5月25日 日曜日
【シンガポール】 シンガポール
今日まで路上やったら休もう。
風邪がかなりきつい。
喉も指も限界だ。
エミさんも明日とあさってがお休みらしいので、のんびりとシンガポール観光でもしよう。
チャンギに泊まっているイクゾー君にメールをしたら、俺今日は休みますという返事が返ってきた。
イクゾー君もずっと毎日やってたみたいだからな。
イクゾー君やらないならチャイナタウン試していい?と送ると、すぐにもちろんですよと返事が来た。
今日はイクゾー君の拠点でやらせてもらおう。
電車をいくつか乗り換えチャイナタウンの駅に到着。
まぁまぁ大きな駅なので地上に上がる出口もたくさんあり、どこがイクゾー君が歌っている歩道橋への出口か全然わからない。
まぁなんとかなるかとテキトーに目についた階段を上がった。
そして外に出た瞬間、まだボーッとしていた頭が興奮で一気に冴え渡った。
そこには広大なマーケットが広がっていた。
何百という露店が立ち並び道路を狭め、せり出した軒が空を覆い隠し、人々がその隙間を行き交っている。
中国的な極彩色の建物、提灯のような飾り付け、通りを埋め尽くす漢字の看板……
しばらく呆然とした後我にかえり、はやる気持ちを抑えてその迷路のようなマーケットに潜り込んだ。
どこまで続いてるんだ?と思えるほど露地という露地がすべてマーケットになっており、まったく出口が見えない。
レストランもカフェもあるし、衣料品店、中国の筆や印鑑などの小物屋さん、
まぁとにかく雑然と様々な物が並んでおり、その統一感のなさが逆にこのチャイナマーケットの怪しげな魅力を演出している。
まさに映画の中でしか見たことのない中国のディープなマーケット。
ドキドキが止まらなくて、もう勢いで適当にそこらへんにあった地元の人で賑わっている食堂に入ってみた。
店先にぶら下げられたチキンの丸焼きを店主のおじちゃんが木の切り株みたいなまな板の上でザクザクと分解していく。
大きな包丁をまな板に振り下ろすたびに、このおじちゃん独特の小気味のいいリズムが店内に響いて、きっとおじちゃんは毎日毎日ずっとここで1日中チキンを分解しているんだろうなと想像させる。
「何がいいんだい!」
めちゃくちゃ怖い顔のおばちゃんに早く決めろと迫られて、あたふたしていたら私が決めてやるから大人しく待ってな!!と言われる。
そして出てきたのこれ。
ビーフンにチキンをのっけたやつと、餃子スープ。
5.5シンガポールドル。450円くらい。
うめえぇ!!!
ていうか暑ぃ!!!
狭い店内にはむわりとした熱気がこもって箸を動かすだけで汗がダラダラ流れてくる。
周りのお客さんたちもみんな笑顔でそのチキンを食べている。
うー、すげぇ、世界中のチャイナタウンに行ったけど、ここのチャイナタウンが今までで1番中国だ。
もう少し探検したかったけどやるべきことはやらないとな。
昨日の歩道橋へと行き、ギターを取りだす。
日曜日だからか周りの建物に入っているショップが結構閉まっており、昨日みたいな人通りはない。
まぁ仕方ない。
今日は喉も痛いしゆっくり歌おうと、リラックスしてギターを弾いた。
この歩道橋を通る人はほとんどが中国人。ごくたまに白人が通るくらいでインド人もマレー人もいない。
そしてやはり中国人の笑顔の優しいこと………
俺たちが顔を見るだけで、あの人は中国人だなと分かるように、中国人も俺の顔を見て日本人だと分かるよう。
そして歌ってる俺が日本人だと分かると、急にみんなのオーラがふわっと柔らかくなるのを感じる。
中国本土はわからないが、ここシンガポールの中国人たちからは日本人に対しての反日感情は今のところまったく感じない。
女の子超可愛いし。
1人のチャイニーズシンガポリアンのおじさんと仲良くなり、色々とこの国について教えてもらった。
今度ご飯食べましょうと約束もできた。
ああ、こりゃ12日程度じゃこの国の懐の深さは全然わからないな。
喉と指が限界に達して2時間ほどでギターを置いた。
あがりは159ドル。
1日やれたらこりゃかなり稼げるな。
警察の心配もないし、ライバルの地元バスカーもいない。
イクゾー君、いい場所見つけたな。
そういえばあいつ今日何してるのかな。
シャワー浴びてないからセントーサ島に行ってるかもな。
セントーサ島ってのはマーライオンがいるハーバーあたりからポコんと海に飛び出した小さな島で、島全体がひとつのテーマパークのようになっているこのやり過ぎ贅沢大国のシンガポールの数少ない遊び場のひとつ。
ビーチがあるのでそこに公衆シャワーがあるらしく、イクゾー君はたまにそこに体を洗いに行ってるとのこと。
まぁたまにはお互い別行動もいいかな。
よーし!!もう体もボロボロだから明日とあさっては休んでのんびりシンガポール観光に充てるぞ!!
このままエミさんの家に帰ってゆっくりしよう!!
