントは浮かび上がったパラシュートに走ってジャンプして体操みたいにくるりと紐によじ登って空高く舞い上がっていく。
命綱なし。
半端じゃねぇ!!
もうなんだこれ!!
開放感にオシッコ漏らしちまいそうだ!!
「すっげぇ、ほらイクゾー君、タトゥー屋さんとかものすごくいっぱいあるよ。白人が観光地のノリで入れるんだろうね。」
「やっべぇ、俺もうタトゥー入れちゃおうかな。顔にウンコの絵とか入れたらヤバくないですか?」
「もうそこまでいったらドレッドとかしちゃえばいいんじゃない?」
「そうっすね。ドレッドで顔にウンコのタトゥー入れて全裸でギター弾きながら日本人宿入ったら最強じゃないすか?はーい、君たち今からインターネット禁止ねーとか言って。やっべぇ。」
あまりの日差しの暑さに頭おかしくなりそうになりながらそんなイカれたパーティータウンの中を歩いて行く。
別に日差しのせいではなく、なんかイクゾー君がその気になり始めた。
「いやー、俺前からドレッドやってみたかったんですよね。マジでやろうかな………」
「え?本当にやりたいの?」
「今までもドレッドの旅人とかに会ってきてカッケェなって思ってたんですよ。え?マジでどうしようかな。」
「うーん………本気でやりたいなら金貸すよ?それかなり面白そうだし。」
「旅しながらドレッドとかめちゃ渋くないっすか?まぁドレッドで中島みゆき歌うんですけどね。なぜ~生きているのかを~とか言って。半端じゃないですよ。」
マジでその気になってきているイクゾー君。
確かにドレッドはカッコいい。
手入れも楽だし、それだけで友達もたくさん出来るはず。
よし!!俺やります!!と言う路上をしに来たはずのイクゾー君となぜか美容院を探すことに。
ていうかドレッドっていくらくらいするもんなんだろ?
日本だったら3万くらいかな。もっとするか。
でもここタイならきっとかなり格安でできるはず。
歩きながらそこらへんの美容院で手当たり次第に聞いて回った。
「すみませーん、ドレッドっていくらですか?」
「ドレッド?」
「あー、わかんないか。ボブマーリー、ボブマーリー。」
「あー、はいはい、7000バーツです。」
7000!!
2万千円くらい!!
「ま、マジか………やっぱりタイでも結構するんですね………」
ひとまず座って考えようかとショッピングモールの入り口にあったバーガーキングのテラスに座った。
「えー……マジでどうしようかなぁ……本当にやりたいんですよね……でもお金あと2千円くらいしかないからなぁ………」
「いや、やりたいなら金貸すよ?俺も見てみたいし。」
「でも東南アジアで借金2万円とか絶対返せないもんなぁ………」
「いや、返せるよ。朝から晩まで毎日歌えばいいだけの話やん。そしたら俺があがりを数えてその日の生活費だけイクゾー君に渡すって感じで返済していけばいいよ。」
「なに普通の顔して鬼みたいなこと言ってるんですか。ああ、俺なんで東南アジアでドレッドにするか悩んでるんだろ。」
「いやー、ドレッドマジでやばいと思うなぁ。風格?っていうかさ。やっぱこれからアジアの日本人宿とか行ったときにターバン巻いてる人たちとかいるやん。そこにドレッドで入って行ったりしたら違うと思うなぁ。」
「そんなん全員のターバンはぎ取ってそれでケツ拭いてやりますよ。」
「で………やるの?やらないの?どっち?」
「あーもー、金丸さん今ただの詐欺師にしか見えないですから。」
金はそこそこある。2万くらいならギリ貸せる。
でも相手はイクゾー君。
凄腕のパフォーマーならまだしも、まだビギナーの彼に貸すのはなかなかリスクが高い。
でもどうしてもやりたいっていうならそこは意気を買おう。
ひたすら悩んでいるイクゾー君。
まぁそんなに簡単に決められることじゃないか、っていうかドレッドする必要あるかな………
「マジでどうする?俺そろそろ歌いたいから決めて。やるなら換金屋さん行ってくるから。まだ今日決める必要もないやろ。」
「いや、もう明日じゃ遅いんですよね………うわぁどうしよう。恐ろしいくらい似合わなかったらどうすればいいっすかね。」
