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イクゾー、行方不明

5月30日 金曜日
【シンガポール】 シンガポール





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「金丸さん、体調大丈夫ですか?」


チャンギ空港のB1フロアー。
静かなベンチの上で目を覚ました。時間は昼前。

ゆうべ気を失いそうなほど体調が悪かったが、ゆっくり寝たおかげでだいぶ体に力が戻っていた。


まだ頭の奥に痛みがあるがこれなら歌えそうだ。
今日は金曜日。シンガポール出発は日曜日。

アジアに向けて最後の稼げる国であるシンガポールでもうこれ以上休むわけにはいかない。

この金曜土曜でぶっ倒れるまで歌わないと。

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「今日は俺路上行くよ。イクゾー君はどうする?あ、愚問やったね。」



「2000ドルにしてみせます。ニヤリ。」


「ところでさ、マリーナベイサンズってすごい高いやん。やっぱり飛び降り自殺とかあるみたいだよ。カジノで負けた人とか、あの屋上のプールから飛んだりするんだって。」


「へー、そうですか。まぁ僕には無縁の話ですね。だって勝っちゃいますから。ニヤリ。」











いつもの階段下に荷物を隠し、イクゾー君と一緒に電車に乗り込む。

そしてマリーナベイサンズ方面へと向かう乗り換えの駅でイクゾー君と別れた。


「じゃあ金丸さん頑張って下さい。あんまり無理したらダメですよ。」


「イクゾー君も。引き際だからね。」


「金丸さん、今夜は宴ですよ。ニヤリ。」



この男ならマジで2000ドルにしかねないなと思いながらそれぞれの電車に乗り込んだ。









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やってきたのはチャイナタウンの歩道橋。

あと2日しかない状況で新しい場所を探して下手に警察に止められたりしたらシャレにならない。
確実な場所でいかないとな。

平日の歩道橋は先日の週末よりも人通りが多い。
よし、体力がもつまで歌いまくってやるぞ。

4日ぶりに思い切りギターを鳴らした。








反応は悪くない。

たくさんの人が足を止めて歌を聴いてくれる。

おじちゃんやおばちゃんの笑顔。
ビジネスマンのピシッとしたシャツ。

子供はやっぱりとことん可愛い。


中国人の女の子はすごい割合で短パンを履いているんだけど、そのスラリとした足は欧米人の足のようにセルライトなんかなく、綺麗にムダ毛の処理をしているので真っ白でつい目がいってしまう。


中国人の流行は日本の90年代の雰囲気だよね、という人もいるが別にそんなことは感じない。
ていうか日本が基準というのもおかしなもので、中国人のセンスをそんな風に見るのも変な気がしてくる。

シンガポールの中国人たちは十分すぎるほどに洗練されている。






そんな人々の中で歌を響かせるんだけど、1曲歌うたびに体が重くなっていくようだ。
声の出は悪くないが、顔の奥の痛みは少しずつ増していく。

それでも今日は金曜日なんだから……と根性で歌うが、1時間ちょいでふぅと深呼吸をしてギターを置いた。

もうダメだ。体をかばって声が変になってきた。
これ以上は悪くなる一方だ。

あがりは84ドル。




するとそこに1人のおじさんが近づいてきた。

笑顔でやってきて、何か言っている。


なんだこの人………

でもなんかどっかで見たことある気が……………






「ウッヒョオオオオオ!!!筋肉最高オオオオオオオオ!!!!」

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ビビるし。


オーストラリアのサーファーズパラダイスでウクレレ弾きながらずっとラバンバ歌ってたおじさんやし。

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「オヒョオオオオオオオオオオオオ!!!!アイムフィフティーイヤーズオールドオオオオオオオオ!!!!!」

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笑顔ハンパねぇ(´Д` )





いやー、マジビビった!!

