5月26日 月曜日
【シンガポール】 シンガポール
小林イクゾー、死刑の日。
自ら死刑台へと向かう男の顔。
これ。
「おはよー。」
「お、おはようございます。伝説になる男小林イクゾーです。やべー、勝つところしか想像できねー。」
「いやー、俺もそんな気がしてきたよ。ていうか荷物どうしたの?ゆうべチャンギに泊まったんやろ?」
「あ、チャンギに置いてきました。絶対バレないとこあるんで。チャンギ、ツレんちみたいなもんなんで。」
「ははは。朝から面白いなぁー。あ、電車来たね。乗ろう。セントーサってどうやって行くの?」
「ハーバーフロントってとこまで電車で行ってそこからモノレールです。でも景色綺麗なんで歩いてでいいと思いますよ。」
「さすがに知り尽くしてるね。」
「当たり前ですよ。賭け師小林とは僕のことですよ。」
「まぁ負けてもね、ふりだしに戻るだけだもんね。最初シンガポールに入った時いくら持ってたんだっけ?」
「2リンギなんで、60円くらいですね。そうなんですよ、全部失ってもふりだしに戻るだけなんです。まぁ窓ガラス4枚くらい割るかもしれないですけど。」
昨日カジノで有り金650ドルのうち、400ドルを一瞬のうちに失った世界一周中のはずの旅人、小林イクゾー。
あろうことか残りの外貨を全てシンガポールドルに換金してルーレット2本勝負のリベンジに行くという、無駄に冒険魂がえらいことになってるもはや何をしに海外に出てきたのかまったくわからない状況のサムライの後についてハーバーフロントの駅に着いた。
「先にご飯食べてから行こうよ。」
「あ、いいっすね。向こうにフードコートあったんでそこで食べましょう。何にしようかなー。」
「ここはおごるよ。軍資金に手をつけたらゲンが悪いからね。見学料ってのもあるから。」
「マジっすか!!いただきます!!じゃあ俺カツ丼にします!!カツ丼でカツ!!」
腹ごしらえを終えてコーラを飲んで、死ぬ準備は整った。
ついに2人はセントーサ島へと乗り込んだ。
「うわー、すごいね、ただのテーマパークだね。島の入場料で1ドルかかるんだ。」
「そうっすね、だから僕のシャワーはいつも1ドルってわけです。」
「へー、ユニバーサルスタジオとかあるんだ。」
「まぁ僕には無縁ですけどね。あ、カジノに行く前にちょっと寄りたいとこあるんですけどいいですか?」
「あ、うん、いいよ。どこ?」
「マーライオン様ーー!!!頼みます!!!!俺に力をーーー!!!!」
き、来ちまった………
小林イクゾーの死地…………
「ほ、本当にやるの……?イクゾー君、今ならまだ間に合うよ………」
「金丸さん、この後船に乗ってシンガポール湾をクルーズしましょうか。白人の金持ち向けのやつ。あれいきましょう。酒飲みながら伊勢海老とか食べて、遠くの方から手を振ってる人に余裕で手を振りかえすんですよ。やっべー、よしこれでいきましょう!!」
「な、何言ってんだよ………富士市出身なんやろ…?昔落ち葉吸ってたんやろ?一回冷静になろうよ………」
「本当に何しようかな。南極とか北極に行くってまぁきついことしに行くだけじゃないですか。なんかそういうのと違うんすよねー。なにしようかな。もうデリヘルの店長になろうかな。」
「本当にやめたほうがいいって…………」
「そうだなー、勝った金でサグラダファミリアの建設に加わろうかな。いや、もうコバヤシファミリア作っちゃうってどうですか?うわー、なんかさっきからゲロ吐きそうなんですけど、なんでですかね?」
「………で、や、やっぱりルーレットなの……?他の固い勝負のやつとかないの……?ほ、ホラ、あそこの大小ってやつとかどう!?アジアのゲームっぽくていいやん!!」
「金丸さん、男は赤か黒、2択です。シンプルが1番なんです。やっべー、勝ったら整形しようかな。」
スタスタと歩いていくイクゾー君。
きらめく照明やふかふかの絨毯、大理石のフロアー。
贅の限りを尽くしたカジノ内の雰囲気に確かに5ドルなんて紙切れのように思えてくる。
ラスベガスのカジノがどれだけ庶民的なものだったかと思わされる。
別に圧倒されているわけではなく心臓がバクバクと音を立て、手汗がにじむ。
だって今から1人の旅人の命運が決まるんだから………
「金丸さん、これがルーレットです。」
「こ、これなんだ………たくさん卓があって、みんなそれぞれに賭けてるんだね………」
「そうっすね、あそこの真ん中でルーレットが回されてこの卓のモニターにルーレットが表示される仕組みっす。」