「ドレッドが2本とかになったらどうする?」
「マジっすよ。もしドレッドが1本になったら、もうそれ音符じゃないですか。ニョキって。やばすぎでしょ。」
なかなか決めきらないイクゾー君。
俺ももういつまでもお喋りしてる場合じゃない。
俺だって財布の中のバーツはもう残りわずか。
歌わないといけない。
「イクゾー君、俺そこで歌うから。」
「え、マジですか!?まだドレッドの話が終わってないですよ!!うわー、どうしよう!!」
イクゾー君が切なそうにこちらを見ているが、目の前のショッピングモールの入り口でギターを取り出した。
さぁ稼ぐぞ。
というところで警備員さん登場。
はいそうですね、分かります。
こんな超観光地のど真ん中にあるラグジュアリーなモールの正面玄関前とかなめてますよね。
ちょっとトライしてみたかったんです。
笑顔でダメだよーと言ってくるおじさんに、ダメですよねーと笑顔で返し、ギターを片付けてイクゾー君の元へ戻ると嬉しそうな顔をしてるイクゾー君。
「さ、ドレッドの話しましょうか。うわー、やっぱり編み込みとかよりはドレッドですよね?」
うーん、こりゃこのパトンビーチではどこでやっても注意されるかもしれないなぁ。
ちょっと観光地過ぎるかなぁ。
と考えていると、さっきの笑顔の警備員さんとは違うおっさん警備員がこちらに近づいてきた。
なんだ?もうギターもしまって座ってるだけだぞ?
そしておっさん警備員は俺の前に来て向こうに行けと外を指差した。
いやいや、歌ったらダメなのはわかった。
だからもうギターをケースに入れて座ってイクゾー君と話してるだけ。
それなのに向こうに行けと言う。
いやいや、なんで動かないといけないんですか?
そこにもあっちにも座ってる人はたくさんいるじゃないですか。
もう歌ってないのになんでそんなこと命令されなきゃいけないんですか?
とイライラしながら頑なに座り続けていると警察を呼ぶぞと言ってきた。
はいどうぞお呼び下さいと答えると、おっさん警備員は携帯で話しながらどこかへ歩いていった。
なんで指図されて動かないといけないんだよと思っているところだった。
一部始終を見ていたらしき白人のおばさんが声をかけてきた。
「歌えなくて残念だったわね。はい、これで冷たいものでも飲んで。」
そう言って20バーツ紙幣を差し出してきた。
まだ歌ってないのに受け取れませんと言うと、本当にいいの?と念を押してきた。
白人のおばさんが去っていくと、今度は後ろに座っていた白人の兄ちゃんがお金を渡そうとしてきた。
警備員の言うことを聞かないバカなアジア人旅行者みたいになってた。
気まずくなって席を立った。
ショッピングモールに背を向けて歩いていると、もう歌うのやめようかなと萎えていた気持ちがどんどん燃え上がってきた。
警備員に止められ、どっか行けやと言われ、お金恵まれそうになり、
こんな気持ちのまま帰れるか。
こうなったらとことんやってやろうじゃねぇか。
「イクゾー君、何か食おう。飯食ったら歌おう。ぜってーこのままじゃ終わらん。ちくしょうめ。」
「え、あ、あの……俺のドレッド………」
セブンイレブンがあったのでカップラーメンを買ってむせるくらいかきこんで汗だくになって闘志は満タン。
歌いまくってやるぞ。
と、路上を始める前に帰りの最終のバスの時間が何時なのか確かめておくことに。
それでギリギリまでやってやる。
「シャチョウ~、マッサージドウデスカ?」
「シャチョウじゃねぇ。ムショクだ。プーケットタウンに行くバスは何時で終わりますか?」
「あー、18時で終わりだからもうないよー。マッサージドウデスカ?」
……………夕日が綺麗だな。
「よおおおし!!!!金丸さん!!わかりました!!もう俺有り金全然換金して今からビール買ってきます!!それで気合い入れて歌いましょう!!」
イクゾー君が残りのシンガポールドルを全部両替してコンビニでビールを買ってきてくれた。
イクゾー!!ありがとう!!こいつで景気つけてこのイカれた町をぶっ飛ばしてやるぞ。
ブフォオオオアオ!!!
