5月11日 日曜日
【ニュージーランド】 テアナウ ~ クイーンズタウン
まったく眠れなかった。
寒くて足先から膝にかけてじっくりと冷え、椅子の上にうずくまっていたので身体中が固まってバキバキになっている。
夜から朝にかけてコインランドリーのお客さんは来なかったので、神経がすり減ることはなかったんだけれど、体の疲れはまったくとれてはいない。
まぁでも寝袋の中で目をつぶれただけ少しはマシかな。
寒くて寝袋から出たくなくてもごもごしていたが、今日も先に進まないといけない。
なによりなんとしてもミルフォードサウンドに行かなければいけない。
おそらくミルフォードサウンドは日帰りで行く人たちがほとんどのはず。
ということは観光客たちは早起きなので早朝にミルフォードサウンドへ向かい、夕方に帰ってくる行程となる。
ヒッチハイクするならばこの朝の時間がゴールデンタイム。
意を決して寝袋から抜け出した。
え……………えと…………
これなに……?
濃霧。
昨日の晴れ渡る山並みから別世界に来たような濃霧。
ば、バカじゃないの……?
こんな霧の中ミルフォードサウンドに行って何するの?
霧の写真撮って終わり。美々津でもできる。
それでも諦めきれずに荷物をまとめて町へと向かってみた。
するとひとつの建物の横に人だかりが出来てる場所があった。
「あの、ここからミルフォードサウンドへのバスが出てるんですか?」
「そうだけど、予約してる?してないなら運転手さんに相談してみるといいよ。」
カラフルで機能的なハイキングウェアを着た欧米人たち。
そしてさらにカラフルな服を着ているのは中国人たち。
欧米人たちは少数派。
そこに大きな観光バスがやってきた。
すでにたくさんの人が乗っているが、大半中国人。
バスが止まるとドヤドヤと降りてきて大声で喋りながら建物の中に入っていきお土産物を物色している。
もし安かったらこのままバスで行ってしまおう。
1時間半の距離なので往復で25ドルくらいのもんだろう。
ヒッチハイクにこだわるつもりはないし、時間の節約にもなるし。
「ハーイ、ミルフォードサウンドまで行きたいんですが、空いてる席はありますか?」
「おー………うん、あるよー。1人かい?」
「そうです。やったー。いくらですか?」
「43ドルだよ。」
「ぶふぉ!!マジウケる。た、高え………どうするかな……でも所持金60ドルくらいしかないし………」
「往復は85ドルね。」
止まれオラァあああああああああああああああああああ濃霧ううううううううううううう!!!!!!!!
止まらないよおおおおお、全然止まらないよおおおおお、
はぁ………もういっそのことチンチン出してようかな………
きっと止まるだろうな、パトカーが…………
2時間経過。
鬼のような顔で濃霧の中に立ち尽くすアジア人。
そして試合終了のゴングがなる。
ミルフォードサウンド、
バイバイ。
いいもんね!!いいもん!!
だってこんな天気だし!!
みんな観光バスに乗って行けばいいよ!!
楽しんできなよ!!霧を!!
ダッシュでスーパーマーケットに行き昨日見つけていた辛ラーメンをふんづかんでレジで鬼のような顔で1.5ドル払い、それからゆうべのコインランドリーに行きコンセントに電子コイルぶち込んでお湯を沸かして辛ラーメンかきこんでむせて鼻から麺が飛びてて辛くて痛くて美味い。
よし!!次次!!もう次行くぞ!!
ここから北に2時間半くらいのところにクイーンズタウンという町があって、そこもフィヨルドの綺麗な場所として有名だし、観光客がとても多い富裕層の別荘エリアって話なのでバスキングもできる!!
こんな何もないところにいたら気が滅入るわ!!
早いとこ歌って稼いでなんか美味しいもの食べてリフレッシュしよ!!
コインランドリーを飛び出してクイーンズタウンへ向かう道の脇に立ってヒッチハイク開始!!
え………ちょっと待って………
霧が……晴れていく………
まるで邪気を振り払うがごとくどんどん濃霧が薄くなって行く………
そして30分もすると、さっきまでの霧が嘘みたいな青空が現れた。
背後の山々もくっきりと姿を現し、まるで眠りから覚めたように新鮮な湯気を立ち上らせている。
太陽が芝生についた朝露をキラキラと輝かせ、紅葉の木々が鮮やかに葉を広げている。
……………おのれええええええええええええ!!!!!!
ちくしょう!!