あのサーファーズパラダイスの夜にシンガポール人だということは聞いていたけど、まさかマジでシンガポールで会えるとか偶然にもほどがある。


ゴールドコーストで笑いをさらっていたこのラバンバおじさん。
相変わらず地元でも笑顔全開だった。

おじさん、会えてすごい嬉しかったです!!



写真撮る時のポーズ(´Д` )

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さぁ、ラバンバおじさんにも会えたことだしもう満足だ。

今日こそ早く帰ってチャンギのベンチに横になるか………




と言いたいところだけど、今夜は今夜でまた人と会う約束がある。

先日この歩道橋で声をかけてくれた人のいいシンガポール人のお兄さんとご飯に行く約束をしている。

何時くらいに落ち会えるのか確認するために横のショッピングモールの中でWi-Fiを繋いだ。

兄さんの名前はチューさん。中国系シンガポール人。



メール来てるかな……とメールボックスを開くと、パッと違うメールが目に入った。


あ、イクゾー君だ。










「金丸さん、1時間で1000ドル消えました。」








………………






「風が気持ちいいです。屋上からシンガポールを見渡しています。ここから飛べばいいんですか?」



爆笑しながらすぐにメールを返した。



「お!おい!!今からすぐ行くから待ってろ!!」




すぐに返事がきた。




「早めに来てください。今靴を脱いだところです。」




この男は………ついにやったか。

まぁこうならないといつまででも終わらないのはわかってたからな。
これでやっと正気を取り戻しただろう。

早く行って慰めてやろう。




と思ったらシンガポール人のチューさんからメールが来た。



「ハーイ、今日は18時に仕事終わってオフィスを出るから18時半にこの前のチャイナタウンの歩道橋の上で落ち合いましょう。」




時間はすでに17時半。


やべぇ、どうしよう。
イクゾー君の方に行ってたらチューさんとの時間に間に合わない。

急いでイクゾー君にメールを送った。



「イクゾー君ごめん!!今からチャイナタウン来れる?それでみんなでご飯食べに行こう。」



返事が来た。



「電車賃ありません。」



このバカ(´Д` )
爆笑しながらどうしようか考えていたその時、パッとWi-Fiのアンテナが消えた。


あ、あれ?!Wi-Fi切れた!!

ちょ、ちょっと待てこのタイミングで!!


急いで再接続しようとしてもどうしても繋がらない。
建物の周りを探し回ってみたが、どこにもWi-Fiが飛んでおらずイクゾー君にもチューさんにもメールか送れない。


なんでだよー!!このタイミングでええええええ!!!!

チューさんとイクゾー、どっちを選ぶ!!!!??











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「ハーイ、フミー。元気でしたかー?」


「あ、ちょっと風邪引いてますけど大丈夫です。また会えて嬉しいです!!」



チューさんを選ぶ。
イクゾー、放置。


すまん。

お前ならなんとかなるだろ。




「じゃあご飯食べに行きましょう!!何がいいですか?」


「なんでもいいです。シンガポールのメジャーなご飯でチューさんのオススメがいいです。」


「んー、シンガポールの伝統的なものってあんまりないんですよね。どれもマレーシアとか中国とかインドのものですから。」



相変わらず笑顔ニコニコのチューさんは中国系二世。
この歴史の浅いシンガポールにおいて二世という表現が適切か怪しいものだけど、シンガポール人というアイデンティティをしっかりと持っているチューさんにはきっと当てはまるだろう。

実際チューさんはシンガポールで生まれ育ち、中国には1度だけしか行ったことがないそう。










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やってきたのはチャイナタウンのマーケットの中にあるホーカー屋台街。
地元の人たちでごった返し、話し声や笑い声でむせるほどの熱気だ。