ラッパ飲みで噴き出す。
「な、な、な、なんだこれ!!?不味い!!」
「なんだこれ!!ビールじゃねぇ!!不味!!マズッ!!」
ビールかと思って思いっきりあおったら、なんかわけのわからないウルトラ不味い飲み物だった。
「なんだこれ!!なんかのオシッコか!!?」
「あああ!!!有り金はたいて買ったのに!!!」
…………………オラァああああああああああああああああ!!!!!!!
もう喉がチンカスになるまで歌ってやるぞこのパーティータウンめ!!!!!!!!
「おい、ウチの店の前でやるな。」
インド人に止められる。
インド人クールゥゥ………
もうこなったらヤケクソだ!!!オラァあああ!!!!!
ドナルドと一緒に世界一周してますコップンカァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!
白人全然立ち止まらない。
観光客、全然お金を落としてくれない。
「か、金丸さん……そろそろトゥクトゥクつかまえて帰りませんか……?500バーツとかクソ高い値段言ってますけど……あ、400バーツでもいいそうです。」
うぬううう………バスなら60バーツ、200円で済むところを1300円か。
バスがないからってふんだくりすぎだろ。
でももう帰りの足はトゥクトゥクしかない。
トゥクトゥクに乗らなければ野宿確定。
歩いて帰れる距離ではない。
どうせ乗るなら最後に歌い散らかしてやる!!!!
最後の場所に選んだのは爆音のクラブミュージックと車の騒音でやかましいことこの上ないこの町の中でとても静かな裏路地。
一本通りから入ると怪しげな店や完全にエッチ目的のマッサージ屋がひしめいているんだけど、静かな場所はここしかない。
最後に気合いを入れて落ち着いて、丁寧に歌った。
もうパトンビーチには来ない。
悔いのない歌を。
人通りのほとんどない裏路地に静かな歌を歌うと、周りの暇なお店の中から店員さんたちが出てきた。
そしてじっと歌を聴いてくれる。
お金が入った。
みんなコップンカーと言ってくれる。
マッサージ屋の前で客引きをしていたお姉さんたちが拍手してくれ、ヨーグルトとお水を持ってきてくれた。
地元の人たちの優しい微笑みが燃えていた気持ちを鎮めてくれる。
静かに落ち着いた心で歌った。
路地裏の怪しい通りにギターの音色が流れた。
人通りがほとんどないのでお金はそこまでなかったが、最後にここで歌えてよかったと満足してギターを置いた。
するとマッサージ屋のお姉さんがわざわざ大通りまで出てトゥクトゥクのおじさんに彼友達だからと口をきいてくれ、さっきまで500バーツだった値段を現地人価格の300バーツにしてもらえた。
いい歌をありがとうと最高の微笑みで見送ってくれたお姉さんにトゥクトゥクの中から手を振った。
あがりは400バーツ。1300円。
夜の山道を走っていくバイクと軽トラの中間くらいの大きさの乗り物、トゥクトゥク。
パーティータウン仕様に改造された照明が光る。
なにイラついてんだ俺。
イラついてムキになっても空回りするだけやんか。
タイの人たちはいつだっておおらかに構えて俺のことを受け入れてくれている。
さっきのおっさん警備員だって指示を受けたことを実行しただけのことかもしれない。
タイの人がみんないい人だってのはもう分かっている。
俺も微笑みを浮かべて素直に聞き入れるくらいの余裕を持たないと。
めちゃくちゃな1日だったけど最後にこんな気持ちになれてよかった。
ありがとう、みんな。
イライラしてごめん。
生ぬるい夜風に吹かれながらとても気持ち良かった。
明日も頑張って歌うぞ。
感慨にひたっていると、隣のイクゾー君がぼそりと言った。
今日という1日の核心を射抜くような一言だった。
「あ、あれ………俺なんでドレッドにしようとしてたんだっけ………」