つーことはさっきミルフォードサウンドへ向かった観光バスの人たちは濃霧の中から徐々に姿を現すフィヨルドの神秘的な光景に酔いしれているわけですね!!
ベストコンディションおめでとう!!
ふてくされながら青空の下で親指を立てていると、町の方から1人の欧米人が歩いてきた。
ぶらぶらと大きなバッグを抱えて所在なげにこちらに向かってくる。
「ハーイ、ハウズゴーイン。」
「ハーイ、いい天気になったね。」
俺の前を通り過ぎて行った兄ちゃん。
でも何かするわけでもなく向こうの方でキョロキョロしている。
「ヒッチハイクするの?だったら2人でやらない?そのほうが乗りやすいはずだから。」
「いいのかい?ありがとう!」
ドイツ人の兄ちゃん、ロビン。
ワーキングホリデーでニュージーランドに来ており、のんびりあちこち回っているんだそう。
ここからインバカーゴに向かうそう。
道が途中まで同じ方向なので、50キロ先の分かれ道までは一緒に行けそうだ。
ニュージーランドではワーキングホリデーに来てるドイツ人とよく会うなぁ。
2人で道路に親指を立てながら色々とお喋り。
「ところでミルフォードサウンドには行った?」
「ああ、もちろんだよ。アメイジングとはこのことだよね。え?行ってないの?マジウケる!!」
「クソぅ………どうやって行ったの?」
「泊まってたバッグパッカー宿に車で行くっていうカップルがいてそれに乗せてもらったんだ。マジヤバかったよ。」
「ふ、ふーん……俺はヒッチハイク捕まらなくてさ。バスも高いし。」
「ああ、85ドルだよね。高いよね。俺はかからなかったけど。ミルフォードサウンドでは遊覧船に乗ってさ。フィヨルドの湖をクルーズして来たよ。85ドルだったかな。」
「へ、へー、そうなんだ、そいつはムカつ……じゃなくて良かったね……」
「俺が泊まってた安宿がツアーを組んでて、ミルフォードサウンドまでの往復のバスとその遊覧船があわせて95ドルってやつがあったよ。遊覧船は2時間15分のクルーズでね、ほら、これ見て、船の上からの景色だけどビデオじゃあのアメイジングさは伝わらな……」
「やめてくれ!!もうこれ以上聞いたらお前を殴ってしまう!!」
ちくしょう………無駄に数字に細けェんだよドイツ人………
もはや空には霧ひとつなく青空が澄み渡っている。
遊覧船クルーズ最高だっただろうなぁ………
ああ、ゲロ吐きそうだなぁ………
と思っていたら車が止まった。
「ハーイ、クイーンズタウンまで行くぜ!!乗ってきなー!!」
乗せてくれたのは北島から来ている観光客のニュージーランド人ご夫妻。
陽気で楽しい会話に花が咲く。
いつもは俺1人だけど、今回はロビンもいるので会話も途切れない。
「あの、ニュージーランドって人より羊が多いって聞いたけど本当ですか?」
「ああそうだよ、確か8000万頭くらいじゃないかな。人口は400万人ね。」
羊おりすぎ。
「ラグビーは好きですか?」
「うーん、ラグビーは退屈だな。」
「え、じゃあサッカーは?ドイツ人はみんなサッカーを愛してます。」
「サッカー!?退屈でしかたないよ!!」
「え、じゃあなんのスポーツが好きなんですか?」
「クリケットさ。」
「クリケット1番退屈!!」
そんな話をしながら途中に出てきた南へ向かう道でロビンが車を降りた。
手を振るロビンに俺たちも手を振り、車は一路北上。
羊おりすぎな道を走っていくと、いきなり大きな湖が現れた。
幽玄と静まった大きな湖から荒々しい山がそびえ、これぞフィヨルドという光景が目の前に現れた。
うおー!!これこれ!!
やっとそれっぽくなってきたぞ!!