無数にある屋台の中から1軒のお店に向かい、俺の分まで注文してくれたチューさん。
その注文の言葉は中国語だ。



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チューさんはシンガポール人。

そしてシンガポールの公用語は英語。

しかしこの国は歴史の浅い他民族国家なので、未だそれぞれの人種のコミュニティが根強く存在しており、誰もがコミュニティ内で使われる母国語を喋ることができる。


「今喋ったのは広東語です。マンダリンではありません。」


「マンダリンってなんですか?」


「マンダリンってのは中国語の標準語みたいなものです。中国語には広東語、香港語、福建語など、無数の言語があるんですよ。」



うーん、なんだろう。やはりまだシンガポールってやつの実体を掴めない。

言語なんてただの言葉だと思うけれど、やっぱりそれは文化の象徴でありここまでそれぞれの人種の違いを見せつけてくれるものなんだとビックリしてしまう。
同じ中国人なのに違う中国語って。
同じシンガポール人なのに。


国の、国民としてのアイデンティティってなんて不確かなんだろう。




「四川に行きたいです!!」


「シセン?んー、なんですかそれは?」


「シセン、シセンじゃ通じないのか。うーん、こうやって書きます。」



iPhoneのメモに四川と漢字を書く。



「あー!四川ですね!どうして行きたいんですか?」


「麻婆豆腐が食べたいです!!」


「マーボードウフ?」


「ああ、えーっと、こうやって書きます。」


「はいはい!!麻婆豆腐ね!!」


「四川料理は日本ですごく有名なんですよ!!」



チューさんが選んでくれたのはフィッシュヌードルという料理だった。
白濁のスープにツルツルした麺が入っており、その上に魚の切り身がたくさん乗せてある。

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その優しくてコクのある味わいは完全に日本にはない味で、これから待ち構えている中国という国への期待をどこまでも高めてくれる。


もう心は、東南アジアがかすんでしまうほどにその先の中国に向かっている。



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インドの寺院、そしてガバメントアパートメントの屋上庭園など、観光客である俺のことを楽しませようと色んなところに連れて行ってくれたチューさん。

会話は途切れることなく、どんなささいな質問でも心置き無く投げかけることができた。

とてもいいコミュニケーションだったと思う。

チューさんはどこまでもいい人で、柔らかく、知的な人だった。

シンガポールの街を見渡しながら、俺たちは国境のしばりのないアジア人だった。

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「チューさん、これから空港に帰ったらイクゾーっていう変なやつがいるけどいい奴なので心配しないでください。」


「カジノで1000ドル負けた!?本当ですか!?んー……カジノは怖いです。」


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電車に乗りこんでチャンギへと向かう。
どういう風に寝てるのか見てみたいですと、空港まで着いてきてくれたチューさん。



そしていつものターミナル3のB1フロアーへ。

あいつどんな顔してるかなぁ。俺が来なかったこと怒ってるかなぁ。

まぁあいつのことだからケロっとしてるだろうといつもの寝場所にやってきた。



が、そこにはイクゾー君の姿はなく、いつものチャンギ泊のおじちゃんやおばちゃんがベンチに寝転がってるだけだった。


マジか………なにしてんだろ。


すぐにWi-Fiに繋いでメールを確認してみた。

3時間前くらいにイクゾー君からのメールが来ていた。




「バッグの中に14リンギが入っていたのでチャンギに戻ってギター取って歌いに行ってきます。」


リンギっていったらマレーシアのお金。400円分くらいだ。
それならチャンギと街の往復はできる。
しかし飯代はないはず。


今頃土曜の夜の街で必死こいて稼いでるとこだな。

まぁこれでよかったよ。もうカジノには行こうとは思わないだろ。




「また会えれば会いましょう。今日は本当にありがとうございました。」


「明日は仕事休みなので時間があったら路上場所に行きますね。」



ニコニコと笑顔を残してタクシーに乗って帰っていったチューさんを見送り、ベンチにどさっと座った。


疲れた。たいしたことはしてないけどやっぱりまだ体はダルい。
でも明日こそ気合い入れて歌わないとな。




ベンチに横になる。



イクゾー君はこの夜帰ってこなかった。




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