と、その前に行きたい場所がある。
ギターとバッグをかついで歩道橋を降りた。
やってきたのはさっきのチャイナマーケット。
もう1度この通りを探検してみたかった。
夕方になり通りに電灯がともり、お昼のあの猥雑な雰囲気が一気に怪しげな華やかさをまとい、誰もが楽しそうに歩いていた。
まるで地元のお祭りの夜に学校の好きな女の子を探して歩いたような、あのドキドキした期待感。
この通りの向こうにはどんなものがあるだろう。あっちの路地にはどんな光景があるだろう。
この迷路の中に混じっていると不思議な魅力にほだされるようだ。
そしてしばらく大きな屋台通りを奥へと進んで行くと、何かの音が聞こえてきた。
スピーカーから流れる音楽のよう。
音に向かって人をかきわけて進んでいくと、屋台が途切れてパッと視界が開けた。
そして思わず笑顔になって声をあげてしまった。
そこには大きな広場があり、たくさんの人たちが音楽に合わせて踊りを踊っていた。
そして正面には人生で初めて見る中国式の大きな仏教寺院がたち、それはあまりにも懐かしい日本の光景だった。
広場いっぱいに広がって踊る中国人のおじちゃんおばちゃんたち、脇の憩いのスペースでは見たことのない中国の将棋みたいなゲームを真剣な顔でやっているおじちゃんたち。
夕涼みで座ってお喋りをする人々………
なんだろうこの昂ぶる気持ちは!!
胸の奥から湧き上がる高揚感に飛び上がりたくなる。
今まで色んなところに行った。
教会、モスク、様々な宗教の地を見てきた。
そして今、この目の前にあるのは日本で生まれた時から慣れ親しんでいた仏教の光景。
それがあまりにも新鮮な驚きと色彩で脳みそを刺激した。
この光景の中で育ってきたはずなのに、どうしてこんなに感動しているんだろう。
また新しい場所に来れた。
アジア、ここは故郷であり、そして最も遠い場所だったんだ。
体はだるいが深い充足を持って1人で電車に乗ってエミさんの家についた。
シャワーを浴びてベランダでタバコを吸いながらビールを飲んだ。
ああ、明日はゆっくり休むぞ………
メールをチェックしていると、イクゾー君から連絡が来ていた。
一緒に飲みましょーっていう内容だったけど、もう2時間も前に送られていたものだから、俺からの返事がなくて今頃チャンギに帰ってるだろうな。
インターネットがオンラインになっていたので電話をかけてみた。
「おーい、今日なにしてたの?」
「あ、お疲れ様ですー。今日はセントーサ島にシャワー浴びに行ってました。そしたらセントーサでカジノ見つけたからちょっとやってみました。」
「あ、そうなんだー。買った?」
「負けました。いくら負けたと思います?」
「え、何その言い方……怖いんやけど………30……いや50ドル……くらい?」
「400ドルです。」
「……………」
「持ってたシンガポールドル全部負けました。ブラックジャックです。最初10ドル負けて、あれ?ってなってもう10ドルいって、あれ?ってなって気がついたら400です。今ほど昨日に戻りたいと思ったことありません。」
………え……何この人……怖い……
「で、でも、まだもう少しお金あるんやろ………?」
「外国のお金が250ドル分あります。」
「そっか、じゃあとりあえず大丈夫だ…」
「さっき全部シンガポールドルに替えました。」
「……………」
「250ドルをルーレットの赤黒に賭けたら1回で500ドル、次も全額いって1000ドルです。明日勝負かけます。」
え………
この人頭がトチ狂ってるのかな………
「ま、マジで言ってるの……?」
「もちッス。冗談抜きでブラックジャックで負けて席から立ち上がったんですよ。そしたらベルトが壊れたんです。400負けてベルト壊れたんです。えー……ですよ。今ズボンゆるゆるです。ここで引けねーっす。」
「…………………よし!!俺見届ける!!一緒に行っていい!?」
「俺の生き様見ちゃってください。」
「もうすげーよ!!勝っても負けても伝説だよ!!誰もかなわねぇ!!」
「伝説作っちゃいますよ。もう高橋歩とか2秒ですよ。植村と並んじゃいます。」
この男はどこまで自分を追い込めば気が済むんだ。
ギター歴10ヶ月のレパートリー9曲、路上経験なしの所持金2千円で日本を出てきたイカれたこの男。
オーストラリアを食パンで生き抜いた最低辺の旅から、いきなりカジノで全財産勝負とかネタのための人生みたいなやつだ。
「お前はマジですげぇ!!こんなに明日が楽しみなのって久しぶりだよ!!」
「俺も眠れないです。ていうかカジノってコーヒーが無料で負けた腹いせにコーヒー4杯飲んだから眠れないです。チャンギでずっと起きてます。」
「あ!そうだ!今日チャイナタウン行ってきたんやけどさ!!明日カジノに行く前に占い行こうよ!!マジの中国のやつ!!それで賭けを占ってもらおう!!」
「今すぐ日本に帰った方がいいって言われたらどうするんですか。」
小林イクゾー
明日
生きるか、死ぬか