「ね、ねぇ……イクゾー君……やっぱりやめたほうがいいんじゃないかな……まだ250ドルあるんだから美味しいもの食べてまた明日から路上頑張って少しずつ貯めていけば、」
「よし、じゃあいきますか。」
ウイ~~ン
卓が250ドルを吸い込んだ。
そしてモニターに250ドルという表示がついた。
「ちょ!!ダメ!!ダメー!!あー!!怖すぎる!!見てられない!!」
「金丸さん、見ててください。」
「待って!!最初は20ドルくらいから行くんだよね!!?オーストラリアで食べてたラーメンを4ドルの醤油にするか5ドルのトンコツにするか悩んでたあの頃思い出しなよ!!」
「俺はもうあの頃の俺じゃないっす。金丸さん、骨拾ってください。」
タンタンタン…………
イクゾー君の指がボタンを3回押すと250という数字がマットの上に表示された。
これまでのルーレットの出目は、
黒
黒
赤
黒
黒
ゼロ
赤
赤
イクゾー君が賭けたのは…………
黒
「あああああああ!!!!やっちまった!!やっちまったあああああ!!!!!」
「金丸さん!!いきますよ!!!ルーレットにインです!!!」
よくゲームやテレビで見たことのあるあのルーレットが回り、白い玉が投入された。
「あああああ!!!!!心臓がどうにかなりそう!!!!もうだめだ!!!!」
「こいこいこいこいこいこいこい………………」
ルーレットの淵を回っていた玉が遠心力を失っても数字版の上に転がり落ちた。
踊るように弾けながら玉は動き回る。
わずかに数秒の時間のはずなのに永遠のように長く感じられ、心臓の鼓動が聞こえ、視界が鮮やかになる。
これがまさにギャンブルによるアドレナリンだ。
俺でさえこれなのに、全財産をぶち込んでるイクゾー君はどんなものが見えているのか。
ここ静岡じゃねぇのに。
カラカラカラカラー……………
コロンコロンコロン…………
コロンコロン…………
玉は……………
黒にスポリと入った。
ガタン!!!!
立ち上がって無言のガッツポーズ。
多分今年で1番のガッツポーズ。
モニターに500ドルの数字が表示された。
「い、イクゾオオオオ!!!もうだめだ!!もう行こう!!お前はよくなった!!これで十分だ!!お前は高橋歩は超えた!!行くぞ!!」
「金丸さん、ダメっす。旅するなら、男なら………植村越えっす。」
イクゾー君の指がボタンを5回押した。
そして500の数字の書かれたコインが卓に置かれた。
イクゾー君が選んだのは…………
赤
「ぎゃああああああああ!!!!!!もうダメだ!!!もうダメだよ!!!心臓がどうにかなる!!!オシッコ漏れそうだ!!!」
「こいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこい…………」
賭け時間が締め切りになってしまった。
玉が……………
ルーレットに入った。
まるでスローモーション。
勢いよく回る白いボール。
静寂のルーレット会場。
他のギャンブルコーナーからの音が聞こえてきているはずなのに、何も耳に入って来ない。
誰もが口をつぐんで卓に座ってモニターを眺めている。
音が消え、水を打ったような静けさが頭を支配する。
もはや椅子に座ることなど出来ない俺たち。
イクゾー君は椅子の影に隠れて目だけを出してモニターを見つめている。
俺は画面に顔を近づけて玉の行方を凝視する。
玉が数字版に落ちた!!!!
「こいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこい…………」
「頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む……………」
コロンコロンコロンコロン…………
コロンコロンコロン………
カーン
コーン
「ヤッホオオオオオウウウウウ!!!!」
「オヒョホオオオオオアオオアオアオオ!!!!!!!」
「やっべぇ!!バーベキュー美味えええ!!!!」
「イクゾー君おめでとー!!」
「イクゾー!!ユーアークレイジー!!」
「クレイジージャパニーズ!!」
「アイム、ノット、クレイジー、ベイベー!!」
「すげぇ!!イクゾーが英語喋れるようになってる!!」
「イクゾー!!ハッピーバースデー!!」
「ハッピーバースデー!!」
「え!?ええ!!?なんすかそれ!??」
「イクゾーこの前誕生日だったやろ!!おめでとう!!」
「おめでとう!!イクゾー!!」
「うわあああ!!よし!!俺今から風俗行ってきます!!」
小林イクゾー。
結構世界一周できるかもしれない旅人。