車はクネクネの湖畔の道を縫うように走り抜け、しばらくして少し栄えた町に入った。
どうやらここはクイーンズタウンの空港がある場所で、ここからさらに湖に沿って奥に入っていくと町にたどり着くそうだ。
これから飛行機に乗るというお2人にバス停で降ろしてもらう。
ここから6キロくらいなのでバスで5ドルくらいのもんだけど、あまりにも景色が綺麗なので少し歩いてみた。
静かな湖が青い水をたたえ、その湖面に切り立つ山々が映る。
白く雪をかぶった爽快な山並み。
紅葉の木々の赤や黄色の色彩。
サイクリングロードが水際に伸び、そこを気持ち良さそう走る自転車やランニングの人々。
あー、こいつはいいとこだ。
まさに保養地ってところだな。
5.5ドルのバスに乗り込んですぐにクイーンズタウンの町に着いた。
結構賑やかな雰囲気で、オシャレなブティックやレストラン、バー、カフェが並び、ツアー会社などが軒を連ねている。
マクドナルドもケンタッキーもスターバックスももちろんある。
歩いている人たちはやはりアウトドアファッションに身を包んだ観光客ばかり。
そしてビビるほどの中国人の数。
マジで観光客の半分は中国人じゃないかってほど。
そしてインド人も多い。
もちろん日本人もたくさんいて、お店の看板にはいたるところに漢字表記が使われている。
かなりの有名観光地ってわけだな。
レストランが並ぶメインストリートを抜けると湖畔の遊歩道に出た。
すでに薄暗くなりはじめている空の下に、静寂の湖が広がっている。
不気味なほどにフラットな湖面が奥深いフィヨルドの先の方まで入り込み、その先に雪をかぶった山が見える。
その幻想的な景色を楽しむ人々がのんびりと歩いている中、バスカーがギターを弾いて歌っていた。
向こうの方にはドレッドヘアーのいかにもバッグパッカーって感じの兄ちゃんが水晶玉のジャグリングをしている。
指先に吸いつかせるようにしてまるで宙に浮いてるかのように見せる芸。
よーし、腕が鳴るぜ。
こんな美しい湖のほとりの町で歌えるなんてシチュエーションは完璧だ。
とりあえず腹ごしらえだけど、マクドナルドも飽きたのでケンタッキーに入ってみた。
するとたったの5ドルでチキンとポテトとドリンクの激安セットを見つけた。
これで5ドルは安い!!
食パンがすすむ!!
ニュージーランドはなんでも高いけど、こうしたファストフードのチェーン店はめちゃ安いということを発見。
ドミノピザやピザハットも5ドルで大きなピザが食べられるそうだ。
お腹いっぱいになって気合いで路上開始!!
よし!!クソ寒い!!
指痛え!!鼻がかじかむ!!
鼓膜の奥がなんか変!!
震えて声がおかしなことになってしまうけど頑張って歌っていると、中国人の団体がワーワー騒ぎながらやってきて俺の顔面まで近づいてきて大きなカメラで写真を撮って、まるで風景写真を撮ったがごとく何も言わないでそのままワーワー話しながら去っていく。
根性すげえ。
日本人のカップルの方や、欧米人のたくさんの方に声をかけてもらい、なかなか雰囲気はいい。
のだが、やはり日曜日の夜ということもあり人通りが寂しく、というかあまりの寒さに人が外を出歩いておらず、カフェやレストランの外に並べられたテーブルにはもちろん誰も座っていない。
2時間くらい頑張ったが凍えてそろそろやめようと思っていたところに1人のアメリカ人のおじさんが声をかけてくれ、おじさんが持っていたハーモニカで一緒に演奏したらよし!飲みにいくぞ!ということに。
そこからはそのテキサスから来てるアゴなしゲンのおじさんと、他のアメリカ人の方々と近くのバーでビールを飲んでほろ酔いのいい気分に。
ああ、最近寒くてたまらないので夜に野外で冷たいビールをって気にならず全然飲めていない。
サンダルなんてもちろん嫌なので靴を履きっぱなしにしているとどうしても不潔になってしまう。
公衆トイレで足を洗うのはどうも面倒だし。
汗はかかないのでシャワーを浴びなくてもいいんだが、汚くはならないようにしていないとこんなバーにも誘ってもらえなくなるもんな。
今日のあがりは2時間で63ドル。
次のお店に行くおじさんたちを見送り、俺はビールを飲みながら店内の暖炉でしっかり体を温めてた。
寝床を探さないといけない。
早く見つけないとまた体の芯まで冷えてしまう。
ビールを飲み干し、覚悟を決めてバーを出た。
寝静まった湖畔の遊歩道を歩き、暗い公園の中へ入る。
風がかなり強く、湖が波立ってちゃぷちゃぷと音をたてている。
暗いフィヨルドの奥から吹きつける風は身を切るような冷たさで、あまりの寒さに限界が来て、遊歩道沿いのベンチに寝床を決めて逃げ込むように寝袋に潜り込んだ。
風が寝袋を叩いてくる。
雨が降ったらおしまいだなと思いながら、寝袋にすきま風が入らないように口を手で押さえながら目をつぶった。